Episode 23
淡い夜明けの光が、スマートカーテンの隙間から差し込み、人工木材を敷き詰めた床の上に、細長い光の筋を描いていた。
私はゆっくりと目を開けた。
肺の中を循環する浄化された空気が、静かに身体へ染み込んでくるのを感じる。人工的に再現された木蓮の香りがほのかに漂っていた。胸の奥を締めつけるほど懐かしい匂いだった。
私は視線を巡らせた。
この部屋は、星晶病院の冷たく無機質な建築とはまるで違っている。
簡素でありながら、どこか温かみのある造り。
落ち着いた色調で統一され、家具には天然木を模した有機素材が使われている。
私が横たわっているベッドでさえ、身体の生体的な曲線に合わせて自動的に沈み込みを調整する機構が組み込まれていた。
部屋の隅には、三次元ホログラム・インターフェースを統合した作業机があり、待機状態のまま淡い青白い光を放っている。
この内装……。
まるで、一千年前のブロンダー城にあった、私の昔の部屋そのものだった。
偶然なのか。
それとも張陸沙が、私の氷繭に残されていたデータを意図的に利用し、時代から切り離された存在の精神を安定させるため、かつての記憶に近い空間を再現したのか。
「カチッ」
自動式の引き戸が開き、延々と続いていた私の思考を断ち切った。
そこに立っていたのは張円英だった。
白いレースの縁取りが施された寝間着姿で、長い黒髪はまだ眠りから完全には覚めきっていないように少し乱れている。
ベッドの背にもたれて座っている私と視線が合った瞬間――
その大きな瞳が一気に輝いた。
眠気など、瞬く間に吹き飛んでしまったかのようだった。
「トン! 目が覚めたんだ! もう、本当に心配したんだから! 一日と一晩ずっと意識を失っていたんだよ! 私と父さん、原因を調べるために病院をひっくり返すんじゃないかってくらい必死だったんだから!」
円英は小さな竜巻のように駆け寄ってきた。
そしてためらうことなくベッドへ飛び乗ると、私へ抱きついた。
その細い腕がぎゅっと締まり、小さな身体がかすかに震えている。
衣服越しに伝わる体温が、氷のように冷え切った私の皮膚へ触れた。
それは、あまりにも現実的で、生々しい感覚だった。
一千年もの間、私が抱えてきた「死」の静寂とは正反対の、生命そのものの温もり。
「その態度は何だ、円英。私は無数の厄介事を抱えた得体の知れない人間だ。私が倒れたという事実は、お前たちにとって私を捨てる絶好の合図だったはずだ。なぜわざわざここへ連れてきた?」
私は冷ややかに言った。
「ここは一体どこだ? なぜこの部屋は旧時代と同じ構造をしている?」
距離を保とうとして、少女を押し退けようとした手が、なぜか途中で止まった。
「もう、馬鹿だなあ!」
円英は顔を上げ、きらきらとした瞳で私の紅玉色の瞳をまっすぐ見つめた。
声には迷いがなかった。
「ここは私の家! 張家の研究邸だよ!」
そして、もっと重要なことを告げるように続けた。
「それに――今日からここは、あなたの家でもある」
「私たちは、あなたの新しい家族なんだよ、トン」
「だから、もう一人で寂しがらなくていい。あの悪夢だって、一人で抱え込まなくていいんだから!」
新しい家族。
その三つの言葉が静寂の中へ落ちた。
そして、私が心の奥深くに築き上げてきた頑丈な防壁を、真正面から打ち砕いた。
サーシャ。
ジムレイ。
そして、暗黒の炎に焼き尽くされた父と母。
かつての光景が脳裏に蘇り、今目の前にいる円英の無邪気で頑固な顔と重なった。
この少女は、本当に私を気にかけている。
打算などない。
恐怖もない。
私が常に放っている目に見えない殺気さえ、彼女は恐れていなかった。
氷に閉ざされたまま千年を漂流した私が、本当に渇望していたもの。
それは、万金帝国を滅ぼす力ではなかった。
ただ――こんな温もりだった。
「お前は……本当に、恐怖というものを知らないのか?」
私の声が突然、掠れた。
押し返そうとしていた両手は、気づけば円英の肩をそっと支え、彼女を安心させるように距離を保っていた。
「私は化け物だ……。私の中に何が閉じ込められているのか、お前は知らない」
「それでも……ありがとう、円英」
「私を、あの暗闇の中へ置き去りにしなかったことを」
円英は驚いたように目を見開いた。
私は何も言わず、彼女の頭へそっと手を置いた。
「……本当に、ありがとう」
少女はしばらく黙っていた。
やがて、ぎゅっと私の服の袖を握る。
「うん……」
その小さな声には、言葉以上のものが込められていた。
「行こう」
私は立ち上がった。
「あれだけここが家だと言ったんだ。まさか私をこの部屋で餓死させるつもりじゃないだろうな?」
「下から漂ってくる食事の匂いで、私の生体消化システムが警報を出している」
円英は素直についてきた。
時折、私の指を小さく握り直しながら、何やら嬉しそうに口元を緩めている。
私たちは透明な強化ガラスで作られた螺旋階段を下りていった。
一階の厨房は広大で、自然光に満ちている。
――あるいは少なくとも、この星系の太陽光を完璧に模倣した人工光なのだろう。
長い大理石の食卓では、張陸沙が三次元報告書を読んでいた。
その向かいには、二人の子供が座っている。
「おや。うちの小さな天才様が、ようやく目を覚ましたのか?」
声を掛けてきたのは、六歳ほどの少年だった。
青い絹の衣服をまとい、髪は整然と整えられている。
少年は顔を上げ、私を頭から足元まで一度眺めると、口笛を吹いた。
「父さんの言う通りだ。君の遺伝子構造、本当に傑作だね。肌、瞳、それに雰囲気まで……」
少年は得意げに笑った。
「俺は張五侠。この家の長男だ。会えて嬉しいよ」
「ただ、正直に言うと……君の顔の良さには、ちょっとプレッシャーを感じるな!」
五侠は年齢に似つかわしくない堂々とした落ち着きを持っていた。
第七デジタル紀元における英才教育の、典型的な成果と言える。
その隣には、さらに小柄な少年が座っている。
私と同年代くらいだろう。
狡猾そうな目つきの中に、わずかな嫉妬が浮かんでいた。
張陸山。
円英の末弟だ。
「兄さん、馬鹿だな。顔が良いから何だっていうんだよ。霊力がなければ何の役にも立たないだろ」
陸山がぶつぶつ言いながら、磁性のある箸で合成食品をつついた。
「氷の塊から出てきた奴なんて、来月の能力適性試験を生き残れるかどうかも分からないじゃん」
私は答えなかった。
無表情のまま食卓へ歩いていく。
だが、陸山の椅子の横を通り過ぎようとした瞬間――
少年は突然、足を伸ばして通路を塞いだ。
口元には隠しきれない得意げな笑みが浮かんでいる。
私の反射神経にとって、その動きはスローモーション映像のように遅かった。
視線を下へ向ける必要すらない。
私はわずかに踵を上げて重心を移し、靴先で陸山の足首を軽く踏み込む。
同時に右手を振り上げ――
彼の頭頂部へ、鋭く正確な手刀を落とした。
「いってぇ!」
陸山は頭を抱え、涙を浮かべながら叫んだ。
「お前、俺を殴ったな!? 父さん! この余所者が俺を殴った!」
「自業自得!」
円英はすぐに私のそばから離れ、腰に手を当てて陸山を睨みつけた。
「先に足を引っかけたのはあんたでしょ!」
「少し木属性の魔術の才能があるからって、誰でもいじめていいと思ったら大間違いだからね!」
「トンが転んだら、あんたの指を十本ともへし折るよ!」
陸山は悔しそうに円英を指差した。
「姉ちゃん、本当に男に甘いよな! 家族より外人を庇うのかよ! ただ顔がいいってだけで、どこの誰かも分からない奴を!」
「結局、姉ちゃんにとって本当の家族は誰なんだよ!」
「トンは余所者じゃない!」
円英が足を踏み鳴らす。
その声が厨房中へ響き渡った。
「トンは私たちの家族だよ!」
「私が選んだ、大切な仲間なんだから! 分かった!?」
「もういい」
張陸沙が口を挟んだ。
穏やかだが、有無を言わせぬ威厳のある声だった。
二人の姉弟は即座に口を閉ざした。
陸沙は手を振って報告画面を消し、穏やかな笑みを浮かべて私を見る。
「円英の言う通りだ、陸山。ジェンソンは今やこの家の一員だ」
「お前も彼を尊重することを学びなさい」
「それからジェンソン。座るといい。あれほど長い間、冬眠していたのだ。胃も空っぽだろう」
私は軽く頷き、陸山の向かいにある椅子を引いた。
しかし、座ろうとしたその瞬間。
陸山がまた小声で汚い悪態を吐いた。
同時に、細く尖ったエネルギーの針を一筋、私の太腿へ向けて放つ。
――パキッ。
見えない何かが、心の中で切断されたような音がした。
昨日、雷善長夢の顔を見た瞬間から押し殺していた怒り。
そこへ、目の前の生意気なガキによる度重なる挑発が重なった。
そしてとうとう――
精神を封じていた最後の防壁が崩れ落ちた。
「殺せ」
内なる自我が、泥のように濁った血の声で囁いた。
私の身体は思考より先に動いた。
――ドンッ!
大理石のテーブルが激しく震える。
小さな私の手がテーブル越しに伸び、陸山の喉を掴んだ。
そのまま少年の身体を宙へ持ち上げる。
陸山の目が大きく見開かれた。
両足が無秩序に暴れ、両手が必死に私の腕を引っ掻く。
だが、何の意味もなかった。
「トン! 何をしてるんだ!?」
五侠が叫び、即座に内功を巡らせて助けに入ろうとする。
だが、彼が一歩踏み出すより早く――
厨房の空間そのものが突然、歪んだ。
私の身体から、混沌とした気が渦巻きながら溢れ出す。
神聖なる創世を象徴する黄金色。
絶対的な破壊を象徴する紫黒。
相反する二つのエネルギーが絡み合い、恐ろしい奔流となって周囲へ広がっていく。
室内の重力が、一気に千倍へ跳ね上がった。
五侠と張陸沙の身体が床へ押しつけられ、骨が軋む。
食器。
窓ガラス。
電子機器。
あらゆる物体が一斉にひび割れ、次々と破裂した。
屋敷の外では、空が突然暗黒へ染まった。
混沌の奔流は、単に周囲の物質へ干渉するだけではなかった。
空間そのものへ亀裂が走る。
局所的な宇宙次元が、わずか十秒ほどの間に激しく震動した。
巨大な屋敷は、今にも原子単位の破片へ崩壊しそうだった。
私は、救いを求めながら恐怖に染まった陸山の目を見つめた。
口から出た声は、もう子供のものではなかった。
まるで数万の悪魔が深淵の底から同時に響かせているような声だった。
「次に……また同じような卑怯な真似をしてみろ」
「もう一度でも俺にこんな真似をしたら――」
「この家ごと皆殺しにする」
「根こそぎ引き抜き、貴様らの骨の一本一本まで粉々に砕いて灰にしてやる」
「分かったか、このクソガキ」
「そうだ……そのまま首を折ってしまえ!」
内なる自我が狂ったように叫ぶ。
「奴らに破壊の本当の権威を思い知らせろ!」
私の指先へ、さらに力が込められた。
「トン! やめて!」
円英の声が恐ろしい圧力を貫いて響いた。
「トン、お願いだからやめて!」
彼女だけは重力場に押し潰されていなかった。
無意識のうちに、私は彼女の周囲だけに安全領域を残していたのだ。
円英は涙を流しながら駆け寄り、陸山の首を掴んでいる私の腕へしがみついた。
「お願い!」
「陸山が悪いのは分かってる。でも、お願いだから殺さないで!」
「お願い……元のトンに戻ってよ!」
熱い涙が私の手の甲へ落ちた。
その熱が、まるで電流のように身体を走った。
そして、かろうじて残っていた私の人間性を呼び覚ました。
私は我に返った。
瞳の色が、混沌とした黄金と紫黒から、再び紅玉色へ戻っていく。
殺気が、一瞬で消えた。
私は慌てて手を離した。
陸山の身体が床へ落ちる。
彼は喉を押さえながら激しく咳き込み、必死に空気を吸い込んだ。
圧力が消えた。
屋敷の震動も止まった。
陸沙と五侠はふらつきながら立ち上がり、私を見つめる。
その顔に浮かんでいたのは、隠しようのない恐怖だった。
私は二歩後退した。
そして、自分の小さな両手を見つめる。
俺は……今、何をした?
自分を家族として受け入れてくれた人間たちを――
あと少しで、自分の手で殺していた。
俺は……
本当に、もう自分の中の怪物を制御できないのか?
恐怖と自己嫌悪が胸の中で渦巻いた。
私は何も言わずに振り返った。
円英の懇願する視線も、他の者たちの恐怖の目も振り切り、階段を駆け上がる。
そして自分の部屋へ戻ると、勢いよく扉を閉め、内側から鍵を掛けた。
一階は、息を呑むほど静まり返っていた。
聞こえるのは、陸山の苦しそうな咳と、陸沙の荒い呼吸だけ。
円英は涙を拭い、私を追って二階へ行こうとした。
だが、その肩を張陸沙の力強い手が掴んだ。
「今は、あの子を一人にしてやりなさい、円英」
陸沙の声にはまだ驚愕が残っていた。
彼は二階の、誰もいない廊下を見つめる。
「さっきの力……あれは、父さんが知るどんな物理法則も、どんな霊力の法則も超えている」
「あの子は今、自分の精神の中にいる恐ろしい何かと戦っているんだ」
「今のお前が近づけば、かえって彼を刺激してしまう」
五侠が陸山へ歩み寄り、身体を支えながら立たせる。
表情は深刻だった。
「父さんの言う通りだ」
「トンは、本当に陸山を殺すつもりだったわけじゃない」
「もし本気なら、あの殺気の前では、俺たちが瞬きをするより早く陸山の首は落ちていた」
「彼は……自分を制御できなくなっている」
円英は、その場に立ち尽くしていた。
何も言わない。
だが、その瞳の奥には複雑な光が宿っていた。
誰も知らない真実がある。
先ほど二階で、ジェンソンと向かい合ったほんの一瞬。
生まれつきの、まだ未熟な超能力によって、円英は偶然にも彼の記憶の最も深い層へ触れていた。
そこで彼女が見たのは――
血に染まった空。
ゼンム・ジョンソンという名の男。
まだ完全な形を成していなかった頃の雷善長夢。
炎に包まれていく一家。
そして――
自分と瓜二つの顔をした一人の少女が、輝くような笑顔を浮かべたまま、灰へと崩れ落ちていく光景。
円英は理解した。
ジェンソンの胸を引き裂いている痛み。
彼が他人から距離を取る理由。
そして、彼が自分へ向けていた、言葉では説明できない感情さえ。
円英はゆっくりと食卓へ戻った。
食器のほとんどは割れ、ひびが入っている。
彼女はまだ無事だった茶碗を一つ拾い上げた。
料理を一口つまみ、そのまま無意識に口へ運ぶ。
噛む。
そして突然――
口元がわずかに上がった。
それは、どこか間の抜けた笑みだった。
その笑みは徐々に大きくなり、いつまでも消えなかった。
陸沙と五侠は顔を見合わせる。
背筋に、ぞくりとしたものが走った。
「円英? どうした?」
「さっきの圧力で神経系に損傷でも受けたのか?」
陸沙が心配そうに近づく。
しかし円英は首を横に振った。
そして、一人で何かを思い出すように微笑みながら、食事を続けた。
ジェンソンがどれほど恐ろしい存在だったとしても――
一つだけ、彼女には確信があった。
あの少年が、自分を傷つけることはない。
その頃。
二階の防音室。
私は床の中央で膝を抱え、両手で頭を強く抱えていた。
激しい頭痛が大脳皮質から全身へ広がっていく。
まるで何千匹もの蟻が神経を食い荒らしているようだった。
「BoyBot……俺は、このままだと本当に狂う」
私は呟いた。
冷たい汗が額を濡らしている。
「抑制チップがないせいで、人間性と内なる自我の境界がどんどん曖昧になっている」
「こんな安全装置の外れた核爆弾みたいな状態じゃ、誰一人守れない」
「マスター、どうか落ち着いてください」
BoyBotの一定した声が、意識の中へ響く。
「この時代の素材構造に関する分析データによれば、五行仙国の生体工学および量子技術は、旧時代を完全に凌駕しています」
「この部屋のデータベースには、張陸沙が保有する生体集積回路に関する資料も保存されています」
「それらを統合すれば、より完全で、より強力な抑制チップを再構築するための知識をマスターへ提供できます」
私は顔を上げた。
視線の先には、数百個もの三次元データストレージが並ぶ本棚がある。
それらは知識を象徴する青い光を放っていた。
この狂暴性を鎮めることができるのは、知識だけだ。
私はふらつきながら立ち上がった。
作業机へ向かい、インターフェースを起動する。
瞬時に、大量の量子物理方程式。
複雑な遺伝子コード。
超微細集積回路の設計図。
それらが次々と視界へ展開された。
私は読みに没頭した。
雷善長夢に対する激しい怒りを忘れるために。
新しい家族を、あと少しで傷つけてしまったことへの後悔を和らげるために。
私は、あのチップをもう一度作る。
自分の中にいる怪物を、再び自分自身の手で閉じ込める。
なぜなら――
あの魔王の名を持つ男を、千の欠片に切り刻む方法を見つける、その時まで。
私は決して、自分自身をあの男と同じような、冷酷で残忍な怪物にはしない。
絶対に。
三刻後。
一千年にも及ぶ永遠の冬眠から目覚めたばかりの者にとって、「時間」という概念は、もともと輪郭の曖昧な幻影にすぎない。
だが今この瞬間、静まり返った部屋の中で流れていく一秒一秒は、まるで鉛のように重く感じられた。
青玉色のホログラムが無数に浮かび上がり、素粒子物理学の方程式、バイオ集積回路の設計図、分子遺伝子コードが高速で視界を横切っていく。その情報量は、普通の人間の脳なら、取り込もうとした瞬間に焼き切れてしまうほどだった。
――だが、私は普通の人間ではない。
そして、第七デジタル紀元の科学技術は、認めざるを得ないほど、かつて万金帝国が保有していた技術を遥かに凌駕していた。
「張陸沙様の学術データ同化率、百パーセントに到達しました、マスター」
BoyBotの無機質で一定した声が、大脳の奥で響く。
「この時代の分子ナノ素材は、旧時代のチタン・タングステン合金と比較して、核結合強度が四百倍に達しています。抑制チップの再構築は、現在の環境下で完全に実現可能です」
「始めろ」
私は低く呟き、机の隠し引き出しから見つけた微細機械工作用の工具一式へ手を伸ばした。
頭を叩き割るような痛みも、押し殺していた怒りも、少しずつ後方へ退いていく。
その代わりに、恐ろしいほど研ぎ澄まされた集中力が全身を支配していった。
必要なのだ。
この装置が。
あの黄金と紫黒の混沌とした光を閉じ込めるための、目に見えない檻が必要なのだ。
それが私自身を、そして周囲の罪のない者たちを引き裂いてしまう前に。
偉大なる多元宇宙最高峰の技術者の記憶に導かれ、私の小さな指が空中を舞い始める。
宙に浮かんだ金属微粒子が、私の指先から生み出された磁場によって曲げられ、切削され、圧縮され、互いに融合していく。
チップの中核を形成している最中、私は一つの欠陥に気づいた。
BoyBotは学術分析と純粋論理に特化した人工知能だ。
だが、微細規模でリアルタイム戦闘用アーマーと統合された抑制システムを運用するには、もっと苛烈で、もっと鋭敏な何かが必要だった。
千分の一秒にも満たない時間で、冷酷な判断を下せる存在が。
私は神経パルスを直接量子コアへ送り込み、新たなコードを刻み込んだ。
真紅の光点から、新しいAI人格が形を取り始める。
「プロトコル起動。識別名――BadBoy」
ジジジッ、と電流の弾けるような音が意識の中を走った。
続いて響いたのは、電子的な音色を帯びながらも、露骨な尊大さと皮肉を孕んだ声だった。
「へえ、へえ。ようやくボスも、汚れ仕事のできる奴を作る気になったってわけですかい? BoyBot、データの尻をどかしな。これから戦闘と殺戮は、俺に任せてもらおうじゃないか」
「あなたの言語プロトコルには、八十七パーセントの不要語彙が含まれています。最適化を推奨します」
BoyBotが即座に、平坦な声で反論した。
「二人とも黙れ」
私は思考の中で軽く叱りつけた。
口元には、いつの間にか冷たい弧が浮かんでいる。
「BadBoy、ナノシステムと接続しろ。偽装層と衝撃応答をお前に管理させる」
「了解、ボス。ご命令とあらば、誰の首だろうとへし折ってみせます」
BadBoyの信号が、私の心拍と完璧に同期して赤く明滅した。
私が表には出さなかったものの、十五分も前からすべての感覚器官が捉えていたものがある。
部屋の扉の向こうで、抑え込もうとしている鼓動と呼吸。
張五侠。
あの老人のような落ち着きを持つ六歳の少年は、私が最終組み立てに取りかかった時から、ずっと扉の外に立っていた。
手には食事の載ったトレイを持っている。
おそらく、父親に様子を見てこいと命じられたか、あるいは私の機嫌を取るためだろう。
だが、換気システムの磁気スリット越しに、五侠はすべてを見てしまった。
五歳の子供が素手で量子粒子を操り、光芒塔の一流学者たちですら十年単位の研究を必要とする機械を作っている姿を。
私は、彼が手に持つ食事のトレイが微かに震える音まで聞き取った。
瞳孔が恐怖と驚愕のあまり拡張していくのも、手に取るように感じた。
だが、私はあえて暴かなかった。
見せてやった。
理解させるためだ。
この家にいる存在は、守られるべき無力な子供ではない。
底の見えない、深淵そのものなのだと。
数秒後。
裸足で廊下を駆けていく足音が響き、徐々に遠ざかっていった。
五侠は父親と妹に報告しに行ったのだ。
「完成だ」
私は静かに呟いた。
今、手のひらに乗っているのは、半分ほどのマッチ箱ほどしかない銀黒色の液体金属塊だった。
それは絶えず形状を変化させている。
これは単なる抑制チップではない。
透明化能力と防御強化機能を備えた、多用途戦闘ナノ粒子の格納庫でもある。
私は服を腰まで下ろし、痩せ細った子供の背中を露出させた。
麻酔はない。
メスもない。
私は液体金属塊を左肩甲骨のすぐ下の皮膚へ、直接押し当てた。
ジュッ!
焼けた鉄板を肉へ押し付けられたかのような激痛が、大脳へ駆け抜けた。
液体金属は無数の鋭い触手へと変化し、表皮を突き破り、筋組織へ侵入し、さらに脊髄へ深く食い込んで、私の中枢神経系へ直接接続していく。
私は歯を食いしばった。
血が滲むほど強く噛み締め、全身から滝のように冷や汗を流しながらも、一切の呻き声を漏らさなかった。
「神経同期率二十パーセント……五十……百パーセント」
BadBoyの声が鋭く響く。
「抑制チップ、稼働。混沌エネルギー、完全封鎖。透明化ナノアーマー、実験起動」
一瞬にして、移植部位から数十億もの銀黒色ナノ粒子が溢れ出した。
それらは第二の皮膚のように全身へ広がり、筋肉の隆起に沿って滑り、身体の輪郭へ密着していく。
私は液体金属でできた亡霊へと変わった。
そして、思考による命令を受けると、アーマーは徐々に透明化していき、周囲の光と完全に融合する。
やがて、私は再び、青白い肌をした普通の子供の姿へ戻った。
私は深く息を吸った。
空気が肺へ流れ込み、身体の隅々へ安堵が広がっていく。
あの恐ろしい内なる人格の圧力は、ひとまず封じ込められた。
服をきちんと着直し、私は扉へ歩み寄って開閉ボタンを押した。
扉が開いた瞬間、私は思わず足を止めた。
廊下には、栄養スープの入った食事トレイが丁寧に置かれていた。
まだ湯気が立ち上っている。
そして少し離れた場所には、張家の四人が、極めて気まずい姿勢で立っていた。
張陸沙は、何もない壁を真剣な顔で叩いている。
五侠は直立不動のまま、天井を凝視し、まるで照明の数を数えているようだった。
陸山は父親の背後へぴったり隠れ、顔の半分だけを覗かせながら、食堂での一件以来消えない強烈な恐怖の眼差しで私を見つめている。
ただ一人、円英だけはその場に静かに立っていた。
両手を背中へ回し、靴先を絨毯の上で小さく擦っている。
頬は真っ赤だった。
気まずい沈黙が数秒続いた。
「ゴホン」
張陸沙が咳払いをし、研究院長としての威厳を取り戻そうとした。
「どうも最近、この家の構造が少々老朽化しているようでね。防音壁にも何やら不具合があるらしい。ジェンソン、君は……よく休めたか?」
「家族全員が私の部屋の前で張り込みをしていることまで『老朽化』に含まれるのであれば、ええ。よく休めましたよ」
私は淡々と答え、一人ずつ視線を向けた。
「五侠、君のスープが冷めるぞ」
五侠はびくっと肩を震わせた。
「えっ……あ、ああ……あのスープは、その……床材の熱伝導率を測定するための実験用で……! 父さん、地下階の構造図も再検討する必要があるんだろう? 行こう、行こう!」
そう言うと、五侠は陸沙の服の裾を掴んで引っ張り始めた。
陸沙も慌てて頷く。
「そうだ、そうだ。研究を遅らせるわけにはいかない」
彼は陸山の襟首を掴み、まるで小さな猫でも持ち上げるかのように抱え上げた。
そして三人は、一目散に階段の方へ逃げていった。
残されたのは、私の部屋の前に立つ円英だけだった。
去っていく三人の背中を見つめながら、奇妙で温かな感情が、私の心の最も深い場所へ静かに染み込んでいった。
彼らは私の力を恐れている。
私の時代を遥かに超えた知性に驚いている。
それでも、兵士を呼ばなかった。
私を縛らなかった。
彼らは……本当に、どうしようもなく不器用な家族として、私へ歩み寄ろうとしているのだ。
円英が一歩前へ出た。
しゃがみ込み、床の食事トレイを持ち上げ、私へ差し出す。
「食べて。量子爆弾を自分で組み立てられる天才だろうが何だろうが、その生体胃袋にはエネルギーが必要なんだから」
ぶつぶつと文句を言うような口調だった。
だが、その瞳には、私が落ち着きを取り戻したことへの安堵が浮かんでいる。
私はトレイを受け取った。
「ありがとう」
円英は立ち去らなかった。
彼女はレースで縁取られた服のポケットから、一枚の封筒を取り出した。
軽量合金で作られ、紙ほど薄い。
表面には美しい光の紋様が流れていた。
「これは?」
私は眉をひそめ、スープのトレイを持ったまま尋ねた。
「ステラ科学・工学・魔術学院の入学案内」
円英は誇らしげに答えた。
「この浮遊都市で最も名高い学校だよ。私と、あの二人の兄弟も通ってる。父さんが研究院長の特権を使って、来月の能力適性試験で特別枠を取ってくれたの」
私はトレイを扉の脇の小さな机へ置き、合金製の書類を引き抜いた。
するとすぐに、データがホログラムとして表示された。
視界を流れていく文字。
入学条件。
応用量子魔術の基礎習得。
高エネルギー粒子物理学。
仙国史――雷善長夢時代の千年紀。
私の口元がわずかに引きつった。
「円英」
私は顔を上げ、彼女を見る。
声には明らかな disbelief が滲んでいた。
「俺は五歳だ。お前も五歳。五侠は六歳。このふざけた学院は、旧時代でいう大学どころか修士課程級の知識まで、鼻もかめないような子供たちの頭に詰め込んでいるのか?」
円英はため息をついた。
その唇に浮かんでいた笑みが少し翳る。
その表情には、年齢に到底似つかわしくない苦味があった。
「ようこそ、五行仙国へ――トン」
彼女は静かに言った。
「ここでは、年齢が生命の価値を決めるわけじゃない。どれだけ貢献できるか、それだけが、お前に呼吸する権利があるかどうかを決めるの」
「七歳になるまでにこの知識を身につけられなければ、最下層都市の精晶鉱山へ放り込まれて、死ぬまで肉体労働をさせられる」
円英はさらに一歩近づき、真っ直ぐな眼差しで私を見上げた。
「でも、私は分かってる。お前は普通じゃない。五侠兄さんがさっき話してくれたことから考えても……お前は知性の化け物だよ」
「だから一つだけ忠告する。入学書類を書くなら、工学科を選んで。魔術科や戦術科には入らないほうがいい」
「なぜ?」
「工学科のほうが安全だから」
円英の声が低くなる。
小さな手が、そっと私の袖へ触れた。
「そこなら、あまり多くのエネルギーを表に出さなくて済む。私はさっき、台所でお前のあの力を見た……」
「すごく怖かった。でも、それ以上に、お前自身にとって危険だと思う」
「もし光芒塔の監視網に、あんな異常な力が見つかったら――あいつらは絶対に、お前を放っておかない」
その言葉は、棘だらけだった私の心の奥に、冷たい清水のように流れ込んだ。
彼女は私の安全を考えている。
たった五歳の子供なのに。
弟の首を絞めかけた存在から怯えて逃げるのではなく、その存在がこの世界から傷つけられることを心配している。
「俺……俺は自分の身くらい、自分で守れる」
私は少し顔を背けた。
澄み切った視線を避けながら、冷酷な仮面を保とうとする。
「お前が気にする必要はない」
円英は頬を膨らませた。
そして突然、背伸びをした。
次の瞬間。
彼女は私の頬へ、ほんの一瞬だけそっと額を寄せた。
あまりにも短い接触だったため、私でさえ反応が遅れた。
身体が一瞬、硬直する。
BadBoyの防御システムが自動起動しかけたが、私は即座に抑え込んだ。
「もう『俺』とか『お前』とか、そういう距離のある言い方は禁止」
円英は後ろへ下がり、両手を背中で組んだ。
顔は熟したトマトのように真っ赤だったが、目だけは頑固なほど真っ直ぐ私を見つめている。
「そんな偉そうでぶっきらぼうな喋り方で、学校の友達と話すつもり?」
「普通に生きたいなら、友達が欲しいなら、少しは変わらなきゃだめ」
「私のことは……普通に『円英』って呼べばいいし、『僕』と『君』でもいいから」
「……私、もう部屋に戻る!」
言い終えると、私が反応する暇も与えず、彼女は振り返って廊下の奥へ駆けていった。
小さな足音が長い廊下へ軽やかに響く。
私はその場に立ち尽くした。
そして、まだ温もりの残る頬へ手を当てる。
胸の奥で、生体心臓が一拍だけリズムを外した。
一千年。
血と裏切りの中で生きてきた。
私は、人間として扱われるという感覚を、とうに忘れたと思っていた。
怒ること。
心配されること。
そして、人とどう呼び合うかを教えてもらうこと。
私は曲がり角の向こうへ消えていく彼女の背中を見つめた。
すると、口元に本物の笑みが浮かんだ。
脆く、かすかで、それでも確かな笑みだった。
私は深く息を吸い、廊下いっぱいに響く声量で言った。
「分かったよ――お姫様」
遠くから、何かにつまずいて「どさっ!」と派手な音がした。
続いて、照れを隠そうとする円英の小さな悲鳴が響き、最後に部屋の扉が勢いよく閉められた。
私は小さく首を振り、スープのトレイを持ち上げる。
そして、部屋へ戻った。
窓の外では、闇が静かに降り始めていた。
だが私の胸の奥には、最後に残された小さな光が、ようやく灯った。
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その頃。
張家の邸宅から遥か数万里離れた場所。
ステラ中央都市の中心軸、その最高地点。
そこには、光を吸収する物質だけで築かれ、電磁気に侵された雲の間に浮かぶ、黒曜石の聖殿が存在していた。
そこは単なる政府機構の心臓部ではない。
五行仙国における絶対的支配者――魔王・雷善長夢の権威、そのものを象徴する場所だった。
巨大な礼拝殿の内部には、自然光が一切差し込まない。
ただ、青緑色の魔火を宿した松明だけが、幾多の大虐殺を描いた壁画をぼんやりと照らしていた。
その中央。
雷善長夢は、一本の巨木から削り出された髑髏の玉座に腰掛けていた。
周囲の空気は、恐ろしいほど静かだった。
――ミシッ。
――ミシッ。
小さな音が玉座の肘掛けから響く。
細く青白い指。
魔王の魂石を埋め込んだ指輪に覆われた手が、ゆっくりと握り締められていた。
あまりにも強い力だったため、不壊の素材とさえ称される千年樹の骨へ、ついに蜘蛛の巣状の亀裂が走り始める。
雷善は目を閉じた。
一時間前。
彼が中央広場で数万の信徒たちから崇拝され、その陶酔に浸っていた瞬間。
背筋を冷たい震えが走り抜けた。
通常の機器では測定不能。
それでも、神の領域へ触れた者である彼の精神には、はっきりと感じ取れた。
金色に輝く――創世。
紫黒に染まる――破壊。
二つの相反するエネルギーが螺旋状に絡み合い、絶望と憤怒の歌を奏でていた。
張家の邸宅の奥深くから。
そこは、彼自身が「ジェンソン」と呼ばれる存在を封じた氷塊を運び込んだ場所だった。
「……目覚めたか」
雷善が低く呟く。
その声には、千年以上もの間、一度として表に出なかった微かな震えが混じっていた。
完璧だったはずの存在。
絶対的な権力。
最高位の地位。
それらすべてが、一瞬にして朝霧のように脆く感じられた。
千年前の記憶が押し寄せる。
あの顔。
あの存在。
たった一振りで多元宇宙を引き裂いた、あの圧倒的な力。
ゼンム・ジョンソンは死んだ。
世界は焼き払われた。
雷善はその残骸を利用して、この帝国を築き上げた。
そして信じていた。
あの悪夢は、永久凍土の底に永遠に封じ込められたのだと。
だが、間違っていた。
あの怪物は死んでいない。
ただ、眠っていただけだ。
そして今。
奴は目を開けた。
「誰か!」
魔王の咆哮。
そこへ込められた恐ろしい霊力だけで、超重量鋼で作られた巨大な扉が弾き飛ばされた。
外から四つの黒い影が霧のように滑り込む。
彼らは冷たい石床へひれ伏した。
四大闇将。
五行仙国の最高軍事権力を握る者たち。
その一人一人が、単独で小惑星を容易く粉砕できるほどの力を有している。
しかし今は、主君から発せられる目に見えない怒気を前に、まるで蟻のように震えていた。
「陛下、万歳。ご命令を」
狼頭を模した金属仮面を被った最前列の闇将が、震える声で尋ねた。
雷善長夢は玉座から立ち上がった。
金糸をあしらった黒い外套が、風もないのに大きく翻る。
彼は階段を一段ずつ降りていった。
深い瞳には、狂気と妄執を宿した赤い光が灯っていた。
「直ちに最高評議会を招集しろ」
「そして――鳥籠作戦を起動する準備を整えろ」
彼は一語ずつ、低く言い放った。
「鳥籠……?」
狼頭の闇将が勢いよく顔を上げた。
敬意を上回る恐怖が、その声に滲む。
「陛下、それは惑星全域を封鎖し、全衛星電磁網を動員して、標的区域内のすべてを焼き尽くすための封鎖プロトコルです」
「まさか、攻撃対象は……?」
「我々がそれほどのものを使わなければならないほどの反乱軍が――」
――バンッ!
物理的な動きは、一切なかった。
ただ雷善が一度睨みつけただけ。
その瞬間、狼頭の闇将を取り巻く空間が歪んだ。
彼の身体は数十メートルも吹き飛び、巨大な石柱へ激突する。
黒い血が、口から噴き出した。
「二度と、私の命令を疑うな。この愚かな犬め!」
雷善が唸る。
殺気だけで床一面が凍りついた。
「今回の敵は反乱軍ではない」
「お前たちのような塵芥には、理解することすらできない存在だ」
彼は背を向け、再び玉座へ向かって歩き始めた。
呼吸が次第に荒くなる。
今、この瞬間に張家の邸宅を直接攻撃することはできない。
それは彼自身が分かっていた。
もし完全には目覚めていないジェンソンを追い詰めれば、あの混沌エネルギーが暴走する可能性がある。
そして、その爆発は星系全体を飲み込むだろう。
もちろん、彼自身も例外ではない。
必要なのは、もっと巧妙な計画だった。
隔離する。
消耗させる。
そして――張陸沙が自らジェンソンを送り込もうとしている学院、その規則そのものによって、彼を拘束する。
「張陸沙……」
雷善が呟く。
口元に、歪んだ悪意に満ちた笑みが浮かんだ。
「お前は、それを私に対抗する武器として利用できると思っているのか?」
「ならば、その保護そのものを、お前の一族全員の首を絞める縄へ変えてやろう」
彼は冷たい声で命じた。
「光芒塔へ伝えろ」
「来月、ステラ学院で行われる能力適性試験には――」
「私自身が出向く」
礼拝殿に灯っていた魔火が、突然すべて消えた。
完全な闇が玉座を飲み込んでいく。
その闇は、「魔王」を名乗る男の瞳に浮かんだ、抑えきれない恐怖と動揺さえも覆い隠した。
彼の終焉は、おそらく――
本当に、始まりを告げる鼓動を刻み始めていた。




