37.警視総監
警視庁へ車を走らせながら無線のテストをしていた。
「こちら亮。聞こえますか?」
『……ププッ……ララ聞こえるよー。流は?』
『……ププッ……聞こえます。仁さん?』
『……ププッ……聞こえる。後藤さんは?』
『……ププッ……はいはい。聞こえるよ。各班打ち合わせ通りにね。何かあったらすぐに連絡すること』
無線は大丈夫そうだ。今は、車で隊列を組んで走っている。各班が車で移動することになった。さすがに台数も多いのでレンタカーも含まれている。
『一番危ない所の亮さん、お気持ちはー?』
ララさんがふざけだした。みんなの笑い声が聞こえる。一番危ないってのは、警視総監の傍につく人員に抜擢されたからだ。
ただ、それ以外が安全なんてことはない。逆に周囲の警戒に当たるみんなの方が最初からメデューサと激突するだろうから。
「ケイシソウカンヲ、カナラズオマモリシマス」
みんなの笑い声がはいる。
『ぷっ! なんで片言なのよー。もう。頼むわよ?』
「頑張ります」
そこからしばらく沈黙が流れた。
それぞれがこれから迫るであろう出来事を考えていることだろう。
果たして、生きて帰ることができるのか。
その思いがおそらくこの沈黙に現れていた。
「必ず、生きて帰りましょう」
『そうねー』
ララさんがあっけらかんと返事を返す。
『ふんっ! 偉そうに』
流さんが不満そうに言葉を紡ぐ。このやりとりも最後かもしれないと思ったら、なんか可愛く思えて来た。
『亮がニヤニヤしててこわーい』
「ちょっと! 翔さん!」
『このヤロー。いい度胸だ。今度会ったらぶちのめす!』
ほらー。流さん怒っちゃったじゃないですかぁ。どうするんですかー。
『まぁまぁ、こうやってまたじゃれ合えるように……生きて帰ろうじゃないか』
『『「はい!」』』
よしさんの言葉で、気が引き締まった。
やっぱり、さすが副社長。すごいな。
車は、警視庁が見えて来た。
そのビルは、見るも無残なほど穴が空いていて。
蜂の巣の様になっていた。
なかでも、正面玄関は、半分が抉れてなくなっている。
メデューサの攻撃の異常さを物語っていた。
背筋が冷たくなった。
あの合成魔法をくらったらきっとこうなっていたんだと想像できたからだ。
僕も、あのときに翔さんと咲月さんがいなかったら、こうなっていたかもしれない。
異様な警視庁の裏へと車をまわす。
こんな攻撃を受けたのに、正面から警視総監を出すバカはいないだろう。
ただ、それは《《誰もが思うこと。》》気をつけなければならない。
僕の車両を一番出入り口に近い所へ滑り込ませ、周りを囲むように他の車を配置する。万が一の壁にするためだ。
車を降りると裏口から入る。警備員に腕章を見せると、頷いて案内された。階段で18階まで上がれと言われた。頬を引きつらせていると、エレベーターが動かないのだという。
玄龍さんのところにいた頃以来だ。階段を上っていると、みんな無言だ。
「いやー。先生に指導されていた時を思い出すなぁ」
よしさんが階段を上がりながら口を開いた。このどうしようもない空気を軽くしようとしてくれたんだろう。
「えっ? よしさんも玄龍先生から指導受けたんですか?」
「そう。懐かしいよ」
8階、9階と階を増すごとに少し息が上がっていく。鍛錬がたりないなぁ。一番最近鍛錬を受けていたはずなのに。
そう反省していると、他の皆も上を睨みながら息を上げていた。
「なんかの嫌がらせー?」
「ったく、こういうのは苦手なのに……」
ララさんはいきり立ち、雅人さんは弱音を吐いていた。
これは、仕方がない。
戦闘要員である僕達はそんなこと言っていられない。
「もう少しだよ。上がったらちょっと止まって息を整えようか」
よしさんのその提案に、みんなが頷いている。
いつも鍛錬しているんだけど。
まだまだ足りないようだね。
最近、僕も怠けていたからなぁ。
恵美さんといるとどうも自分に甘えてしまう。
少し律しないとな。
18階に着く頃には完全に息が上がっていた。
深呼吸をすると、収まってきた。
ララさんなんて膝に手をついてハァハァ言ってる。
雅人さんも顔が青くなっていて大丈夫かな。
みんな大きく息を吸って酸素を取り入れようとしている。
少し落ち着くと、よしさんが声を掛けた。
「よし、行くよ。しっかりね」
よしさんが歩を進める。
まだララさんと雅人さんが辛そうだけど、仕方ない。
あまり待たせると良くないだろうから。
──コンコンッ
警視総監室と書かれた扉をノックする。
返事があったため開けると、警視総監とその横にSPが立っていた。
ジロリとこちらへ視線を送ってくる。
「警護会社 イージスです。この度は、ご依頼をありがとうございます。警護に参りました」
「いやー。護くんが大変な時にすまないねぇ。家族にどうしても会いたくてね」
いやいや、我慢してくださいよという言葉を飲み込んだ。こんな襲撃を受けて命の危機を感じたんだろうけどね、僕達は毎日それを感じている。
「いえ。それでは、交代しましょう」
SPに声を掛けると、鼻で笑われる。
「ふんっ。ちゃんと警視総監を守れるのか?」
「この前の襲撃では、うちは一人も犠牲者を出していません。そっちは多大な犠牲者を出したようですけど?」
珍しくよしさんが積極的に口を開く。
いったいどうしたっていうんだ?
「それは、油断していたからだ」
「それで命を落としていては、シャレになりませんねぇ。ボクたちは、日頃から油断なんてしません。それが己を殺すとわかっているからです」
よしさんが睨みつけた。
こっちだって、護さんが足を失ってんだ。
お前たちが最初からMCTとSIT呼んでりゃよかったのに。
「やめなさい。イージスの方でも怪我人が出た。最初からウチが万全を期していれば、それはなかったかもしれないんだ。お前たちは下がっていい」
その言葉に渋々引き下がるSP達。
「すまないね。ナーバスになっているんだ」
「仕方ありません。では、行きましょうか」
「あぁ。頼む」
空気がピリついたまま、上がってきた階段を今度は下りていく。
隊形を維持しつつ下りていく。
一番近い所には、僕が付くことになった。
「君が期待の新人かな?」
「期待の、かはわかりませんが、新人です。ですが、命に代えてもお守りします」
「しっかりと教育が行き届いているね。でも、命を第一に考えてくれよ?」
「善処します」
そう答えることしかできなかった。
依頼人を見捨てて逃げることなんてできないんだから。
下りていく階段は地獄へ向かう階段のように思えた。




