Episode 75
深い原生林の奥に、清々しい朝の光が差し始める。鳥たちのさえずりは、いつもその日最初の鮮やかな陽光が木々の間からこぼれるよりも早く、森の静寂を破っていた。
僕は洞窟の入口に腰を下ろし、ざらついた両手で、小さな籐籠を包んでいた布を一巻きずつ丁寧にほどいていた。
籠の中では、先日傷を負ったスズメが、枯れ枝の上にしっかりと立っている。傷ついていた翼の裂け目はすっかり塞がり、皮膚もきれいに癒えていた。まだ長い距離を飛び回れるほどの力は戻っていないが、少なくとも自分の足で安定して立てるようにはなっていた。
少し離れたところでは、小さなリスがちょこんと丸まり、前足で栗を抱え込んでいた。
リスは目を細めてスズメを見つめる。
スズメも首を巡らせ、リスを見返した。
小さな二匹は一言も発しなかったが、その間に漂う空気には、友好的な雰囲気も、仲睦まじさも微塵もなかった。
「おい、まさかそいつを食い殺そうなんて考えてるんじゃないだろうな」
僕は釘を刺しながら、きれいな水を少し注ぎ、大きな葉っぱで作った水飲み場に入れた。
リスは不満げに唇を尖らせ、ぷいっと顔を背けた。
「ふん、誰があんな羽毛だらけの生き物なんか食うものか。そんな物好きじゃないわ」
「だったら、どうしてさっきから睨みつけてるんだ?」
「寝心地のいい我が巣を横取りするつもりがないか、警戒しているだけだ」
スズメは首を傾け、ぱたぱたと小さく翼を動かした。
僕は思わず吹き出した。
「二匹とも、他の生き物にちょっかいを出したり、いじめたりするのは禁止だからな」
僕は熟した木の実をいくつか拾い、籠の中に置いた。スズメはすぐにそれをついばみ、小さな欠片を口にした。
僕はその翼の具合を注意深く確かめてから、洞窟の外に広がる景色へと目を向けた。
「どうやら今日あたり、少しずつ飛び立つ練習を始めてもよさそうだな。短い距離なら飛べるかもしれないぞ」
スズメが澄んだ声で一声鳴いた。
僕は籠の蓋を開けた。
スズメはゆっくりと外へ出て、僕の掌の上に危なっかしく立った。朝の冷たい風が、まだ少しぼさぼさした羽毛の隙間を吹き抜け、小さな体をかすかに震わせる。
僕はそっと手を持ち上げた。
スズメは力いっぱい翼を羽ばたかせた。
一度目の挑戦では、ほんのわずかな距離を飛んだだけで、少し先にある苔むした岩の上へ、ふらふらと舞い降りた。
二度目には、雑草の茂みを越え、低い枯れ枝の上に危なっかしく止まった。
そして三度目。
スズメは目の前に並ぶ松の木々を越えて一気に飛び立つと、見事に一回り旋回し、すらりと伸びた松の高い枝に悠然と止まった。
僕は首を伸ばして、その姿を見上げた。
「よくやった。もう十分に飛べているじゃないか」
スズメは別れの挨拶をするように、澄んだ声で二度鳴いた。それから翼を大きく広げ、深い森の奥へと飛び去っていった。
僕は追いかけようとはしなかった。
リスがひょいと僕の肩に飛び乗り、爪先で髪を軽く引っかいた。
「これで一匹、無事に追い払えたな」
「ああ」
「寂しくないのか? 別れを惜しむ気持ちもないのか?」
僕はスズメが消えていった、深い緑に覆われた森の奥を見つめた。
「再び自由に翼を広げて、あの広い空を飛び回れるようになったんだ。それは、とてもいいことだよ」
リスは黙り込んだ。
おそらく、僕の言葉に込められた意味を、まだすべて理解することはできないのだろう。
僕は立ち上がり、巣代わりに使っていた枯れ葉をきれいに片づけた。
今朝は、西の山麓にある空き地へ行く約束をしていたのだ。
数日前、ダ・トゥオンが、父親から苦労して教わったという家伝の組み技をいくつか教えてくれると約束してくれた。
僕は、その素朴な約束をずっと心に留めていた。
何より、人間が自分の体重だけを利用して、自分よりもはるかに大きく屈強な相手をどうやって投げ倒すのか。その仕組みを知りたくてたまらなかった。
西の空き地は、鬱蒼とした原生林に囲まれた、自然に開けた場所だった。
片側には小川がさらさらと流れ、反対側には苔に覆われた丸石がいくつも転がっている。背の低い雑草が生い茂り、地面は柔らかい。近隣の子供たちが集まって遊んだり、体を鍛えたりするには、まさにうってつけの場所だった。
僕がそこへ足を踏み入れたときには、ダ・トゥオンはすでに待っていた。
上半身は裸で、たくましい肩を露わにしている。使い古された粗布の手拭いを、肩に無造作に掛けていた。
背丈は僕とそれほど変わらない。しかし肩幅は広く、腕には筋が浮き出るほどの筋肉がついている。裸足で地面を踏みしめるその足取りも、同じ年頃の子供たちに比べてずっと力強く、安定していた。
そのすぐそばでは、以前、倒木の下敷きになって身動きが取れなくなっていた黒毛の大きな水牛が、すっかり元気を取り戻し、頭を低く垂れてのんびりと草を食んでいた。
草を踏む足音に気づくと、ダ・トゥオンは勢いよく振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「やっと来たな!」
僕は片手を軽く上げた。
「おはよう、ダ・トゥオン」
彼は僕の肩に乗っている小さなリスへ目を向けた。
「そいつ、まだお前の後をついて回ってるのか?」
「洞窟で大人しく待ってろと言っても、まったく聞いてくれないんだ」
リスはすぐさま鼻先をつんと上げ、不服そうに鳴いた。
ダ・トゥオンは声を上げて笑った。
「こいつ、なかなか気位が高くて頑固そうだな」
「いつだって、自分が洞窟の主だと思い込んでいるんだ」
「じゃあ、実際に主導権を握ってるのはどっちなんだ?」
「たぶん……こいつだな」
ダ・トゥオンは愉快そうに頭をのけぞらせて笑い、僕の腕を力強くばしんと叩いた。
「お前の話はいつ聞いても笑えるな!」
僕は彼を見た。
「この前、父親から教わった組み技を見せてくれると言っていただろう?」
「もちろん覚えてるさ。忘れるわけがないだろ」
ダ・トゥオンは黒毛の水牛の首を軽く叩いてから、首に巻かれていた縄をほどき、近くの木の幹にしっかりと結びつけた。
「父さんから昔、骨身に染みる教えを一つ聞かされたことがある。相手を投げ飛ばしたいなら、まずは自分が正しく受け身を取れるようになれ、ってな」
僕は少し意外に思い、まばたきをした。
「組み技を習うなら、まずは相手を投げ飛ばす方法から覚えるものだと思っていたけどな」
ダ・トゥオンは頭を掻いた。
「子供の頃は俺もお前と同じことを考えていたよ。でも最初の稽古で、父さんに地面へ叩きつけられてな。あまりの痛さに、一週間も起き上がる気になれなかった」
そう言いながら、彼は肩の手拭いを取って、草の上にきれいに広げた。
「父さんはこう言っていた。受け身すらまともに取れない奴が、意気込んで他人を投げ飛ばそうとするのは、握り方も知らないまま刃物を振り回すようなものだ。いずれ自分の手の腱を切る羽目になる、ってな」
僕は敷かれた手拭いを見下ろした。
「つまり、今から僕に受け身の練習をさせるってことか?」
「そういうことだ」
「なんだか、強い武術を習うって感じがしないな」
「まあ、実際にやってみれば、その意味もわかるさ」
ダ・トゥオンは僕の正面に立ち、両足を適度な幅に開いた。
膝を軽く曲げ、上半身を前に倒しすぎないように重心を落とす。両手は胸の前に構え、指先は自然に緩めていた。
「まずは、この構えを覚えろ。足の置き方が肝心だ」
僕は彼の姿勢をそっくりそのまま真似した。
ダ・トゥオンは一歩近づき、両手で僕の肩を軽く押した。
僕はバランスを崩し、よろめきながら一歩後ろへ下がった。
「お前、足の関節が固まってるぞ」
「そんなことない。別に力を入れてるつもりはないけど」
「入ってるさ。お前の足は、まるで腐った丸太みたいにカチカチだぞ」
ダ・トゥオンは身をかがめ、靴先で僕のふくらはぎを軽く突いた。
「体の力を抜け。相手に押されたら、その力に逆らわずに足を動かして受け流すんだ。意地を張って、その場に踏ん張り続けようとするな」
僕は深く息を吸い、最初からやり直した。
今度は、ダ・トゥオンに肩を押されると、後ろ足へ重心を移し、横へ小さく一歩ずらした。
先ほどのように、体を乱暴に押し戻されることはなかった。
ダ・トゥオンは満足そうに頷いた。
「そうだ。それでいい」
「次は何をするんだ?」
「受け身だ」
ダ・トゥオンは自ら手本を見せた。
腰を少し落とし、体をひねりながら肩を回す。まず体の側面から地面に接触させる。反対側の腕は斜めに振り下ろし、草地を強く叩いた。決して手のひらを地面に真っすぐ突き立てたりはしない。
バフッ!
乾いた音が、草の上に小気味よく響いた。
ダ・トゥオンはそのまま素早く横へ一回転し、瞬く間に立ち上がった。
僕は一つ一つの動作を注意深く観察した。
「腕で地面を叩くのには、どんな意味があるんだ?」
「衝撃を逃がして、体の一か所に力が集中しないようにするためだ」
「手で地面を支えて、体を受け止めるんじゃないのか?」
「絶対にやるな。高いところから落ちたとき、手を真っすぐ突き出して硬い地面を支えようとしたら、腕や関節を折るだけだ」
ダ・トゥオンは裸の腕を持ち上げ、肘のあたりを指差した。
「父さんも昔、転んだときに手を突いて、肩の関節をひどく脱臼したことがある。そのせいで、俺には他のことを教える前に、まずこの受け身を何千回も練習させたんだ」
僕は唇を引き結び、頷いた。
腰を落とし、肩を傾けながら、体を横へ転がして草の上に倒れ込む。
バフッ!
地面を叩く腕に力を込めすぎたせいで、反動によって体全体が跳ね上がり、宙に浮いた。
ダ・トゥオンは思わず吹き出した。
「お前、地面と取っ組み合いでもするつもりか?」
僕はもぞもぞと起き上がり、手で肩をさすった。
「この地面、思ったより攻撃力が高いな」
「ほら、立て。もう一度やってみろ」
二度目は腕で叩く力を抑えたものの、今度は顎を引くのを忘れてしまった。後頭部が地面に激突する寸前だった。
ダ・トゥオンが素早く僕の腕をつかみ、ぐいっと引き戻した。
「首を後ろに反らすな! 顎を引け!」
「わかった」
「本当に身についたわけじゃない。反射的にできるようになるまで、何度も練習するんだ」
ダ・トゥオンはもう一度、最初から手本を見せた。
今度は僕も意識を集中させ、五感を研ぎ澄ませて彼の動きを観察した。
そこで初めて気づいた。
ダ・トゥオンは、決して頭から真っすぐ地面に倒れ込んでいるわけではない。常に体を斜めにひねり、まず肩甲骨のあたりから地面に触れさせている。そのまま背中を滑らかな弧を描くように転がし、最後に腕を地面へ叩きつけて、衝撃を逃がしているのだ。
僕は深く息を吸い、もう一度挑戦した。
バフッ!
先ほどのような重々しい衝撃音は、すっかり消えていた。
僕は柔らかな草の上に仰向けになり、どこまでも高く広がる空を見上げた。
「さっきより、ずっと楽になったな」
ダ・トゥオンが大きな手を差し出した。
「ほら、立て」
僕は彼のごつごつした手を握り、引っ張り上げてもらった。
「続けよう」
「疲れてないのか?」
「まったく」
僕は背中についた草の切れ端を払い落とした。
ダ・トゥオンは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「お前のそういうところ、だんだん気に入ってきたぞ」
「どういうところだ?」
「痛い思いをして地面に転がされたっていうのに、すぐにもう一度やりたがるところさ」
僕は彼を見つめた。
「それなら、お前だって同じじゃないか」
ダ・トゥオンは言い返そうとはせず、向き直って稽古を続けた。
しばらくして、彼は口を開いた。
「父さんはよく言っていた。転ぶことを恐れる奴は、いつまでたっても危険な場所へ踏み出せない。けれど、何も恐れない奴は、たいてい誰よりも早く死ぬことになる、ってな」
僕は服の裾についた泥を払い落とした。
「お前の父親は、ずいぶんと哲学的なことを言うんだな」
「ああ。でも、あの人の教えはどれも、命懸けの経験から生まれた本物ばかりさ」
僕に受け身を十数回繰り返させ、ようやく満足したダ・トゥオンは、次の段階へ進んだ。
相手に体をつかまれたとき、どうやってバランスを保つか。その練習だった。
彼は僕の目の前に立ち、両手を広げた。
「今度は、俺の手首を両手でしっかりつかんでみろ」
僕は素直に従い、両手で彼の手首を強く握り締めた。
「おい、そんなに馬鹿みたいに全身に力を入れて締めつけるな」
「しっかりつかまなかったら、お前に一瞬で逃げられるだろう?」
「つかんでいるのは生身の人間だぞ。朽ちた丸太を引き留めているわけじゃないんだ。そんなに必死になるな」
ダ・トゥオンは手首を軽く一回転させた。
力任せに腕を引き抜こうとしたわけではない。親指と残りの指の間にできた隙間を見極め、そこへ手を滑り込ませるように回転させたのだ。
たったそれだけの動作で、彼の手は僕の拘束からあっさりと抜け出した。
僕は目を丸くした。
「すごいな。もう一度やってみてくれ」
ダ・トゥオンは再び手を差し出した。
僕はすぐに飛びつき、今度はしっかりとつかんだ。
手首の角度、親指の位置、そして回転する軌道。その一つ一つを見逃さないよう、全神経を集中させた。
だが、ダ・トゥオンが突然手を引いた瞬間、僕の反応はわずかに遅れた。結局、何もできないまま手を抜かれてしまった。
「お前、動きが速すぎるぞ」
「いや、俺の動きが速いんじゃない」
ダ・トゥオンは口の端を持ち上げた。
「お前が、つかむ場所を間違えているんだ」
彼は僕の手を指差した。
「相手を制するっていうのは、ただ力任せに握り潰せばいいってもんじゃない。相手がどう動くのかを読み、その動きに合わせて関節を押さえなきゃならないんだ」
僕は自分の両手を見下ろした。
「じゃあ、ここをつかんだらどうだ?」
不意を突くように、僕は彼の手首を外側から内側へ押さえ込む形でつかみ直した。
ダ・トゥオンは腕を引き抜こうとした。
今度は先ほどよりもはるかに強い抵抗が生まれ、簡単には抜けそうになかった。
「悪くない。少しは上達したな」
彼はすぐさま肩の向きを変え、引く方向を切り替えた。僕はそれにつられ、思わず前へ一歩踏み出してしまう。
「だが、まだまだだな」
次の瞬間、ダ・トゥオンは重心を一気に低くした。
片手で僕の手首を押さえたまま、もう一方の腕を僕の腰の後ろへ回し、しっかりと抱え込む。
そして、全身を使って力強く腰をひねった。
僕の体から、完全にバランスが失われた。
ドサッ!
全身がひっくり返り、柔らかな草の上に仰向けに叩きつけられた。
僕は呆然としたまま、青々とした空を見上げていた。
ダ・トゥオンは両手を腰に当て、得意げな笑みを浮かべている。
「どうだ? 少しは目が開いただろう?」
「お前……今のは腰を使った投げ技なのか?」
「そうだ」
「腕の力で引っ張ったわけじゃないのか?」
「腕も使うさ。でも、力の大部分を生み出しているのは腰と足なんだ」
ダ・トゥオンはしゃがみ込み、地面に指先で二本の線を引いた。
「こっちがお前の足の位置で、こっちが俺の足だ。俺がお前をこの方向へ引っ張ると、体は本能的にバランスを保とうとして、一歩前へ踏み出す。その瞬間を狙って、俺は素早くお前の両足の間に足を差し込み、腰をひねる。全身を使って、お前が立とうとする進路を塞ぐんだ」
僕は地面に引かれた二本の線をじっと見つめた。
「つまり、必ずしもお前より筋力が強くなくてもいいってことか?」
「完全にそうとは言えない。お前の体重が俺よりずっと重ければ、押さえ込むための力もそれなりに必要になる。でも、しっかりと足を踏ん張る方法を知らなければ、どれだけ体が大きくたって、小柄な奴に投げ飛ばされることはあるんだ」
僕は両手をついて、もぞもぞと起き上がった。
「よし、僕にもやらせてくれ」
ダ・トゥオンは白い歯を見せて、挑発するように笑った。
「遠慮はいらないぞ。好きにかかってこい」
最初の挑戦では、瞬きをする間もなく彼に投げ飛ばされた。
二度目は、もう少し長く踏ん張り、何とかバランスを保つことができた。
三度目になると、ダ・トゥオンがわざと手首を引っ張ってきたとき、足を引いて避けることを覚えた。
だが、この少年は実に機転が利く。僕がそう動いたのを見るや、すぐさま技の形を変え、攻める方向を切り替えてきた。
そして、僕はまたしても地面に転がされた。
二人の子供は、そうして草地の上で何度も何度も組み合い、転がり、這い回った。
汗が滝のように流れ落ち、背中の服はぐっしょりと濡れていた。肘や膝には泥がこびりつき、髪にまで土が飛び散っている。
あるときは左側へ大きく倒され、またあるときは体をぐるぐると回され、尻から地面に叩きつけられた。
それでも、僕は腹を立てることも、諦めることもなかった。ただひたすら、今の動作のどこで方向を見失ったのかと、何度も口に出して尋ね続けた。
ダ・トゥオンも、ときには言葉でうまく説明できないことがあった。
そんなときは、彼は黙ったまま、最初から最後まで同じ動作を繰り返して見せた。
「ここをよく見ろ」
「どこを?」
「俺の足だ」
「もうさっきから、お前の足を穴が開くほど見てるぞ」
「足先だけを見ればいいってもんじゃない。体全体の動きを観察するんだ」
僕は眉を寄せ、考え込んだ。
ダ・トゥオンは呆れたようにため息をついた。
「お前は俺の手ばかり見ているが、実際にお前をどちらへ投げ飛ばすか決めているのは、俺の足なんだよ」
僕は不意に口を閉ざした。
視線を肩から腰へ、そしてさらに下へと移し、ダ・トゥオンの足元に意識を集中させた。
彼が重心を移動させるたびに、肩と腰もわずかに揺れている。足先は、言ってみれば、体の中を伝わってきた力が最後に行き着く場所にすぎない。
そのとき、僕は一つの大きな真理に気づいた。
相手の動作は、決して一つ一つが独立して生まれるものではない。
人間の体は、どれほど些細なものであっても、攻撃に移る前に必ず何らかの兆候を発しているのだ。
僕は深く息を吸い、ダ・トゥオンの正面に立って足を踏みしめた。
「さあ、来い」
不意に先手を促されたダ・トゥオンは、一瞬だけ面食らったような顔をした。
彼は手を伸ばして僕の肩をつかみ、わざと右側へ強く引っ張った。
僕は愚直に全身へ力を込めて、引き戻そうとはしなかった。
引かれる力に逆らわず、しなやかに一歩踏み出す。同時に、後ろ足を素早く外側へずらし、相手の動きに備えた。
ダ・トゥオンはすぐさま技の向きを変え、僕の進路を塞ごうと足を差し込んできた。
だが、今度はその動きを、僕はすでに見抜いていた。
体をひねって回転し、引かれる力を肩の上で滑らせるように受け流す。そして足を斜めに踏み出し、危うい投げ技を完全にかわした。
ダ・トゥオンは勢いを失い、よろめいた。
その一瞬の隙を逃さず、僕は手を伸ばし、彼の背中へ掌を強く押し当てた。
二人の動きが、同時にぴたりと止まった。
どちらも地面に倒れることはなかった。
ダ・トゥオンは目を見開き、呆然と僕を見つめた。
「今の……お前、一体何をやったんだ?」
「僕にもよくわからない」
「どうして俺の足払いを避けられた?」
「お前の足が動く方向を見たんだ」
ダ・トゥオンはしばらくの間、呆気に取られたように黙り込んでいた。
やがて、腹の底から響くような豪快な笑い声を上げた。
「やるじゃないか! 大したもんだ!」
僕もつられて笑った。
自分でもよくわかっていた。実戦で誰かに勝てるほどの実力など、まだ身についてはいない。稽古をこのまま続けたところで、ダ・トゥオンはいつでも僕を地面に投げ飛ばせるだろう。
それでも、生まれて初めて、僕は誰かの動きを機械的に真似するだけの存在ではなくなっていた。
生きた人間の体がどのような法則に従って動くのか。それを、自分自身の目で見抜けるようになったのだ。
太陽が頭上高くまで昇り、木々の葉の間から容赦のない日差しが降り注ぐ頃、僕たちは稽古を切り上げ、巨大な古木の木陰で休むことにした。
ダ・トゥオンは布袋に手を突っ込み、いつから入っていたのか冷え切った焼きトウモロコシの餅を二つ取り出すと、そのうち一つを僕に差し出した。
僕はそれを受け取り、ひと口かじった。
それを見た小さなリスが、ぴょんと地面に飛び降り、目をぱちぱちさせながら餅を奪おうと駆け寄ってくる。
だが、ダ・トゥオンのほうが一足早かった。彼はさっと手を引っ込めた。
「おいおい、これは俺と趙斌の分だ。お前に分けてやる分なんかないぞ」
リスは恨めしそうに彼を睨みつけ、不満げに頬を膨らませた。
「小さくちぎって、一口くらい分けてやってもいいか?」
僕がダ・トゥオンに尋ねると、彼はあっさり頷いた。
「いいぞ。好きにしろよ」
僕は餅の端をほんの小さくちぎり、清潔な青葉の上に置いた。
リスはすぐさま駆け寄ってそれをくわえると、少し離れた場所まで運び、一人でぽりぽりとかじり始めた。
ダ・トゥオンはその様子を眺めながら、興味深そうに尋ねた。
「なあ、趙斌。お前、本当に動物の鳴き声を理解できるような、動物と心を通わせる力を持っているのか?」
「人間みたいに、一言一句まではっきり聞き取れるわけじゃないよ」
「じゃあ、どうしてあいつはお前の言うことをあんなに素直に聞くんだ?」
「いつも餌をやっているからじゃないかな」
ダ・トゥオンは首を反らして、豪快に笑った。
「それなら、俺だって自分の黒毛の水牛の言葉を完全に理解できると、自信を持って宣言できるぞ!」
彼はくるりと振り返り、のんびりと草を食んでいる水牛に向かって声を張り上げた。
「おい、大将! もっと柔らかい草が食いたいんだろう?」
水牛は相変わらず頭を下げ、もしゃもしゃと草を噛み続けている。顔を上げることすらなかった。
ダ・トゥオンは腕を組み、得意満面に胸を張った。
「ほら見ろ! 今、こいつが小さく頷いて俺に同意したじゃないか!」
僕は、間抜けだがどこまでも人のいい友人の姿を見て、思わず声を上げて笑ってしまった。
僕たち二人は木陰に肩を並べて座り、小川の水が丸石の間をさらさらと流れていく音に耳を傾けた。
山あいを吹き抜けるそよ風が草原を揺らし、湿った土の独特な匂いと、芽吹いたばかりの若い木々から漂う瑞々しい樹液の香りを運んでくる。
しばらく静かな時間が流れたあと、ダ・トゥオンが何気ない様子で口を開いた。
「なあ、お前は今まで、本物の命懸けの戦いに加わったことがあるのか?」
「一度もないよ」
「じゃあ、前に偶然出くわした、あのろくでもない荒くれ者たちはどうなんだ?」
「竹林で、剣を持った少年が敵に執拗に追われているところを、この目で見たことがあるくらいだ」
「そいつを助けてやったのか?」
「隠れて逃げられる場所を教えてやっただけだよ」
「そいつが誰かを斬り殺すところを、実際に見たのか?」
「いくつかの技が目の前をかすめた程度だ」
ダ・トゥオンは僕の腰に差してある、竹の枝を削って作った模造剣に目を向けた。
「それで結局、お前は何のために武術なんて習いたがってるんだ?」
僕は俯き、ざらついた自分の両手をじっと見つめた。
かつては、武術を学ぶ理由など単純なものだと思っていた。他人にいじめられたり、理不尽に虐げられたりしないよう、自分の身を守るため。それだけで十分だと考えていた。
だが、これまでに経験した数々の生死を分ける出来事――黒い金属片を身につけた狂暴な猪、正体不明の灰色の衣をまとった者たち、断崖へ転落しかけた馬車、血に染まった自分自身の両手、そして大洪水の中で必死に逃げ惑う無数の人々。
それらを思い返すうちに、僕はある冷酷な真実を悟り始めていた。
この世には、どれほど筋力を鍛えようとも、それだけでは決して解決できない脅威が存在するのだ。
あの猪のことを思い出す。
灰色の衣をまとった者たちのことを思い出す。
橋の上で宙吊りになっていた馬車のことを思い出す。
自分の両手に刻まれた血の滲む傷と、濁流の中を必死に逃げていた人々の姿を思い出す。
「ただ、自分のすぐそばにあるものを守る方法を学びたいんだ」
ダ・トゥオンは丸い目を見開き、僕を見つめた。
「そばにあるものって、何のことだ?」
僕は手を伸ばし、果てしなく広がる原生林を指差した。
「この森だよ」
次に、栗をかじっているリスをそっと指差す。
「こいつも」
最後に、さらさらと流れる小川へ視線を向けた。
「それから、僕が知り合った、心優しい人たち全員だ」
ダ・トゥオンは黙り込み、俯いて草地を見つめた。それきり、しばらく何も言わなかった。
長い沈黙のあと、ようやく彼はゆっくりと口を開いた。
「父さんは昔、俺に武術を学ぶうえで最も大切なことを教えてくれた。組み技を習うのは、自分が他人より優れていると証明するためでも、天下の誰よりも強くなって、百戦百勝するためでもないってな」
僕は顔を向けた。
「じゃあ、何のためなんだ?」
「誰かがお前の人生を泥沼に突き落とそうとしても、自分の力で這い上がれるようになるためさ」
ダ・トゥオンは地面に落ちていた枯れ枝を拾い、砂埃の上に曲がりくねった一本の線を引いた。
「父さんはこう言っていた。この世には、絶対に敵わないほど強い奴もいれば、自分より大勢の仲間を引き連れて襲ってくる奴もいる。長剣を持った奴もいれば、大刀を振り回す奴だっている。もし、お前がそいつら全員を打ち負かして、必ず勝ってやろうなんて考えてばかりいたら、遅かれ早かれ、道端に死体をさらすことになるぞ、ってな」
彼は勢いよく顔を上げ、僕の目を真っすぐに見据えた。
「だが、どんなに転ばされても自分の足で立ち上がる術を身につけていれば、いつだって自分の手で次の機会をつかみ取れるんだ」
僕は地面に引かれた、不格好な一本の線をじっと見つめた。
なぜか、その言葉は僕の心の奥底に眠っていた幼い頃の記憶を呼び覚ました。
深い森の中で独りぼっちになり、冷たい松の木々に囲まれながら、体中に擦り傷を作っては、それでも必死に立ち上がろうとしていた日々。
涙が止まらなかった日もあった。
疲れ果て、すべてを投げ出して、何もかも放り出したまま横たわっていたくなる日もあった。
それでも最後には、歯を食いしばり、再び立ち上がって歩き始めた。
僕は小さく頷いた。
「お前の言いたいことはわかったよ」
ダ・トゥオンは晴れやかに笑った。
「わかったなら、稽古の続きをやろうぜ!」
その日の午後、僕たち二人は再び草地へ飛び出し、夢中になって稽古を続けた。
今度のダ・トゥオンは、いきなり力任せに僕を投げ飛ばそうとはしなかった。
ただ両手で押したり、引っ張ったり、巧みに方向を変えたりしながら、僕の足場と姿勢を崩そうとしてくる。
僕も少しずつ、足を機敏に動かし、体の重心を適切に配分する方法を覚え始めていた。
とはいえ、ダ・トゥオンが本気で全身の筋力を解放すると、僕にはまだまったく太刀打ちできなかった。
ある瞬間、彼は僕の腕をしっかりとつかみ、不意に体をひねって回転した。
僕は完全にバランスを失い、彼の動きが生み出した力に引きずられるようにして、勢いよく投げ飛ばされた。
だが、とっさに体を丸め、正しい受け身の姿勢を取ることには成功した。
バフッ!
背中が草の上に強く触れた。
しかし、不思議なことに、今回は以前のような鋭い痛みをほとんど感じなかった。
ダ・トゥオンがすぐそばに立ち、手を差し伸べてくる。
「ほら、さっさと立てよ!」
僕はその手をつかみ、勢いよく引き起こしてもらった。
「今の受け身、ちゃんとできていただろう?」
「文句なしの満点だな」
「ということは、もうコツをつかんだってことじゃないか」
ダ・トゥオンは大きく頷き、声を上げて笑った。
「調子に乗るなよ。明日もちゃんとここへ来て、稽古を続けるんだからな」
「明日もあるのか?」
「当たり前だろ。一日だけ必死に練習すれば、天下無敵の武術家になれるとでも思ってるのか?」
僕は率直な友人の顔を見て、思わず大声で笑った。
「そんなこと、一言も言ってないだろ」
ダ・トゥオンは胸の前で腕を組み、いかにも真剣そうな顔をした。
「いいか、よく覚えておけよ。次は、相手を逃がさずに押さえ込む秘伝の技を教えてやるからな」
「いや、まずは投げ飛ばされないための身のかわし方を優先して覚えたいな」
「好きにしろよ」
ダ・トゥオンは僕の肩を、ばしんと力強く叩いた。
「ただし、尻を何度も地面に叩きつけられる覚悟だけはしておけよ!」
「わかってるよ」
太陽が西へ傾き、山並みの向こうへ沈みかける頃、僕は荷物を片づけ、洞窟へ戻る準備を始めた。
籐籠を下ろした、そのときだった。
突然、黒毛の水牛が落ち着きなく立ち上がった。耳を何度も動かし、首を伸ばして、暗い森の奥をじっと見つめている。
ダ・トゥオンも異変に気づいた。
「おい、どうしたんだ?」
水牛は荒々しく鼻を鳴らし、蹄で何度も地面を強く踏みつけた。
僕は目を細め、草地からそう遠くない、鬱蒼と茂った木々の向こうを見つめた。
そのとき、奇妙な匂いが山風に乗って流れてきた。
野生動物特有の獣臭さではない。
人間が行き来したときに漂う、馴染みのある汗の匂いでもなかった。
焦げ臭い煙の匂いだ。
北側の森の奥深くから、細く黒ずんだ煙がかすかに立ち上っている。
ダ・トゥオンは驚いて勢いよく立ち上がった。
「山火事だ!」
彼は慌てて水牛のもとへ駆け寄り、急いで縄を解き始めた。
僕は煙が立ち上る方向をじっと見つめた。
今のところ火勢はそれほど強くない。だが、厄介なのは風向きだった。
北から南へ向かって風が吹いている。もし炎が腐りかけた乾燥した落ち葉に燃え移れば、瞬く間に燃え広がり、鬱蒼とした森林地帯全体を呑み込んでしまうだろう。
「急いで様子を見に行こう!」
僕たち二人は煙の上がる方向へ、全速力で駆け出した。
火元は、山の斜面の麓にある低地だった。
巨大な炎が燃え盛っているわけではなかったが、火の粉はすでに乾ききった野生のクワの茂みに燃え移り、腐葉土の上を蛇のようにうねりながら広がっていた。
小さな古木の幹にも火が燃え移り始めており、その枝葉からは黒煙が猛烈に立ち上り、頭上の葉の重なりを覆い隠していた。
僕は足を止め、注意深く状況を観察した。
「この燃え方は、落雷が原因じゃないな」
ダ・トゥオンは慌ててこちらを振り返った。
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「火元が地面すれすれの位置にある。上の枝には、雷が直撃して焼け焦げたような痕跡がまったくない」
僕はさらに数歩、燃えている場所へ近づいた。
そこで、まだ熱を持った灰の山と、燃え残った薪がいくつも散らばっているのを見つけた。
「誰かが、この辺りでわざと火を起こしたんだ」
ダ・トゥオンは眉間に深い皺を寄せ、怒りをあらわにした。
「こんな乾燥した時期の森で、わざわざ火を起こすなんて、どこの馬鹿だよ!」
「たぶん、そいつらはもう急いで立ち去ったんだろう」
僕たちは周囲をくまなく見回した。
人影はどこにもなかった。
だが、はるか遠くの木々の向こうで、一群の鳥たちが突然騒々しく羽ばたき、葉の茂みから一斉に空へ飛び立った。
僕は勢いよく顔を上げた。
炎は今まさに、密集した古い松林へと迫りつつあった。
もしあそこまで燃え移れば、この原生林一帯は瞬く間に灰燼に帰してしまう。
「素手で火を消すのは無理だ」
ダ・トゥオンは不安そうに僕を見た。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
僕は息を潜め、風向きと地形、そして周囲にある木々のまばらな場所を慎重に見比べた。
「何としても、炎が進んでくる道を塞がなきゃならない」
僕は燃えている場所と深い森との間に挟まれた、開けた土地を指差した。
「この辺りは乾いた落ち葉が少ない。木の枝を使って腐葉土を掻き出し、きれいに取り除けば、炎の勢いを弱められる。そうすれば、あの空き地を越えて燃え広がることはできないはずだ」
ダ・トゥオンは迷わなかった。
「間に合うと思うか?」
「わからない」
僕は燃え広がる炎を見据えた。
「でも、やってみるしかない」
僕たちは愚かにも、正面から炎の中へ突っ込んだりはしなかった。
代わりに、風下側にある開けた土地を選び、松の太い枝を使って乾いた落ち葉を遠くへ掃き出した。
ダ・トゥオンは持ち前の怪力で重たい枝を持ち上げて脇へどかし、僕は長い枝で地面を引っかきながら、落ち葉を小さな山にまとめていった。
黒煙は次第に濃くなり、鼻や喉を刺すような刺激臭が辺りに充満した。
僕は何度も激しく咳き込んだ。
ダ・トゥオンも無事ではなかった。顔中が煙と煤で真っ黒になっている。
「煙が吹き返してくる風上側に突っ立ってるな!」
僕は汗を拭いながら叫んだ。
「すぐにこっちの側面へ回れ!」
僕たちは慌てて位置を変え、燃えやすいものを取り除く作業を再開した。
ところが、そのとき突然、風向きが大きく変わった。
熱気を帯びた大量の煙が渦を巻きながら押し寄せ、ダ・トゥオンの体を後ろから吹き飛ばした。
彼は松の木の根に足を取られ、地面に倒れ込んだ。
「ダ・トゥオン!」
僕はすぐさま駆け寄り、彼の服をつかんで引っ張り上げ、煙の充満する場所から遠ざけた。
ダ・トゥオンは息が途切れそうになるほど激しく咳き込んだ。
「俺は……俺は大丈夫だ……」
「意地を張るな!」
僕は彼を大きな岩のところまで連れていき、風が直接吹きつけない場所に座らせた。
目の前では、炎が依然として勢いよく燃え広がっている。
僕は周囲を見回し、ふと左手に低く窪んだ溝があることに気づいた。
かつて、この場所には畑へ水を引くために掘られた小さな用水路があったらしい。
今では水がほとんど干上がっているものの、上流側の岩の隙間からは、地下水が細々と湧き出していた。
あの水路を掘り起こして水の流れを取り戻せば、長い範囲の地面を濡らし、炎の進路を塞ぐことができるかもしれない。
僕はダ・トゥオンを振り返った。
「ここで休んでいろ。絶対に火の近くへ戻ってくるなよ」
「俺も一緒に行く」
「そんなに激しく咳き込んでいるじゃないか」
「まだ動ける」
僕は彼の顔を一瞬見つめ、それから小さく頷いた。
「わかった。だったら僕の後ろについてこい。絶対に先へ飛び出すなよ」
僕たちは窪地に沿って急いで進み、水路の入口へ向かった。
僕は枝を使って、水路の入口を塞いでいた腐葉土や枯れ葉を取り除いた。一方、ダ・トゥオンは力任せに、小さな流れを塞いでいた石を取り除いていく。
やがて、水がさらさらと流れ始めた。
最初は、ほんのわずかな水が滴り落ちる程度だった。だが、溜まっていたゴミや土砂を取り除くと、水の流れは次第に勢いを増し、古い水路に沿って、燃え盛る場所へ向かって流れ込んでいった。
僕は湿った泥を集めて低い土手を手早く作り、水が左右へ広がるよう、巧みに流れの向きを変えた。
それを見たダ・トゥオンも、すぐさま真似をして作業を始めた。
もちろん、この方法だけで大きな火災を完全に消し止めることはできない。
それでも、僕たちは前方の土地を水浸しのぬかるみに変えることに成功した。
炎がそこまで這い寄ってくると、湿りきった土と、すでに落ち葉を取り除いた開けた地面に行く手を阻まれ、次第に勢いを失って消えていった。
火勢は明らかに弱まった。
いくつかの茂みにはまだ火がくすぶっていたが、先ほどのように猛烈な勢いで燃え広がる危険はなくなっていた。
ちょうどそのとき、山道の上のほうから、慌てた人の叫び声が聞こえてきた。
「おい! こんなところで一体何をやってるんだ!」
中年の男が鍬を手に、慌ただしく駆け下りてきた。その後ろには、水桶を抱えた村人が二人続いている。
泥だらけになった僕とダ・トゥオンの姿を目にするや、彼らはすぐさま駆け寄って消火を手伝い始めた。
線香が半分ほど燃え尽きるくらいの時間をかけ、ようやく火は完全に鎮圧された。
幸い、重傷を負った者も命を落とした者もいなかった。
だが、原生林の一角は焼け焦げ、黒い灰だけが広がる荒れ地へと変わってしまっていた。
鍬を持った男は、僕たち二人を睨みつけた。
「お前たち、いつからこんな辺鄙な場所をうろついていたんだ?」
「ここへ来たときには、もう火が出ていました」
僕は落ち着いて答えた。
「お前たちが火を消したのか?」
ダ・トゥオンは水路を指差した。
「水の流れを取り戻して、火が広がる方向を塞いだんです」
男は身をかがめて水路を確認すると、何度も大きく頷いた。
「お前たちが早く見つけてくれて助かった。こんな火が森の奥深くまで燃え広がっていたら、今夜にはこの集落全体が火の海になっていたかもしれん」
僕は黙ったまま、あちこちに散らばる焼け跡を見つめていた。
褒められたことに対する喜びも、誇らしさも、心の中には少しもなかった。
ただ、この森で暮らしている野生動物たちのことを考えていた。
住み慣れた巣を失った生き物がいる。
全身に火傷を負った生き物もいる。
そして、生まれてからずっと暮らしてきた住処を捨て、恐怖に駆られて逃げ出さなければならなかった生き物もいる。
僕は腰をかがめ、真っ黒に焦げた薪の欠片を拾い上げた。
「一体どこの無責任な奴が、こんな場所で平気で火を起こしたんだろうな」
それを聞いた男は途端に顔を曇らせ、苛立たしげに舌打ちした。
「そんなことをする連中は決まってる。あの炭焼きどもだよ」
「炭焼き?」
「ここ数日、よそから来た連中が山の北端にテントを張ってな。森に入って木を伐り、炭を焼いてるんだ。俺は何度も、原生林の近くでは絶対に火を起こすなと忠告しておいたんだがな」
男は歯ぎしりしながら、木々の間にまだ薄く残っている煙を見上げた。
「どうやら、俺の警告なんぞ、連中には耳に入っていなかったらしい」
ダ・トゥオンは不機嫌そうに眉をひそめた。
「だったら、さっさと刀でも持って行って、あいつらを見つけ出して責任を取らせればいいじゃないか!」
男は激しく首を横に振った。
「もうすぐ日が暮れる。今から連中を探し回って騒ぎを起こす場合じゃない。まずは、まだどこかに火種が残っていないか、念入りに確認するのが先だ。ほかのことは、その後で考えればいい」
僕は地面に長く伸びた黒い焼け跡をじっと見つめていた。
あの連中が意図的に火を放ったのか、それとも単なる不注意だったのか。僕には知る由もなかった。
ただ、一つだけ、痛いほどよくわかっていることがあった。
ほんの小さな火種が、偶然どこかに落ちただけでも、数え切れないほどの罪なき生命の住処を、跡形もなく破壊してしまうことがある。
そして、ときには大きな災いを引き起こした張本人が、その責任を負うこともなく、何事もなかったかのように姿を消してしまうのだ。
夜の帳がすべてを覆う頃、僕は一人で洞窟へ戻ってきた。
両腕には泥がこびりつき、髪からは焦げ臭い煙の匂いが染みついている。
僕の姿を見るなり、小さなリスが慌てて駆け寄ってきた。鼻先を近づけて何度も匂いを嗅ぐと、くしゃみを連発した。
「お前、まさか焼き窯にでも頭を突っ込んできたのか?」
「違うよ」
「どうしてそんなにひどい焦げ臭さがするんだ?」
「森で大きな火事があったんだ」
リスはすぐさま僕の肩に飛び乗り、慌てた様子で洞窟の入口の向こうを覗き込んだ。
「どっちの方角で火事になったんだ?」
「山の北側だよ」
「なるほど……道理で、鳥たちが大慌てであちこちへ飛び去っていたわけだ。野ウサギたちも、川沿いの谷に向かって一目散に逃げていったぞ」
僕は黙ったまま、何も答えなかった。
「ひどい怪我をした生き物はいたのか?」
「僕にはわからないよ」
僕は桶で水を汲み、泥にまみれた両手をきれいに洗い流した。それから、燃え尽きかけた焚き火のそばに、力なく腰を下ろした。
午後に起きた山火事は、それほど大規模なものではなかった。だが、心の中に残された不快感と落ち着かなさは、武術の稽古で何度も地面に叩きつけられたときの痛みとは比べものにならないほど大きかった。
おそらく、森のあらゆる場所に現れて、すべての命を救うことなど、僕にはできないからだろう。
あるいは、いつどこで炎が上がるのか、前もって知ることができないからかもしれない。
僕が駆けつけたときには、すでに遅すぎたのだ。
僕は俯き、泥で汚れた両手をじっと見つめた。
しばらくして、手を伸ばし、腰に差していた竹の枝を引き抜いた。
洞窟の入口に立ち、今日ダ・トゥオンから教わった構えを思い出しながら、両足の力を抜く。
全身の重心を低く落とす。
膝の関節を決して固めない。
両足を適度な幅に開く。
それから、ゆっくりと横へ足を運んだ。
右足を先に出す。
左足がその後に続く。
その場に踏みとどまろうと、無理に体を強張らせることはしない。
進行方向を変えるときも、膝を無理に折り曲げるのではなく、体幹の回転に合わせて足の向きを滑らかに変えていく。
僕はその動作を、何度か繰り返した。
ダ・トゥオンは、痛みを伴う転び方を通して、強くなる方法を教えてくれた。
フア・ティン・ティは、しっかりと立ち、しなやかに前後へ進退する方法を教えてくれた。
以前出会った、剣を手にした少年は、剣を振るう前に、まず心の平静と均衡を保たなければならないのだと教えてくれた。
僕の人生を通り過ぎていった人々は、誰もが慌ただしく、いつまでも僕のそばにいてくれる者など一人もいなかった。
それでも、彼らは一人一人、僕にとってかけがえのない何かを残していってくれた。
僕は手にした竹の枝を、そっと握り締めた。
「もしかしたら……僕も、ほんの少しだけ、何かを理解し始めているのかもしれないな」
葉っぱを敷き詰めた巣の隅から、小さなリスがひょっこりと顔を出した。
「お前、さっきから何をぶつぶつ呟いているんだ?」
「何でもないよ」
「また一人でぶつぶつ喋ってるのか。まったく、どうしようもない奴だな」
僕はかすかに微笑んだ。
「もう寝よう。ずいぶん遅くなった」
その夜、森のはるか北方では、正体不明の一団が慌ただしく、大掛かりな野営地の撤収を進めていた。
炭焼き窯の火はすでに完全に消されている。薪を詰めた箱は小さな荷車に整然と積み込まれ、集団を率いる男は、持ち出す道具類を冷淡な眼差しで一つ一つ確認していた。
そこへ、一人の若い男が歩み寄り、報告した。
「閣下。今日の午後、二人の子供が火事の消火に手を貸したそうです」
男は不快そうに眉をひそめた。
「子供だと?」
「はい。一人はこの辺りに暮らしている者で、もう一人は地元の人間と思われます」
「奴らに我々の顔を見られたのか?」
「それは定かではありません。あの子供たちが駆けつけたときには、すでに火がかなり燃え広がっていたようです」
男はしばし考え込み、暗く沈んだ森の奥へと視線を向けた。
「昨夜は、何者かがこの辺りをうろつき、我々の後をつけていた。そして今日になって、今度は厄介事に首を突っ込む子供たちが現れた。どうやら、この寂れた土地も、我々が留まるには安全とは言えなくなったようだな」
若い男は俯いた。
「では、別の場所へ移るべきでしょうか?」
「夜明けを迎える前にな」
男は衣の懐に手を差し入れ、黒光りする小さな金属片を取り出して、掌の上に載せた。
それは指の第一関節の半分にも満たないほど小さなものだった。しかし、その表面には、まるで凍りついた血管のような奇妙な紋様が無数に走っていた。
「それで、この品についてはどうだ?」
若い男は金属片を見つめた。
「何か手掛かりは見つかったのでしょうか?」
「まだ何もない」
「それでも、捜索を続ける必要があるのでしょうか?」
男は掌を固く閉じた。
「もう必要ない。我々が探しているものが、このような荒れ果てた森にあるはずがない」
彼は霧に霞む山の方角へ、鋭く冷たい眼差しを向けた。
「だが、別の何者かもまた、密かにその痕跡を追っているような気がする」
その場に、不気味なほど静かな沈黙が降りた。
やがて男は、凍りつくような声で命じた。
「明朝、夜が明け次第、直ちにここを発つ。後を追われるような痕跡は、何一つ残すな」
同じ頃、西の空き地に近い村では、ダ・トゥオンもまた、なかなか寝つけずにいた。
質素な木の寝台に横たわり、一日の激しい稽古で痛む腕を伸ばしている。壁には、使い古された革の鞭と、擦り切れた縄が無造作に掛けられていた。
ダ・トゥオンは、それらを長い間、じっと見つめていた。
脳裏には、亡き父から繰り返し言い聞かされた、決して忘れてはならない教えが蘇っていた。
――自分より強い敵を恐れるな。転んだ後に自分の足で立ち上がる権利さえ失っていなければ、お前は決して敗者ではない。
彼は掛け布団を胸元まで引き上げ、小さく呟いた。
「父さん……」
しかし、返事はどこからも返ってこなかった。
人気のない庭先では、黒毛の水牛がかすかに身じろぎした。鉄の鎖が木の柱に触れ、かちゃり、かちゃりと乾いた音を立てている。
ダ・トゥオンはゆっくりと目を閉じた。
明日こそは、必ず約束を果たさなければならない。
父から受け継いだ、相手を制して逃がさないための秘伝の技を、ラム・チエウ・バンに教えるのだ。
彼はすでに、約束を交わしたのだから。
そして、たとえこの先、二人がそれぞれどのような運命の分かれ道へ流れ着くことになろうとも、森で野生児のように暮らしてきた少年と、並外れた力を秘めた少年との間には、今この瞬間、知らず知らずのうちに目には見えない絆が、また一つ結ばれていた。
それは、決して大げさな誓いや、永遠を誓い合うような約束ではなかった。
ただ、草地の上で何度も痛い思いをして転んだこと。
一つの焼きトウモロコシの餅を、二人で分け合ったこと。
そして、広大な原生林を呑み込もうとしていた猛火を、共に力を合わせて食い止めた、ある午後の出来事。
そんな何気ない時間の積み重ねから生まれた、小さくも確かな絆だった。
ブックマークしてくださって、本当にありがとうございます!
皆さんの応援が、物語を書き続ける一番の力になります。
これからも少しずつですが、心を込めて更新していきますので、
最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
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