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Episode 28

 息苦しいほどの熱気が、汗と情欲の生臭い匂いと混ざり合い、肌の隅々にまでまとわりつく。漆黒の魔蜘蛛の糸と野獣の毛皮で織られた毛布の下で、俺は仰向けに倒れ込み、わずかに布の隙間から漏れ入る冷たい空気を貪るように胸を上下させていた。かつて鬼神を引き裂き、星々を握り潰したこの身体は、今や何世紀にも及ぶ大戦を終えた直後のように、ひどく疲弊しきっていた。

 俺の傍らでは、深淵を揺るがす力を持つ魔界の女王リリスが、満ち足りた子猫のように丸まり、その白く無垢な肌を俺の剥き出しの胸板にすり寄せていた。かつて数万の者を平伏させた、凶器とも呼べるその魅惑的な曲線は、今や力なく熱を帯び、途切れ途切れの吐息に合わせて波打っている。

 俺はそっと身をよじり、汗で張り付いた彼女の燃えるような真紅の髪に指を絡ませた。

「これで何回目だ?」俺はしわがれた声で尋ねた。原初の神(はじまりのかみ)ともあろう者が、これほどまでに衰弱した声を出すのは極めて稀なことだった。「これでもう十分か、我が敬愛なる女王陛下?」

 リリスはエメラルドの瞳を見上げ、長い睫毛を瞬かせた。赤い唇の端に悪戯っぽい笑みを浮かべ、豊かな双丘を俺の腕に擦り寄せる。

「まだまだ足りませんわ、旦那様」彼女は甘ったるく、語尾を伸ばして媚びるように言ったが、それは俺の忍耐力に対する恐るべき脅迫に他ならなかった。「ですが…お疲れのようですわね。特別に恩赦を与え、少しだけ休ませて差し上げますわ」

 俺は長いため息をつき、目を閉じた。悪魔め、連続十七回戦だぞ。一回戦につき二刻(約四時間)は下らない。彼女が駆使した速度、力、狂熱、そして禁忌の魔術は、俺を搾り取るためだけに徹底的に行使された。いくらこの身体が太古のエネルギーから練り上げられたものだとしても、この魔界の女王の吸引力とサディズムは、生命力保存の法則を完全に超越している。

「今この宮殿に私しかいなくて幸いでしたわ」不意にリリスが呟き、真っ赤に塗られた鋭い爪で俺の腹に意味のない円を描き始めた。「もし『あの女たち』も今目を覚ましていたら、この尊帝府は嫉妬の嵐で崩壊していたでしょうね。今夜の特権を勝ち取るために、全員八つ裂きにしなければならないところでしたわ」

 俺はハッと目を見開いた。彼女の何気ない一言が、停滞していた脳髄に冷水を浴びせた。

「待て」俺は半身を起こし、毛布が腰の辺りまで滑り落ちた。「今、何と言った?『あの女たち』?まさか、お前の他にも…俺には妻がいたのか?」

 リリスは動きを止めた。眉をひそめ、極めて愚かな質問をされたとでも言うように目をパチパチさせた後、鈴を転がすような、それでいて凍てつくような笑い声を上げた。

「まあ、私の旦那様。数百万劫の眠りで本当に記憶を失ってしまわれたのですね」リリスは身を乗り出し、俺の鎖骨を軽く噛んだ。「あなたには十一人の妻がおりますわ、旦那様。私を含めてね。でもご安心を。あの忌々しい十人の女どもは、あなたがここに追放された時から、自らを封印し閉関修行に入っていますの。この地獄という名のゴミ溜めに残り、あなたをお待ちしていたのは私だけですわ」

 俺は生唾を飲み込んだ。十一人の妻。無限の力を持つ十一の生命体。そして俺は、その狂気のハーレムの中心にいたというのか?太古の過去のデータが神経網を駆け巡る。ぼやけてはいるが、確かに真実だった。そうだ。俺はかつて、愛欲の帝国を築いていたのだ。

「彼女たちは…じきに目覚めるのか?」俺は恐る恐る尋ねた。

「ええ、間違いなく。あなたの玉座が深淵と共鳴した時、彼女たちの結界は砕け散るでしょう。すぐに再会できますわ」リリスは微笑んだ。誓って言うが、それは殺意に満ちた笑顔だった。そして俺が反応する間もなく、彼女は身を翻して乱暴に俺の腹の上に跨り、両腿を押さえつけた。その瞳には情欲の炎が燃え盛っている。「でも、あのハエどもが目覚める前に…交尾の続きをしましょうか、旦那様。第十八回戦ですわ。逃がしませんよ」

 彼女が腰を動かし始めると、再び濡れた熱情が俺を包み込み、俺は無力に喘ぎ声を漏らした。彼女のサディズムは想像を絶していた。俺は魔王だが、今はまるで自分のベッドの上で精気を搾り取られる哀れな獲物のようだった。

 しかし、まさに絶頂の瞬間、リリスの動きが狂乱を極め、俺の意識が快楽の頂点へ押し上げられようとしたその時――太古の連鎖反応が起動した。魂が震え、両の眼窩が突如として燃え上がった。

 俺は無意識のうちに、原初の神の究極の切り札を開眼してしまったのだ。『天幻滅世無極眼(てんげんめっせいむきょくがん)』――(紫金色のブラックホールのように深く渦巻く瞳。これは彼だけが持つ最強唯一の眼であり、所有者が思考するだけであらゆる事象を具現化できる、筆舌に尽くしがたい権能を秘めている)。

 あらゆる空間、時間、次元の境界が俺の視線の前で崩壊した。尊帝府の天井が消え去る。地獄の果てしない灰色の雲を突き抜け、俺の視線は三界の殻を引き裂き、神聖な光に満ちた偉大なる須弥山(しゅみせん)の頂へと真っ直ぐに注がれた。風景はあまりにもリアルで、沈香や雪蓮の花の匂いすら嗅ぎ取れそうだった。

 そこでは、イエスとブッダが菩提樹の下に座り、光り輝く古書をめくっていた。六枚の翼を持つ天使が舞い降り、彼らの前に跪く。

「至高なるお二方」天使は震える声で言った。「我々は輪廻の激流を全て再調査し、あの者を発見いたしました。ゲンソン様の親友…いえ、かつて命を懸けてあの方を守り抜いた唯一の存在が、見つかったのです」

 俺は微かに眉をひそめた。下ではリリスが喘ぎながら激しく腰を打ち付けているというのに。俺の親友だと?俺に親友などいたか?

 イエスは本を閉じ、その瞳に微かな希望の光を宿した。「では、あの伝説は真実だったのですね。教えてください、彼女は今どこにいるのですか?」

「それが…彼女は現在、定命の者(人間)として転生しております」天使は答えた。「本来、彼女は天界で最も純真な天使でした。ゲンソン様が深淵へ追放された際、あの方を深く愛していながらも決して想いを伝えられなかった彼女は、天の掟に背き、自ら深淵へと身を投げたのです。しかし、業(カルマ)の渦が彼女の魂を弾き飛ばし、地獄ではなく人間界の輪廻へと落としました。今、彼女は日本の女子高生として生きています」

 俺は愕然とした。太古の心臓が不意に大きく脈打った。天使だと?光の翼を捨て、俺のために闇へと身を投げるほど深く俺を愛していたというのか?遠い記憶が蘇る。俺がまだブッダの蓮台の下で教えを請うていた日々、いつも大理石の柱の陰から、白衣を纏った小さな人影がこっそりと俺を見つめていた。ただの好奇心旺盛な小娘だと思っていた。まさか…愛の愚かさが、これほどまでに巨大な力を持っていたとは。

 ブッダは蓮台を指で軽く叩いた。「定命の者として転生したのなら、我々が姿を現し、神識で直接交信することは極めて困難だ。彼女の脆い精神を崩壊させかねん。だが案ずるな、前世の縁を再構築するためのメッセージを一つ送ればよいのだ」

「その少女の名は?そして、どのような生活を送っているのですか?」イエスが思案げに尋ねた。

「現在の名は『井上(いのうえ) 清美(きよみ)』と言います」天使は光の巻物を広げた。「日本の千葉県生まれ。十歳の時、悲惨な事故で両親を失いました。彼女は生活の重荷を背負い、十二歳にして完全な自立を余儀なくされました。現在は病弱な祖母と『井上(いのうえ) 七海(ななみ)』という名の妹に寄り添うため大阪に住みながら、はるばる東京まで通学しています。姉妹の生活は過酷を極め、心の奥底では互いを思いやりながらも、意見の食い違いから頻繁に口論を繰り返しているようです」

 イエスは痛ましそうにため息をついた。「あのような美しい魂が、これほど残酷な運命を背負わされるとは。メッセージが届くその日まで、我々は何としても彼女を守り抜かねばなりません。もし縁が結ばれれば、彼女こそが、憎悪に満ちたゲンソンの心を解き放つ鍵となるでしょう」

「しかし、誰がその使者を務めるのだ?」ブッダが問う。

 天使は手を合わせた。「我々は一人の宗師を選び出しました。彼は三界を震撼させるほどの恐るべき闘神ではありませんが、メッセージを護衛するのには『十分な』力を持っています。名はパドマサンバヴァ(蓮華生大士)――略して『蓮(レン)聖者』。チベットやネパールの高山地帯の出身です。ただ一つ問題なのが…この宗師は生涯を高山での修行にのみ費やし、弟子を取ったこともなく、人間の現代社会については全くの無知。控えめに言っても『原始人』レベルです。今回の下山が、彼にとって初めての弟子入りであり、外界との接触となります」

 俺は危うく声を上げて笑い出すところだった。奴らはテクノロジー音痴で原始人のような爺さんを東京の地下鉄に乗せ、魔王の魂を救うために女子高生を探させるつもりか?なんという馬鹿げた脚本だ。

 しかしその直後、俺の脳裏にどす黒い考えが閃いた。井上清美。その名はこの潜在意識に深く刻み込まれた。もしあの上の爺共が彼女を利用して俺を『感化』しようと企んでいるなら、俺自身が人間界へ降り立ち、先んじて彼女を奪い取ってやろう。天界の最後の希望を、永遠の悪夢に変えてやる。

 俺がその決断を下した瞬間、肉体からの快楽が津波のように押し寄せた。上に乗るリリスが限界に達し、体を弓なりに反らせ、俺の肩から血が滲むほど爪を立てた。

 もはや手加減などせず、俺は原初の力を最後のひと突きに込め、狂暴な生命の奔流を魔界の女王の奥深くへと放った。太古のエネルギーの奔流はあまりにも強大で激しく、リリスは極度の絶頂と恐怖が入り混じった絶叫を上げた。彼女の肉体は激しく痙攣し、白目を剥いて完全に精気を使い果たし、意味不明な言葉を呟きながら俺の胸の上に崩れ落ち、深い眠りへと落ちていった。

 ようやく、第十八回戦が終わった。

 俺はリリスのぐったりとした体をベッドの脇に軽く押しやった。ためらうことなく魔蜘蛛の毛布を跳ね除け、ベッドから降りる。一枚の布すら身に纏わず、全裸のまま寝室を大股で歩き出し、尊帝府のメインバルコニーへと続く巨大な黒檀の扉を勢いよく押し開けた。

 地獄の凍てつくような空気が肌を打ったが、身震い一つ起きない。数千ヘクタールに及ぶ漆黒の広場の下には、下級悪魔から大魔王、アスラ将軍に至るまで、数十億の悪魔どもが皇帝からの最初の指示を待つために集結していた。

 俺がバルコニーに出た瞬間、深淵のあらゆる音が切り取られたように消え去った。数十億の視線が俺を見上げる。

 そして即座に、息を呑むような静寂が支配した。

 すべての視線は俺の威厳ある顔ではなく…一斉に十五度下がり、一切隠されていない俺の下半身へと釘付けになった。そこには、巨大な野獣を思わせる造物主の傑作が、誇り高く、そして恐ろしく聳え立っていた。太古の力を宿す青紫の筋が浮き出た、長さ百センチを下らない巨大な逸物。それはあらゆる生物学の法則に挑む巨大な剣のように、獰猛かつ威風堂々とぶら下がっていた。

 広場にいる数万のサキュバス、女悪魔、高位の妖魔たちが一斉に手で口を覆った。彼女たちは目をひん剥き、頬を真っ赤に染め、呼吸を荒らげている。その「威光」の重圧に耐えきれず、膝から崩れ落ちる女たちも続出し、怪しげな液体が彼女たちの鎧を濡らし始めた。渇望の喘ぎ声が、蜂の巣をつついたようにざわめき上がる。

 誇り高き大魔王や、自身の生理的優位性を誇示していた巨躯のアスラ将軍たちでさえ、今はゴクリと生唾を飲み込み、その顔には強烈な劣等感、恐怖、そして絶対的な服従の色が浮かんでいた。

「おぉ…天地神明よ…」演壇の隅に立つ雷善長夢(らいぜん・ちょうむ)が、滝のような冷や汗を流しながら呟いた。「あの方の御力…まさに造化を奪うほどの絶倫。女王陛下が部屋から一歩も出られないのも無理はない」

 俺はそこに立ち、玄武岩の手すりに両手をつき、俺の偉大さを全臣民の前で惜しげもなく晒した。地獄の風が吹き抜け、ソレを威風堂々と揺らす。俺は大きく息を吸い込み、胸に真気を込め、冥界中に響き渡る声を発した。

「深淵の民よ!」俺の声は雷鳴のように轟き、絶対的支配者の威厳に満ちていた。「天界の者共は、我の運命を掌握できると思い込んでいる!一筋のちっぽけな人間の光を使って我を浄化しようと企んでいるのだ。だが、奴らは間違っている!」

 俺は両手を大きく広げた。「今日、我はお前たちを召集し、新時代の幕開けを宣言する!我々は奴らの下劣な『最後の審判』など待ちはしない。こちらから進軍するのだ!我自ら人間界へ赴き、人間の持つあらゆる残酷さ、情欲、罪業を集めよう。あの腐りきった下界を堕落させ、奴らの青空を血の海に変え、世界をこの地獄よりも恐ろしく、絶望に満ちた場所へと変えてやる!お前たち、我が皇帝の歩みに続く覚悟はあるか?!」

「ウオォォォォーッ!!」

 数十億の悪魔が咆哮を上げ、その狂怒と興奮の声は炎の雲すらも揺るがす嵐となった。武器が高々と掲げられ、空を引き裂くような歓声が響き渡る。残虐で、最高にクールで、宇宙で最も偉大な悪役としての雰囲気が最高潮に達しようとしていた。

 だが、俺が壮大な演説を締めくくるため、口角を上げて不敵に笑おうとしたまさにその瞬間――

「旦那様ぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」

 耳をつんざくような、甘ったるく、水気が滴るような甲高い叫び声が寝室の奥から響き渡り、俺の鼓膜を貫き、眼下にいる数十億の軍団全員の耳に届いた。

「どこへ行っちゃったんですかぁ?!ベッドが冷たいですぅ!早くこっちに戻ってきてくださぁぁぁい!早くぅぅぅ!」

 ……。

 その場の空気が完全に凍りついた。武器を高く掲げていた数十億の悪魔たちの動きがピタリと止まる。数人のアスラが気まずそうに顔を見合わせ、手に宿していた狂怒の炎をこっそりと消した。喘いでいた女悪魔たちも口を固く結んだ。

 圧倒的な帝王の重圧、俺が丹念に築き上げた世界を滅ぼす魔王の冷徹で残虐なオーラは…粉々に砕け散り、微塵となって消え失せた。

 俺の口角がピクピクと痙攣した。誇り高き俺の「百センチの巨剣」も、恥ずかしさを覚えたのか、少しだけしゅんと萎んでしまったように見えた。俺は深く重いため息をつき、手で額を押さえた。

「わかった、今行く!」俺は部屋の奥に向かって怒鳴り返し、苛立ちを隠せない目で下の悪魔どもを睨みつけた。「解散!各自準備しておけ!俺は少し…『家庭の事情』を片付けてくる」

 そう言い残し、俺は踵を返し、すごすごと寝室へと歩いて戻り、扉をバタンと閉めた。数十億の呆然とした視線が、妻に呼び戻されて二度寝に向かう偉大なる魔王の全裸の背中を見送っていた。

 人間界破滅計画は…後回しにするしかないようだ。

 東京の朝陽が、道端の楓の葉の隙間から揺らめき、朝露に濡れたアスファルトに蜂蜜のような黄金色の光の筋を落としていた。こぢんまりとした温かみのあるキッチンでは、時計の針が五時を回ったばかりの時刻から、すでに井上清美(いのうえ きよみ)が起き出していた。木製のまな板にリズミカルに響く包丁の音と、コンロで煮立つ出汁の鍋から漂う、昆布と鰹節の芳醇な香りが空間を満たしている。

 清美は廊下の鏡の前に立ち、女子高生の制服のリボンを整えた。鏡に映るその姿は、周囲の一般的な日本の少女たちとは完全に一線を画す美しさを放っていた。両親から純粋なイギリスとドイツの血を受け継いだ清美は、一点の曇りもない透き通るような白い肌、すっと通った鼻筋、そして秋の湖のように澄んだ青い瞳を持っていた。自然に波打つ明るい栗色の髪は背中まで伸び、顔の柔らかな曲線を際立たせている。見た目は100%西洋人でありながら、その控えめな身のこなし、上品な微笑み、そして丁寧なお辞儀の所作に至るまで、彼女はまさに伝統的な大和撫子そのものだった。

 見た目も完璧な弁当を二つ作り終えると、清美は時計を一瞥して小さくため息をつき、廊下の突き当たりにある寝室へと向かった。そっと扉を押し開ける。

 乱れた畳の布団の上では、妹の井上七海(いのうえ ななみ)がこれ以上ないほど豪快な姿勢で眠りこけていた。片足を窓枠に引っかけ、はだけたTシャツからは引き締まったウエストが覗き、両手には格闘技用のバンテージが巻かれたままだ。

「七海、起きなさい。学校行きの電車、あと四十分で出ちゃうわよ」清美は優しく妹の肩を揺さぶった。

 七海は枕に顔を擦り付け、うめき声を上げて背を向けた。「あと五分寝かせてよ、お姉ちゃん……今日、私のクラスは座学しかないんだもん、退屈で死にそう。ボケた先生が教科書読んでるのを聞くくらいなら、ジムに行ってサンドバッグ叩いてる方がマシだよ」

「ダメよ」清美は真顔になった。声は穏やかだが、長女としての有無を言わさぬ威力があった。「あなた、二学期連続で赤点だったじゃない。お父さんもお母さんも早くに亡くなって、おばあちゃんも高齢なのよ。これ以上学校をサボって格闘技クラブで暴れ回るなら、一ヶ月間、おばあちゃんのオーブン掃除の刑にするわよ」

 七海はガバッと起き上がった。プラチナブロンドのショートヘアは鳥の巣のようにボサボサだ。彼女は顔をしかめ、姉に向かって唇を尖らせた。七海は姉よりもシャープで個性的、エッジの効いた美しさを持っていた。彼女は生粋の「イケメン女子」であり、ユニセックスな服を好み、反抗的で、思ったことをズケズケと言う。そして何より、元カノ・元カレのリストが巻物のように長い。他校の女子も男子も簡単に口説き落とし、数日付き合っては容赦なく振るというプレイボーイぶりだが、一番笑えるのは、その危険な遊び人の皮の裏側で、彼女がまだ誰にも最後の一線を越えさせたことのない、純真無垢な処女であるという事実だった。

「お姉ちゃんってば、いっつも小言の多いオバサンみたい!」七海は頭をガシガシと掻きむしりながら愚痴をこぼしたが、それでも大人しく布団から抜け出した。「私だってそこまでバカじゃないよ、ただジッとしてるのが嫌いなだけ。だいたい、なんで八百年も前に死んだ武将の日付けなんか覚えなきゃいけないわけ?」

「それが教育のルールだからよ」清美は微笑み、妹に温かいタオルを渡した。「それに、あなたが私の妹だから。ほら、早く顔を洗って朝ごはんになさい」

 山手線は相変わらずの満員だった。清美は車両の隅に立ち、片手で吊り革を軽く握り、もう片方の手でスマートフォンを持っていた。ノイズキャンセリングのイヤホンが、電車の駆動音や周囲のざわめきを消し去ってくれる。

 スマートフォンの画面には、ネット小説のアプリが開かれていた。清美は今、西洋風のロマンスファンタジー小説に夢中になっていた。運命の恋、愛する人のために世界をひっくり返すことすら厭わない男――そんな描写が、彼女の青い瞳に不思議な光を宿させていた。

 清美が完璧な高嶺の花であることは、全校生徒の知るところだった。学年トップの成績、優しく穏やかな性格、そして数十人の男子生徒が密かに想いを寄せるほどの浮世離れした美貌。しかし、誰一人として彼女の心に踏み込めた者はいなかった。清美はどんな告白に対しても、礼儀正しく、しかし氷のように冷たい距離を保ち続けていた。だが心の奥底では、彼女は激しい恋を渇望していた。生と死の境界すらも越えるほどの深い魂の繋がり――それは、彼女が毎日三十分の通学時間で読んでいるファンタジー小説の中にしか存在しないような愛だった。

 駅を出ると、東京の朝の涼しい空気が清美を包み込んだ。彼女は高校の校門に向かってゆっくりと歩を進める。

 しかし、校門のすぐ手前で、その朝の平穏は打ち破られた。髪をジェルでテカテカに固めた、身なりの良い長身の男子生徒が彼女の前に立ちはだかったのだ。彼の手には、真っ赤なバラの花束が握られていた。

「井上さん!やっと来たね!」その男子生徒は自信ありげに微笑み、得意げに髪をかき上げた。彼はバスケットボール部のキャプテンであり、校内でも有名な金持ちの御曹司、山下だった。「朝早くからここで君を待っていたんだ。あのさ……ずっと前から君のことが好きだった。俺の彼女になってくれないか?君の欲しいものは何でも買ってあげるって約束するよ」

 周囲の生徒たちが野次馬となって集まり始め、応援するような歓声がいくつか上がった。

 清美は立ち止まった。バラの花束を見て、それから山下の目を見た。彼女の瞳には一切の動揺はなく、ただ氷のように冷たい落ち着きだけがあった。

「山下くんのお気持ちには感謝します」清美は軽く頭を下げ、その声は透き通っていたが、ひどくよそよそしかった。「でも、私は今、学業と家族の世話に集中したいんです。申し訳ありませんが、この花束はお受け取りできません。もっと相応しい方を見つけられるようお祈りしています」

 そう言って、彼女は横に逸れて歩き出そうとした。

 山下の顔色が変わった。数十人のクラスメイトの前で、彼の自信は極度の屈辱へと変わった。彼は花束を強く握りしめ、ギリギリと歯ぎしりをした。「井上清美!俺をコケにする気か?!自分が何様だと思ってるんだ?親もいない、ただの西洋かぶれの混血羊のくせに!」

 山下が怒鳴り、片手を上げて合図をした。すると即座に、校門横の路地からバスケ部のごつい取り巻き四人が現れ、素早く清美を取り囲み、彼女の退路を断った。

「優しくしてやってんのに、強引なのがお好みか?」山下は卑劣な笑みを浮かべた。「今日俺とデートするって頷くまで、この校門は通さねえからな!」

 清美はその場に立ち尽くし、小さく、ひどく疲れたようなため息をついた。

 多くの人は彼女のしとやかで優雅な外見に騙され、一つの事実を忘れている。幼い頃から、あの格闘モンスターである妹の七海を鍛え上げたのは、他でもない清美自身なのだということを。姉妹は、イギリス出身の伝説的な武術家から柔道と空手を徹底的に叩き込まれていた。七海が力を誇示する爆発的な『炎』であるならば、清美は穏やかでありながらあらゆる障害物を押し流す『地下水脈』だった。彼女は妹の何倍も強い。ただ、弱い者をいじめるために武術を使ったことが一度もないだけだった。

「山下くん、お友達を下がらせることをお勧めします」清美はイヤホンを静かに外し、丁寧に鞄の中にしまった。「今やめてくれるなら、私たちはまだ普通のクラスメイトでいられますよ」

「ボーッとしてるやつは、そいつの鞄をふんだくってこい!」山下が吠えた。

 一番体格の良い男が飛びかかり、その荒々しい手で清美の肩を掴もうとした。

 わずか0.5秒の出来事だった。

 清美は一歩も引かなかった。体を斜めにして粗暴な手をかわすと同時に、左足で相手の両足の深くへ踏み込む。右手で相手の手首を掴み、左手で襟首を強く握る――柔道の『一本背負い投げ』。それは、教科書もひれ伏すほど完璧なフォームだった。

 ドスッ!!

 大男はうめき声を上げながら宙を舞い、硬いアスファルトに背中を強打して、その場で気を失った。

 息つく暇もなく、二人目の男がストレートパンチを放ってくる。清美は踵を返し、伝統的な空手の動きで前腕を使ってその拳を鋭く弾き落とすと、そのまま上段へ『後ろ回し蹴り』を放った。革靴を履いた彼女の足先が、男の顎を正確に捉える。

 ゴキッ!

 二人目の男は三メートルほど吹っ飛び、胸を上下させながら崩れ落ちた。

 残りの二人は恐怖で後ずさったが、清美は自ら間合いを詰めた。まるでダンサーのように滑らかに動き、立て続けに二発の『大外刈り』を放つ。二人の男は無様にひっくり返り、地面で苦痛のうめき声を上げた。

 すべての戦闘は、わずか二分足らずで終わった。

 清美はスッと背筋を伸ばした。栗色の髪は一切乱れておらず、襟元のリボンも端正なままだ。彼女はゆっくりと鞄を拾い上げ、スカートの架空の埃を軽く払い落とすと、山下の方へ振り返った。彼は今やガタガタと震え、顔面は蒼白になり、手にしていたバラの花束はポトリと地面に落ちていた。

「次からは、他人の決断を尊重してくださいね、山下くん」清美はできる限り穏やかな声でそう言い残し、微笑みを浮かべた。そして、周囲の生徒たちの極度の驚愕と崇拝の眼差しを浴びながら、悠然と校門をくぐっていった。

 長く疲れる一日を終え、清美は電車に揺られて千葉の家へと帰った。一日の終わりには、姉妹は年老いた祖母の小さな伝統的な和菓子屋に集まる。四人の大男を叩きのめしたお淑やかな姉も、生意気なイケメン女子の妹も、ここでは全ての違いを取り払い、大人しくエプロンをつけ、祖母の手伝いをして生地を練り、和菓子を焼き、客にお茶を淹れた。

 夜が更け、温かいランプの灯りの下で、姉妹は勉強机に並んで座る。清美は七海に歴史の課題を丁寧に教え、七海は文句を言いながらも、こっそり隠しておいた一番美味しそうなイチゴの和菓子を姉のポケットに忍ばせていた。

 それは、定命の者(人間)たちの平穏でささやかな日常。……彼らは全く知る由もなかった。別の次元で、自分たちの運命が宇宙の至高の存在たちと結びつきつつあることなど。

 一方、地獄の最深部にて。

 尊帝府の皇帝の寝室は、極度の緊張感に包まれていた――それは、魔王同士の死闘とは全く異なる種類の緊張感である。

 あの圧倒的な威厳に満ちた「全裸の閲兵式」を妻の一声で呆気なくぶち壊された俺、ゲンソン・ジェスダは、すごすごとベッドへ戻る羽目になっていた。

 リリスは巨大な黒絹のベッドの上で腕を組んで座っていた。深淵の魔界の女王は今、本気で拗ねている。背中のコウモリの翼を畳み、両頬を真っ赤に染め、唇を尖らせて壁の方を向き、俺の存在を完全に無視していた。

 俺はため息をつき、こめかみを揉んだ。天使の軍団を粉砕する方が、この女を機嫌直させるよりよっぽど簡単かもしれない。

 ベッドに近づき、俺はその巨大な体を低くして静かにシーツの上に登ると、後ろから彼女の熱を帯びた細い腰をすっぽりと抱きしめた。彼女の柔らかな体を俺の胸板に引き寄せ、耳元に顔を近づけ、できる限り甘く低い声で囁く。

「俺の宝物……どうして背中を向けているんだ?」俺は彼女の敏感な耳たぶに唇を掠めさせながら囁いた。「俺たちの未来のために、手下どもに少し指示を出してきただけじゃないか。知ってるだろう?俺の心の中では、どんな壮大な閲兵式も、世界を統べることすらも、今こうしてお前を抱きしめていることには敵わないってことを」

 リリスの体は微かに震えたが、それでも冷たい声色を崩さなかった。「ふんっ!嘘つき!交尾が終わった途端、私をこんな冷たいベッドに一人きりにして、外で手下どもに……その……あの、あなたの『立派なモノ』を見せびらかしに行ったくせに!私のことなんて、もうどうでもいいんでしょ!」

「そんなわけないだろう」俺は微笑み、不埒な手を彼女の平らな下腹部へと滑らせ、ベルベットのように滑らかな肌を撫でた。「お前は俺の女王であり、数百万年も俺を待っていてくれた女だ。さっさと手下どもの相手を終わらせて、戻ってお前を抱きしめてぐっすり眠りたかっただけさ。いい子だから、こっちを向いてくれ」

 俺の甘い言葉と愛撫は、魔界の女王の怒りの氷をあっという間に溶かしてしまった。リリスは寝返りを打って俺の胸に顔を埋め、まるで俺が再び消えてしまうのを恐れるかのように、その両腕で俺の背中をきつく抱きしめた。

「約束よ……」リリスは甘えた声で鼻をすすった。「今は寝るの。しっかり体力を回復させてからじゃないと、人間界を滅ぼすだの何だのって大それた話はさせないわ。もう、くたくたなんだから」

「わかった、お前の言う通りにしよう。一緒に寝よう」俺は彼女の燃えるような真紅の髪を優しく撫でた。

 だが、二人とも全裸の体をふと見下ろした時、俺はある……かなり厄介な問題に気がついた。連続十八回戦もの狂乱の果てに、俺の白濁した濃厚な生命の奔流は、リリスの太腿や骨盤周り、そして彼女の秘部へと大量にこびりついており、今もなお冷んやりとした絹のシーツの上へ溢れ出し始めていたのだ。

「なあ、リリス」俺は苦笑いしながら言った。「先に少し拭き取ってくれ。俺の生命力が多すぎて、お前の太腿から溢れ出てるぞ。このままじゃ眠れないだろう?」

 リリスは俺を見上げ、熟れたトマトのように顔を真っ赤にした。彼女は口を尖らせたが、自身の体が酷く汚れていることには気づいていた。魔界の女王は唇を噛み、両手で下腹部を軽く押して、膣内の奥深くに溜まった温かく濃厚な液体を外へ押し出すと、傍らにあった絹の布で太腿やデリケートな部分についた白い痕跡を丁寧に拭き取り始めた。その光景はあまりにも蠱惑的で、俺はもう一回戦始めてしまいたいという本能を抑え込むのに必死だった。

 綺麗に拭き終えると、リリスは再び俺の胸の奥深くへと潜り込んだ。

 そして、太古の昔から本能に根付いている強固な癖のように、彼女の細い手が無意識に下へと伸び、俺の巨大な「野獣」をしっかりと握りしめた。性行為をするわけでも、刺激するために撫でるわけでもなく、ただ単に……ギュッと握りしめているのだ。まるで、子供が一番お気に入りの抱き枕を抱いて安心感を得るように。

 俺の逸物は、射精を終えて熱を冷ましていたにもかかわらず、リリスの温かい手と絶え間ない締め付けによって、依然として恐るべき大きさと硬さを維持し続けていた。

 俺は呆れ半分、笑い半分で、このとんでもない妻を見下ろした。「おい……本当に一晩中それを握ったままにする気か?」

「放っておいてくださいな」リリスは目をぎゅっと閉じ、満足げな笑みを口元に浮かべると、さらに指の力を強めた。「これを握ってないと眠れませんの。今日からずっと、これは私専用の抱き枕です。動くのは禁止ですからね!」

 俺は完全に白旗を上げた。思考一つで三界を滅ぼせる至高の魔王が、今はまるで彫像のように身動き一つとれず、己の生理的急所を女王に一晩中「支配」されるがままになっていた。

 尊帝府の寝室に静寂が戻り、リリスの寝息が規則正しくなり深い眠りに落ちた頃、俺の意識は再び無限の虚空へと漂い始めた。

 目に見えないエネルギーの波が、俺の意識の中で微かに揺らぐ。無意識のうちに、俺は暗闇の中で両目をゆっくりと開いた。

 俺の眼窩の奥で、現実がひび割れ始める。宇宙で最も至高の力を持つ両眼が顕現した――『天幻滅世無極眼(てんげんめっせいむきょくがん)』――(紫金色のブラックホールのように深く渦巻く瞳。これは彼だけが持つ最強唯一の眼であり、所有者が思考するだけであらゆる事象を具現化できる、筆舌に尽くしがたい権能を秘めている)。

 俺の視覚は数万層もの空間を貫き、陰陽の境界を越え、日本の千葉県にある小さく温かな家へと真っ直ぐに注がれた。

 そこでは、ハーフの少女、井上清美が妹の隣で安らかに眠っていた。栗色の髪が枕に広がり、その完璧な顔立ちは、まるで美しい夢を見る天使のようだった。

 俺はその少女の魂を深く見つめた。かつて霊山の大理石の柱の陰から俺を盗み見ていた、あの小さな天使の姿を思い出す。ただの愚かな愛のために、自ら虚無へと身を投げたあの女を。

 井上清美……。俺は心の中で呟き、紫金色の瞳は全ての光を飲み込むブラックホールの如く深く渦巻いた。奴らは彼女を使って、俺の中の人間性を呼び覚まそうとしているのか?滑稽だな。見せてもらおう、あのテクノロジー音痴のパドマサンバヴァ(蓮華生大士)が彼女を見つけ出した時、彼女が天界の切り札になる道を選ぶのか……それとも、この地獄の魔王の手の中で、次なる玩具へと成り下がるのかを。

 俺は目を閉じ、『天幻滅世無極眼』――(紫金色のブラックホールのように深く渦巻く瞳。これは彼だけが持つ最強唯一の眼であり、所有者が思考するだけであらゆる事象を具現化できる、筆舌に尽くしがたい権能を秘めている)――を収束させると、リリスをしっかりと抱きしめ直し、眠りへと落ちた。

 人間界での遊戯は……すでに始まる準備が整っていた。

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