40.目覚め
暗闇でだれかが声を掛けてくれている。薄ぼんやりと灯の姿と重なった。
「あ……かり?」
「亮! 気が付いたの!? りょう!」
目の前には泣きそうな顔をした恵美さんだった。なんでそんな顔をしてるのさ?
遂には涙を流し、縋り付いてきた。
一体何したってのさ?
僕は……っ!
「ヤツは!?」
飛び起きて、辺りを見回し正気に戻った。真っ白な空間で、消毒液のような香り。
「……びょう……いん?」
「亮。安静にしてて。咲月ちゃんから連絡があったのよ。亮が死ぬかも……しれないって……」
また泣き始めてしまった恵美さん。
縋りついて泣いている姿を見ると申し訳ない気持ちになってしまう。
思わず、頭を撫でてしまっていた。
僕は、あの時、頭に血が上っていて依頼人のことなんて片隅にもなかった。激情になすがままになって。そして、敗北した。
自分の手を握り締めて力を込める。
殺せる力をつけることができたと思えた。
それなのに、足りなかった。
全然足りてなかった。
今の自分なら殺せるってどこかで思ってた。
それは、幻想だった。
力を入れすぎて体が震える。
負けたんだ。僕は。
悔しいなぁ。灯の仇が取れなかった。
俯くと、布団が濡れている。
恵美さんの手まで濡れてしまった。
「亮? 大丈夫? どっかいたいの?」
優しい恵美さんの言葉がどこか遠くから聞こえているようで。現実とはかけ離れたところにいるような。そんな気さえした。
「……違うよ。悔しいんだ。……また。アイツに何もできなかった……」
「アイツって……亮の前の彼女を殺したっていう奴?」
そこで違和感に気付いた。
なんで、その話知ってるの?
僕は、そんな話一度も……。
「誰から聞いたの?」
「怒らないであげてね? 護さんよ? みんなも一緒に聞いたわ……」
あぁ。みんなにバレたのかぁ。
どう思ったんだろう。
軽蔑されたかな。
こんな殺人鬼と化した僕なんてみんなといるのにふさわしくないもんなぁ。
「おい。亮。見せつけてくれるなぁ?」
隣のベッドから声がした。
視線を巡らせると、護さんがスクワットしていた。
左足にロボット義足をつけて。
「この前、俺が言ったことは、忘れちまったのか?」
「すみません。僕が未熟でした。頭で考えるより先に、体が動いてしまいました」
スクワットを止めるとこちらのベッドへ歩いてくる。違和感がない。すごい。もうそこまで義足を使いこなしているなんて。
「お前、死ぬとこだったんだぞ?」
たしかに、全身を切り裂かれたはずだ。あれでは助からないはずだ。でも、体のどこを見ても傷はない。あれが幻だったかのように。
「なんで生きているんですか?」
「それがなぁ。不思議なもので、敵が立ち去ってから少しした頃だそうだ。いきなりオレンジの光に包まれたんだそうだ。みるみるうちに傷が塞がっていき、跡形もなくなったそうだ」
灯が助けてくれたんだろうなぁ。
あの時、たしかに見えたんだ。
「亮は、魔法者になったのかもな」
「えっ?」
「点滴もしたんだけどな。針を抜いた後、すぐに傷が塞がったらしいぞ?」
もしかして、自己治癒の魔法能力?
「灯が守ってくれたのかもしれません……」
「会ったのか?」
「はい。『また来ちゃダメだよ。大切な人ができたんでしょう?』って言ってました。今度は私が守ってあげるとも……」
少し考えた素振りをした護さんは恵美さんを見て口を開いた。
「ふむ。で? 答えは出たのか?」
不安そうな顔の恵美さん。僕は、今回のことでちゃんとした答えが出た。奴に相対してよかったと思っている。じゃないと、わからなかったから。
「はい。今度こそ、我を忘れずに、しっかりと依頼人を護ります。そして、必ず奴を倒します」
護さんは笑顔になると、大きく頷いた。恵美さんの肩をトントンと軽く叩き「難儀な奴を好きになっちまったね?」と言って笑っていた。
でも、それに恵美さんは笑顔で「そういう所も好きですから」って言っていてちょっと照れた。一通りの話が終わった頃に入口のドアが開いた。
「話なげーよ! おい! 亮! 俺らの入るタイミングなかったじゃねぇか!」
笑いながら入って来た伴さん。その後にみんなぞろぞろと入ってくる。なんだか申し訳なくて、顔を上げることができなかった。
「警視総監は、無事に警視庁に戻った。しばらくは安全だろう。で? 依頼人を置いて特攻したお前は、今後どうするんだ?」
流さんのその問いに答えることができない。
イージスを辞めた方がいいということだろうか。
殺人を犯そうとした人と一緒になんていられないよな。
そう思っていると、ララさんが口を開いた。
「なんでそういう言い方するわけー? 亮が辞めてもいいの? 一番戦力になるのにぃ?」
「そうですよぉ。流さんだって、めっちゃ狼狽えてたじゃないですかぁ。このままじゃ死んじまう!ってぇ」
咲月さんがバカにしたように声真似をする。
あの流さんがそんなになるなんて……。
「たしかに。ヤバかった。あれが自分だったらと思うとゾッとする」
「たしかにねぇ。ありゃあ魔法でってのも難しそうだしなぁ。早すぎて対応できなかっただろう」
仁さんと翔さんが口々にあの時のことを口にする。
「軟化と、硬化。それがアイツの魔法能力だと思います」
僕が口を開くとみんな口を閉ざして何か考えているようだった。
「アイツ、言ってました。伴さんの爆発の能力とは相性が悪いとかなんとか……」
少しすると、ニヤリとしだした護さん。
「そりゃいい情報だなぁ。もしかしたら、軟化するってことは、液体化するんじゃないか?」
それを聞いた伴さんが手を叩いた。
「なら、蒸発させられる。硬化は?」
「もしかしてだが、一定以上の威力には負けるとか……」
それはあり得るかもしれない。
僕との相性は最悪だ。
でも、みんなと一緒ならどうにかなるかもしれない。
「液体なら、オレの雷で一撃じゃねぇのかぁ?」
蓮さんが口を開く。
そんなに甘いかなぁ。
「それは、わからない可能性もあるなぁ。もう少し近かったら視れたのになぁ」
雅人さんがブツブツと何かを言っている。
分析系の魔法能力なんだろうか?
「あの……僕は、皆さんと一緒にいていいんでしょうか? 殺人を犯そうとしていたのに……」
少しの沈黙のあと、その沈黙を破ったのは、流さんだった。
「あの時は……感情が暴走したんだろ? それも仕方ねぇ。でも、もうそうはならねぇだろ?」
「それは、大丈夫だと思います」
「なら、今度はちゃんと仕事しろよ?」
「はい!」
なんか流さんがこんな感じで声を掛けてくれるなんて嬉しいな。認めてくれているってことなのかな?
その時、パンッと手を叩いて締めたのはよしさんだった。
「良いこと言ったね。亮。ボクたちは、チームだ。誰が欠けても機能しない。それが超近接特化なら、なおさらね?」
それには、ブフッと伴さんが笑い。
「だな! 前で突っ込む役なんて誰もやりたくねぇ。亮しかいねぇもんな!」
「ちょっ……それどういう意味ですか?」
皆の顔に笑みが浮かぶ。
「みんな、亮を必要としているってことさ。よく、ここまで成長したな?」
護さんにそう言われると、なんか泣けてくる。
「おぉっ! 男が泣いてやがるぜっ!」
蓮さんがバカにしてきて睨みつける。
すると、咲月さんが頭を叩いていた。
「亮をバカにしない! あの時、ビビって何にもできなかったくせに!」
意外だった。そうだったんだ。アイツの能力は未知数だったからしかたないよ。
「亮は、愛されてるんだね? 私も、もちろん愛してるよ?」
恵美さんが寄り添ってそう口にする。
なんだか、照れるけど凄く嬉しいよ。
みんなが、僕の全部を受け入れてくれたんだって思うと。
笑顔で恵美さんを見つめると顔が近づいてくる。
「おいおい! 今じゃないって!」
護さんの待ったが入った。
さすがに僕も急に恥ずかしくなった。
「す、すみません……」
「まぁ、とりあえず、体力が回復したらまた訓練だな」
護さんがそう檄を飛ばす。
「おう! 今度こそ負けねぇ! そうだろう? 亮!」
「はい。今度こそ、必ず。みんなで勝ちましょう!」
「「「おう!」」」
次は、絶対負けない。
こんなにイージスは強いんだから。




