Episode 12
巨大なブラックホールが谷の中央でゆっくりと閉じ、砕け散った空間の最後の断片までもが、果てしない虚無の彼方へと呑み込まれていく。そのとき、西岐の戦場に残されたものは、嵐のあとの静けさなどではなかった。そこにあったのは、背筋が凍るほどの、絶対的な沈黙だった。それは万物が眠りに落ちた静けさではない。臨死状態に陥った現実そのものの、声を失った沈黙であった。数万の命の生臭い匂いを帯びた赤黒い霧は消え去り、残されたのは、煤けた灰色の、ぼんやりとした、脆く砕けた空間。まるで誰かが墨絵に汚れた水を丸ごとぶちまけたかのようだった。あの恐るべき祭祀を生き延びた兵士たち――幸運だったのか、不運だったのか――は、いまや血と泥の海のただ中に、呆然と立ち尽くしていた。呻き声を上げることも、叫ぶこともなく、白い骨まで露わになった裂傷すら気に留めない。彼らの心は、すでに「認識の沈黙」と呼ぶべき状態に堕ちていた。至高なる存在・Genson の観念に触れた衝撃が、凡人の感情と理性のレンズを完全に粉砕してしまったのだ。彼らは、魂を吸い尽くされた肉の人形のように、ただ虚ろな目を見開き、呆然と、無の彼方を見つめ続けるしかなかった。周囲でなお崩壊し続ける空間の異変を前にしても、彼らはすべてを投げ出していた。
灰色の霧雲が地表近くに漂うその上空で、闡教の誇り――かつて自らを天命を司る者と称した神仙たち――は、完全に崩れ落ちていた。十二金仙。かつて万丈の金光を放っていた高位の仙人たちは、いまや信仰の瓦礫の中で互いにすがりつく、みすぼらしい乞食の群れと何ら変わらない。天地の霊気で織られたはずの仙衣はぼろぼろに裂け、戦場の穢れた黒い泥に汚されている。頭上の光輪は、とうに消え失せていた。太乙真人は、焼け焦げた半分の蓮台に腰を落とし、やせ細った胸を両手で震えながら抱え、苦しげに口を開けて荒い息をついていた。万年の修行によって鍛え上げたはずの神力は、すでに枯れ果て、乾ききった小さな泉が砂漠に飲み込まれたかのようである。その傍らで、広成子は血と灰にまみれた自らの両手をぼんやりと見つめていた。こけた顔には、歪んで狂った笑みが、時おり痙攣するように浮かんでは消える。
「師弟よ……わかるか……?」
広成子はかすれた声で言った。嵐の中で鳴く蚊のように弱々しい声だった。
「我らの道根は……断たれた。われらが崇めてきた天道は……使い古しの布切れのように我らを捨て去った……。我らは棋を打つ者ではない……ただの餌だったのだ……」
太乙真人は答えなかった。老いた濁った瞳から、血の涙が二筋あふれ出る。死した神々の沈黙に、言葉など要らなかった。彼らは、恐るべき真実を悟っていた。万年にわたる修行と悟道、そして自分たちが生ける者を支配するために用いてきた因果の法則――そのすべてが、南方に鎮座する偉大なる存在が身じろぎひとつしただけで崩れ去る、安っぽい冗談にすぎなかったのだと。彼らはもはや凡人であった。いや、凡人以下だった。なぜなら彼らは、至高の頂から無意味の深淵へと墜落した者たちだったからだ。
絶望がこの世のすべてを凍結させた、そのまさにその瞬間、天に浮かぶ巨大な空間の裂け目のひとつから、ゆっくりと足音が響いた。その音は鼓膜を打つのではなく、残された者たちの元神そのものを直接叩いた。多元宇宙の層から、一つの巨大な黒い影が、ゆっくりと姿を現す。そこに光輪はなく、仙人らしい風格もなく、ましてや魔気が天を衝くわけでもない。その男は、奇妙な灰色の装束を身にまとい、裾はぼろぼろに裂け、まるで死に絶えた星々の塵で織られたかのように、空中にたなびいていた。顔は歪んだ空間の霧に覆われ、五官は判別できない。ただ、その奥で赤く鈍く光る二つの点だけが、死んだ星のような冷たい光を放っていた。
彼はこの世界の神ではない。冥府の鬼でもない。彼は「旅人」――完全に砕け散った時間線からやって来た、異邦の者だった。
異邦人はゆるりと谷へと歩みを進めた。靴底は、生臭い血肉の溜まりを踏んでも、そこに汚れを残さない。死体が累々と横たわる戦場を、まるで静物彫刻の博物館を鑑賞する貴族のように歩いていく。ときおり足を止め、宙に漂うきらめく空間の破片へ手を伸ばし、そっと触れた。その破片の向こうでは、別の宇宙、別の時間線の光景が、断続的に瞬いている。彼は、哪吒が姜子牙の首を斬る宇宙を見た。別の宇宙では、妲己が火の海の中、紂王の亡骸を抱いて泣き崩れていた。異邦人はわずかに首を傾げ、霧に隠された口元から、深い哀れみを帯びた乾いた笑いを漏らした。
「実に哀れだ。狭すぎる時間線のなかで、落ち葉の上によじ登ろうとして、自分たちが大海を征服したつもりになっている蟻どもよ。おまえたちの計算も、犠牲も、欺瞞も……結局は多次元のゴミの山をひとつ増やしただけだ。」
異邦人の出現は、どうやら現実の「乱れ」をさらに悪化させたようだった。彼の周囲の実在そのものが、次々と恐るべき「エラー」を起こし始める。無数の宇宙の過去・現在・未来が押し寄せ、まるで詰まった映画フィルムのように、ちらつきながら互いに入り混じった。地に膝をついていた西岐の兵士が、突然がばっと立ち上がり、目を見開いて正面の虚空を凝視する。次の瞬間、その身体はちらつき、着ている衣が変わった。彼は別の未来の自分の姿を見ていた。まばゆい黄金の法衣をまとい、権力の頂点に立ち、天下の大軍を統べている自分だ。そのすぐ隣では、殷の兵がふらつきながら前へ出てくる。しかし、その足元の血溜まりに映る影は、別の時間線では、片腕を失い、ただれ、飢えに苦しむ乞食の姿だった。
敵味方の境、周と殷の境が、一瞬にして水泡のように崩れ去る。西岐の兵士は無意識のうちに剣を振り上げ、敵の首をはねようとした。だが、刃先が触れようとしたその刹那、多元宇宙の乱れた映像が閃いた。別の人生では、その殷の兵こそが自分の実の兄弟であり、共に半分に割れた腐った饅頭を分け合った相手だったのだと、彼は見てしまった。剣は手から滑り落ち、がしゃんと地面に落ちた。二人は互いに抱き合い、声にならない号泣を上げた。果てしない多元宇宙のなかでは、目の前の現世におけるあらゆる恨みも愛憎も、ただの安っぽい逆説にすぎない。今生の敵は、別の生では愛する者。すべてが起こりうる世界では、この世のどこにも絶対的な意味など存在しないのだ。
それほど遠くない指揮台の上で、姜子牙は震える手で亀甲と蓍草を引き出した。それは、かつて天下を定めるために用いた、易経占術の最上の法器だった。老いた狂人は必死に亀甲を振り、口の中で乾・坤・震・巽の卦をぶつぶつと唱える。何とかして占おうとしたのだ。混沌の中に、わずかでも論理の光を、ひとかけらの規則を見つけ出したかったのだ。しかし古銭が落ちた瞬間、それは地面に触れなかった。宙に浮いたまま、砕け散って生きた血の雫となり、漂いながら、八卦のどの卦にも属さぬ奇怪な形へと並び変わっていく。ある銭は溶け、ある銭はうごめく蛆虫へと変じた。
「ありえん……ありえん!」
姜子牙は絶望に頭をかきむしり、散乱した蓍草を踏みつけた。
「易経が死んだ! 陰陽はもはや相克せず、四象は粉砕された……天地の論理はどこへ行った?! 真理はどこだ?!」
「真理?」
いつのまにか異邦人は、すでに指揮台の麓に立っていた。老いた宰相が狂ったように叫ぶのを見上げながら、その声は星々の静寂を孕んでいた。
「まだ夢の中で真理を探しているのか、老いぼれの道士よ。おまえたちの易経など、巨大な獣の背に棲む細菌どもが書き記した、ただの規則の寄せ集めにすぎない。獣が眠っているあいだ、細菌たちはその鱗の傷を宇宙の法則だと思い込んでいただけだ。だが今、あの御方は身じろぎなさった。おまえたちのいわゆる論理は、あの方がひとつ息を吐かれた、その瞬間に粉砕されていたのだ。」
そう言って、異邦人は視線を姫発へと移した。西岐の未来の王は、いまや暗い隅に縮こまり、両手で頭を抱え、身体を痙攣させていた。もはやひとつの完全な人間ではなく、「空っぽの殻」と化している。異邦人の存在は音を発してはいない。それでもなお、絶え間なく多元宇宙の「命令コード」のような、微妙な囁きを姫発の脳裏へ直接送り込んでいた。
「おまえ……おまえは何を言っている……」
姫発はうわごとのように呟いた。眼窩から血が流れ、瞳孔は限界まで開いている。
「逆流する川……逆さの天……金属でできた神々……もう頭の中へ入れてくれるな……砕けてしまう……」
異邦人は、凡人の苦痛にいちいち応じようとはしなかった。この次元に存在すること自体が、すでに凡人の脳構造にとって致死的な放射線だったのだ。彼は静かに背を向け、戦地の谷の中央へと歩き続ける。そこは、少し前まで、截教の大仙・趙公明が虚無のブラックホールによって魂の欠片ひとつ残さず剥ぎ取られた場所だった。
そこには今や、黒くえぐれた深い穴だけが残り、冷たい灰が一面に降り積もり、煙のような霧を立ちのぼらせていた。異邦人はゆっくりと片膝をつき、細長い手を赤黒い霧のなかへ伸ばし、趙公明の仙躯を覆っていた灰をそっと払いのけた。爪先が、小さく、しかし激しく、混沌と明滅する光を放つ何かをかすかにこじ開ける。それは玉佩でも、神器でも、趙公明の元神でもなかった。多面体の結晶体だった。その内部には、無数の色彩が渦を巻き、うなりを上げていた――別の現実の「種子」。截教の力が Genson の身じろぎと衝突したとき、偶然にも凝縮された、多元宇宙の裂け目そのものであった。
異邦人はその結晶を掌の中で強く握りしめた。赤く灼けるその瞳は、南方の果て、灰色の霧に沈む地平へと向けられる。そこでは、黒雲が孤高の五行山の頂を囲み、渦を巻いていた。彼は虚無の匂いを深く吸い込み、霧の奥に隠れた口元に、満足げな笑みを浮かべる。そして、旧き時代を引き裂く雷鳴のような声で、静かに囁いた。
「種は、十分に集まった。幾億幾兆もの崩壊した時間線を越え、幾万もの死んだ宇宙の亡骸を踏み越えて……ついに私はここを見つけた。真の『夢』の錨だ。――時は来た。真の創造主を、目覚めさせる。」
荒廃した戦場のただ中、そこは凡人の血肉と、仙仏たちの灰骨とが混じり合ってできた、粘りつく泥濘で埋め尽くされていた。異邦人は、そこに静かに上体を起こした。顔を覆う赤黒い霧が、かすかに揺れ動く。まるで、死の残り香を含んだ空気を吸い込んでいるかのように、ふくらみ、しぼんでいる。彼は、細長く青白い指――節立った骨の鋭さを思わせるその手で、趙公明の灰の山から掘り起こしたばかりの多面体の晶体を、ぎゅっと握りしめた。それは尋常の修真の宝ではない。現実そのものに生じた裂け目、極限まで圧縮された空間の破片である。だが彼はそれを懐へ収めることはしなかった。むしろ唐突に手首を返し、きらびやかで狂気に満ちたその晶体を、自らの足元の濃い泥へ、まっすぐ突き立てた。
その「種」が西岐の大地に根を下ろした刹那、地の底深くから、鈍く、詰まったような低音が響いた。眠りから叩き起こされた巨大な獣の、うめき声にも似ていた。現実はもはや、以前のように受動的に引き裂かれ、無意識に崩れ落ちていくのではない。代わってそれは、積極的かつ暴力的に「書き換え」られ始めたのだ。異邦人の足元の大地は脈打ち、起伏し、まるで生き物の胸郭のように一定のリズムで上下し始める。残留した霊気、真っ黒に焼け焦げた十二金仙たちの灰、そして数万の兵の死骸――それらは虚無へと消えることなく、目に見えぬ力によって熔かされ、歪められ、互いに絡み合い、ねばつく形而上的な「建材」へと変質していく。その邪悪な素材は谷一帯へと拡がり、非論理的な建築群へと姿を変えた。天空から逆さに突き出た鋭い塔、どことも繋がらぬ橋梁――そうして、無秩序な多元宇宙が身を寄せるための、完全な「自律領域」が出来上がっていく。
天地が、狂人の手の中で粘土のように捏ね上げられていく光景を目の当たりにし、姜子牙は奥歯を噛みしめた。口角からは、にじむように鮮血が滲み出る。昆侖の上座たる者として、最後に残っていた矜持が、そこで激しく燃え上がった。老いた男は、腸が裂けるような咆哮を上げ、打神鞭を振りかざす。舌先を噛み切り、鮮烈な精血を吐き出し、残された全ての力を絞って「滅天滅地符」――闡教における最も禁忌とされる術を起動しようとした。だが、悲劇というものは、物理定数も因果律もすべて置き換わってしまった空間では、仙人の術など鼻で笑える見世物にすぎない。放たれた符は異邦人へ向かうことなく、空中でぴたりと停止し、千の小さな鏡片へと砕け散った。
その無数の鏡片の中に、姜子牙は戦慄すべき自分の姿を幾重にも見た。ある姜子牙は、血に染まった龍袍を纏い、元始天尊の亡骸を踏みつけ、九天を支配する残虐な暴君となっていた。また別の姜子牙は、数万年前の荒涼たる砂漠で、錆びた銅柱に鎖で繋がれた、空っぽの骸骨にすぎなかった。そこに映る全ての姜子牙が、彼へ向けて嘲弄に満ちた眼差しを投げかけている。老道士の脳髄へ、冷酷な真実が致命打のように振り下ろされた。自分は唯一無二の「姜尚」ではなかったのだ。幾兆もの時間線のうち、どこかに捨て置かれた、時代遅れの破片にすぎない。そして本物の「原型」は、はるか太古に、すでに夢の彼方へ溶け去っていたのかもしれない。信仰も、封神の使命も、自身の存在そのものも――すべては安っぽい思い違いだった。打神鞭は震える手から滑り落ち、泥黒い土へ突き刺さる。姜子牙は老いた両膝の上に崩れ落ち、戦う意志をすべて失った、虚ろな目を見開いたまま、ただ万物の無意味を悟った者の、果てしない空虚だけを抱えていた。
それほど遠くない場所で、凡人の悲劇は、神仏の崩壊などよりも、さらに何万倍も凄惨であった。異邦人は姫発の命を奪おうとはしない。彼の目に映る、暗がりの隅で痙攣している若き王は、脅威ではなかった。それはむしろ、きわめて優秀な「アンテナ」――多元宇宙の乱流を受信するに足る、感応性を備えた肉体の器であった。姫発の顎関節が、乾いた裂音とともに突然外れる。口は大きく裂け、端は破れ、そこから生じた漆黒の穴のような空洞には、人の声ではなく、無数の声が重なり、絡み合いながら噴き出した。巨大な爬虫類の鋭い啼き、錆びついた機械が軋む音、億年単位で黒い穴に呑み込まれた文明たちの、呪詛にも似た囁き。姫発の身体は激しく痙攣し、眼球は白目のまま上を向き、黒い瞳は消え失せる。その両眼は、まるで生きた映写機のようになった。眼窩から二条の眩い光が霧中へ放たれ、数えきれぬ異界の真実を、背筋の凍るほど生々しい幻影として照らし出す。海の代わりに溶けた金属が流れる燃える惑星、竜の翼と複眼を持つ異形が互いを喰い裂く、宇宙空間に浮遊する大陸、あるいは、冷たい青いネオンが煌めく、暗黒の摩天楼都市。
姫発から放たれた、その恐るべき多元宇宙の「放射」は、やがて周囲の西岐の残兵数万へと伝播し、その生体構造を噛み裂き始めた。この狂気じみた混交から、誰一人として逃れることはできない。絶叫していた一兵は、突然、自分の右腕が泡立ち、皮膚が剥離していくのを見た。その下から現れたのは骨ではない。輝く金属の棒、軋んで鳴る錆びた歯車だった。頭を抱えて地面を転げ回っていた騎兵は、背骨が突如として甲冑を突き破り、赤く燃える竜鱗へと伸びる鋭い棘が生えた。ある者は額の中央に、忌まわしい昆虫の複眼を新たに宿し、またある者は両脚が癒着し、ゼリーのように透明でぬめる一塊へと変わっていく。西岐の戦場は、もはや兵戈によって天下を分かつ場所ではなかった。そこは正式に、異常進化の巨大なゴミ溜めへと堕したのだ。血肉は、時空のあらゆる隅々から引きずり出された最も異様な生命形態と、強制的に融け合わされていた。
極度の混沌のさなか、変異生物たちの絶叫が空間を揺るがす中でも、異邦人はなお両手を背に組み、ゆったりと歩みを進めた。朽ち果てた大営の天幕を一つひとつ見て回るその姿は、いままさに芽吹かせた奇形の花々を眺める庭師のように、落ち着き払っていた。彼が歩みを進めるたび、気ままに空へと手を振る。すると現実には、鋭い小さな溝が刻まれていく。門ほどの大きさの空間の扉が営内のあちこちに開き、異界の気配、別次元の奇怪な唸り声が、次々と流れ込んでくる。彼は檻を開けていたのだ。旧き名を「西岐」と呼ぶ、この古びた庭園へ、異なる世界の実体を招き入れていたのである。
「終わりを恐れているのか?」
異邦人の声が空中に木霊する。柔らかいのに、短剣のように鋭い。その音は、生き残ったあらゆる生命の意識へ真っ直ぐ突き刺さった。
「王朝の崩壊に泣き、神々の失墜に泣き、自分たちの小さな天道が砕かれたことに泣く。だが見よ、浅はかな者たちよ。おまえたちが恐れている“終わり”とは、実のところ、果てなき混沌の献立における前菜にすぎぬ。多元宇宙は、おまえたちが生きてきたような退屈な場所ではない。善悪を裁く盤上の勝負など必要としない。ただ、むき出しの生存だけがあればよいのだ。」
その囁きが終わった瞬間、九天の彼方から、鼓膜を裂くほどの甲高い裂響が響き渡った。本来なら仙仏の五色の霧雲に包まれているはずの西岐の空が、突如として引き裂かれ、巨大な黒い穴へと変わる。その偉大なる門の内側から、巨大な黒塊が落下し始め、風を裂いて恐るべき速度で地上へ突進してきた。轟――。巨塊は西岐大営の中央へ直撃し、衝撃波が数千の死骸と変異した生物を数里先まで吹き飛ばした。灰色の土煙が立ちのぼり、視界を完全に覆い隠す。毒気を孕んだ風が徐々に煙を散らしたとき、姜子牙と、生き残ったわずかな残兵たちの目に飛び込んできたのは、地上へ降りた救世の仙人でも、太古の魔獣でもなかった。この時代の想像力の外側に完全に属する存在だった。
それは、巨大な機械仕掛けの合金巨体――破壊された戦闘機械であり、面妖な多面体の怪物でもあった。全身は黒光りする合金装甲に覆われ、ところどころから濛々たる煙を上げている。人の胴ほどもある電源ケーブルが幾本も断ち切られ、血泥の中で青白い火花を迸らせ、ぱちぱちと鳴っていた。その機械の怪物は、やがて赤く輝くヘッドライトのような巨大な片眼を備えた頭部をゆっくり持ち上げ、定めのない未来から持ち込まれた破滅の技術を孕んだ耳障りな金切り声を発した。古典神話も、道符も、封神の栄光も、いまや新時代の金属の足元で、完全に粉砕されていた。ゲームのルールは、ここで正式に変わったのだ。あらゆる法則は弾き飛ばされ、取り残された哀れな生き物たちは、多元宇宙が狂気に陥るその中で、最も苛烈な生存闘争へと放り込まれていく。
多元宇宙の裂け目から降ってきた巨大な金属塊は、血泥の溜まりのただ中に静止したまま、周囲の空気を焼き焦がすほどの熱を放ち、鼻を刺すような焦げ臭い白煙を立ちのぼらせていた。それは投げ捨てられた無機質な残骸などではない。機械と冷酷なアルゴリズムによって万象が支配される、先の見えぬ未来で鍛え上げられた自走式戦闘機械――機械仕掛けの凶獣だった。黒曜石のように黒い合金装甲には、焼け爛れた切り傷のような凹凸が刻まれている。それは、この小さな次元へと墜ちるまでに、幾重もの暴烈な空間を突き破ってきた証左だった。
その怪物の核心部から、歯車と回路基板が始動する乾いた金属音が鳴り始める。腐敗した金属同士が擦れ合う耳障りな悲鳴が響き、西岐の谷に満ちた死の静寂を引き裂いた。
鋼鉄の頭部の中央で、巨大なレンズが不意に点灯する。そこから放たれたのは、冷たく、無慈悲で、血のように赤い視線だった。戦場全体をなめるように走るその眼差しのもと、古典神話の秘めた世界は、AIシステムによって無数の断片化したデータ列へと剥き出しにされる。それは「生命」を見ない。「人性」も見ない。ましてや、衰えゆく十二金仙の「仙気」や「霊力」など、認識の対象にすらならない。その解析系にとって、道家のかすかな霊光も、漂う符呪も、周囲で絶叫する奇怪な混成生物も、ただ赤く点滅する一つの警告コードにすぎなかった。
「警告:未確認構造異常。分類:ジャンクデータ。必須プロトコル:全面浄化。」
タイタン機械は激しく震えた。左右の胴体と、隆起した背部の装甲が一斉に開き、回転する電磁コイルを備えたプラズマ砲門が露わになる。宣戦布告も、威圧もない。ただ、プログラムされた純粋な破壊だけがそこにあった。
「轟! 轟! 轟!」
青白く眩いプラズマの奔流が、次々と風を裂いて飛んでいく。極限の熱は空気ごと融かし、灰色の霧を切り裂く死の閃光となって戦場を焼いた。竜鱗のような腕を生やしてのたうっていた西岐の兵卒たちは、悲鳴すら上げる間もなかった。プラズマがなめ尽くすと、彼らの肉体は瞬時に蒸発し、血の一滴も、砕けた骨片の一つも残らない。熱核兵器にも似た圧力に押し潰された大地は、煮え立つ溶岩のたまりへと変わっていった。
三界の理すら超えたこの理不尽な殺戮を目の当たりにし、闡教に残された最後の誇りが風前の灯のように燃え上がる。太乙真人――かつては火すら吐き出した金仙――は慌てて指先を噛み砕き、自らの精血で空中に符を描いた。
「外道の孽畜め! 玉虚宮の仙威を侮るとは! 九龍神火罩……破れ!」
残った昆侖の弟子たちも、狂ったようにわずかな神力を注ぎ込み、剣光と雷撃を放つ。それらは絡み合い、天羅地網のような巨大な網となって、鋼鉄の怪物の頭上へ一斉に降りかかった。
だが、万年の修道を込めたその攻撃が、機械から五丈ほどの距離に達した瞬間、六角形のエネルギー盾がきらりと展開された。錆びついた拡声器から、感情のない電子音が戦場いっぱいに響き渡る。
「非標準エネルギーマトリクスを検出。粒子構造の解析開始……完了。対処法:逆位相同期。」
言い終えるや否や、六角形の盾はかすかに脈動し、青から濃い赤へと変色した。すると、仙人たちの放った雷も、火龍も、剣光も、すべてがそのエネルギーシールドへと吸い込まれ、水面に落ちた一滴の油のように、静かに消え失せた。爆発も衝撃もない。道家の神法は、異質な技術によって完全に折られ、無力化されたのだ。
太乙真人は血に濡れた目を見開き、恐怖で身動き一つ取れなかった。天を呼び、風を起こし、天地を支配してきたはずの力が、ただの鉄屑にいとも容易く消されるなど、到底信じられなかった。
タイタン機械は、彼らに呆然とする暇すら与えない。胸部前方の巨大イオン砲が、衰えた仙人たちへ真っ直ぐに向けられた。鋭く長い金切り音が鼓膜を貫き、続いて白く濁った光の奔流が網膜を穿つ。反撃には天地の威力などではなく、数学と絶対物理の冷酷さが宿っていた。
巨大イオンビームが蓮台を横薙ぎに薙ぎ払う。太乙真人も、闡教の弟子たちも、もがく余地すらなかった。不死の肉体も、不滅の元神も、わずか一万分の一秒のうちに分子レベルまで分解される。栄光も、輪廻もない。ただ、この現実の記憶から「削除」され、毒風に舞う灰色の粉塵と化しただけだった。
少し離れた場所で、姜子牙は血と泥に貼りついた白髪を風に煽られるままにしていた。老いた膝はぬかるみに沈み、両手は力なく垂れている。彼は、すべてを見ていた。神話の尊厳も、万年の修真体系も、保存する価値のない「ジャンクデータ」として再定義される様を。
道、陰陽、五行――己が生涯をかけて追い求めた真理は、結局のところ、多元宇宙の残虐な広がりの前では、あまりにも古びて、あまりにも脆く、あまりにも滑稽な座標系にすぎなかったのだ。
姜子牙は天を仰いだ。泣かなかった。ただ、喉の奥でくぐもった笑いを漏らした。苦く、痛く、狂気を孕んだ笑いだった。自分が生涯崇めてきた辞書が、実は子どもの落書きの下書きにすぎなかったと気づいた学者の、あの笑いだった。
だが、その機械仕掛けの凶獣は、姜子牙などまるで眼中に入れていなかった。その注意、いや、むしろ量子レーダーは、営内の一角から異常な強度で放たれている信号を捉えていた。
姫発。
西岐の若き王は、もはや完全な人の形をしていなかった。身体は痙攣し、虚ろな両眼からは、並行世界の混沌とした映像を含んだ光がほとばしっている。タイタン機械は巨体をゆっくりと向け直し、砲口を下げた。そして、泥に丸まって横たわるあの存在が、浄化すべき異常ではなく、むしろ「情報の要」――至高なるGensonの意念と直結して共鳴する中継点だと認識した。
「目標ロック。原初データ抽出プロトコルを実行。」
冷たい機械音が響く。戦闘機械の腹部から、無数のナノ光ファイバーが、銀色の冷たさを帯びて一斉に飛び出した。剃刀のように鋭い金属針を先端に備えたそれらは風を切って襲いかかる。
「ズブッ、ズブッ、ズブッ。」
ファイバーは鎧を貫き、姫発の脊椎、頭蓋、胸郭へと深々と突き刺さった。未来の明君は背を仰け反らせ、喉を裂くような絶叫を上げる。だがそれはもはや人間の声ではない。獣の甲高い悲鳴と、ノイズまみれのラジオの金切り音が混ざり合った、耳を裂く雑音だった。
傷口からは鮮血がファイバーを伝って流れ落ちる。しかし、姫発から機械へと逆流しているのは、連続的に瞬く青いエネルギーの帯だった。機械は彼の精神を直接「ハック」していたのである。南方の孤高なる五行山、Genson が身じろぎした瞬間、この現実界の脆弱な構造――その記憶も、意匠も、核たる情報も、すべてが吸い尽くされ、暗号化され、上空で開いたままの多元宇宙の門を通じて、遥か彼方の次元に座す「主」へと光速で転送されていく。
抽出は乱暴で、残酷だった。姫発の肉体は萎み、内臓はその膨大な情報エネルギーに焼かれていく。最後のファイバーが頭蓋から抜けたとき、周王の未来の君主の干からびた亡骸は、泥の中へ崩れ落ち、焼きすぎた土像のように砕け散った。
離れた場所に立つ異邦人は、腕を組んだまま、赤く輝く瞳でそのすべてを楽しげに見つめていた。まるで満足げな観客のように、かすかに頷いている。彼が撒いた多元宇宙の種は、この狭苦しい残骸を片づけるのに最も相応しい「掃除屋」たちを引き寄せたのだ。
タイタン機械が頭をもたげる。胴体の回路が青く点滅し、データ転送完了を告げた。だが、それで終わりではない。一つの世界の座標は露見した。多元宇宙の理想的な「錨」は、次なる支配者たちのために、きれいに片づけられねばならない。死の静寂のなかで、無機質なカウントダウンが甲高く響く。
「データ抽出完了。最終浄化プロトコルを起動。基準座標消去兵器、作動。カウントダウン:三……二……一……」
機械の深奥で、熱も音も持たない未知のエネルギーが集束し始めた。青白く眩いエネルギーの環――紙のように薄いのに、数学定理のような絶対性を帯びた円が、周囲へと広がっていく。その拡散はゆっくりだが、いかなる物質も、いかなる法術も、これを止めることはできなかった。
青い円は、焼け死んだ兵士の死体をかすめ、唸る変異生物をかすめ、血に染まった泥濘をかすめて進む。その光に触れたあらゆるものが、そこでぴたりと停止した。皮膚も、骨も、鉄も、そして物理空間そのものさえも、みるみるうちに分解され、空中に浮かぶ緑色の「0」と「1」の二進数データへと変わっていく。それは焼かれているのではない。「現実から削除」されているのだ。
姜子牙は地にひれ伏し、その破壊の輪がゆっくりと自分へ向かってくるのを静かに見つめていた。逃げなかった。もはや、この乾坤に身を寄せる場所などないと知っていたからだ。青い光が膝に触れた瞬間、老いた眼は滲み、両脚は無機質な数列へと分解され、空へと舞い上がっていく。
最後の一瞬、意識が現実から完全に剥ぎ取られる直前、姜子牙は、両手を組んで混沌の大時代を見届けようとしている異邦人を見上げた。深く刻まれた頬を一筋の涙が伝い落ち、それは地面に触れると、空っぽの「0」へと変わった。
神話と呼ばれた幻想の時代に、永遠の終止符が打たれる。
西岐の谷全体が、恐るべき白塗りの光に呑み込まれ、新たな多元宇宙の悪夢が、いま正式に目覚めるための道が開かれた。
青い光輪は、「基準系消去兵器」を孕んだまま、膨張してもなお一切の音を発しなかった。耳をつんざく爆発もなければ、天を焦がす火柱も、地震のような激しい揺れもない。それは、光を呑み込むブラックホールのように、ただ静謐で、冷たく、絶対的だった。輪は一見すると緩やかに広がっているように見える。だが実際には、周囲の空間と時間の概念そのものを歪めながら進んでいた。青い光がかすめた場所では、あらゆる物質、あらゆる概念、そして物理法則も魔法の理も、現実という仮面を剥ぎ取られ、最終的な本質だけが晒される。そこにあるのは、無機質に明滅を繰り返す「0」と「1」の二進コードにほかならなかった。
姜子牙は泥濘の地に跪き、静かに死を受け入れていた。目は閉じない。自分と闡教が「天道」の名のもとに撒き散らしてきた罪業の、最後の懺悔として、万物の終焉を凝視していたかったのだ。青い輪が痩せこけた両脚に触れても、姜子牙は痛みを感じなかった。骨も血肉も、かつて昆侖の権威の象徴であった道袍さえも、次第に輪郭を失い、無数の緑色の数列へと砕け散って空へ舞い上がる。分解は肉体にとどまらない。それは宰相の元神と記憶の最奥にまで食い込んでいった。
意識が消えゆく最後の瞬間、姜子牙は、自分自身の人生の断片や記憶が、一行ずつ「delete」されていくのを感じていた。昆侖で苦行に励んだ日々の記憶は消え失せ、元始天尊の厳粛な面影は歪み、そして抹消された。武王・姫発の笑みも、谷での血戦も、かつて金光を放っていた封神榜の姿も――それらは、灼けつく太陽の下の朝露のように蒸発していく。輪が頭上を過ぎ去るころ、姜子牙の最後の涙もまた、無意味なコード列へと変わっていた。姜尚という存在も、周も、商も、そして封神神話という時代そのものも、宇宙の生死簿から正式に抹消されたのである。そこには、塵ひとつさえ残らなかった。
光輪はなおも拡大し、進路上のすべてを掃き清めていく。血にまみれた戦場も、忌まわしい変異生物たちも、十二金仙の干からびた亡骸も、さらには西岐を囲む山々や川、空までもが白く塗り潰されていった。
ついに光輪がその外縁へ到達し、消えたとき、そこに残っていたのは巨大なクレーターでも、荒廃した不毛地帯でもなかった。完全かつ絶対的な「白紙」――Blank Canvas だった。上下の概念はなく、重力も、太陽光も、闇さえ存在しない。西岐の谷は丸ごと「灰色の点」――The Nexus へと変貌していた。そこは空虚な緩衝地帯、乾坤の構造に開いた穴であり、あらゆる物理法則とこの地本来の天道定数が完全に消去された領域だった。もはやこの場所は、いかなる神や霊的体系の管理下にもない。ただの白紙である。新たな多元宇宙の役者たちが舞い上がるのを待つ、最も完璧な交点、巨大な舞台にほかならなかった。
その背筋の凍るような白い虚空のただ中に、異邦人は浮かんでいた。顔を隠していた霧がゆっくりとほどけ、空虚に反響する狂気じみた笑い声が露わになる。彼は青ざめた手をゆっくりと持ち上げた。その指の間には、趙公明の灰の中から抉り出した、現実の「種子」――多面体の結晶体が挟まれている。
「粘土細工の神々の時代は、終わった!」
異邦人は吼えた。その声には、幾万もの死に瀕した世界の残響が宿っていた。
「さあ、真の宴の始まりだ!」
彼は結晶体を握り潰した。
――粉砕。
結晶は砕け散り、その内部に圧縮されていた膨大な多元宇宙エネルギーが解き放たれる。血のように赤い光と深い紫の光が、何百万条もの奔流となって四方へ飛び散り、白い虚空へと突き刺さる。その光が降り立った場所ごとに、空間は巨大な裂け目を生み、雄大なプリズムのような門を開いて、無数の並行次元へと通じていく。
――侵攻が始まった。
東方の燃える門からは、崩壊した宇宙帝国の紋章を掲げた、錆びついた巨大艦隊が轟音とともに突入してきた。山ほどもあるタイタン級戦闘機械が、星を滅ぼすイオン砲を携え、重々しく虚無から姿を現す。歯車の軋みは、腐敗した鉄と鋼の交響曲のように谷へ響き渡った。
西方の漆黒の門からは、無数の発光する触手を持つ宇宙クラゲのような巨大な闇の実体が、冥府の圧力を伴って灰色の点へ漂い込んでくる。
北方の門からは、死んだ神話から抜け落ちた、翼を折られた神々が現れた。ひび割れた甲冑をまとい、信徒たちの血に染まった剣を手に、信仰の新天地を求めて咆哮しながら戦場へと雪崩れ込む。機械吸血鬼、装甲化された宇宙竜、時間を操る魔術師、多細胞の寄生体――多元宇宙の無数の分岐から押し寄せた、数百万、数千万の異形の生命が、空虚な大地へと殺到し、西岐の灰色の点を名状しがたい混沌へと変えていく。彼らに共通の言語はなく、共通の目的もない。だが共通する本能は一つだけだった。すなわち、他者を滅ぼし、生存空間を奪うこと。
だが、この巨大な盤面を本当に動かしているものは、ここにはいない。
この狭い次元をはるかに超えた俯瞰の視点から、遥か南の霞む地平に、五本指の形をした五行山が、なおも虚無に根を下ろして聳え立っている。西岐の破壊も、封神の消滅も、無数の軍団による多元宇宙からの降下も――そうした天地を揺るがす出来事のすべては、山の足元で封じられた者にとっては、結局のところ、深い夢の中に沈んだ者の、かすかな呼吸ひとつのようなものにすぎない。Genson は完全に目覚めたわけではなかった。ただ、存在という偉大な寝台の上で、わずかに寝返りを打っただけなのだ。
五行山の麓から、Genson の眠たげな息が漏れ出した。その息は風ではない。形を持つものでもない。それは、最も原初的な「混沌の真理」だった。多元宇宙の裂け目をすり抜け、西岐の灰色の点をかすめ、門をくぐったばかりの数十億の異種存在の心へと、真っ直ぐ吹き込んでいく。
その息が触れた瞬間、三次元の戦場は突如として凍りついた。侵略者たちの無意識の狂乱は、たちまち極度の恐怖と狂気へと置き換わる。至高なる存在の無声の囁きが、彼らの深層意識に直接叩きつけられたのだ。
「おまえたちは本当に存在しているつもりか? 侵略しに来たのか、それとも、ただ私の夢の中に潜り込んだ虫けらにすぎないのか?」
創世と破壊の力を帯びたその息は、万物の最も原初的で暴烈な本能を呼び覚ました。とりわけ、女性型の存在――機械女王、堕ちた女神、空間の魔女たち――の生殖遺伝子は、Genson の放つ、欲望と絶対権力の放射によって再びへし折られた。彼女たちは快楽とエネルギーへの渇望に狂乱しながら絶叫し、身体を一瞬で変質・進化させ、同族を引き裂いて力を吸い上げ、己の最も豊かな生命力を、南方に揺らめく偉大な影へ捧げようとした。彼女たちは、苦い真実を悟る。自分たちは征服者ではない。血みどろの生存劇を演じ、狂気に沈んだひとつの夢を楽しませるために召喚された、安っぽい断片にすぎないのだ。
異邦人は、空中に漂う宇宙船の破片の上を滑るように進み、炎を宿した武器を高く掲げた。紅に濁る両眼には、多元宇宙戦争の無数の光が映り込んでいる。彼は顔を上げ、これまでで最も晴れやかで、最も昂揚した笑みを浮かべた。
旧き神々の時代は、ついに空虚なデータの層の下に埋葬された。西岐の白紙は今や、多元宇宙の最も狂暴な筆致によって汚されている。新たな血肉の饗宴はすでに整えられた。より残虐に、より大規模に、そして何倍も絶望的に。すべては、まだ始まったばかりだ。時空の破片は互いを切り裂き続けるだろう。空が崩れ落ちるその時まで、あるいは、五行山の下に眠るあの支配者が、本当に目を開けて立ち上がるその時まで。




