第三章 星を見る者達 2
ノアが宿舎で軽く息を整えていると、廊下の外から微かに足音が響いた。軽やかだが、どこか緊張感のある歩き方。ノアはすぐに立ち上がり、扉の隙間から様子を伺う。白銀の髪が夜の光にかすかに揺れた。イリスだ。
「ノア・アルクライト、少し話がある」
廊下を歩きながら、彼女は止まらずに言う。声は静かで低く、しかし確実にノアの意識に届く。
「星教会……?」
「そう。学院の中にまで来た理由は一つ。貴方の力を観察するため」
ノアは眉をひそめる。観察?危険?だが何より、胸の奥で黒い星が小さく脈打っているのを感じた。無意識に、手をナイフの柄にかける。
「……俺の力が暴走するかもってこと?」
「その可能性もある。だから、直接確認が必要なの」
廊下の向こうで、セシリアの影がちらりと見えた。ノアの背後に立ち、無言で状況を見守っている。彼女の青い瞳が冷たく光る。
イリスは一歩前に出る。
「この人、まだ壊れていない。触れると危険だ」
ノアは少し笑うしかなかった。
「壊れる前提か」
「ええ。でも、まだ大丈夫」
その瞬間、学院の玄関ホールに低い唸り声が響く。学生たちがざわつき、視線が一斉にそちらへ集まる。ノアは自然と身体を前傾させる。黒い星が胸の奥で強く脈打った。
「……来たな」
イリスも身を固める。彼女の金色の瞳が鋭く光り、廊下全体を支配するようだ。
ホールの扉が勢いよく開き、数名の白ローブの人物が入ってくる。星教会の騎士たちだ。背筋を伸ばし、威圧感がある。ノアは無意識にナイフを握る。戦闘訓練以上に、心が張り詰める感覚だ。
「ノア・アルクライト、今日は私たちが監査に来た」
リーダー格の男がゆっくり歩み寄る。鋭い銀の刺繍入り外套。目は冷たく、だが正確にノアの存在を測っている。
「……監査?」
「そう。力の評価と、学院での動向確認だ」
周囲の学生達が息を潜める。アークも思わず立ち止まり、皿の肉を置いて注目する。セシリアは剣を軽く握り直し、ルナもノアの肩に手を置く。
「危険度は?」
イリスが微かに首を傾げる。
「高。星の力に触れた人間は、必ず何かを失う。制御できなければ……」
「……失う?」
「精神、意識、場合によっては肉体すら」
ノアは小さく笑う。冗談ではない。胸の奥で黒い星が確かに脈打つ。それは力であり、同時に呪いでもあった。
「……なら、壊れないようにやるしかないな」
イリスはしばらく沈黙した後、小さく頷いた。
「その覚悟があるなら、まだ観察対象としては安全だ」
その瞬間、玄関ホールの天井が光り、魔導障壁が展開される。学院内での戦闘規制とは異なる、星教会特有の強力な制御魔法だ。ノアは自然に身構える。黒い星の力が警告する。
「……やっと本格的に始まるな」
アークが小声で呟く。ルナが心配そうに視線を送る。セシリアは冷静だが、微かに口元を引き締めた。
ホールに入った星教会の騎士達が、ノアの周囲を包囲する。圧迫感が増す中、ノアは胸の奥で黒い星の鼓動を感じ、力を制御する集中を始める。意識を整え、冷静さを保つ。戦闘だけではない、これは頭脳戦でもあった。
「銀目、準備はいいか?」アークの声が背後から響く。
「いつでも」ノアは短く答えた。心の中で星の脈動を抑えつつ、次の瞬間に備える。
玄関ホールでの緊張感が最高潮に達し、黒星の脈動はさらに強くなる。ノアは無意識にナイフを握り直し、冷静に相手の動きを読み取る。学院生活の序章が終わり、ここからが本当の試練の始まりだった。




