Episode 56
ラム・チエウ・バンの小さな手が、朝露をたっぷりと吸って湿りきった腐葉を左右にかき分ける。すると、年老いた巨木の根元に、薄暗い空間がぽっかりと姿を現した。
そこには、一人の少女が身を縮めるようにして横たわっていた。苔に覆われた岩に背を預け、かろうじて身体を支えている。
朝の淡い光が木々の隙間を縫って差し込み、彼女の姿をぼんやりと照らし出した。泥にまみれた粗末な麻布の衣服には、茨に引き裂かれた跡が無数に走っている。左脚の裾は無残に裂け、そこからにじみ出た鮮血はすでに凝固し始めていた。灰色の布地は、血が染み込んだ部分から不気味なほど濃い黒へと変色している。すぐ傍らには、肩紐の切れた小さな袋が転がり、中身の細々とした品々が湿った枯れ葉の上に散乱していた。
バンは慎重に近づいた。生き延びるために身につけた本能が、自然と重心を低くさせる。片膝をつき、少女の鼻先へそっと二本の指を近づけた。
呼吸は、まだあった。
か細く、途切れがちではあるものの、頸元の脈は確かに打っている。大森林の冷気に抗うように、その命はかろうじて持ちこたえていた。
意識の有無を確かめようと声をかけかけた、そのときだった。
泥に汚れた少女の顔。その長いまつ毛が、不意にかすかに震えた。
次の瞬間、鋭く冷酷な光が、その瞳に走った。
それは、とても子供のものとは思えない眼差しだった。
――シュッ!
粗末な鉄製の短剣が、少女の袖口から滑り出た。空気を切り裂いた刃は、ラム・チエウ・バンの喉元からわずか数ミリの位置でぴたりと止まる。
薄霧を通して差し込む朝日が、鋭利な刃先に反射した。冷えきった金属からは、錆びた鉄特有の臭いが漂っている。
「……動くな」
かすれた声だった。極度の疲労で震えている。それでも、その声音には容赦のない圧力が込められていた。そこに、譲歩の余地など微塵もない。
バンは微動だにしなかった。
前世で数えきれないほどの犯罪者を観察してきた、細く切れ長の目。その視線を静かに刃先へ落とし、やがてゆっくりと少女の顔へ戻す。
短剣を握る彼女の手は、荒い呼吸に合わせて激しく震えていた。力を込めすぎた指の関節は、血の気を失って白くなっている。
だが、底知れぬ深さを湛えたその瞳だけは、不気味なほど静かで、冷静だった。
怯える子供の目ではない。
追い詰められ、逃げ場を失った獣の目だ。傷口に触れようとする者には、誰であろうと牙を剥き、噛み砕くことも辞さない――そんな獣の眼差しだった。
「ずいぶん深い傷だね」
バンは口を開いた。驚くほど落ち着いた声だった。心理的な動揺など、ほんのわずかも表に出していない。
「……分かっている」
「それなら、その短剣を下ろしたほうがいい。もう手首に力が入らなくなってきている。これ以上、無理に力を込めれば、脚の傷がさらに開くよ」
少女は嘲るように唇を歪めた。刃先がわずかに動き、バンの襟元にある革紐へかすかに触れる。
「私が馬鹿だとでも思っているのか? こんな人跡未踏の森の奥で、突然現れた見ず知らずの人間を、そう簡単に信用するとでも?」
「いや。誰も信用しないほうがいい」
バンは少女の目をまっすぐに見つめた。その眼差しは、秋の湖面のように波ひとつ立てていない。
「でも、もし僕が本当に君の命を奪いたいとか、誰かに引き渡したいと思っているなら、君が失血死するのを黙って見ていればいい。それか、君が意識を失っている間に、石で頭を殴り潰してしまえば済む話だ。わざわざ君が目を覚ますまで、辛抱強く待つ必要なんてなかった」
少女は黙り込んだ。
二人の子供の間に横たわる空気が、目に見えないほど濃密になっていく。
短剣の位置は変わらない。だが、生理的な限界には逆らえず、攻撃を支えていた力は少しずつ失われ始めていた。
バンはゆっくりと、慎重に、数センチずつ身体を後ろへ引いた。相手の視界から外れないように動き、無用な刺激を与えないよう細心の注意を払う。
そして腰に提げていた獣皮の水袋を外すと、二人のちょうど中間にある平らな岩の上へ置いた。
「湧き水だ。好きに飲むといい」
「……中に毒が入っていないと、どうして分かる?」
少女が冷たく問い詰める。
「だったら、喉が渇いたまま死ねばいい」
バンはそっけなく答えた。腹を立てるでもなく、説得しようとするでもない。
彼はすっと立ち上がり、膝についていた枯れ草を払い落とすと、背を向けて立ち去ろうとした。
ラム・チエウ・バンは、無限の慈悲を抱く救世主などではなかった。
前世での人生は、他人の厄介事に首を突っ込むことが、どれほど大きな代償を伴うのかを彼に教えていた。そして、この荒れ果てた世界で生き延びるための本能は、さらに厳しい現実を突きつけている。
深い森の中で、たった一人で生きる十歳の子供。それだけでも、背負わなければならない危険はあまりに多い。原因も分からない罠かもしれないものに、自ら進んで足を踏み入れる義務も理由も、彼にはなかった。
しかし、わずか五歩ほど進んだところで、背後から激しい咳き込みが聞こえた。
腐葉の積もった静寂を、引き裂くような音だった。
バンの足が止まる。
少女は最後に残されたわずかな力を振り絞り、腕で身体を支えながら上半身を起こそうとしていた。水袋に手を伸ばそうとしたのだろう。
だが、左腿の裂傷を襲った激痛が、彼女の動きを容赦なく打ち砕いた。
小さな身体が崩れ落ち、樹の幹に激しくぶつかる。
握力を失った手から短剣が滑り落ちた。冷たい金属音が岩肌に響き、刃はそのまま乾いた落ち葉の中へ沈んでいった。
バンは振り返り、再び彼女のもとへ歩み寄った。
しゃがみ込むと、何の感情も示さず短剣を拾い上げる。だが、それを自分の懐にしまったり、奪い取ったことを誇示したりはしなかった。
ただ、地面に伏した少女の手が届かない、高い位置にある岩の頂へそっと置いた。
「自分の足でちゃんと立てるようになって、少し体力が戻ったら返すよ」
「……私は、お前に助けてくれと頼んだ覚えはない」
少女は歯を食いしばった。泥にまみれた額を冷たい汗が伝い落ちる。それでも、声に込められた反抗心は失われていなかった。
「僕だって、君を助けるなんて約束も誓いもしていないよ」
バンは平然と答え、彼女の傍らに腰を下ろした。腰の小さな袋を開き、煮沸してから乾燥させておいた清潔な粗布を取り出す。
「でも、このまま血を流し続ければ、あと二刻もしないうちに、君はカラスに肉をついばまれるだけの死体になる。そうなったら、生きたいかどうかなんて考える意味もなくなるよ」
少女の瞳に、深い疑念と探るような光が浮かんだ。
彼女はバンの手にある布を見つめ、それから、痩せてはいるものの不思議なほど揺るぎない、目の前の少年の肩を見た。
やがて、この生死を賭けた瀬戸際で、自分にはもうほかに選択肢が残されていないのだと悟ったのだろう。
彼女はかすかに唇を噛み、ゆっくりと、血にまみれた左脚を前へ差し出した。
バンは余計な言葉を口にしなかった。
水袋を手に取り、裂けた傷口へ冷たい水を少しずつ注いでいく。
その動作には、細やかさと正確さがあった。戦場での負傷や事故による傷を、いやというほど見てきた人間の手つきだった。
腫れ上がった傷の縁に食い込んだ砂粒や腐葉の破片を、指先で一つずつ丁寧に取り除いていく。
バンは、深い医術の知識を備えた医師ではない。
それでも、奥深い森で積み重ねてきた高くつく経験が、単純な真実を彼に教えていた。
泥や汚れによる感染は、傷そのものよりも残酷に人間を死へ追いやることがある。
清潔な布を少女の太腿に巻きつけ、出血を抑えるためにしっかりと固定した、そのときだった。
小さく、氷のように冷たい手が、不意にラム・チエウ・バンの手首をつかんだ。
その力は見た目からは想像できないほど強く、少女の爪が彼の皮膚にわずかに食い込んだ。
「……私を、執拗に追っている連中がいる」
バンは顔を上げた。
鋭い視線が、刃物のように少女の青白い顔を捉える。
「どうして、それを最初に言わなかった?」
「お前が、そいつらに雇われて道案内をしている人間ではないと、どうして分かる?」
「じゃあ、今はどうなんだ? 僕を信用する気になった?」
少女は答えなかった。
彼女は彼の手首を放し、顔をそむける。固く結ばれた唇は、細い一本の線のようだった。
バンは視線を地面へ落とした。
土の上には、曲がりくねった血痕が続いている。
小川のほとりにある茨の茂みから、この古木の根元に至るまで、草は踏み倒され、乾いた葉の上には黒ずんだ血の滴が点々と残っていた。
獲物を追うことに長けた熟練の捕食者や、経験豊富な賞金稼ぎにとって、これほど分かりやすい痕跡はない。まるで、道筋を示す地図を白昼のど真ん中に掲げているようなものだった。
「君を追っている連中……何人いる?」
バンは冷静に尋ねた。その声からは、状況を緊急事態として分析する者の響きが感じられた。
「分からない」
「本当に分からないのか。それとも、わざと隠しているのか?」
少女の瞳が、たちまち暗く沈んだ。
凍てつく雪原のような冷気が、その目を覆う。
「分からないと言っているでしょう!」
彼女は吐き捨てるように言った。
「ただ、一つだけ分かっている。あいつらは……人を殺すことに何のためらいもない連中だ」
バンは、それ以上問い詰めようとはしなかった。
彼は勢いよく立ち上がると、森の東側へ身体を向けた。木々がひときわ密集し、その奥を小川が流れている方角だった。
――ガサッ……ガサッ……。
枯れ葉を踏みしめる音が、ごくかすかに響いた。
だが、極限まで研ぎ澄まされたバンの聴覚には、まるで静まり返った夜に打ち鳴らされた太鼓の音のようにはっきりと聞こえていた。
少なくとも二人。
足音には一定のリズムがあり、互いに連携しながら周囲の空間を制圧するような動きが感じられる。重心の置き方も、踵に均等に体重をかける、訓練された者特有のものだった。
山村の人間が薪を拾ったり、野生動物を狩ったりするときの、気ままな足取りとは明らかに違う。
そして、連中は血痕をたどり、この小川を目指して真っすぐ進んできている。
ラム・チエウ・バンは、一瞬たりともためらわなかった。
身をかがめると、少女の片腕を自分の肩に回し、力任せに引き起こした。
「僕についてきて。今すぐだ」
少女は痛みに顔をしかめ、反射的に腕を振りほどこうとした。
「どこへ連れていくつもりだ? 私を連中の罠に放り込む気か?」
「隠れ場所だ。君のその命が、獣に食い荒らされずに済む場所だよ」
バンの声には苛立ちが混じり、その目には鋭い威圧が閃いた。少女は思わず動きを止めた。
「お前と一緒には行かない! 自分のことくらい、自分で何とかできる!」
「そうか。だったら、ここに残って、自分の死体の始末でも考えていればいい」
バンはきっぱりと手を放し、一歩後ずさった。
自ら死を選ぼうとしている人間に、懇願してまでついてきてもらうつもりはなかった。ましてや、無理やり引きずっていく気などさらさらない。
少女は血がにじむほど強く唇を噛みしめ、右脚だけで全身の体重を支えようとした。
だが、左脚をわずかに持ち上げた瞬間、針で筋肉を深々と刺し貫かれるような激痛が走った。
身体が大きく傾き、前のめりに倒れかける。地面に叩きつけられる寸前、彼女は慌ててごつごつとした巨木の幹にしがみついた。
バンは三歩ほど離れた場所に立ち、胸の前で腕を組んだ。
石像のように微動だにせず、冷ややかに待っている。
最後の決断を下すのは、ほかでもない少女自身だった。
一秒。
二秒。
やがて少女は、屈辱を飲み込むように喉を鳴らし、歯を食いしばった。
そして、小さな歩幅で一歩ずつ、痛みに耐えながらバンのもとへ近づいてくる。
言葉はなかった。
ただ、差し出された手を拒むことを、彼女はようやく諦めたのだった。
二人は互いの身体を支え合いながら、激しく流れる小川の縁に沿って進んだ。
目指したのは、かつて鉄砲水に荒らされた川岸だった。
そこには、倒れた巨木からむき出しになった巨大な根が複雑に絡み合い、その隙間に細長い空洞を作り出していた。川岸の下にぽっかりと口を開けたその場所は、暗く、湿り気を帯びている。内部はひどく狭く、外から完全に姿を隠すには、二人の子供が泥土の上に身体を押しつけるようにして横たわるしかなかった。
ここは、かつてラム・チエウ・バンが偶然見つけ、猛烈な吹雪をやり過ごすために身を寄せた場所だった。
バンは少女を先に押し込むと、自分も素早く身を滑り込ませた。
それから周囲に散らばっていた枯れ枝や腐りかけた落ち葉を手際よく集め、入口を巧みに覆い隠していく。
最後に残したのは、外の様子をうかがうための、指一本分ほどの細い隙間だけだった。
――コツ、コツ、コツ……。
小石と枯れ葉を踏む足音が、すぐ近くまで迫っていた。
バンは木の根の隙間に目を寄せ、茨の茂みから姿を現した二つの人影を注意深く観察した。
屈強な男が二人。
どちらも動きやすく仕立てられた獣皮の衣服を身につけ、その上から、黒ずんだ銅製の軽鎧をまとっている。
先を歩く男は、長い木製の弓を手にし、背中には羽根のついた矢を収めた矢筒を背負っていた。
後ろを歩く男の頬には、耳の付け根から顎にかけて、隆起した長い傷痕が走っている。ズボンの裾には、乾いて固まった泥がこびりついていた。
その立ち居振る舞いは冷徹で、無駄がなく、血の臭いをまとっているようだった。
熟練した暗殺者、あるいは雇われた私兵といった人物像に、見事なまでに合致していた。
彼らは食料や獲物を探しているのではない。
一人ひとりが、木の根元から草むらに至るまで、周囲を丹念に見回していた。ときおり身をかがめ、ぬかるんだ地面にかすかに残る足跡を確かめている。
傷痕のある男が川岸にしゃがみ込み、水面に指先を伸ばした。
流れに洗われ、今にも消えかけている細い血痕に触れる。
そして、低く濁った声で、いくつかの言葉を口にした。
聞き慣れない響きだった。
短く、歯切れのよい、独特の抑揚を持った言語。前世と今世の知識を探ってみても、バンにはまったく見当がつかなかった。
弓を持つ男は、その傍らで小川の周囲を見渡した。
やがて、下流の方向へ腕を伸ばす。
そこには、水流が鋭く尖った岩場へと流れ落ちていく道筋があった。
二人はそれ以上立ち止まることなく、再び前進を始めた。
そのときだった。
隣で身を伏せていた少女が、不意にバンの服の裾を強くつかんだ。
氷のように冷たい手だった。
小さな身体が、抑えようとしても抑えきれない恐怖に震えている。
バンはわずかに顔を向け、人差し指を唇に当てた。
声を出すな。
息遣いひとつ、強くするな。
その目が、厳しくそう告げていた。
生と死を隔てているのは、ほんの一枚の落ち葉にすぎなかった。
不意に、弓を持つ男が足を止めた。
二人が潜んでいる木の根の空洞から、わずか二メートルにも満たない位置だった。
鷹のように鋭い射手の目が細められる。
男はゆっくりと顔を巡らせ、倒れた巨木の根がむき出しになった一帯を観察した。
手にした弓をわずかに下げ、少しずつこちらへ近づいてくる。
息が詰まるほどの一瞬。
バンは手元の短剣を強く握りしめた。
発見されれば、逃げ場はない。
そのときは、命を懸けて戦うしかなかった。
――ガサッ!
まさに、張り詰めた糸が切れようとしていた、その瞬間だった。
バンが木の上でじっとしていろと言い聞かせていた小さなリスが、突然、高い枝から向かい側の巨木へと飛び移った。
腐りかけた葉が、ぱらぱらと音を立てて落ちる。
その物音に驚いたのだろう。木の枝で昼寝をしていた野鳥が、慌てて羽ばたきながら空へ飛び立ち、甲高い鳴き声を上げた。
弓を持つ男は、即座に音のした方へ振り向いた。
聞き慣れない言語で悪態をつくと、仲間に手振りで合図を送り、鳥が飛び去った方向へ大股で追い始めた。
重い足音が遠ざかっていく。
少しずつ、少しずつ。
やがてそれは完全に聞こえなくなり、小川のせせらぎだけが、何事もなかったかのように森の中を満たした。
それでも、バンは動かなかった。
呼吸ひとつ乱さず、身体を硬直させたまま、心臓の鼓動を一つずつ数えていく。
隣にいる少女の呼吸までも注意深く観察し、静まるように意識を向けながら、ひたすら待ち続けた。
二十分以上が過ぎた。
ようやく、森本来の静寂が本当に戻ってきたと判断できた頃、少女はゆっくりとバンの服から手を離した。
粗末な布地は、握りしめられたせいでひどく皺になっていた。そこには、彼女の指の形がはっきりと残っている。
「……あいつら、本当に行ったの?」
少女が囁いた。
その声には、まだ動揺の色が残っていた。
「たぶんね」
「確信はないのか?」
「確信があったなら、十分前には外へ出ているよ」
バンは冷ややかに答えた。
出会ってから初めて、少女はラム・チエウ・バンの顔を真正面から見つめた。
そこに嘘や悪意の痕跡を探そうとはしなかった。
この少年の、まるで鋼のように揺るぎない冷静さ。
それは彼女にとって、ひどく奇妙なものだった。
それと同時に、言葉では説明しがたい、不思議な安心感を与えてもいた。
二人はさらにしばらく身を潜めてから、ようやく慎重に枯れ枝を押しのけ、湿った土の空洞から這い出した。
川岸に立ったバンは、二人の男が姿を消した方向へ目を凝らした。
そして不意に、少女へ視線を戻す。
その眼差しは、相手の心の奥底まで見透かそうとするかのように鋭かった。
「君は、あいつらから何を盗んだ?」
少女の身体がびくりと跳ねた。
その目には、たちまち厚い防壁が築かれた。
「私は誰からも何も盗んでいない!」
「そうか」
バンは、たったそれだけを口にした。
それから背を向けて歩き出す。
それ以上問い詰めることもなければ、少女の言葉を信じているとも、疑っているとも示さなかった。
そのあまりにも淡々とした態度こそが、激しい尋問を受けるよりも、少女の心をはるかに深くかき乱していた。
何を考えているのか、まるで読めない。
この少年は、本当に自分を助けるつもりなのか。
それとも、何か別の目的があって、あえて追及しないでいるのか。
答えの見えない疑念が、少女の胸の内で静かに膨れ上がっていった。
西の石灰岩の山並みへと太陽が沈み始めた頃、深紅と濃い橙色の光が血のように深い森を染め上げていた。ラム・チエウ・バンは、その薄暗くなりつつある森の中を少女とともに進み、ようやく自分の住処である洞窟へとたどり着いた。
洞窟は苔むした岩壁の陰にひっそりと隠されていた。内部の造りは、驚くほど簡素で無駄がない。平らに編み固めた枯れ葉の寝床、粗削りな木製の椀がいくつか、蔓を切るための小刀、そしてわずかな干し物を収めた革袋。それが、何年ものあいだ誰にも頼らず生き延びてきた彼の全財産だった。
少女は洞窟の中へ足を踏み入れると、隅々まで目を走らせた。やがて、視線を目の前の少年へ戻す。
「お前は、こんな辺鄙な場所で一人暮らしをしているのか?」
「うん」
「家族は……お前の両親は、どこにいる?」
清水を入れた木椀へ手を伸ばしかけていたバンの動きが、宙でぴたりと止まった。
細く切れ長の瞳に、ほんの一瞬だけ暗い影が差す。あまりに短い変化だったため、相手が気づくことはまずなかっただろう。
「……もう、いないよ」
わずか三つの言葉だった。
感情の揺らぎを一切感じさせない平坦な声でそう答えると、彼は何事もなかったかのように水の入った椀を少女の前へ置いた。
少女は聡明だった。それ以上、問いを重ねることはしなかった。
短い返答が、必ずしも何かを隠そうとしているからとは限らない。
ただ、その言葉の背後にあるものがあまりにも深い悲しみであるために、これ以上、掘り起こすべきことなど何も残されていない場合もあるのだ。
バンは熟した野生の果実をいくつか取り出し、水椀の傍らに置いた。
「食べていいよ。明日の朝、脚の傷が落ち着いて、自分で動けるようになったら、山を下りる最短の道まで案内する」
少女は並べられた果実をじっと見つめてから、顔を上げた。
「お前は、私がどこから来たのか、何者なのか、聞こうとは思わないのか?」
「話したければ、自分から話すでしょ」
「それでも、私がどうしても話さないと言ったら?」
「だったら、わざわざ聞かないよ」
少女は目の前の少年を、しばらく呆然と見つめていた。
「お前……面倒事を抱えた見知らぬ人間の私を、いつもそんなに簡単に受け入れるのか?」
バンは乾いた薪の束の傍らに腰を下ろし、火打ち石を二つ取り出した。
「いいや。一度だって君を信用したことはないよ。ただ、君が怪我をしていて、このままじゃ死ぬ。それだけは分かっているというだけだ」
あまりにも率直で、あまりにも容赦のない答えだった。
少女は完全に黙り込んだ。
バンは彼女の反応を気に留めることもなく、落ち着いた手つきで火打ち石を打ち合わせた。やがて小さな火が薪へ燃え移り、洞窟の中央にかすかな炎が揺らめき始める。
橙色の光が岩壁を照らし、夜の大森林から染み込んでくる冷気を、少しずつ押し返していった。
彼は水の入った木椀を火のそばへ置き、温め始めた。
その一連の動作には、いささかの気負いもなかった。相手に自分の手際を見せつけようとしているわけでも、機嫌を取ろうとしているわけでもない。ただ、毎日繰り返してきた生活の一部を、いつもどおりにこなしているだけだった。
しばらくして、乾いた薪がぱちぱちとはぜる音の中、少女がようやく小さな声を漏らした。
「……私は、お前に命を救われた礼として渡せる金も、宝石も持っていない」
「お金で暮らしているわけじゃないからね」
「それに、いつか必ず恩返しに戻ってくるとも約束できない」
「恩返しなんて必要ないよ」
「だったら、どうして?」
少女は勢いよく顔を上げた。
その瞳には、理解できないものに直面した者の、純粋な困惑が満ちていた。
「どうしてお前は、自分の命まで危険にさらして、私をあいつらから隠したんだ?」
バンは顔を上げた。
揺れる炎を映した瞳が、少女の顔をまっすぐに捉える。
洞窟の外では、風が大森林の木々を吹き抜け、どこかすすり泣くような音を響かせていた。
その瞬間、バンの意識はふと過去へと引き戻された。
両親が二度と戻ってこなくなった、最初の冬の夜。
凍てつく寒さの中、彼は暗い岩陰で身体を丸め、ただ一人、絶望に押し潰されそうになっていた。
誰でもよかった。
誰か一人でいい。人間の手が伸びてきて、この孤独の底から自分を引き上げてくれないだろうか。
そう願いながら、彼は長い夜を過ごした。
だが、その悲惨な過去について、バンは一言も口にしなかった。
「……見てしまったからだよ」
少女は眉をひそめた。
その答えの意味を測りかねているようだった。
バンは再び視線を落とし、小さな薪をいくつか拾い上げて火の中へくべた。
「今朝、あの小川を通らなかったら。君の血痕も、破れた服も目にしなかったら。この一件は、僕の人生とは何の関係もなかったはずだ。でも、僕は見てしまった。目の前で一つの命が必死にもがいているのに、何も見なかったことにして、自分を欺くことはできなかった」
そこには、高尚な道徳を語るための誓いもなかった。
ましてや、偶然の救助を利用して、将来にわたって相手を縛りつけようとする思惑など、あるはずもなかった。
ただ、かつて見捨てられた経験を持つ一人の人間が選んだ、ごく最低限の人間らしさにすぎなかった。
少女はうつむいた。
膝を強く握りしめていた手から、少しずつ力が抜けていく。
心の奥に幾重にも築き上げてきた防壁が、温かな水に触れた氷のように、ほんのわずかに溶け始めていた。
長い沈黙の後、少女はそっと手を伸ばした。
野生の果実を一つ手に取り、小さくかじる。
「……今日のことは、決して忘れない」
バンは何も答えなかった。
目を閉じ、岩壁に背を預けて休息を取る。
彼にとっては、少女がこの出来事をどのように記憶し、どのような意味を与えるかなど、本当にどうでもよいことだった。
翌日の明け方、山々は依然として濃い霧に覆われていた。
少女の太腿の傷は、きれいに洗浄され、丁寧に布を巻かれていたおかげで、傷口が乾き始めていた。出血も、すでに止まっている。
まだ足を引きずらなければならなかったものの、杖をつけば、自分の力だけで歩ける程度には回復していた。
ラム・チエウ・バンは少女を連れ、獣道が三つに分かれる分岐点までやってきた。
そこは、手つかずの原生林と、山を下れば人間の世界へと通じる低い丘陵地帯との境界だった。
彼は北側に連なる山々を指さした。
「北へ進んで。大きな川に出たら、真っ白な石灰岩が二つ、川を横切るように並んでいる場所がある。そこで対岸へ渡って、そのまままっすぐ進めばいい。昨日通った東側の獣道には、絶対に戻らないこと」
「どうして、あの道を通ってはいけない?」
「君を追っていた二人が、あの辺りに戻って待ち伏せしている可能性があるからだよ」
少女は彼の忠告を胸に刻むように、小さくうなずいた。
霧の中へ踏み出そうとした、その直前だった。
少女は道の曲がり角で立ち止まり、振り返った。
幾重にも重なる緑の中、少年は一人、静かに立っていた。
「……まだ、お前の名前を聞いていなかった」
「ラム・チエウ・バン」
少女はその名を、まるで記憶の奥深くに刻み込もうとするかのように、一音ずつ口の中で繰り返した。
「ラム……チエウ……バン……」
「君は?」
バンが何気なく尋ねた。
少女は唇を引き結んだ。その瞳を、一瞬だけ苦悩の色がよぎる。
「今は……本当の名前を教えることはできない」
「別にいいよ」
「お前……本当に、私が何者なのか知りたくないのか?」
「知りたいとは思うよ」
バンは少女の目をまっすぐに見つめた。その表情には、何の揺らぎもなかった。
「でも、知りたいと思うのは僕の勝手だ。答えるかどうかを決めるのは君の権利だよ。僕にそれを無理やり聞き出す権利はない」
少女は一瞬、言葉を失った。
そんな態度を取る人間に出会ったのは、初めてだったのかもしれない。
それから彼女は、もう何も言わなかった。
背を向け、霧の中へと歩き出す。
再び戻ってくるという約束もなければ、別れを惜しむような美しい言葉もなかった。
バンは、その小さな後ろ姿を黙って見送った。
少女の姿は、幾重にも重なる木々の向こうへと次第に小さくなり、やがて完全に見えなくなった。
これで終わりだ。
バンはそう自分に言い聞かせた。
ほんの短い間だけ交差した奇妙な出来事も、ここで幕を下ろしたのだ。
彼は踵を返し、いつもどおりの生存生活を再開するため、洞窟へと戻っていった。
だが、少女が昨夜まで休んでいた枯れ葉の寝床の脇に置かれていた木椀を拾い上げようとした、そのときだった。
乱れた枯れ葉の下で、古びた真鍮色の何かが、かすかな光を反射していた。
バンはそれを手に取った。
薄い真鍮製の小さな金属札だった。大きさは指二本分ほどしかなく、隅の一角は長い年月の間に欠け落ちている。
表面は滑らかに磨かれていたが、そこには奇妙な紋章が精緻に刻まれていた。
三本の謎めいた曲線が互いに交差し、終わりのない三角形のような形を作り上げている。
バンは眉をひそめた。
次の瞬間、彼は洞窟を飛び出し、先ほどの獣道の分岐点へ向かって駆け出した。
「おい! これ、落としたぞ!」
声を張り上げたものの、返ってきたのは、木々の間を吹き抜ける山風と、葉擦れの音だけだった。
少女はすでに遠くまで進み、外の世界の広大な懐へと完全に姿を消してしまっていた。
バンは分岐点に立ち尽くし、掌に収まった真鍮の札を見つめた。
捨ててしまうこともできた。
何の価値もない、ただの金属片だと考えることもできた。
だが、複雑な事件を何十件も解き明かしてきた者の直感が、彼に警告を発していた。
この金属札こそが、二人の刺客に森の隅々まで捜索させる原因なのではないか。
そして、少女が命を失う危険を冒してまで、自分の素性を明かそうとしなかった理由も、ここにあるのではないか。
バンは慎重に、その真鍮の札を上着の内ポケットの奥深くへしまい込んだ。
静寂に包まれた原生林の外側。
彼が意識的に忘れ去ろうとしていた、人間たちの世界。
それは、決して立ち止まってなどいなかった。
そこでは無数の陰謀と殺戮が繰り広げられ、底知れない闇を孕んだ秘密が、今この瞬間も動き続けていたのだ。
大森林の中で孤独に生きてきた年月の果てに、ラム・チエウ・バンは初めて、一人の人間を死の淵から救い上げることになった。
そして同時に、他人の運命を形作る、ほんの小さな欠片を手にしてしまった。
彼は少女の名前さえ知らない。
少女もまた、彼を信頼できる味方だとは思っていなかった。
それでも、バンはまだ知らなかった。
何年も先の未来。
戦火と権力が渦巻く世界で、二人が再び巡り会うそのとき、この真鍮の札に刻まれた三本の交差する曲線が、暗闇を切り裂く灯火となることを。
そして、あのときの出会いこそが、ほんの一瞬、荒野を吹き抜けた風のようにしか思えなかったあの偶然こそが、実は運命によって幾重にも織り込まれた、決して断ち切ることのできない縁の始まりだったということを。




