第三章 星を見る者達 1
王立魔導学院での生活は、第九区でのんびり生きていたノアにとって、思った以上に重かった。朝は鐘で叩き起こされ、授業、実技、座学、魔導理論、騎士訓練……一日があっという間に過ぎる。昼休憩を挟んでも午後はまた授業が続く。第九区で生きていた頃のように「今日を生き延びればいい」という世界とは違い、ここでは全てが積み重なり、未来を作るための試練だった。
「……疲れた」
ノアは食堂の机に突っ伏し、重い息を吐く。周囲は学生たちの笑い声、話し声で賑やかだ。第九区の酒場のように無秩序ではない。秩序の中にある喧騒は、逆に神経に重くのしかかる。
ルナが向かいに座り、静かにスープを口に運ぶ。
「まだ三日目よ」
「もう限界だ」
「弱いな」
「授業が多すぎるんだよ……」
ノアは本気でげんなりした。戦闘訓練は問題ない。だが座学が厳しい。王国史、魔導理論、属性学、貴族法――どれも長く、眠気を誘う。教師たちは妙に真面目で、第九区のように「死ななければ何でもあり」が通じる世界ではない。
ルナが小さく言う。
「でも人気者よ」
ノアは顔をしかめた。
「嬉しくない」
実際、視線は自分に集中していた。銀目、第九区出身、変異種討伐経験者、セシリアと互角……噂はすでに学院全体に広がっている。
《蓄積値:61》
増える。視線の数だけ。ノアは額を押さえた。
「ほんとクソ仕様だ……」
ルナは微かに笑う。
「口が悪いわね」
「悪い環境で育ったんだ」
その時、遠くから大声が響く。
「銀目ぇぇ!!」
ノアは顔を伏せる。声の主はアークだ。大量の料理を抱え、豪快に歩いてくる。肉、パン、スープ……量が多すぎる。
「何その量」
「鍛えてるからな!」
「胃袋が……」
アークは笑いながら席に座る。周囲はざわつき、注目する。戦闘科二年の首席、学院でも有名な問題児だ。彼がノアに絡むのは珍しくない。
「今日の合同戦闘訓練、準備はいいか?」バルガス主任が低く声をかける。
ノアはナイフを握り直し、深呼吸する。周囲は列を整え、緊張が張り詰める。魔導障壁が微かに光り、戦場の空気が変わる。
ノアとセシリアは向かい合い、視線を読み合う。剣とナイフ、互いの動きは計算され尽くし、わずかな隙も許されない。観客席から息を飲む音が響く。
「行くぞ」
バルガスの合図で、訓練開始。セシリアが踏み込み、鋭い剣撃を放つ。ノアはナイフで弾き、身体をひねって後方へ飛ぶ。火花が散る。周囲は思わず後ずさる。
ノアは相手の重心、視線、意識の流れを読み、攻撃のタイミングを計算する。セシリアも冷静に加減しつつ攻めてくる。二人の戦いは、まるで高度な頭脳戦のようだ。観客席のざわめきが止まらない。
戦闘中、ノアは胸の奥に黒い何かが脈打つのを感じる。それは自分の認識を拡張する力の兆しであり、セシリアの意識に触れた瞬間、暴走しかけた。制御しなければならない。だが、興味と好奇心がそれを煽る。
「……もう少しだ」
ノアは自分に言い聞かせ、冷静を保つ。セシリアの青い瞳に映る真剣さを読み取り、攻撃の隙を見極める。互いの距離が詰まり、剣とナイフが交錯する。火花が散り、呼吸を忘れるほど集中する二人。
訓練終了の合図。ノアはナイフを下ろし、セシリアも剣を収める。観客席からは歓声と拍手。アークは拳を握り、興奮して声を上げる。ルナは安心した表情でノアを見つめる。
黒い星の脈動はまだ胸の奥で続く。観察者であるイリス・ヴェルディアの存在、星教会の介入が、今後の学院生活に大きな影響を与えることをノアは直感する。
夜、宿舎に戻るとノアはベッドに倒れ込む。ルナが静かに隣に座り、ホットミルクを差し出す。甘い香りで胸の奥を落ち着けながら、ノアは今日一日を思い返す。学院、セシリア、アーク、そしてイリス――誰一人として平凡な存在ではない。
「……明日も大変そうだな」
胸の奥で黒い星が脈打つ。ノアは目を閉じ、次に待つ試練に静かに覚悟を決めた。




