Episode 81
翌朝、僕が目を覚ましたとき、洞窟の入り口は、濃い霧に覆われて一面真っ白になっていた。
僕はつるりとした岩の傍らにゆっくりと腰を下ろし、先日、親切な紙墨店の主人が貸してくれた、背表紙の擦り切れた古書を慎重に開いた。
一枚一枚の紙はすっかり黄ばんでおり、長い年月を経て本の端々はぼろぼろに傷んでいた。それでも、そこに記された文字は、まだ比較的鮮明で読みやすかった。
僕は顔を伏せ、ざらついた指先で、素朴な墨の筆跡を一画ずつ慎重になぞっていく。
「天……地……人……心……」
一字一字、ひどくゆっくりと読み上げる。ときおり考え込むように手を止めては、その字形を記憶に刻み込もうとした。
隣では小さなリスが丸くなってうとうとしていた。僕が何かを読み間違えるたびに、その長い耳がぴくぴくと動く。
「おい。今、『心』を『兎』と読み間違えたぞ」
僕は驚いて、ばっと顔を上げた。
「本当か?」
「ほかに誰がいる」
僕は顔を伏せ、疑わしげにもう一度書物を覗き込んだ。
「そんなはずないだろう。お前の聞き間違いだよ」
リスは怠惰そうに、大きなあくびを一つした。
「わしの耳には、はっきり聞こえたぞ」
僕は首を傾け、疑念に満ちた目でリスを見つめた。
「ところで、お前はいつから文字が読めるようになったんだ?」
「わしは生まれつき聡明なのだ。この世のあらゆることを知っておる」
「じゃあ、試しにこの字を読んでみろよ」
リスは紙面に目を向け、じっと文字を見つめた。
沈黙。
長いことそうしていたが、やがて僕の視線を避けるように、ぷいとそっぽを向いた。
「わ、わしは今、ちょっと忘れてしまっただけだ」
僕は思わず声を上げて笑った。
書物を丁寧に閉じ、細い縄で背表紙をしっかりと縛る。それから、慎重に上着の懐へしまい込んだ。
今朝は、まだ麓の市へ下りるつもりはなかった。先日、ファム・ヒウ・テーが洞窟まで訪ねてくると約束していたし、フア・ティン・ティーも、僕が教わった文字の知識をきちんと復習しているかどうか、確かめると頑なに言い張っていたからだ。
僕は熟れた山の実をいくつか手早く摘んで籠に入れ、それを肩に掛けると、青々とした竹林の方へ足早に向かった。
僕が到着したときには、フア・ティン・ティーはすでに稽古場の前で待っていた。
平らにならされた地面には、小さな木の机が置かれ、その上にはドー紙と毛筆、それに真っ黒な墨を磨るための硯がきちんと並べられていた。
そばでは、彼女に仕える少年が、枯れ葉を箒でせっせと掃き集めていた。ときおり顔を上げては、好奇心に満ちた目で僕をちらちらと眺めている。
僕の姿を認めると、フア・ティン・ティーは冷ややかに手を上げ、木の椅子を指さした。
「そこに座りなさい」
僕は素直に椅子を引き、席に着いた。
「自分の名前を書いてみなさい」
僕は筆を手に取り、目の前にドー紙をきちんと広げた。
今度は、紙の上に浮かび上がった「ラム・チエウ・バン」の三文字が、以前よりずっと整って見えた。
筆遣いにはまだ幼さが残り、流麗と呼ぶには程遠い。それでも、昨日のように文字が傾き、まるで何かが這いずった跡のように歪んでいるわけではなかった。
フア・ティン・ティーは身をかがめ、じっと文字を眺めた。
「少なくとも、今の字ならどうにか見られるわね。昨日みたいに、三匹のミミズがのたうち回っているような字ではなくなったわ」
僕は顔を上げ、彼女を見た。
「もう少し素直に褒めてくれてもいいんじゃないか?」
「もちろん、できるわよ」
彼女は細い指先で最初の一文字を指した。
「この字は、昨日よりほんの少しだけましになったわ」
僕は言葉を失い、ため息をついた。
「どうやら、君の口から『褒め言葉』を聞けると期待するのはやめた方がよさそうだな」
彼女は小さく吹き出すと、僕に昨日習った四文字を続けて書くよう促した。
天。
地。
人。
心。
フア・ティン・ティーは一文字ずつ目を通し、少し曲がっていた一画を見つけると、何気ない手つきで筆を取り、書き直した。
「それぞれの意味は、まだ覚えている?」
「天は広い空。地は揺るぎない大地。人はそこに暮らす人間。そして心は、人の心だよ」
「正解よ」
僕は瞬きをして彼女を見た。
「今のは本当に褒めてくれたのか? それとも皮肉か?」
「本当よ」
僕は満足げに微笑んだ。
フア・ティン・ティーは新しいドー紙を一枚取り出し、そこに見慣れない二文字を書き加えた。
「生」
「死」
僕は顔を伏せ、二文字をじっと眺めた。
「生きることと、死ぬこと……だよね?」
「間違っていないわ」
僕はその二文字を何度か口の中で繰り返した。それから、ふと思いついたように尋ねた。
「ところで、生死というのは、結局のところ、人間が生きるか死ぬか、それだけの話なのかな?」
フア・ティン・ティーは思いがけない質問に驚いたように顔を上げた。
「あなたはどう思うの?」
僕は少しの間、考え込んだ。
「生きるか死ぬかということだけじゃないと思う。人が死ぬまでに、どう生きるべきなのか。道理にかなった生き方ができるかどうか、そういうことも含まれているんじゃないかな」
少女は、どこか異なるものを見るような目で僕を見つめた。
今の答えは、深い森で野生同然に暮らしてきた十歳の子供に期待できるようなものではなかった。
けれど、彼女はそれ以上問いただそうとはせず、静かに筆を取り、別の文字を書き始めた。
「まずは、今習っている文字をしっかり覚えなさい。生死のような大きなことを考えるのは、その後でいいわ」
僕は素直にうなずいた。
そして再び、墨を磨り、文字を書く練習に没頭した。
半刻ほどが過ぎた頃、フア・ティン・ティーはふと僕の手首に目を留めた。
そこには、赤黒い痣がくっきりと残っていた。先日、乱暴な黒衣の男に強くつかまれたときの痕が、まだ完全には消えていなかったのだ。
彼女は筆を置いた。
「その手首、どうして怪我をしたの?」
僕は慌てて袖を引き下ろし、痕を隠そうとした。
「大したことじゃないよ」
フア・ティン・ティーは冷ややかな目で僕を見た。
「手首を見せなさい」
僕は少しためらったものの、結局おとなしく手を差し出した。
彼女は紫色に変色した痕を念入りに確かめ、柳のように細い眉をわずかに寄せた。
「誰かに強くつかまれたのね?」
僕は小さくうなずいた。
「少し前に、見知らぬ男たちが僕を無理やり連れ去ろうとしたんだ」
「そいつらと戦ったの?」
「何とか逃げ出そうとしただけだよ」
フア・ティン・ティーは僕の目をまっすぐに見つめた。
「相手に一撃でも当てられた?」
「いや」
「それで、捕まって連れ去られたの?」
「いいや」
「なら、あなたの行動は正しかったわ」
僕は思いがけない言葉に、きょとんとした。
彼女の気の強い性格からして、てっきり、臆病者だの、勇気を出して反撃すべきだったのに、だのと責められるものだと思っていた。
フア・ティン・ティーは僕の手首を放した。
「相手はあなたより力が強く、そのうえ武器まで持っていたのでしょう。そんな連中を相手に、正面から立ち向かって、愚かな勇気を証明する必要なんてないわ」
「でも、もしあのとき、どうしても逃げられなかったら?」
「そのときは、相手があなたをつかみ続けられないよう、あらゆる工夫をするのよ」
彼女は机の上に置いてあった木剣を二本、手に取った。
「以前、私が教えた剣の握り方は覚えている?」
僕ははっきりとうなずいた。
「肩の力を抜く。手首は柔らかく使う。足を一か所に固定してはいけない」
「よく覚えているわね。では、よく見ていなさい」
フア・ティン・ティーは木剣を一本手に取り、僕に向かって手を差し出した。
「私の手首を、力いっぱいつかんでみなさい」
僕は言われたとおり、彼女の手首を片手でしっかりと握り締めた。
彼女は無理やり力任せに腕を引き抜こうとはしなかった。
代わりに、わずかな隙間を探るように手首を滑らかに回しながら、片足を横へ踏み出し、同時に身体の重心を移動させた。
すると、彼女の腕は僕の手の中から、ほとんど音も立てず、するりと抜け出した。
「今の動き、見抜けた?」
「手首を回したんだね」
「ただ手首を回しただけではないわ。肩も一緒に動かして、足運びも合わせているのよ」
彼女はもう一度、僕に手首を差し出した。
「もう一度やってみなさい」
僕は再び、彼女の手首を強くつかんだ。
先ほどの動きを真似しようとしたものの、手首をぎこちなく回したところで、フア・ティン・ティーにあっさりと動きを封じられてしまった。
「今、どこに力を集中させていたの?」
「手に……」
「それで、足はどこへ置いてきたの?」
僕は自分の足元を見下ろした。
「そ、それは……足を動かすのを忘れていたよ」
「最初からやり直し」
二度目の挑戦では、僕は先に片足を横へ踏み出し、それから手首を回すようにした。
すると今度は、彼女に握られた手首が、あと少しで抜け出しそうになった。
フア・ティン・ティーは満足そうにうなずいた。
「その方向で合っているわ」
僕は自分の手を眺めた。
「じゃあ、相手がもっと強く握り締めてきたら?」
「それでも、必ず隙間を見つけるの。相手と反対方向へ力任せに引っ張ろうとしては駄目よ」
彼女は一拍置き、声を引き締めて言った。
「よく覚えておきなさい。自分より強い相手を、すべて倒す方法を身につけることはできないわ。でも、そいつらに簡単につかまらない方法なら、いくらでも学べる」
僕は彼女をじっと見つめた。
何も言わず、ゆっくりとうなずく。
今日学んだこの実践的な生き残り方は、先ほど覚えた幾多の聖賢の言葉よりも、ずっと貴重で、忘れがたいものに思えた。
昼過ぎ、ファム・ヒウ・テーが、突然、僕のいる洞窟までやって来た。
彼は一人ではなかった。ずっしりと重そうな小さな米袋に、粗塩、それから真新しい麻縄をひと巻き抱えていた。
僕の姿を見つけるなり、ヒウ・テーは荷物を地面に下ろした。
「お前に、予備の品を少し持ってきてやったぞ」
僕は米袋を見て、驚いた。
「薬草を採って市場へ持っていけば、自分で物々交換できるのに」
「そんなことは分かってるさ。でも、これは俺からの贈り物だ」
「贈り物?」
ヒウ・テーは麻縄を指さした。
「お前は俺の竹舟を直すのを手伝ってくれたし、この前は村の人たちを火事から救うために、勇敢に飛び込んでくれた。これは、その礼みたいなもんだ」
僕は友人の顔を見つめた。
「僕は人を助けるとき、見返りなんて考えていないよ」
「お前が考えるかどうかは、お前の勝手だ。だが、俺が渡すかどうかは俺の勝手だろ」
僕は思わず吹き出した。
「お前の言い方、あのフア・ティン・ティーという女の子にそっくりだな」
「誰だ、それ?」
「最近知り合った、威張り散らして命令するのが大好きな女侠だよ」
「へえ。じゃあ、ずいぶん気が合うんじゃないか」
僕はぶんぶんと首を横に振り、それ以上言い争うのをやめた。
二人でしばらく休んだあと、洞窟の周囲を歩いて調べることにした。
ヒウ・テーは目ざとく、僕が以前に偽装しておいた古い足跡を見つけた。それから、年老いた松の幹に残る傷跡にも目を向けた。
彼はしゃがみ込み、深く刻まれた跡をざらついた指でなぞった。
「横線が四本。はっきり残っているな」
僕はうなずいた。
「黒衣の男が、自分の手で刻んだ合図だ」
「おそらく、場所を示すための目印だろうな」
「たぶんね」
ヒウ・テーは山の方へ視線を巡らせた。
「もしあいつらが本気でお前を追っているなら、いつ戻ってきてもおかしくないぞ」
「それは分かっているよ」
「分かっていて、まだこの洞窟に居座るつもりなのか?」
「ここは僕の家だから」
ヒウ・テーはそれ以上、無理に説得しようとはしなかった。
ただ、洞窟の周辺を熱心に歩き回り、外からは見つけにくい、洞窟へ通じる険しい小道を探してくれた。
やがて、僕たちは、茂ったシダの陰に隠れた細い獣道を見つけた。その道は低い岩場の斜面へと続いている。そこからなら、本道を通らずに、そのまま地下の小川へ出ることができた。
僕はその場所を、忘れないようにしっかりと頭に刻み込んだ。
ヒウ・テーは、侵入者があれば音で知らせてくれるよう、乾いた小枝を何本か道の入り口に散らしておくことを提案した。
僕はそれにうなずいたが、人を傷つける罠を仕掛けることだけは、きっぱりと断った。
二人であれこれと作業を続けているうちに、空は夕暮れの色に染まり始めていた。
休憩に入ると、ヒウ・テーは岩にどっかりと腰を下ろし、冷たい水を勢いよく喉へ流し込んだ。
「なあ、チエウ・バン」
「どうした?」
「いつか、この薄暗い森を離れなきゃならなくなったとしたら、お前はどこへ行くつもりだ?」
縄の束を片づけていた僕は、その問いに手を止めた。
「そんなこと、考えたこともなかったよ」
「一度も麓の村や市へ下りて、そこで暮らしてみたいと思ったことはないのか?」
「たまには考えるよ」
「だったら、どうして下りていかないんだ?」
僕は遠く、どこまでも続く地平線へ目を向けた。
「ここには、幼い頃から慣れ親しんできたものがたくさんあるから」
ヒウ・テーは思案するようにうなずいた。
「そうだよな。分かるぜ」
彼は少し黙り込んでから、ふと思いを明かすように言った。
「けど、人間は生まれてから死ぬまで、ずっと同じ場所に留まっていられるわけじゃない」
「お前の夢は何なんだ?」
「俺は大海原へ行ってみたい」
「海へ?」
「ああ。俺はまだ、一度も自分の目で海を見たことがないんだ。商人のじいさんたちから聞いた話じゃ、海はとてつもなく広くて、片方の岸に立っても、向こう岸なんてまったく見えないらしい」
僕は、果てしなく広がる水の世界を思い浮かべた。
「そこには大きな魚もいるのかな?」
「いるに決まってるだろ」
「竹舟と同じくらい大きな魚もいる?」
「いるかもしれないな」
僕の肩に乗っていた小さなリスが、その話を聞くなり、ぱっと顔を上げた。
「その魚は、焼いて食べられるのか?」
ヒウ・テーは腹を抱えて大笑いした。
「もちろんだ。きっと最高にうまいぞ!」
リスはたちまち満足げな顔になり、何度もうんうんとうなずいた。
僕はヒウ・テーを見た。
「それで、お前はいつ海へ旅立つんだ?」
「俺にもまだ分からないな。たぶん、あと何年かして、もっと大きくなってからだ」
「そのときは、僕も一緒に行くよ」
ヒウ・テーは驚いて、勢いよくこちらを振り向いた。
「本気で言ってるのか?」
「もちろん。本当の海がどれほど広いのか、僕も自分の目で見てみたいんだ」
ヒウ・テーはしばらく僕の顔を見つめていたが、やがて目の前に手を差し出した。
「だったら、指切りして約束しようぜ。海の果てまで一緒に行くってな」
僕は手を伸ばし、彼の節くれだった手をぎゅっと握った。
「ああ、約束だ」
二人の子供は、広大な山林の中で、互いの手を固く握りしめた。
その約束がいつか本当に果たされるのか、二人のどちらにも確かなことは分からなかった。
それでも、あの日の夕暮れ、大自然のただ中に並んで座っていた二人の子供にとって、果てしなく広がる大海原は、ほんの数歩先にあるかのように感じられた。
ヒウ・テーが帰っていくと、僕は一人で水筒を手に取り、西側にある地下の小川へ水を汲みに行くことにした。
念のため、遠回りの道を慎重に選び、四本の横線が刻まれた目印のある場所には決して近づかないようにした。
太陽はすでに西へ傾き、黄金色と橙色の陽光が木々の枝葉の隙間から差し込み、幻想的な光の筋を地面に落としていた。
鳥のさえずりは次第にまばらになり、あたりには虫の鳴き声と、小川のせせらぎだけが残っていた。
僕が身をかがめ、竹筒を水面に沈めようとした、そのときだった。
遠くから、馬の蹄が地面を叩く乾いた音が聞こえてきた。
コツ。
コツ。
コツ。
僕は驚いて、勢いよく振り返った。
小川の向こう岸に続く細い山道を、一人の大柄な男が、馬の手綱を引きながらゆっくりと歩いていた。
昨夜遅くに姿を現した、あの見知らぬ旅人だった。
男の身にまとった外套には長旅の砂埃がこびりつき、腰には古びた長剣が差してあった。顔つきには目立った殺気も凶暴さも感じられなかったが、その眼差しはひどく鋭く、隅々まで周囲に気を配っていた。
男は悠然と歩きながら、ときおり足を止めては、湿った地面に残された足跡を注意深く調べていた。
僕はその場に立ち尽くした。
男もすぐにこちらの存在に気づいた。
二人の視線が、川を挟んだ空間で交錯する。
一拍ほど間を置いてから、男は低く落ち着いた声で尋ねた。
「お前が、この辺りで暮らしている子供か?」
僕はすぐには答えなかった。
腰に差された長剣を警戒するように一瞥し、それから大柄な軍馬へと視線を移した。
「そうかもしれない」
「そうかもしれない、とはどういう意味だ?」
「この辺りには人が住んでいる。僕もすぐ近くに洞窟を見つけて、そこで暮らしているんだ」
「では、お前がラム・チエウ・バンだな?」
僕の警戒心は、一気に最大まで高まった。
「なぜ僕の名前を知っている?」
「ある者から、お前の名を聞いたことがある」
「誰がそんなことを言ったんだ?」
男はしばらく黙って僕を眺めていた。
「その者が誰なのか、お前が知る必要はない」
僕は、こういう曖昧で煮え切らない受け答えが大嫌いだった。
水筒を持ち上げ、本能的に半歩後ろへ下がる。
男は僕の警戒した様子を察したらしい。
「そう身構えるな。お前を捕らえに来たわけではない」
「この前、僕を無理やり連れていこうとした奴も、まったく同じことを言ったよ。その後、僕が一緒に行きたいかどうかなんて、聞きもしなかったけどね」
男は黙り込んだ。
やがて、穏やかに小さく笑った。
「どうやら、もう少し丁寧に説明する必要がありそうだな。私はただ、お前にいくつか尋ねたいことがあって、ここまで来たのだ」
「何を聞きたいんだ?」
「謝重山という名の老鍛冶師に、偶然出会ったことはあるか?」
僕は男をじっと見つめた。
「あるよ」
「今、あの男がどこに身を隠しているか分かるか?」
「知らないよ」
「では、あの男が以前使っていた古い鍛冶場に入ったことは?」
僕は口を閉ざした。
男は辛抱強く待っていた。無理に答えを引き出そうとはしない。
そのまま馬を川辺まで連れていくと、馬が自由に水を飲めるよう、手綱を緩めてやった。
「お前については、なかなか面白い話を耳にしていてな」
「どんな話?」
「お前が自ら手を貸し、あの老鍛冶師を古い鍛冶場から逃がしたという噂だ」
「世間の人間は、話を大げさに膨らませるのが好きだからね」
男は豪快に笑った。
それから顔を上げ、目の前に立つ子供を意味ありげに見つめた。
「まだ幼いというのに、厄介な質問をかわす術は心得ているようだな」
「あなたも僕と大して変わらないよ」
今度は男も、本当に声を上げて笑った。
彼は僕の頭から足元まで、じっくりと観察した。
「坊主。自分がどれほど危険な厄介事に巻き込まれているのか、分かっているのか?」
僕は黙っていた。
男はゆっくりと言葉を続けた。
「今、この原生林に何かが隠されているらしく、それを探し回っている連中がいる。何を手に入れようとしているのか、私にも詳しいことは分からん。だが、奴らに善意など微塵もないことだけは断言できる」
「では、あなたは何者なんだ?」
男は手を伸ばし、長剣の柄にそっと触れた。
「ただの旅人だ。たまたまこの辺りを通りかかったにすぎん」
「普通の旅人なら、わざわざ世間の厄介事に首を突っ込んで、あれこれ詮索したりしないよ」
男の目つきが、ほんのわずかに変わった。
「お前の言うとおりだ」
その場に静寂が降りた。
やがて男は馬の手綱を引き、こちらに背を向けた。
「これ以上、お前の邪魔をするつもりはない」
ところが、馬を歩かせようとした直前、男は不意に振り返って尋ねた。
「ところで、お前は武術を師について習ったことがあるか?」
「一度もないよ」
「では、先ほどのあの立ち構えは誰に教わった?」
僕はわずかに驚いた。
男は地面を指さした。
「お前の立ち方は、普通の子供のそれとはまるで違う。左足をわずかに前へ出し、膝を軽く曲げて重心を低く保っている。後ろ足にも余裕があり、いつでも自在に足運びを変えられる構えだ。明らかに、誰かから基本的な動きを教わっているな」
僕の脳裏に、フア・ティン・ティーとダ・トゥオンの姿が浮かんだ。
「何人かの人から、見よう見まねで覚えたんだ」
男は納得したようにうなずいた。
「そうか。ならば、そのまま学び続けることだ」
男は身軽に馬の鞍へとまたがった。
「だが、一つ覚えておけ。他人から学んだものは、所詮、始まりにすぎん。いつか必ず、自分自身に本当に合った流儀を、自らの力で見いださなければならない日が来る」
僕は男をじっと見つめた。
男はすぐには馬を走らせなかった。
「あなたの名前は、結局何というんだ?」
「チャン・フン・ダオだ」
そう言うと、男は手綱を引き、馬をゆっくりと歩ませて去っていった。
僕は小川のほとりに立ち尽くし、年老いた松林の向こうへと消えていくその背中を見送った。
そのときの僕にとって、その見知らぬ名前には、まだ何の深い意味もなかった。
ただの奇妙な旅人が通りすがりに現れ、謝重山についていくつか質問を残し、何事もなかったかのように立ち去っていった。それだけのことだった。
けれど、男が最後に残した言葉だけは、僕の心に深く刻み込まれていた。
――いつか必ず、自分自身に本当に合った流儀を、自らの力で見いださなければならない。
太陽はすでに西の山並みの向こうへ沈みかけていた。
僕は水筒を手に、急いで洞窟へ戻ることにした。
しかし、帰り道の半ばまで来たところで、洞窟の入り口のすぐ前に、見覚えのない新しい足跡が残されていることに気づき、ぴたりと足を止めた。
一人分の足跡ではない。
何人もの人間が、ここを訪れていた。
僕は静かに息を吸い込み、身を低くして、地面に刻まれた足跡を注意深く観察した。
一つは、大きく無骨な靴跡。
もう一つは、それより少し小さい靴跡。
そして、馬の蹄の跡まで混じっていた。
僕はさらに身をかがめた。
足跡はまだ新しく、踏みつけられた落ち葉も元の形を取り戻していない。
ここを訪れた者たちは、つい先ほど立ち去ったばかりなのかもしれない。
僕は不用意に洞窟へ近づくことを避けた。
素早くシダの茂みの裏手へ回り込み、慎重に低い岩場へとよじ登って、周囲の様子をうかがった。
上から見下ろした瞬間、僕は息をのんだ。
洞窟の入り口のすぐ前に、三人の男がうろついていたのだ。
一人は高く掲げた提灯であたりを照らし、何かを探している。
もう一人は腰をかがめて地面を調べていた。
そして三人目は、洞窟の入り口付近に残された痕跡を手でなぞりながら確認していた。
僕は、その中に見覚えのある男を見つけた。
落水の渡し場に現れた、あの黒衣の男だった。
男は二人の手下と、冷ややかな声で何やら話していた。
「中には入って調べたのか?」
「ご報告申し上げます。子供の姿はまだ見当たりません。どうやら留守にしているようです」
「隅から隅まで徹底的に探せ!」
命令を受けた手下の一人が、すぐさま身をかがめ、洞窟の中へと踏み込んでいった。
僕の胸は、今にも飛び出しそうなほど激しく打ち始めた。両手は無意識のうちに固く握り締められていた。
隠しておいた貴重品は、すでに別の場所へ移して埋めてある。洞窟の中にはもう残っていない。
だが、一つだけ問題があった。
あの親切な紙墨店の主人から借りた、文字を習うための古書が、まだ岩の上に置きっぱなしになっていたのだ。
僕はそれを持ち出すことすらできていなかった。
焦る気持ちを押し殺しながら、周囲に目を走らせ、注意をそらす方法を探した。
岩場のすぐ下には、鬱蒼と茂った野生のヤマブドウの藪があった。その裏手には、沢筋へと真っ逆さまに続く急斜面がある。
もし危険を承知でそこを下りれば、連中の背後に回り込み、洞窟の入り口へ接近できるかもしれない。
僕は歯を食いしばり、一歩ずつ慎重に足を動かした。
しかし、最も危険な瞬間に、思いもよらぬ災難が降りかかった。
小さな石が、うっかり僕の踵から滑り落ちたのだ。
カラカラッ……。
黒衣の男が、音を聞きつけて勢いよく顔を上げた。
「誰だ! そこにいるのは!」
手下の一人が腰の短刀を抜き放ち、荒々しい足取りで岩場へと駆け寄ってくる。
もう、迷っている時間はなかった。
僕は手を伸ばして枯れ枝を一本へし折り、藪の反対側へ思いきり投げつけた。
バキッ!
静寂に包まれた森に、乾いた枝の折れる音が響き渡った。
男は驚いたように、勢いよくそちらへ振り向いた。
僕はその一瞬の隙を逃さず、覚悟を決めて斜面へと身を投げ出した。
重心をできる限り低く保ち、肩を傾ける。
ダ・トゥオンに教わった受け身を正確に思い出し、身体にかかる衝撃を逃がした。
足元の土砂がざあっと崩れ落ちていく。
それでも、今回は顔から地面に叩きつけられることはなかった。
干上がった沢筋に着地すると同時に、僕は一目散に駆け出した。
背後から黒衣の男の怒号が響く。
「そいつを捕まえろ! 逃がすな!」
間髪入れず、複数の足音が猛烈な勢いで追いかけてくる。
僕は干上がった小川を駆け抜け、滑りやすい岩を踏み越えながら、二本の大きな松の木の間にある狭い隙間へと身体をねじ込んだ。
一度たりとも、振り返ることはしなかった。
ところが、シダの茂みを抜けようとした、その瞬間だった。
突然、耳をつんざくような馬の嘶きが響き渡った。
一頭の大きな軍馬が、細い山道を塞ぐように堂々と立っていた。
そして、その背には、暗色の外套をまとった男がまたがり、冷ややかな眼差しで僕を見下ろしていた。
チャン・フン・ダオだった。
男は、僕がなぜそんなに必死になって逃げているのか、理由を尋ねようともしなかった。
ただ黙って、がっしりとした手を差し伸べた。
「早く乗れ!」
僕は差し出された手を見つめた。
すぐ後ろから、手下たちの怒号と追いかけてくる足音が迫っていた。
この男が本当に信用できる相手なのかどうか、考えている余裕などまったくなかった。
この差し迫った状況で、ほかに選べる道はなかった。
僕は手を伸ばし、男の手をつかんだ。
チャン・フン・ダオは力強く僕を引き上げ、あっという間に鞍の上へ乗せると、手綱を強く引き、馬を前方の細い山道へと一気に駆け出させた。
夜風が耳元で幾度も唸りを上げる。
樹齢千年を超えるような巨木が、瞬く間に視界の両脇を流れ去っていった。
僕は振り返り、後方をちらりと確認した。
三人の黒衣の男が、すでに沢筋の入り口まで追いついてきていた。
そのうちの一人が木製の弓を取り出し、僕たちに狙いを定めて弦を引き絞った。
矢が闇を切り裂き、風を唸らせながら飛んでくる。
チャン・フン・ダオは瞬時に身体を傾け、僕の頭を馬の背に押しつけるように低く伏せさせた。
ヒュッ!
矢はすぐ脇にあった古い松の幹へ、深々と突き刺さった。
男は一度も後ろを振り返らなかった。
そのまま馬をさらに激しく駆けさせ、長い道のりを一気に走り抜ける。
やがて僕たちは、危険な原生林の区域から完全に脱出することができた。
追いかけてくる馬の蹄の音が遠くの静寂に溶け込んでいくまで、男は馬を走らせ続けた。
ようやく追っ手の気配が完全に消えたところで、彼は手綱を引き、馬を止めた。
僕は荒い息を繰り返しながら鞍の上に座り込んでいた。両手は今もなお、男の外套の裾を固く握り締めている。
チャン・フン・ダオは振り返り、僕を見下ろした。
「さて、あの連中がお前を追い回している理由について、今度こそ正直に話してもらおうか。奴らはいったい何の目的でお前を追っている?」
僕は息を整えながら、途切れ途切れに答えた。
「ぼ、僕にも……本当に何も分からないんだ」
チャン・フン・ダオはしばらくの間、考え込むように僕を見つめていた。
やがて、ひどく淡白な笑みをこぼした。
「そうか。ならば、どうやら私自身が腕をまくって真相を探り出すしかなさそうだな」
そう言うと、彼は馬首を巡らせ、暗い山道の奥へと進み始めた。
遠くの山々では、夜の帳が深く垂れ込め、年老いた松林を不気味な闇で覆い尽くしていた。
そして、原生林の奥深くでは、黒衣の一団が次なる大規模な追跡に向けて、すでに動き始めていた。
今度はもう、行方不明者を捜すふりなどするつもりはない。
あらゆる残忍な手段を用いてでも、必ず僕を生け捕りにするつもりだった。
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