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Episode 68

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 夜の雨が上がったばかりだった。雨はこの世に、しっとりと潤い、清新で、胸が締めつけられるほど静かな空気を残していった。


 東の山腹では、乳白色の夜露が古い松の葉一枚一枚に重たげに宿っていた。時折、透き通った玉のような雫が葉先からこぼれ落ち、下に積もった腐葉土の上で、ぴたりと音を立てて弾ける。


 雨上がりの高い岩壁の裂け目から流れ落ちる水は、いつしか白く細い絹糸のような幾筋もの流れとなり、岩のくぼみを縫うようにして、やがて地下の小川へと合流していく。


 雨に洗われた草木は、生命力をたっぷりと湛えた深い緑に染まっていた。若竹の群れは、吹き抜ける風に揺られて互いの葉をそっと擦り合わせ、広大な山林の奥で人々がひそひそと語り合っているかのような、穏やかな葉擦れの音を奏でていた。


 僕は洞窟の入り口に腰を下ろし、ざらついた小石を手に、何日もの間、打ちつけて先端がささくれてしまった竹の枝を、慎重に削り直していた。


 あの藍色の衣をまとい、重傷を負った少年と偶然出会った日以来、僕の心にはひそかな願望が芽生えていた。


 それからというもの、毎朝、見よう見まねで歩法の鍛錬を始めたのだ。


 初めのうちは、ただ平地で前に進み、後ろに下がる。それだけの単純な動きにすぎなかった。やがて、自分に課す鍛錬は少しずつ増えていった。身体の向きを変え、重心を保ち、攻撃の一つ一つに呼吸を合わせる。そんな動作まで身につけようと努めるようになった。


 体系立てて教えてくれる達人など、一人もいない。それでも、森で生き抜いてきた僕の記憶力と観察眼は、目にした動きを一つ残らず脳裏に焼きつけるのに役立っていた。


 だが、鍛錬にのめり込めばのめり込むほど、僕は厳しい現実の壁にぶつかることになった。


 目で見ているだけなら、なんとも簡単そうで、流れるように滑らかな動作も、いざ自分の身体で再現しようとすると、まるで別の話だった。


 何十回と繰り返しても、身体の向きを変えながら重心を移す動作を、どうしても安定させられない。方向を転じようとするたび、僕の肩が足より先に前へ突っ込んでしまうのだ。そのせいで全身の均衡が崩れ、今にも顔から地面に突っ込みそうなほど、よろめいてしまう。


 僕は手の中のごつごつした竹の枝を見下ろし、思わず深いため息をついた。


「他の人たちは、いったいどうしてあんなに難しい剣術を使いこなせるんだ……?」


 平たい岩の上で丸くなっていた小さなリスが、ふわりと尻尾を揺らしながら、半分閉じた目で僕をからかった。


「いっそ、侠客になろうなんて考えは捨てたらどう? どう考えても向いてないよ」


「嫌だ」


「そこまでやめる気がないなら、今日から二度と愚痴をこぼさないことだね」


 僕はリスを鋭く睨みつけたが、小さな生き物の挑発など、まるで意に介さなかった。


 勢いよく立ち上がると、いつも鍛錬に使っている空き地へと歩いていく。


 地面には、昨日まで幾重にも刻まれていた足跡が、夜の雨によってほとんど消し去られていた。僕は竹の枝で泥の上に真っ直ぐな線を引き、その線に沿って足を構えると、再び動き始めた。


 一歩、前へ。


 一歩、後ろへ。


 半回転して、身体の向きを変える。


 竹の枝を胸の高さから前方へ突き出す。


 だが、一連の動作を終えて半拍も経たないうちに、右足が水を含んでぬかるんだ地面の上を大きく滑った。身体が傾き、危うく転倒するところだった。


 僕は動きを止め、泥まみれになった自分の足を見下ろした。


 どうやら、洞窟の前の空き地では、もうこれ以上まともな鍛錬はできそうにない。


 もっと乾燥していて、平坦で、人目につかない場所が必要だった。


「竹林のほうへ行ってみるよ」


 それを聞いたリスは、はっとして頭を跳ね上げ、長い耳をぴんと立てた。


「そこには食べられる木の実とか、栗とかあるの?」


「行ってみないとわからない」


「食べ物もないのに、わざわざ出かける意味ある?」


「鍛錬するためだよ」


 リスは四本の足でゆっくりと立ち上がった。毛を逆立て、まるで不当な終身刑を言い渡された囚人のような顔をしている。


「朝から晩まで、頭の中は武術だの鍛錬だの、そればっかりじゃないか! このままじゃ、そのうち感情のない乾いた竹の一節にでもなっちゃうよ!」


 僕は、暇さえあれば口を動かしているその小さな相棒を完全に無視した。布袋を肩に引っかけると、東の山腹へ向かって歩き出した。


 そのときの僕は、まだ知る由もなかった。


 さほど遠くない、果てしなく広がる竹林の奥で、運命を変える出会いが待ち受けていることを。


 それは、何年もの歳月が過ぎ去り、人生の荒波が幾重にも押し寄せた後でさえ、細部に至るまで忘れることのできない出来事となる。


 東の山腹に広がる竹林は、静寂と幽玄に包まれた、別世界のような場所だった。


 青黒い竹の幹が空を覆い尽くすほど高く伸び、幾重にも重なり合って密集している。その根元や節には、青々とした苔がびっしりと生えていた。


 夜の雨が残した地面は柔らかく、足を踏み入れると滑りやすい。だが、大きな岩壁の足元には比較的平坦な土地が広がっていた。岩壁に守られているため、雨水もほとんど溜まっていない。


 僕はそこを、自分の新しい鍛錬場に決めた。


 布袋を岩の上に置き、手頃な長さの竹の枝を拾い上げる。短刀で余分な小枝をきれいに削ぎ落とし、基本の動作をいくつか試してみた。


 それからほんの数分後。


 薄い霧に包まれた竹林の奥から、聞き慣れない音が響いてきた。


 ヒュッ!


 僕は手を止め、顔を上げて耳を澄ませた。


 その音は、竹の葉の隙間を吹き抜ける風の音とは明らかに違っていた。


 短く、鋭い。


 何か金属の塊が凄まじい速さで空気を切り裂いていく、そんな音だった。


 そして次の瞬間、耳をつんざくような乾いた衝突音が響いた。


 キンッ!


 僕は息を殺し、音のした方向を探りながら、岩壁のほうへと忍び足で近づいていった。


 岩壁の向こうには、古びた小さな庭があった。おそらく、かつて旅人たちが休息を取るために使っていた場所なのだろう。


 上に設けられた東屋の屋根は一角が崩れかけ、石柱には青黒い苔がびっしりとこびりついていた。そして庭の中央には、低い枝を目の高さまで伸ばした、大きな古木が一本そびえている。


 その木の下に、一つの人影があった。


 一人の少女だった。


 年齢は僕より一つか二つ上というところだろう。


 彼女は、淡い紫を帯びた白絹の上品な衣をまとっていた。袖口は攻撃の邪魔にならないよう、革紐でしっかりと絞られている。艶やかな黒髪は背中に長く流れ、無造作に結ばれた白い絹紐が風を受けて、ひらひらと舞っていた。


 腰には鋭利な長剣を帯びている。鞘は銀色に輝き、柄には短い赤い房飾りが結ばれていた。それは彼女が身体を動かすたびに、静かに揺れている。


 彼女は両足を地面にしっかりと据え、まるで大地に根を張ったかのように微動だにしなかった。


 手にした剣はそれほど長くない。だが、一振り一振りが、霧を切り裂く冷たい光の軌跡を描いていた。


 流星のように真っ直ぐな突き。


 鋭く、力強く、迷いのない横薙ぎ。


 しなやかな身体が半回転すると、剣は瞬く間に胸の前へと引き戻され、隙のない守りの構えを取った。


 一連の動作は、流れる水やたなびく雲のように滑らかにつながっていた。そこには一切の乱れも、無駄もない。


 僕は生い茂った竹の陰に身を潜め、目を見開いて彼女の動きを見つめた。


 同じくらいの年頃の少年少女が、これほどまでに見事で、洗練された剣術を使う姿を目にしたのは、生まれて初めてだった。


 先日出会った藍色の衣の少年も、確かに深い武功を身につけていた。だが、彼の動きから伝わってきたのは、重傷を負った者が生き延びるために敵を斬り伏せようとする、焦燥と苛烈さだった。


 それに対して、目の前の少女はまるで芸術作品を丹念に磨き上げているかのようだった。


 その手首の動きは自在で、足運びは羽毛のように軽い。そして剣先は、常にただ一つの急所を正確に捉えていた。


 僕は無意識のうちに、半歩だけ前へ踏み出していた。


 パキッ。


 足元の枯れ葉を、うっかり踏み砕いてしまった。


 宙を舞っていた剣が、その瞬間、ぴたりと止まった。


 少女は勢いよく振り返り、刃物のように鋭い視線を竹藪へと突き刺した。


「誰かいるのか!」


 僕はその場に凍りつき、身動き一つ取れなかった。


 彼女は冷ややかな目で茂みを見据えたまま、右手を剣の柄に添えている。その手は一瞬たりとも緩むことがなかった。


「いるなら出てきなさい!」


 これ以上隠れているわけにもいかず、僕は仕方なく竹藪の陰から姿を現した。手には相変わらず、粗末な竹の枝を握り締めている。


 少女は目を細め、僕の頭から足先までをじっくりと見定めた。そして、僕の手に握られた、削ったばかりの竹の枝に目を留めると、その視線がわずかに止まった。


「あなたは、この山の近くに住んでいるの?」


「森の中で暮らしている」


「ここに?」


「向こう側の山腹だよ」


 彼女は、継ぎはぎだらけでぼろぼろの僕の服に目を向け、続いて足元の、蔓を編んで作った粗末な草履を見た。


 その整った顔に、一瞬だけ驚きの色が浮かぶ。


「あなた……こんな人里離れた山奥で、一人暮らしをしているの?」


 僕は肯定するように頷いた。


 少女はそれ以上、詮索しようとはしなかった。


 剣先を石の地面に突き立て、腕を組む。そして、僕の手にある竹の枝を眺め、口元をぴくりと動かした。


「あなたも剣術の修行をしているの?」


「習っているところだよ」


「習っている?」


 彼女はもう一度、僕を見た。その目には、心底信じられないという色が浮かんでいた。


「その干からびた枝で?」


 僕は手元の竹の枝を見下ろし、いたって真面目に答えた。


「まだ本物の剣を持っていないからね。今はこれで、ひとまず慣れることにしているんだ」


 少女は薄く笑った。その口元には、優位に立つ者特有の、どこか尊大な笑みが浮かんでいた。


「それで、そんなものにかじりついて、どれくらい修行しているの?」


「一か月くらい」


「師匠は誰?」


「いないよ」


「では、家伝の剣譜は?」


「それもない」


「なら、いったい誰があんな滑稽な動きを教えたの?」


 僕は少し考えてから答えた。


「たまたま出会った旅人が、いくつか技を教えてくれたんだ」


 それを聞いた少女は、数拍の間、呆気に取られたように固まっていた。


 やがて、鼻で笑う。


「まったく……あなたのことを、根気強い努力家と褒めるべきなのか、それとも無知で愚かな馬鹿者と叱るべきなのか、判断に困るわね!」


 僕はその皮肉に気分を害することもなく、落ち着いて答えた。


「たぶん、どっちもだと思う」


 あまりにも平然とした僕の返答に、彼女は一瞬、拍子抜けしたようだった。


 許情詩――後になって知ることになる、彼女の名前だ。


 彼女は背を向け、地面に突き立てていた長剣を引き抜いた。


「いつまでそこに突っ立っているつもり? 見たいなら、もう少し離れて。そこに立たれると集中できないわ」


 僕は素直に頷き、数歩後ろへ下がった。そして、滑らかな石の上に腰を下ろし、彼女が再び剣を振るう姿を静かに見つめた。


 今度、僕の注意を引いていたのは、鋭い剣の刃ではなかった。


 彼女の足だった。


 剣が技を繰り出すたびに、彼女の両足も手首の角度にほぼ呼応するように動いていることに気づいたのだ。


 爪先が素早く向きを変え、踵が軽やかに浮き上がる。身体の重心は剣の進む方向へ、しなやかに傾いていく。


 そうした身法と歩法の緻密な連携こそが、彼女の剣筋を滑らかにし、動作の途中で決して勢いを失わせない理由なのだろう。


 僕は長い間、呆然とその動きを見つめていた。


 やがて、手にしていた竹の枝を握り直し、無意識のうちに彼女の身体の回転を真似してみた。


 剣を鞘に収めた許情詩は、そんな僕の滑稽な姿を目にすると、眉をひそめて怒鳴った。


「ちょっと! 何をやっているのよ!」


 僕は動きを止め、顔を上げた。


「君の動きを覚えようとしていたんだ」


「たった数回ちらっと見ただけで、もう真似できるつもりなの?」


「ただ試しにやってみただけだよ」


 彼女は僕を睨みつけると、呆れたように首を横に振った。剣を胸の前に横たえる。


「その格好じゃ、身体の重心すらまともに保てていないじゃない。それに腕も丸太みたいに硬いし。そんな出鱈目な真似ばかりしていたら、誰かと戦う前に、自分で転んで首の骨を折るのが関の山よ!」


 僕は自分の足元に目を落とした。


 彼女の言うことは、まったくもって正しかった。


 僕が見ていたのは、あくまで技の外見だけだ。力の伝え方も、身体の各部位をどう連動させるのかも、肝心なところは何一つ理解できていなかった。


 許情詩は僕の手にある竹の枝をちらりと見て、ため息をついた。


「剣術を学びたいなら、まずはしっかり立つことから覚えなさい。剣というのは、ただ腕を振り回していれば身につくような玩具じゃないのよ」


 僕は目を輝かせ、彼女を見上げた。


「それなら……正しい立ち方を教えてくれない?」


 彼女は少し顎を持ち上げ、いかにも気位の高そうな顔をした。


「私は忙しいの。あなたみたいな薄汚い格好をした弟子を取るほど暇じゃないわ」


「弟子入りしたいとは言っていないよ」


「じゃあ、何が望みなの?」


「正しい歩法で立つ方法だけ、教えてほしいんだ」


 許情詩はしばらく黙って僕を見つめていた。僕の目に浮かぶ真剣さを見極めようとしているようだった。


 やがて、小さく息を吐くと、広い石畳の中央へ歩み出た。


「よく見ていなさい!」


 彼女は両足を大きく開き、斜めに構えた。隙のない、実に安定した姿勢だった。


 前の膝を軽く曲げ、後ろの足を伸ばして身体を支える。上体には余計な力が入っておらず、前のめりにもなっていない。剣は腰の横に添えられ、切っ先は地面に対して程よい角度で斜め下を向いていた。


 彼女は僕をちらりと見た。


「これが歩法の基本よ。前へ進むときは、前の足で道を開き、後ろの足をすぐに追従させる。後ろへ下がるときは、絶対に両足を交差させてはいけない。身体の重みが片側に偏れば、相手は指一本で軽く押すだけで、あなたを転がせるわ」


 僕は彼女の言葉を、一つ残らず頭に刻み込んだ。


 彼女はゆっくりと三歩進んでみせ、それから立ち止まった。


「今度はあなた。やってみなさい」


 僕はすぐに立ち上がり、石畳の上へ進み出た。


 彼女の姿勢を真似ようとしたものの、焦るあまり膝を深く曲げすぎてしまった。そこから足を上げて動こうとすると、上半身が大きく左へ傾いてしまう。


 許情詩は容赦なく、剣の鞘で僕の膝をぽかりと叩いた。


「曲げすぎ! もう少し膝を上げなさい!」


 僕は慌てて姿勢を直す。


「肩の力を抜いて! そんなにガチガチに力ませてどうするの!」


 僕はまた言われたとおりにした。


「足元ばかり見ていないで、顔を上げなさい! 目はまっすぐ前を見るの!」


 僕は勢いよく顔を上げた。


「まあ、いいわ。今度は三歩進んでみなさい」


 僕は深く息を吸い、慎重に足を踏み出した。


 最初の一歩は、まずまず安定していた。よろめくこともない。


 二歩目も問題なかった。


 しかし、四歩目に差しかかったところで焦ってしまい、後ろの足を置くタイミングがずれた。途端に身体が揺らぎ、危うく転びそうになる。


 許情詩は少し離れた場所で腕を組み、黙ってその様子を見ていた。助けるつもりなど、まるでないらしい。


「最初からやり直し!」


 僕は唇を噛み、元の位置へ戻った。


 二度目は、先ほどよりも上手く重心を保てた。だが、肩にはまだ無意識のうちに余計な力が入っていた。


「やり直し!」


 三度目。今度は焦ってしまい、また足を踏み外した。


 彼女は苛立ちをあらわにすることこそなかったが、その声は先ほどよりもずっと冷たくなっていた。


「こんな簡単な三歩すら身体に覚え込ませられないのなら、剣を手にして誰かを斬ろうなんて、二度と考えないことね」


 僕はうつむいた。


 しばらく考え込んでから、顔を上げて尋ねた。


「もっとゆっくり歩いてもいい?」


 許情詩はわずかに眉を寄せた。


「戦場では刀も剣も容赦しない。武術は、あなたがのんびり動くのを待ってはくれないわ」


「でも、今の僕はまだ、一つ一つの動作の理屈さえ理解できていない。これでは、どれだけ速く動いたところで、間違いが増えるだけだと思う」


 彼女はじっと僕を見つめた。


 その瞳から、先ほどまでの気位の高さが一瞬だけ消え、代わりに深い驚きが浮かんだ。


 僕はそれ以上、言い返すことはしなかった。


 自分で姿勢を整え、重心を適度に低く保ち、ひと呼吸ごとに確かめるように、ゆっくりと足を運び始めた。


 今度は、彼女の姿勢を寸分違わず真似しようとはしなかった。


 自分の痩せた身体と骨格に合わせて、最も無理のない歩幅を自分なりに調整したのだ。


 一歩、前へ。


 二歩、前へ。


 三歩、前へ。


 そこで、しっかりと止まる。


 そして今度は、滑らかに三歩下がった。


 転ばなかった。


 許情詩は一連の動きを静かに見届け、最後に小さく頷いた。


「悪くないわね」


 僕は顔を上げ、彼女を見た。


「今のは、正しくできていた?」


「さっきの無様な格好に比べれば、ずっとましになったというだけよ」


 彼女は背を向けて歩き出した。だが、その口元には、ごくかすかな笑みが浮かんでいた。おそらく、本人でさえ気づいていないだろう。


 僕はその後も、何度か繰り返し鍛錬を続けた。


 ふと顔を上げると、許情詩は再び剣を振るっていた。


 横薙ぎの一閃が風を切る。しなやかな身体が剣の勢いに合わせて傾き、剣先は前方の何もない空間へと真っ直ぐ突き出された。


 ヒュッ!


 剣気が爆発するわけでもなければ、眩い光が放たれるわけでもない。


 それでも、鋭い軌道を描いて空を走った刃は、宙を舞っていた十数枚の枯れ葉を、瞬く間に細かな破片へと斬り裂いていた。


 僕は目を見張ったまま、その光景に釘づけになった。胸の奥が大きく震える。


「君の剣術……本当にすごいね」


 許情詩は剣を鞘に収め、何でもないことのように答えた。


「これは、ほんの初歩の初歩にすぎないわ」


「それでも、君は完璧に使いこなしている」


「当然でしょう」


 彼女は誇らしげに顎を上げた。


「何年もの間、どれだけ汗と涙を流して磨き上げてきたと思っているのよ」

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