↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星喰らいの王  作者: のあずぅあーくぅ
47/54

第七章 黒星の残響 35

「向こう側は――」


「牢獄だ」


その一言は、地下通路に落ちた瞬間、空気の質を変えた。


誰もすぐには理解できなかった。


向こう側。


ノアが見た黒い世界。


巨大な目。


銀色の人影。


無数の侵食。


崩壊した都市。


それらは今まで、異界か、別世界か、あるいは化け物の巣のようなものだと思っていた。


だが老人は、世界ではないと言った。


牢獄だと。


アークが最初に口を開いた。


「牢獄って……誰を閉じ込めてるんだよ」


老人はしばらく答えなかった。


その目は、地下通路のさらに奥を見ている。


そこにある、まだ開いてはならない最初の門を。


「誰、ではない」


老人の声は低かった。


「何を、だ」


ルナが喉を鳴らす。


セシリアも剣を握り直していた。


レインは老人を見ている。


表情は変わらない。


だが、その赤い瞳の奥にだけ、わずかな緊張がある。


知っていたのか。


それとも、今初めて確信したのか。


ノアには分からなかった。


老人は続ける。


「三百年前、黒星災害の時代」


「我々はずっと勘違いしていた」


「黒星は、向こう側から来る災厄だと思っていた」


「門は、向こう側へ繋がる穴だと」


「そこまでは間違っていない」


老人は金属板の割れた欠片を握りしめる。


「だが、本質は逆だった」


「向こう側は、何かが外へ出るための場所ではない」


「何かを閉じ込めておくための場所だった」


ノアの胸の奥で黒星が脈打つ。


ドクン。


《蓄積値:459》


数字は増えない。


だが、黒星は反応していた。


まるで、その話を知っているみたいに。


老人はノアの反応に気づいたが、今は止まらなかった。


「かつて、この世界には黒星という現象は存在しなかった」


「魔法はあり、魔物もいた」


「だが、世界そのものを喰うような災厄はなかった」


「ある時、最初の門が開いた」


「そこから黒星が現れた」


アークが眉を寄せる。


「結局、向こうから来たんじゃねぇか」


老人は首を横に振る。


「違う」


「黒星は“逃げてきた”」


地下通路へ沈黙が落ちる。


ノアは思わず老人を見た。


「逃げてきた……?」


「そうだ」


老人は静かに頷く。


「向こう側に閉じ込められていた何かが」


「この世界へ届くために使った欠片」


「それが黒星だ」


その瞬間。


ノアの頭へ、巨大な目が浮かんだ。


あの圧倒的な存在。


見ただけで魂ごと削られるような視線。


銀色の人影。


そして、声。


『まだ早い』


『器は未完成だ』


ノアの背中へ冷たい汗が流れる。


黒星は力じゃない。


門でもない。


ただの呪いでもない。


向こう側にいる“何か”が、この世界へ干渉するための欠片。


もしそれが本当なら。


黒星を宿すということは。


自分の中に、その何かへ繋がる出口を持つということになる。


ルナが震える声で聞いた。


「じゃあ……ノアさんの中にある黒星も」


老人は顔を曇らせた。


「完全な本体ではない」


「だが、繋がっている」


「そして繋がりは、認識によって強くなる」


レインが静かに続けた。


「だから恐怖されるほど育つ」


老人は頷く。


「人々が黒星を怪物として認識する」


「黒星を恐れる」


「黒星を特別なものとして扱う」


「そのすべてが、向こう側との線を太くする」


ノアは拳を握った。


今までの全部が繋がっていく。


見られるほど増える。


恐れられるほど強くなる。


怪物だと思われるほど、怪物へ近づく。


だから、アークやルナたちの言葉で減った。


彼らはノアを黒星として見ていなかった。


ノアとして見ていた。


ドクン。


《蓄積値:458》


一つ減った。


ノアは小さく息を吐いた。


老人が目を細める。


「また減ったか」


ノアは頷いた。


「今、分かった気がする」


「黒星は、俺がどう見られるかで変わる」


「でもそれだけじゃない」


ノアは胸へ手を当てる。


「俺が自分をどう見るかでも、変わる」


老人は驚いたようにノアを見た。


レインもわずかに目を細める。


ノアは続ける。


「俺が自分を怪物だと思ったら、黒星はたぶん喜ぶ」


「俺が喰う側だと思ったら、もっと進む」


「でも」


ノアは仲間たちを見る。


「俺が俺だって思えるなら」


「少しだけ戻れる」


ルナが小さく頷く。


セシリアの表情が少しだけ柔らかくなる。


アークは笑った。


「じゃあ簡単だな」


ノアは眉を上げる。


「簡単?」


「お前が忘れそうになったら、俺らが言ってやる」


アークは盾を肩へ担ぎ直す。


半壊しているのに、まだ捨てない。


「お前は銀目のノアだってな」


ノアは一瞬黙った。


そして、小さく笑う。


「雑だけど、助かる」


「だろ」


地下通路の空気がわずかに緩む。


だが老人はその穏やかさに甘えなかった。


「だが、それだけでは足りない」


全員が老人を見る。


老人は厳しい表情で続ける。


「黒星は今後も成長する」


「喰星はお前を狙う」


「外の門を宿した存在も近づいている」


「そして、最初の門も目覚めた」


「この学院は、もう隠れ家ではない」


「戦場になる」


その言葉は重かった。


だが誰も否定できなかった。


地下通路の青白い封印術式はまだ輝いている。


けれど、それは永遠ではない。


最初の門を抑えているだけだ。


完全に閉じたわけではない。


レインが言う。


「必要なのは三つだ」


ノアが視線を向ける。


「一つ。ノア自身の黒星制御」


「二つ。封印機構の修復」


「三つ。外の門と喰星の動向把握」


エレノーラがそこへ口を挟んだ。


「なら四つ目もある」


全員が学院長を見る。


エレノーラの視線は鋭い。


「情報統制だ」


「この件が王国や星教会へ不用意に漏れれば、学院は政治の道具にされる」


「ノアも同じだ」


ノアはその言葉に少しだけ眉を寄せる。


政治。


王国。


星教会。


今までは遠い世界の話だった。


第九区の少年にとって、貴族も王国も、ただ上から踏みつけてくるものだった。


だが今は違う。


黒星を宿した自分は、その中心へ引きずり出される。


エレノーラは続ける。


「黒星を危険視する者は多い」


「利用しようとする者も多い」


「もし王国上層部が今日の詳細を知れば、お前は自由な生徒ではいられなくなる」


ルナの表情が強張る。


セシリアが静かに問う。


「学院長は、隠すつもりですか」


「隠し切ることは不可能だ」


エレノーラは即答した。


「だが、伝え方は選べる」


「真実を全て渡す必要はない」


レインが少しだけ笑う。


「学院長らしいな」


エレノーラはレインを睨む。


「貴様に言われる筋合いはない」


レインは肩を竦めた。


その二人の間には、どう見ても過去がある。


ノアはそれに気づいたが、今は聞かなかった。


聞くべき時ではない。


エレノーラは教師たちへ指示を出す。


「地下区画を第一封鎖」


「負傷者の搬送を優先」


「生徒への説明は、模擬戦中の地下魔力炉異常という扱いにする」


壮年の教師が目を見開く。


「学院長、それでは」


「異論は後で聞く」


その一言で教師は黙った。


エレノーラはさらに続ける。


「この場にいた者は全員、記憶封印契約へ署名してもらう」


「拒否は認めない」


アークが小声でノアへ囁く。


「こえぇな学院長」


ノアも小声で返す。


「正直、レインより怖い時ある」


「聞こえているぞ」


エレノーラの声。


二人は同時に黙った。


ルナが少しだけ笑いそうになり、慌てて口元を押さえる。


その小さなやり取りに、ノアの胸がわずかに軽くなる。


普通の時間。


こんな状況でも、まだそういうものが残っている。


それだけで、黒星の脈動が少し静かになった。


ドクン。


《蓄積値:457》


また減る。


ノアはそれを見て、確信を深めた。


恐怖ではなく。


日常。


信頼。


自分を人間として繋ぎ止めるもの。


それが黒星への対抗手段になる。


老人が静かに呟く。


「アルトよ」


「お前が探した答えは、ここにあるのかもしれないな」


ノアは老人を見る。


「アルトは仲間がいなかったのか」


老人は苦しそうに笑った。


「いた」


「いたはずだ」


「だが、彼は最後に全部遠ざけた」


「危険だからと」


ノアは黙る。


それは、自分もやりかけたことだった。


ルナへ近づくなと言った。


アークへ来るなと言った。


セシリアにも。


自分の危険へ巻き込まないために。


でもそれは、黒星から見れば都合がいい。


孤独になればなるほど、怪物へ近づく。


ノアは拳を握った。


「俺は、そうしない」


老人は頷いた。


「そうしろ」


「絶対に一人になるな」


その言葉には、三百年分の後悔が込められていた。


地下通路の奥で、青白い術式がまた光る。


それと同時に、最深部からわずかな振動が伝わってきた。


ゴン――。


最初の門。


また鳴った。


今度は、ノアだけではなく全員が聞いた。


エレノーラが目を細める。


「……どれほど保つ」


老人は術式へ手をかざす。


光の流れを読むように目を閉じる。


「封印機構は再起動した」


「だが完全ではない」


「術式の一部が欠損している」


「補修すれば一年」


「しなければ、数ヶ月」


「最悪の場合、さらに短い」


エレノーラは即断した。


「補修班を編成する」


「必要な資料は」


老人はゆっくりノアを見る。


「最深部手前の記録庫にある」


ノアの黒星が脈打つ。


ドクン。


《蓄積値:458》


老人は厳しい顔で言った。


「ただし、記録庫へ入るには黒星の認証が必要だ」


アークが眉を寄せる。


「つまりまた銀目かよ」


老人は頷く。


「だが最深部ではない」


「門へ近づきすぎるわけではない」


「それでも危険はある」


ノアは少し考えた。


記録庫。


アルトの研究。


封印機構の修復。


黒星の制御。


全部がそこに繋がっている。


行かない理由はない。


「行く」


ルナがすぐに言う。


「私も行きます」


セシリアも頷く。


「同行します」


アークが笑う。


「当然俺もだな」


エレノーラは四人を見た。


止めるべきか。


そう考えている顔だった。


だが、先ほどのノアの蓄積値の減少。


老人の話。


黒星は孤独を喰う。


それらを理解したのだろう。


エレノーラは静かに言った。


「許可する」


「ただし、学院側からも監視役を付ける」


レインが言う。


「俺が行く」


エレノーラが睨む。


「貴様を信用できる理由がない」


「俺以上に黒星を知る者がいるか」


「態度が気に入らん」


「それは知らん」


二人の空気が険悪になる。


ノアは小さくため息を吐いた。


「仲悪いな」


アークが頷く。


「絶対昔なんかあったな」


「聞こえている」


エレノーラの声に、二人はまた黙る。


老人が静かに笑った。


本当に久しぶりに笑ったような顔だった。


「不思議なものだ」


全員が老人を見る。


老人はノアたちを見渡しながら言う。


「三百年前、黒星の周囲には恐怖しかなかった」


「誰も近づきたがらなかった」


「誰も信じようとしなかった」


「だが今は」


老人の目が、ノア、アーク、セシリア、ルナを順番に見た。


「黒星の周りに、人がいる」


その言葉に、ノアは何も言えなかった。


黒星の周りに人がいる。


それは、ひどく当たり前のようで。


たぶん、とても大きな違いだった。


その時。


ノアの胸の奥で、黒星が静かに脈打つ。


ドクン。


《蓄積値:456》


さらに減った。


老人はその変化を見て、深く息を吐く。


「……やはり、そうか」


レインも頷く。


「方針は決まったな」


エレノーラが宣言する。


「本日より、ノア・アルクライトを中心とした黒星対策班を仮設する」


「構成員は、ノア、アーク、セシリア、ルナ」


「監督役としてレイン」


「地下管理官を顧問とする」


壮年の教師が驚いた顔をする。


「学院長、それはあまりにも急です」


「急がなければ死ぬ」


エレノーラは静かに言った。


「この学院も」


「王都も」


「おそらく、この国も」


誰も反論できなかった。


ノアはその言葉の重さを受け止める。


第九区の路地裏で生きていた自分が。


今は学院どころか、国の危機の中心にいる。


笑えるくらい現実味がない。


だが、逃げる気はなかった。


ノアは自分の右腕を見た。


黒い紋様。


薄れてはいる。


でも残っている。


消えない証。


自分がもう普通ではない証。


それでも。


「……やってやるよ」


ノアは小さく呟いた。


誰に言ったわけでもない。


黒星へ。


喰星へ。


向こう側へ。


そして自分へ。


「喰われる前に、こっちが使いこなしてやる」


黒星が脈打つ。


ドクン。


《蓄積値:456》


増えない。


ただ、静かに鳴った。


まるで返事のように。


地下通路の奥。


青白い封印術式が淡く光る。


そのさらに奥で、最初の門が沈黙している。


まだ開かない。


だが、目覚めている。


外には喰星がいる。


外の門も近づいている。


向こう側の銀色の存在も、ノアを認識した。


すべてはこれからだ。


けれど、ノアはもう一人ではなかった。


だから。


まだ負けていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。