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星喰らいの王  作者: のあずぅあーくぅ
53/54

第八章 白い馬車 3

初めてだった。


フィリウス・ヴァンロードの顔から。


完全に。


笑みが消えた。


応接室の空気が変わる。


ノアは目を逸らさない。


学院長エレノーラも黙ったまま、二人を見ている。


レインは壁際に立ち、腕を組んでいる。


誰も口を挟まない。


今、この場で最も重要なのは。


フィリウスが何を答えるか。


そして。


答えないなら。


どう答えないか。


そこだった。


数秒。


フィリウスはノアを見続けた。


やがて。


小さく息を吐く。


「……君は本当に」


そこで一度言葉を切った。


「嫌なところへ手を伸ばしますね」


ノアは少しだけ笑う。


「答えになってない」


「ええ」


「じゃあ、行ったことある?」


フィリウスは机へ視線を落とした。


先ほど広げた星図。


その端へ指先を添える。


一度だけ。


トン、と。


指で紙を叩いた。


「あります」


ノアの呼吸が。


ほんの少しだけ止まった。


レインの目が細くなる。


エレノーラは表情を変えない。


だが。


杖を握る指へ力が入ったのが分かった。


ノアはすぐに次を聞く。


「いつ」


「十一年前」


「どこから」


「王都北部」


「門?」


「はい」


即答。


さっきまでとは違う。


隠す気がない。


いや。


違う。


隠す必要がなくなった。


ノアがそこまで辿り着いたから。


フィリウスはそう判断した。


なら。


ここから先は。


何を出し。


何を隠すか。


もっと慎重に見ないといけない。


ノアは聞く。


「戻ってきたのは何人」


フィリウスの指が。


止まった。


また。


ここ。


「何人で行った?」


ノアは角度を変える。


フィリウスは答える。


「九人です」


「戻ったのは」


沈黙。


長い。


ノアは待つ。


焦らない。


相手が答えづらい質問ほど。


黙って待った方がいい。


沈黙に耐えられなくなった方が負ける。


フィリウスは目を閉じた。


そして。


「二人」


静かに答えた。


ノアは何も言わない。


九人。


二人。


七人消えた。


さっきの鉱山事故と。


同じ数字。


偶然?


ノアの思考が一気に回る。


旧ガルディア鉱山。


二十三名死亡。


七名行方不明。


向こう側へ行った調査隊。


九名。


七名戻らず。


七。


七。


三百年前。


門が開いた日。


空から七つの星が消えた。


また。


七。


ノアは表情を変えない。


だが。


頭の中では。


同じ数字が何度も並ぶ。


偶然ではない。


多すぎる。


「七人」


ノアが小さく呟く。


フィリウスの瞳が。


ほんの僅かに動く。


聞こえた。


そして。


反応した。


「なんで七人?」


ノアは聞く。


フィリウスはすぐには答えない。


「分かりません」


「本当に?」


「少なくとも」


フィリウスは真っ直ぐノアを見る。


「私は知らない」


“私は”。


この言い方。


誰かは知っている可能性がある。


ノアは拾う。


「知ってる奴がいる?」


フィリウスが小さく笑った。


「言葉尻をよく拾う」


「そっちがわざと残してるんじゃない?」


今度は。


フィリウスが黙る。


ノアは少しだけ身体を前へ倒す。


「俺に気付かせたいことがある?」


その瞬間。


応接室が静まり返った。


エレノーラの目が。


僅かにノアへ向く。


レインも。


フィリウスだけは。


しばらく何も答えなかった。


そして。


ゆっくり椅子へ背を預ける。


「もしそうだとしたら」


薄青色の瞳。


「君はどうします?」


質問で返してきた。


ノアは一秒だけ考える。


罠。


何を気付かせたいか。


それを直接聞けば。


こちらの興味が分かる。


なら。


別の道。


「信用しない」


即答。


フィリウスの眉が僅かに上がる。


「なぜ?」


「わざわざ遠回しに気付かせる奴は」


ノアは言う。


「直接言えない理由がある」


「直接言えない理由がある奴は」


「自分の立場を守りたい」


「自分の立場を守りながら、俺を動かしたい」


「だったら」


「利用しようとしてる可能性が高い」


フィリウスは数秒。


ノアを見つめる。


そして。


今度は。


本当に笑った。


「正解です」


ノアの目が細くなる。


「何が」


「私を信用しないことです」


エレノーラが低く言う。


「ふざけた真似を」


「していません」


フィリウスは学院長を見る。


「私は彼に、最初から信用してほしいなどと思っていません」


「なら何をしに来た」


エレノーラの声には圧がある。


フィリウスは視線を戻す。


ノアへ。


「選んでもらうためです」


「何を」


「知らないまま生きるか」


「知ってしまうか」


ノアは眉を寄せた。


「またそれ?」


「黒星に関わる者は」


フィリウスは静かに言う。


「知識によって救われ」


「知識によって壊れます」


「三百年前から」


「ずっと」


ノアは老人の話を思い出す。


アルト。


研究。


黒星を知ろうとして。


近づきすぎた。


そして。


喰星になったかもしれない。


「じゃあ」


ノアは聞く。


「お前はどっち?」


フィリウスが少しだけ目を細める。


「何がでしょう」


「救われた側?」


一拍。


「壊れた側?」


空気が止まる。


今度こそ。


フィリウスは。


すぐに答えなかった。


長い。


長い沈黙。


そして。


「……両方です」


小さな声だった。


初めて。


フィリウスの声に。


疲労が混ざった。


それまでの研究者らしい余裕も。


楽しんでいるような空気も。


一瞬だけ消える。


ノアは見逃さなかった。


ここ。


本音。


少なくとも。


今の返答だけは。


作っていない。


ノアは追い込まない。


エレノーラが言っていた。


相手を追い込みすぎるな。


逃げ道をなくせば。


嘘をつく。


あるいは。


話そのものを切られる。


ノアは一度。


話題を戻す。


「向こう側で何を見た?」


フィリウスの表情が。


ゆっくり戻る。


ただし。


今度は笑わなかった。


「最初に見たのは」


「空でした」


ノアは黙る。


「空?」


「ええ」


フィリウスの視線が遠くなる。


「黒い空」


「星はありません」


「太陽も」


「月も」


「なのに明るい」


「影がない」


ノアの脳裏へ。


あの世界が浮かぶ。


自分が黒星の中で見た景色。


崩壊した都市。


黒い星。


でも。


同じなのか?


フィリウスは続ける。


「地面は白かった」


ノアの思考が止まる。


白。


自分が見たものと違う。


「白?」


「灰にも似ていました」


「どこまでも」


「建物は?」


「ありました」


「どんな」


「巨大な柱」


「それだけです」


フィリウスの声が低くなる。


「天まで届くような柱が」


「何百本も」


「並んでいた」


ノアは聞く。


「化け物は」


「いました」


「目?」


フィリウスの瞳が。


一瞬。


鋭くなる。


ノアはもう誤魔化さない。


「巨大な目」


「見た?」


沈黙。


フィリウスが静かに頷く。


「見ました」


「銀色の人間も?」


さらに。


沈黙。


今度は長い。


「……見ました」


やっぱり。


ノアの胸が重くなる。


同じ存在?


それとも。


似た別個体?


「何された」


フィリウスの指が。


ゆっくり右手へ伸びる。


手袋を外す。


ノアの目が。


その指先へ向いた。


先ほど見えた。


古い傷。


だが。


手袋の下にあったのは。


傷だけじゃない。


右手の甲。


手首から人差し指まで。


白い線が走っている。


皮膚に描いたものではない。


皮膚そのものが。


白く変質している。


ノアの黒星が。


ドクンッ。


《蓄積値:459》


大きく反応した。


ノアは表情を変えない。


だが。


フィリウスは。


その瞬間。


ノアの胸元を見た。


気付いた?


いや。


音は聞こえないはず。


でも。


何かを見た。


「それ」


ノアは手を指す。


「向こう側で?」


「はい」


「侵食?」


「いいえ」


フィリウスは首を横へ振る。


「少なくとも」


「黒い侵食とは違います」


「じゃあ何」


「分かりません」


また。


分からない。


だが。


この男は分からないことを。


隠さず分からないと言う。


それが逆に。


信用しづらい。


どこまでが本当か分からないから。


フィリウスは白い線を指でなぞる。


「向こう側で」


「私は何かに触れました」


「何か?」


「見えませんでした」


「ただ」


「触れた瞬間」


フィリウスは。


ほんの少し。


顔を歪めた。


「私の名前が分からなくなった」


ノアの呼吸が。


止まりかける。


「……何?」


「自分の名前です」


「自分が誰なのか」


「何をしに来たのか」


「誰と一緒だったのか」


「全部」


「一瞬で」


フィリウスはノアを見る。


「消えました」


ノアは。


言葉が出ない。


記憶を喰う?


いや。


もっと。


認識。


自分自身への認識。


それを奪う。


黒星と。


逆?


いや。


同じ系統?


フィリウスは続ける。


「同行者の一人が」


「私の名前を呼んだ」


その瞬間。


ノアの頭の中で。


アークの声が蘇る。


銀目!!


戻ってこい!!


ルナ。


ノアさん。


セシリア。


貴方は怪物ではありません。


そして。


蓄積値が減った。


ノアの目が。


僅かに見開かれる。


フィリウスは。


その反応を見た。


「何か」


「心当たりがありますね」


ノアは答えない。


でも。


遅い。


今の反応は取られた。


ノアは自分を責めない。


完全に隠すのは無理。


なら。


相手がどこまで読んだかを読む。


フィリウスの目。


興味が強まった。


つまり。


確信まではしていない。


仮説。


なら。


まだ守れる。


ノアは逆に質問する。


「名前を呼ばれたら戻った?」


フィリウスが頷く。


「ええ」


「完全に?」


「いいえ」


ノアの目が細くなる。


「何が残った」


フィリウスは白い手を見た。


「忘れました」


「は?」


「何を失ったのか」


「分からない」


ノアの背中へ。


冷たいものが走る。


それは。


怖い。


何かを失った。


でも。


失ったもの自体を覚えていない。


なら。


喪失にすら。


気付けない。


ノアは無意識に。


自分の記憶を確認する。


第九区。


アーク。


学院。


ルナ。


セシリア。


自分。


ある。


少なくとも。


今は。


フィリウスは手袋を戻す。


「九人で入り」


「二人で帰った」


「もう一人は?」


ノアが聞く。


フィリウスの手が。


止まる。


「誰」


「戻ってきたもう一人」


そこ。


さっきから。


一度も話していない。


フィリウスはゆっくり。


ノアを見る。


「亡くなりました」


「いつ」


「帰還から三日後」


「原因」


「自殺です」


応接室の空気が。


一気に重くなる。


ノアは何も言わない。


フィリウスも。


少しの間。


黙った。


そして。


「彼は」


声が低い。


「帰ってから」


「ずっと同じことを言っていました」


ノアは待つ。


「何を」


フィリウスの薄青い瞳が。


ノアを捉える。


「七人目が足りない」


一瞬。


意味が分からなかった。


だが。


次の瞬間。


ノアの頭の中で。


数字が並ぶ。


九人。


二人帰還。


七人消失。


七人目。


鉱山。


七人行方不明。


三百年前。


七つの星。


「……どういう意味」


ノアの声が。


少し低くなる。


フィリウスは首を横へ振った。


「分かりません」


「その言葉だけ?」


「いいえ」


「もう一つ」


フィリウスの顔が。


僅かに強張る。


「七つ揃えば」


「鍵になる」


ノアの胸の奥で。


黒星が。


ドクンッ!!!


《蓄積値:462》


跳ね上がる。


三。


一気に。


ノアの身体が。


ほんの僅かに揺れた。


今度は。


隠しきれなかった。


フィリウスの目が。


鋭くなる。


「……今」


ノアは即座に遮る。


「七つ揃うって何が」


会話を前へ。


反応を掘らせない。


フィリウスの視線が。


一瞬だけノアの胸に残る。


だが。


追及しない。


「分かりません」


また。


ノアは苛立つ。


「さっきからそれ多くない?」


「研究とは」


フィリウスは静かに答える。


「分からないことを」


「分からないまま扱う仕事でもあります」


「格好つけても分からないだけじゃん」


「そうとも言います」


ノアは少しだけ息を吐く。


冷静になれ。


七。


鍵。


星。


銀眼。


門。


向こう側。


そして。


黒星が。


“七つ揃えば鍵になる”へ強く反応した。


つまり。


重要。


おそらく。


黒星自身に関わる。


「フィリウス」


初めて。


名前で呼ぶ。


男の目が僅かに変わる。


「はい」


「その死んだ人」


「名前は」


フィリウスの表情が。


固まった。


ほんの少し。


だが。


今までで。


一番大きい反応。


ノアは。


すぐに分かった。


ここ。


何かある。


「言えない?」


フィリウスは。


答えない。


ノアは追う。


「知らない?」


まだ。


沈黙。


「忘れた?」


その瞬間。


フィリウスの瞳が。


揺れた。


ノアの背筋へ。


悪寒。


まさか。


「……名前」


ノアがゆっくり言う。


「思い出せないの?」


フィリウスは。


長い。


長い沈黙のあと。


小さく。


「はい」


答えた。


エレノーラも。


レインも。


初めて表情を変えた。


ノアはフィリウスを見る。


帰ってきた仲間。


三日間。


一緒にいた。


会話した。


自殺した。


それなのに。


名前が思い出せない。


「記録は?」


ノアが聞く。


フィリウスの答えは。


もっと。


気味が悪かった。


「ありません」


「消した?」


「違います」


「最初から」


フィリウスは言う。


「彼の名前だけ」


「どの記録にも」


「書かれていなかった」


静寂。


誰も。


何も言えない。


ノアは自分の胸を押さえそうになる。


でも。


止める。


黒星へ意識を向けるな。


考えろ。


人間の頭で。


九人。


七人消えた。


二人戻った。


片方。


フィリウス。


もう片方。


名前が世界から消えている。


そして自殺。


七人目が足りない。


七つ揃えば鍵になる。


なら。


その人間は。


本当に帰ってきたのか?


ノアの目が。


ゆっくり細くなる。


「フィリウス」


「はい」


「その人」


一拍。


「本当に」


「お前と一緒に帰ってきた?」


応接室の空気が。


完全に止まった。


フィリウスの顔から。


血の気が引いた。


ノアは。


確信した。


その可能性を。


フィリウス自身。


今まで。


考えていなかった。


いや。


考えられなかった?


ノアの頭が。


さらに回る。


もし。


向こう側が。


認識を操作できる。


名前を奪える。


記憶を変えられる。


なら。


帰還者が二人だった。


その記憶自体。


偽物かもしれない。


「待て」


レインが初めて。


強く口を挟んだ。


「それ以上考えるな」


ノアが見る。


レインの顔は。


本気だった。


「なんで」


「認識汚染の可能性がある」


その言葉。


フィリウスの目も鋭くなる。


エレノーラが即座に杖を持ち上げた。


「フィリウス」


「はい」


「その話を」


「今まで何人へした」


フィリウスは。


考える。


「……六人」


ノアの呼吸が。


止まる。


六。


また。


足りない。


七に。


一つ。


フィリウスも。


気付いた。


顔が。


真っ白になる。


「まさか」


レインが低く言う。


「全員の名前を言えるか」


フィリウスは口を開く。


一人。


二人。


三人。


四人。


五人。


そこで。


止まった。


応接室へ。


重い沈黙が落ちる。


「……五人」


フィリウスが呟く。


「私は」


「六人に」


「話したはずです」


ノアの黒星が。


ドクン。


《蓄積値:463》


一つ。


増えた。


フィリウスは。


ゆっくり自分の右手を見る。


白い線。


それが。


ほんの僅かに。


動いた。


「……学院長」


フィリウスの声から。


完全に余裕が消えた。


「今すぐ」


「この部屋を封鎖してください」


エレノーラは。


すでに動いていた。


杖が床を叩く。


瞬間。


応接室を覆うように。


幾重もの魔法陣が展開される。


壁。


窓。


扉。


天井。


全部。


「レイン!」


「分かってる!」


レインも動く。


赤黒い線が空間へ走る。


外部との接続を。


空間ごと切断する。


ノアは立ち上がらない。


動かない。


考える。


何が起きている。


フィリウスは。


六人に話した。


でも。


五人しか思い出せない。


これが。


向こう側の影響なら。


情報を伝えた相手が。


消える?


違う。


名前だけ?


記憶だけ?


あるいは。


“七人目”を作ろうとしている?


ノアの背筋へ。


ゾッと。


悪寒が走る。


その時。


上。


天井から。


コツ。


小さな音。


ノアの目が。


一気に上を向く。


四階。


旧講義室。


アーク。


ルナ。


二人がいる。


いや。


いるはず。


ノアは立ち上がった。


「アーク!」


返事はない。


「ルナ!」


ない。


ノアの顔から。


血の気が引く。


エレノーラが叫ぶ。


「動くな!」


でも。


ノアは。


もう扉へ向かっていた。


レインが腕を掴む。


「待て!」


「上に二人いる!」


「だから待て!」


「離せ!」


「今のお前が上へ行って」


レインの赤い瞳が。


ノアを真っ直ぐ見る。


「二人の名前を忘れていたらどうする!」


ノアの身体が。


止まった。


頭の中。


アーク。


いる。


顔。


分かる。


声。


分かる。


盾。


馬鹿。


飯四皿。


全部。


ある。


ルナ。


いる。


声。


顔。


魔法。


紅茶。


昨日。


自分の手へ触れた。


全部。


ある。


でも。


それを確認したから。


本当にあると言える?


もし。


記憶そのものを。


偽物にされたら?


ノアの呼吸が。


浅くなる。


黒星が。


ドクン。


《蓄積値:464》


増える。


焦るな。


恐怖が。


黒星を育てる。


分かっている。


でも。


「……クソ」


ノアは目を閉じた。


考えろ。


記憶だけに頼るな。


記録。


今朝。


黒い記録帳。


《周囲:アーク、セシリア、ルナ》


書いた。


記録がある。


いや。


記録も改変される可能性。


でも。


今朝。


普通の紙にも書いた。


燃やした。


ない。


証拠が。


いや。


セシリア。


外。


馬車の確認へ行っている。


彼女へ確認。


だが。


部屋が封鎖されている。


外と接続できない。


ノアは一度深呼吸する。


「学院長」


エレノーラが見る。


「四階の二人と」


「最後に話したのは誰」


学院長は即答しない。


記憶を確認している。


「……私ではない」


レインが言う。


「俺も違う」


フィリウスは何も言わない。


ノアの頭が回る。


なら。


二人が存在することを。


この場の誰も直接確認していない?


待て。


さっき階段。


ノアとレイン。


アーク。


ルナ。


会話した。


レインもいた。


「レイン」


「ああ」


レインも気付く。


「俺も見た」


「二人いた」


共有記憶。


二人。


同じ幻覚の可能性。


でも。


低い。


さらに。


食堂の生徒。


アークが声を出して。


全員振り返った。


複数人が認識している。


なら。


完全に記憶だけではない。


少なくとも。


その時点では存在していた。


「上へ行く」


ノアは今度は静かに言った。


レインが止める。


「まだ」


「二人はいた」


「食堂で他の生徒も見てる」


「階段では俺とレインが同時に会話した」


「複数人の認識が一致してる」


「もし認識汚染なら」


「少なくともそこまでは遡ってない」


レインの目が細くなる。


ノアは続ける。


「今ならまだ」


「確認できる」


エレノーラが数秒考える。


そして。


「レイン」


「分かってる」


レインがノアの肩へ手を置く。


「一緒に行く」


ノアは頷く。


フィリウスが立ち上がる。


「私も」


「残れ」


エレノーラの声。


「だが」


「お前が発生源である可能性を否定できない」


フィリウスは。


反論できなかった。


白い右手。


その線は。


確かに動いた。


エレノーラが封鎖の一部だけを開く。


扉。


細い道。


ノアとレインだけが外へ出る。


「三十秒」


エレノーラが言う。


「それ以上は開けない」


「十分」


ノアが答える。


二人は走る。


廊下。


階段。


四階。


旧講義室。


扉。


閉まっている。


ノアが開ける。


「アーク!」


中。


誰もいない。


「……」


机。


埃。


窓。


使われていない部屋。


ルナもいない。


ノアの胸が。


強く締め付けられる。


「そんな」


レインが室内を見る。


「落ち着け」


ノアは音響管へ駆け寄る。


封鎖されている。


学院長が止めたまま。


誰も触っていない。


なら。


二人はここへ来ていない?


いや。


階段を上がった。


見た。


その後。


どこへ?


ノアは床を見る。


埃。


足跡。


ある。


二人分。


入口から。


室内へ。


そして。


奥。


窓際。


そこで。


消えている。


「レイン」


「見えてる」


足跡が。


途中で。


完全に。


消失している。


血もない。


争った跡もない。


転移術式も。


魔力痕も。


何も。


ノアの黒星が。


ドクンッ!!!


《蓄積値:467》


三つ。


一気に増える。


その瞬間。


頭の奥で。


声。


聞き覚えのない声。


でも。


どこか。


向こう側の銀色の存在に似ている。


『六』


ノアの身体が。


凍る。


レインが振り返る。


「どうした」


ノアは。


答えられない。


声が。


もう一度。


『あと一つ』


ノアの銀色の瞳が。


ゆっくり見開かれる。


そして。


誰もいないはずの教室。


一番奥の黒板に。


いつの間にか。


白い文字が浮かんでいた。


《七つ揃えば、門は開く》

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