36.戦前
その知らせは、警護の任務から帰ってきたときに全員へ通達された。
会社へ戻ってくるなり、集まるように言われたのだ。
みんな困惑の表情でよしさんが口を開くのを待っている。
「……実はな、警視庁が壊滅的な被害を受けたそうだ」
「えっ? まさか……」
僕は、最悪の事態を考えて声を出した。
「そうだ。メデューサによる大規模襲撃を受けたらしい」
警視庁を壊滅させるなんてどんな組織なんだ?
「被害は甚大。SITもMCTも壊滅。警察組織として機能できる状態じゃないらしく、全国から応援を呼んでいるらしい」
まぁ、警察組織だもんね。別に警視庁だけじゃないし。全国から集まればまだ対抗しうるだろうなぁ。今度は、自衛隊とかも出てきちゃうんじゃないのかなぁ。
そんな悠長なことを考えていたのだが、次の一言で脳が一気に叩き起こされる。
「それでなぁ。うちにも救援要請が来たんだ」
「はぁ? なんでうちに?」
これに反応したのは、流さん。
警察を毛嫌いしているからね。
まぁ、ここにいる人たちは誰もいい感情を持っていないけど。
「狙われているのは、警視総監らしいんだが。警護してほしいらしい」
それには、みんなのこめかみがピクピクと動いている。
嫌味ばっかり言うくせに、トップを守れないから警護してほしいってこと?
「嫌だといったらぁ?」
ララさんが口を開いた。自分も散々嫌味を言われ、そして婚約者を殺された過去がある。警察の組織にも恨みを持っている。
「それがなぁ。そういうわけにもいかないんだぁ。護さんに直接警視総監から連絡があってねぇ。《《家族》》を守って欲しいんだって」
それなら話が変わってくる。自分が狙われていて、被害が家族に及ぶかもしれないと。それを心配して依頼してきたってことか。
みんなの表情が緩んだ。
それなら、考えなくもないと言った感じだ。
ただ、メデューサと対峙する可能性は大だ。
みんなわかっている通り、家に帰ってきた時が一番簡単に始末できるから。ただ、そこまで警視総監もバカじゃないよね。
「あのー。さすがに、警視総監は警視庁に缶詰ですよね?」
僕が聞くと、よしさんは表情を固くした。
えっ?
うそでしょ?
「一度でいいから帰って家族の顔を見たいと言っていてな……」
だから、僕達に警護をお願いしたのか。
家族が狙われるのがわかるから。
でも、警察で固めればいいじゃないか。
「警察をこれ以上犠牲にできないから、民間を雇うのか?」
伴さんが的確な所をついてくる。
おそらくそうだ。
警察には迷惑をかけられない。
でも、民間の警護会社なら別に犠牲になってもいいだろう。そういうことか?
「おそらくそういうことだろう。だが、無下にもできん。これまで仕事を斡旋してくれていたお得意様だったからな」
警察でできない人の対応を護さん経由でしていたということか。だとしたら、悪い人ではないのかもしれないな。人を思える人なら。
「明日から警護にあたる。一応ペアで行動するが、流動的に考えながら編成する。いいかな?」
「「「はい!」」」
こうして、警視総監の警護にあたることとなった。こうなると、おそらく家には帰ることができないわけで。そうすると機嫌を損ねる人がいるわけで。
家に帰ると仕事の時間だと思うんだけど、なぜか恵美さんがいた。
「あれ? お仕事はどうしたんですか?」
「んふふー。今日は休んだ。適当に風邪ひいたって言ってねー」
「また、なんでです?」
その問いにニヤニヤしながらこちらを見る恵美さん。何かを知っているんだろうか?
あれ?
もしかして、イージスにスパイがいる?
「誰から聞いたんですか? しばらく帰って来られないって聞いたんですよね?」
「聞いたわけじゃないよー。教えてくれたんだよー」
恵美さんは楽しそうにそう口にすると、冷蔵庫からビールを出してきた。珍しいな。家ではお酒飲むこと少ないのに。まぁ、仕事でさんざん飲むからだけど。
ネクタイを緩めながら、座椅子に座る。
テーブルに置かれたビールを手に取って開けて、恵美さんのビールとコツンとぶつけ合った。
「それで? 誰に聞いたんですか? 教えないとGPSアプリ消しますよ?」
「むー。咲月ちゃんだよー」
頭を抱えてしまう。
なんでそこが繋がってるんだよ。
思わずため息を吐いてしまう。
まぁ、たしかに警護のときにいたけどさぁ。
「あの子、持っているものがいいからたまに手伝ってもらおうかなぁって連絡先聞いてたの」
そういうことか。それがスパイと化していたわけだ。咲月さんめぇ。
「……怖いの」
「何がですか?」
「亮がいなくなるかもしれないと思ったら……」
この前の警護の時に一瞬姿を消したしな。
そういうのもあってそう感じるのかもしれない。
でも、これは僕が望んだ仕事だ。
「僕は、生きるために抵抗しますよ? ただ、僕も今は……恵美さんを失いたくない……そう思ってしまっています」
「それなら、絶対に生きて帰って来てよ」
「頑張ります。ただ、過去の因縁の相手を前にしたら冷静にいられる自信がありません」
そう口にすると、両頬を引っ張られて顔を無理やり恵美さんの顔も前に持っていかれる。
そして、ジッと目をみていると。
「その時は、私の顔を思い出して。帰って来ることだけを考えて」
「はい。そうします」
「よしっ! 今日は飲もー!」
僕はいつの間にか、恵美さんといることが日常になっている。
そのことに初めて気づいたのだった。
でもそれは、同時に過去が薄れていっているということ。
このままでいいんだろうか。
灯のことを忘れてしまうのではないだろうか。そんな思いが、離れず。あまりこの日は楽しめなかった。
でも、頑張って生きて帰ってきます。
いざ、戦場へ。




