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Episode 4

 永遠の苦痛を幽閉する地であった**桃山(とうざん)は、洪荒(こうこう)の神力の余波が消え去ると、突如として異様なほどの静寂に包まれた。骨の髄まで凍りつくような万年の玄氷の冷気が再び押し寄せてきたが、今の瑶姫(ようき)**にとって、それはもはや肉体を苛む拷問ではなく、魂を削る苦行であった。

 瑶姫は冷たい石台の上に崩れ落ちていた。薄暗い光に照らされたその陶磁器のように白い肌は、悲劇的で儚い美しさを漂わせている。熱狂に満ちた太古の悦楽の後、彼女の肉体は今や極度の虚脱感と果てしない喪失感に陥っていた。彼女は身を丸め、ゲンソン・ジェスダの微かな温もりが残る衣の裾をきつく握りしめた。その欠落感は、単なる情人を失った寂しさなどではない。それは自らを取り巻く大気や、生命の源そのものを奪われたに等しく、彼女の魂は吸い尽くされたかのように干からびていた。

 身の丈二メートル十センチに及ぶその男神の背中が霧の向こうに姿を消そうとした時、瑶姫はこの虚無感に耐え切ることができなかった。彼女はよろめきながら立ち上がり、震える足で後を追った。哀願するような掠れた声が、静寂の洞窟に響き渡る。

「ゲンソン……行かないで……お願い……」

 彼女は天庭の長公主としての体裁すら投げ捨てて地べたに這いつくばると、洞窟の入り口で足を止めたゲンソンの衣の裾に、その細い両手ですがりついた。顔を上げた瑶姫の表情は盲目的な陶酔に染まり、切れ長の鳳眸(ほうぼう)は涙に濡れていた。恐ろしいほどの神力の飢渇に耐えているかのように、彼女は途切れ途切れの息で訴えた。

「私……とても寒い……ゲンソン……あなたの温もりが……私の中から引いていく……お願い、どうか……もう少しだけ私にちょうだい……あの交わりなしでは、私は生きていけない……この孤独な闇の中に、私を置き去りにしないで……」

 ゲンソンは振り返り、澄み切った無垢な瞳で、自分にすがりつく女を見下ろした。彼は頭を掻きながら、まるでたまたま道端の枯れかけた花でも見るかのように、素っ気ない態度で言った。

「お前、どうしたんだ? 治療はもう終わっただろう。お前の体、幽閉されていた時よりずっと元気になってるじゃないか。なんで俺にまとわりつくんだよ? 俺は桃を探して食べなきゃならないから、ここでずっとお前の温めごっこに付き合ってる暇はないんだ」

「桃なんていらない……私はただ、あなたが欲しいの……」瑶姫はむせび泣きながら身を乗り出し、自らの柔らかな肢体を彼の逞しい脚に押し当てると、渇望に満ちた呻きのような声で言った。「ここにいて……もう一度……あと一度だけでいいから……何でもするわ……あなたの望むことなら何でも……ただもう一度、あの力を感じさせて……」

 ゲンソンは小さくため息をつき、かがみ込んで、その大きな手で彼女の髪を優しく撫でた。それは慈愛のようでもあり、あるいはちっぽけな命に対する哀れみとも取れる仕草だった。彼は無言のまま、再びまばゆい五色の霧で彼女を包み込んだ。洞窟にはまたしても交わりの音が響き渡り、咽び泣くような喘ぎ声と、絶頂の歓楽の中で繰り返される哀願の声が満ち溢れた。しかし、霧が晴れると、ゲンソンは一切の未練なく背を向けて立ち去った。後には、瞳をうつろにし、永遠に捨てられたという絶望的な苦痛と極上の満足感が入り交じる中、全身を蕩かせて倒れる瑶姫だけが残された。

 時は足早に過ぎ去った。神仙の世界において、三年という歳月は瞬きする間に等しい。

 霧に包まれた山頂――**玉鼎真人(ぎょくていしんじん)**が隠遁し修行するその場所には、苛烈さと渇望が入り混じった濃密な空気が漂っていた。

 轟音を立てて落ちる滝の下で、**楊戩(ようせん)**は一糸まとわぬ姿で立っていた。青銅色に染まった肌の下には、隆起した筋骨がくっきりと浮かび上がっている。彼は千鈞(せんきん)の重さを持つ石斧を振り下ろし、荒れ狂う水流を真っ二つに切り裂いた。その一撃一撃は、単なる修練にとどまらず、自らの過酷な運命に突き立てる刃(やいば)でもあった。

「もっと強く! もっと強まらなければ!」楊戩は殺気に目を血走らせて咆哮した。

 彼の脳裏には、鎖に繋がれ幽閉されている母・瑶姫の姿と、己が乗り越えるべきそそり立つ山のように立ちはだかる、ゲンソン・ジェスダの傲岸不遜で偉大なシルエットが焼き付いていた。楊戩は愛など求めてはいなかった。彼が渇望するのは、ただ絶対的な力(権能)のみであった。彼は、手を払うだけで万の軍勢を灰燼に帰すような神の力を欲した。かつて自身の目でまざまざと見せつけられた、あの圧倒的な力である。肉体に刻まれる傷の痛みなど、幽閉された母を見た時の心の痛みに比べれば、取るに足らないものだった。力こそが、天庭を覆し、一族の正義を取り戻すための唯一の道であり、唯一の武器であった。

 兄の狂気とは対照的に、沢の対岸では、**楊嬋(ようせん)**が古い桃の木の下に静かに座っていた。彼女の白い衣の肩には、薄紅色の花びらが降り積もっている。彼女は剣を振るうことも、気を練ることもなく、ただそこに座り、遠い目を地平線に向けていた。それはかつて、身の丈二メートル十センチに及ぶあの「隠者」の背中が消えていった方角であった。

 楊嬋は、自らが拾い上げた五色の石の欠片を大切そうに撫でていた。それは、ゲンソンの息吹が微かに残る石であった。この少女の心の中では、滝の轟音も、師匠の教えも、すべてが色褪せてしまっていた。彼女は断片的な記憶の中に深く沈み込んでいた。彼のこの上なく美しい顔立ち、「天律(てんりつ)とは何だ?」と無邪気に尋ねた時のあの眼差し、そして、傲然としながらも悪戯っぽく揺れていた猿の尾。

「あなたはどこにいるの……?」楊嬋は、風のように微かな声で呟いた。

 彼女にとって、天下の覇権争いも、計り知れない絶大な力も、天庭に対する恨みも、すべては遠い世界の出来事でしかなかった。彼女がたった一つ渇望しているのは、あの無邪気な笑顔をもう一度見ること、そして、あの偉大な背中の傍に立つことだけだった。彼が因果に縛られない神であり、輪廻の理(ことわり)の外に立つ存在であることを、彼女は理解していた。この広大な宇宙のどこかに、自分のようなただの女子(おなご)が彼と共に歩める場所はあるのだろうかと、彼女は自問した。たとえそれが、ほんの短い一瞬であったとしても。

 高い山頂では、玉鼎真人が腕を組み、静かに二人の弟子を観察していた。彼は微かに眉をひそめ、骨ばった指で絶え間なく卦(け)を立てていたが、その顔色は次第に青ざめていった。

「奇妙だ……実に奇妙だ……」玉鼎真人は震える声で呟いた。「天機(てんき)が完全に遮られている。これは天道によるものではない。天に逆らうある存在が、時の流れそのものを操っているのだ」

 彼は二人の若者を見下ろした。一人は憎悪で自らの魂を燃やし、もう一人は叶わぬ恋に心を埋もれさせている。彼は深く、苦悩に満ちたため息をついた。

「お前たちの運命は……あの者に遭遇した瞬間から、すでにお前たちの手から離れてしまったのだ。ゲンソン・ジェスダ……お前は一体、三界に下る天劫(てんごう)なのか、それとも希望なのか……」

 谷底では滝が轟々と逆巻き、桃の花びらが絶え間なく舞い散って、完全に軌道を外れた運命の痕跡を覆い隠している。その運命は、ゲンソン・ジェスダが君臨する、嵐と栄光に満ちた未来へと一直線に突き進んでいた。

 玉鼎山(ぎょくていさん)の冬の夜は、骨の髄まで凍りつくほど冷え込んでいた。荒々しい岩肌をすり抜けて吠えたける北風は、天地開闢(てんちかいびゃく)の時から彷徨う無数の怨霊の慟哭のごとき響きを持っていた。元より極めて濃厚であったこの地の天地の霊気は、過酷な寒さの下で真っ白な霜へと凝結し、万物にへばりつき、山全体を暗く幽寂(ゆうじゃく)な氷点下の領域へと変貌させていた。

 凍りついた滝の裏に隠された洞窟の奥深くでは、時間の歩みが遅くなったかのように、生機を奪い合い運命を逆転させるための血みどろの死闘に場を譲っていた。

 **楊戩(ようせん)**は寒玉(かんぎょく)の石台の上に結跏趺坐(けっかふざ)していた。上半身をはだけた彼の逞しい筋肉は、目に見えない恐るべき重圧の下で絶え間なく痙攣している。彼は闡教(せんきょう)の至高無上の護道神通である『八九玄功』を修練している最中であった。

 肉体成聖(にくたいせいせい)を果たし、世のあらゆる法術を無効化する力を得るための代償は、いかなる言葉をもってしても到底表現し尽くせないほど残酷なものであった。八九玄功は、修練者に対し、体内のすべての経脈を絶え間なく破壊し、生まれ持った神の骨を自らの手で一本一本砕き、天地の霊気と確固たる意志によって一から鋳直すことを要求する。それは破滅と再生の永遠のループであり、上界の神仙ですら戦慄を禁じ得ない極刑に等しかった。

「ボキッ……バキッ……」

 静まり返った洞窟の中に、骨が砕ける乾いた音が響き渡る。楊戩の顔は苦痛に歪み、額には今にもはち切れんばかりの青筋がミミズのように浮かび上がっていた。滝のような汗が毛穴から噴き出した傍から、凄まじい寒気によって砕けた玉(たま)のような氷の粒へと変わり、石の床にバラバラと降り注ぐ。彼の口の端からは赤黒い血が滴り落ち、寒玉の一部を赤く染め上げていた。

 魂を引き裂かれるような激痛の中、楊戩の脳裏にはおぼろげな幻影が幾度もフラッシュバックした。桃山で無残にも雷の刑に悶え苦しむ母、**瑶姫(ようき)**の痩せこけた姿。鎖が擦れ合う音、天兵たちが振るう無慈悲な鞭が風を切る音が聞こえる。そして、その絶望的な光景の真ん中に、突如としてある異端者の姿が現れたのだ。

 身の丈二メートル十センチの男神は、無邪気な笑みを浮かべ、怠惰に猿の尻尾を揺らしていた。彼がただ軽く手を払っただけで――一切の力みも感じられない、ただ無造作に手を振っただけで、天庭の十万の天兵天将が瞬時にして塵芥(ちりあくた)と化したのである。

 そのあまりにも偉大で理不尽な光景こそが、楊戩の心に狂気じみた力への渇望を植え付けたのだ。彼は歯を食いしばり、口角から鮮血を流しながら、喉の奥で低い咆哮を上げた。天道は無情であり、天の掟は不条理である。母を救うためには、誰の哀れみにもすがることはできない。彼は強者にならなければならない。天の掟を足下に踏みにじり、あの古神のごとき破滅的な力の領域に到達するほどの強者に。

 同じ頃、玉鼎山を貫く万丈の深淵の底では、底知れぬ瘴気が立ち込める漆黒の沼地が広がっていた。ここは洪荒(こうこう)の時代に無数の生ける者たちを呑み込んできた凶悪な三つ首の太古の悪竜、**三首蛟龍(さんしゅこうりゅう)**が幽閉されている場所である。

 八九玄功による三十六回の神骨粉砕を経た楊戩は、血の滲む傷だらけの体を引きずりながら、師である**玉鼎真人(ぎょくていしんじん)**の導きに従い、単身でこの死の沼地へと足を踏み入れていた。彼には、己が練り上げつつある規格外の力に耐えうる運命の武器、神兵が必要だったのだ。

 漆黒の沼の水面が泡立ち、泥の下から巨大な体躯が姿を現した。三首蛟龍は咆哮し、三つの首からそれぞれ黒炎、雷電、氷結を吐き出し、楊戩を包み込む死の網を形成した。

 だが、真の戦いは刀剣や法術によるものではなかった。狡猾な太古の悪竜は幻術を用い、疲労困憊した青年の精神へと侵入してきたのだ。

 楊戩の周囲から沼地の景色が消え失せた。彼は自分が桃山の頂に立っていることに気づいたが、足下には冷たくなった瑶姫の亡骸が転がっていた。高くそびえる玉座で彼を嘲笑う玉皇大帝。万の剣に心を貫かれ、天庭の威厳の前に屈辱の土下座を強いられる己の姿。敗北への恐怖、無力感への恐怖が彼の精神を蝕み、絶望の泥沼へと深く引きずり込んでいく。

「いや……負けるわけにはいかない……母上……」楊戩はよろめき、その目の焦点は次第に失われ、魂は今にも悪竜に呑み込まれようとしていた。

 生と死、意志と屈服のその危うい境界線において、突如、彼の額の眉間からまばゆい黄金の光が爆発した。肉が裂け、神聖で荘厳な炎の形をした第三の目がカッと見開かれた。**天眼(てんがん)**の覚醒である!

 天眼から放たれた光の筋は虚空を掃討し、狡猾な幻術の幕をすべて焼き尽くした。正気を取り戻した楊戩の隆起した筋肉から、八九玄功の爆発的な力がほとばしる。彼は前方へと猛進し、血に染まった素手を伸ばして真ん中の竜の頭の角をきつく掴み、あらゆる抵抗を力づくでへし折った。悪竜は凄まじい悲鳴を上げ、万丈の巨体をねじらせた末、ついに楊戩の天に逆らう意志の前に屈服した。

 まばゆい後光の中、三首蛟龍の巨大な体は収縮し、三つに分かれた無類の鋭さを持つ刃を備えた、輝く銀の長刀へと姿を変えた。**三尖両刃刀(さんせんりょうじんとう)**が正式に主を認めたのだ。血の海より深い復讐心を背負う者の手に、ついに運命の神兵が握られたのである。

 深淵での血みどろで狂気じみた死闘とは完全に打って変わり、吹きすさぶ風が静寂を運ぶ山頂では、真っ白な絹の衣をまとった**楊嬋(ようせん)**が平らな岩の上に静座していた。風霜が彼女の可憐な顔を打ちつけるが、この少女の異様なまでの心の平穏を揺るがすことはできない。

 彼女の目の前には、石の蓮の花の形をした古びた品が置かれ、歳月の経過を感じさせる物悲しい気配を漂わせていた。それこそが、玉鼎洞の鎮山神具(ちんざんしんぐ)、**宝蓮灯(ほうれんとう)**であった。

 白髪と白い髭を蓄えた玉鼎真人は後ろで両手を後ろに組み、風のさざめきに声を重ねた。

「嬋児(せんじ)よ、宝蓮灯はお前の兄の持つ神兵利器とは違う。それを目覚めさせるのに、暴力も血脈も必要ない。その力の源は善良なる炎であり、魂の絶対的な純潔さなのだ。目を閉じ、人の世の苦しみを感じ取り、己の慈悲の心をもってそれに灯りをともしなさい」

 楊嬋は素直に夢見るような瞳を閉じた。彼女は万物を愛し、三界の衆生を哀れむよう、自らの意識を導こうと努めた。しかし、そのとめどない思考の流れの中に、ある一つのシルエットが強情に紛れ込み、彼女の心を清めようとする努力をすべて打ち砕いてしまう。

 身の丈二メートル十センチの長身、あの血生臭い砂漠の中で自分を守る城壁のように広くて逞しい背中。死角のない端正な顔立ち、十万の天兵に包囲された時のあのぽかんとした笑顔、そして、ふざけたように揺れる猿の尻尾。

 楊嬋は心の内で小さくため息をついた。自分に嘘はつけない。今、彼女の心にある最も純粋で、最も激しい感情は、森羅万象や衆生に向けられたものではなく、ただ唯一、すでに姿を消したあの旅人の後ろ姿に向けられているのだ。それは希望のない絶望的な恋慕であり、悲劇的な片思いであったが、朝露のように透き通っており、世俗的な強欲や打算など微塵も混じってはいなかった。彼女はただ、彼が自由気ままに洪荒の世界を歩み、あの無邪気な笑顔が永遠に色褪せないことだけを願っていた。

 その純真な恋慕が極致に達した瞬間、宝蓮灯がふわりと微かに震えた。石の蓮の花びらがほころび始め、その蕊(しべ)の中心から、温かな緑色の炎が燃え上がった。その炎には灼熱の温度はなかったが、万丈の光を放ち、玉鼎山の凍てつく夜の闇を照らし出した。

 玉鼎真人は呆然とし、髭を撫でながら呟いた。「真の恋慕が、道火(どうか)と化すとは……この子は一体、どこの大いなる神聖を想い浮かべて、宝蓮灯の究極の炎を励起させたというのだ?」

 宝刀が主を認め、神の灯りがともるというまさに運命の刻、そこから何万里離れているとも知れないある山では……。

 ゲンソン・ジェスダは巨大な大木の枝の上に寝そべっていた。彼は足を組み、ぽかぽかとした日差しを浴びて怠惰にくつろぎながら、丼ぶりほどの大きさがあるはち切れんばかりの仙桃(せんとう)を手に持ち、むしゃむしゃと美味しそうに頬張っていた。

「この山の桃もまあまあだけど、昔、女媧(じょか)の姉御が育ててたやつほど甘くないな」とゲンソンは呟き、最後の一口を飲み込むと、手に残った丸裸の桃の種を見つめた。

 退屈を感じた彼は、遊び半分に親指でその種をピンと弾いた。

 ヒュッ!

 ただの暇つぶしの指弾きにすぎなかったが、それは古神の指先から無意識に漏れ出した「起源の力」の一筋を帯びていた。小さな桃の種は瞬く間に幾重もの空間の層を引き裂き、三界のあらゆる物理法則を遥かに超越した超絶的なスピードで、地平線の彼方へと一直線に飛んでいった。

 場面は玉鼎洞に戻る。その時、三尖両刃刀を収服した楊戩は、極めて危険な状態に陥っていた。八九玄功の修練後、まだ完全には安定していない肉体で悪竜の力を融合させようと無理をしたためだ。沼地の悪しき気が反発し、心の闇(心魔)がどろどろと湧き上がっていた。彼の顔は赤く火照ったかと思えば青ざめ、七つの穴(七竅)からは血が滲み出始めた。彼は走火入魔(そうかにゅうば)の瀬戸際にあり、全身の経脈は今にも吹き飛びそうであった。

 洞窟の入り口に駆けつけた玉鼎真人はこの惨状を目にし、慌てふためいて叫んだ。「いかん! 戩児(せんじ)は焦りすぎた! 心魔が体を喰い破ろうとしている、今となっては誰にも手出しができん!」

 まさにその絶体絶命の瞬間……。

 パリーン……ドガァァァン!!!

 玉鼎山全体を守護する超弩級の防護陣、玉鼎真人が百年を費やして敷いた自慢の陣法が、まるで岩をぶつけられた薄いガラスのように、突如として何万もの光の破片となって粉々に砕け散った。

 老道士が何が起こったのか理解する間もなく、極小の一筋の光が風を切り裂き、洞窟の中へ真っ直ぐに飛んできた。

 ポカッ!

 ゲンソンが食べ残した仙桃の種は、神がかり的な軌道を描き、ミリ単位の狂いもなく楊戩の額のど真ん中に見事に命中した。

 楊戩は短く呻き声を上げ、仰向けに倒れ込んだ。彼の体内で荒れ狂っていたおどろおどろしい悪気と心魔は、桃の種に付着していた至高の起源の力に触れた途端、まるで熱したフライパンに落ちた雪の結晶のごとく、一片の欠片も残さずに綺麗さっぱり蒸発してしまった。驚くべきことに彼の呼吸は整い、真気(しんき)は滞りなく巡り始め、彼はそのまま深い眠りへと落ちていった。あまりにも呆気ない形で、限界突破後の修練が強固なものとなったのである。

 玉鼎真人はその場に釘付けになり、瞬く間に状況がひっくり返った惨状をポカンと口を開けて見つめていた。彼は地面に転がっている、まだ少し唾液のついた桃の種を拾い上げると、口角をひくひくと引きつらせ、老いた目から涙をこぼさんばかりにして叫んだ。

「陣法が……わしの生涯の心血を注いだ陣法が……たかが桃の種一個に木っ端微塵にされたじゃと?! 誰だ?! 一体どこの高人がこの老道士をからかっておるのだ?!」

 翌朝、最初の一筋の朝日が顔を出し、玉鼎山の霜の帳を払いのけた時のこと。

 楊戩は師匠の前に真っ直ぐに立っていた。彼の全身からは鋭く雄渾な威圧感が放たれている。額の天眼は半ば閉じられ、右手にはずっしりと重い三尖両刃刀が固く握りしめられていた。その傍らには楊嬋が立ち、白い衣を風に靡かせながら、手には温かく柔らかな光を放つ石の灯り、宝蓮灯を掲げている。

 兄妹は跪き、額を地面にこすりつけて恩師に拝礼した。楊戩は顔を上げると、復讐の炎を燃やす確固たる眼差しで、銅鐘のように響き渡る声で言った。

「師匠、刀は成り、功は遂げられました。これ以上、雪をかき、茶を沸かしてお仕えできない不孝をお許しください。本日、下山の許可を頂きたく存じます……桃山を真っ二つに断ち割り、天庭を迎え撃つために!」

 玉鼎真人は静かに髭を撫でた。彼は一切引き止めることなく、ただ袖を軽く振り、二人に立ち上がるよう合図した。彼は二人の若き弟子が山を下り、眩い太陽の光の中へと溶け込んでいく背中を見送った。万界の歴史の車輪が、古臭い天規を粉砕すべく、最も過酷な回転を始めたことを彼は悟っていた。だが彼の心の奥底では、天道の外に立つあの目に見えぬ黒幕――優雅に桃の種一つで乾坤(けんこん)を打ち砕いたあの存在のことを想うたび、身震いを禁じ得ないのだった。

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