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星喰らいの王  作者: のあずぅあーくぅ
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第七章 黒星の残響 34

学院長の言葉が地下通路へ静かに響いた。


「同じ過ちを繰り返す理由はない」


その一言で、空気が変わった。


教師たちは互いの顔を見合わせる。


誰も反論できなかった。


三百年前。


黒星災害。


その詳細は失われている。


だが、学院長ほどの立場なら知っていて当然だった。


だからこそ、その言葉には重みがある。


壮年の教師は拳を握ったまま俯く。


「……承知しました」


納得したわけではない。


それでも学院長の命令には従うしかない。


エレノーラは頷き、ゆっくりノアへ向き直る。


その視線は厳しい。


だが敵意ではない。


覚悟を量るような眼差しだった。


 


「ノア・アルクライト」


 


「はい」


 


「お前へ聞きたいことがある」


 


「答えられる範囲なら」


 


「喰星は何を話した」


地下通路が静まり返る。


レインが目を閉じる。


老人も静かに耳を傾けた。


ノアは記憶を辿る。


喰星との戦い。


巨大な目。


向こう側。


あの銀色の瞳。


そして最後の会話。


「……俺を次代の黒星って呼びました」


教師たちがざわつく。


エレノーラは表情を変えない。


「他には」


「黒星の本当の使い方を見せるって」


「それから」


ノアは少しだけ迷う。


思い出したくない言葉だった。


「俺を育てるみたいなことを言ってました」


老人が苦しそうに目を閉じる。


やはり。


その表情だった。


エレノーラは静かに尋ねる。


「殺すつもりだったか」


ノアは首を横へ振る。


「違うと思います」


「理由は」


「本気なら何度も殺せました」


ノアはゆっくり思い返す。


最初の一撃。


黒腕を止められた時。


床へ叩きつけられた時。


巨大な黒槍。


空間削除。


どれも。


一歩間違えば死んでいた。


だが。


全部、寸前で止まっていた。


「試されてた感じでした」


エレノーラは何も言わない。


ノアは続ける。


「あと」


「巨大な目が出た時」


「俺へ、見るなって言いました」


レインが小さく目を開く。


老人も顔を上げる。


「見るな……か」


ノアは頷く。


「あの時だけは」


「敵って感じじゃなかった」


「止めようとしてた」


地下通路へ長い沈黙が落ちる。


やがて老人が口を開いた。


「やはり……」


その声には震えがあった。


「まだ残っている」


アークが振り返る。


「何が」


老人は少しだけ笑った。


本当に少しだけ。


「アルトの心だ」


誰も喋らなかった。


老人は崩れた壁へ手を触れる。


指先が石の表面をゆっくりなぞる。


「アルトは誰より優しかった」


「誰より人を救いたかった」


「だから黒星へ手を伸ばした」


「だが」


老人はそこで言葉を切る。


「優しさだけでは、黒星には勝てなかった」


ノアはその言葉を胸の中で反芻する。


優しいだけでは駄目。


力だけでも駄目。


知識だけでも駄目。


全部必要なんだ。


だから喰星は、自分を試した。


もし本当に自分がアルトの続きなら。


その先へ行けるかを。


ドクン。


《蓄積値:458》


黒星が小さく脈打つ。


静かだ。


さっきまでとは違う。


まるで話を聞いているみたいだった。


ノアは胸の奥へ手を当てる。


「……お前も聞いてるのか」


当然、返事はない。


だが、不思議と嫌な感覚はなかった。


今までの黒星は飢えだけだった。


喰いたい。


壊したい。


向こう側へ帰りたい。


そんな衝動ばかりだった。


でも今は違う。


静かだった。


考えているようにも感じる。


レインがノアを見た。


「何か変化があったか」


「少しだけ」


「どんな」


ノアは言葉を探した。


うまく説明できない。


それでも。


「……さっきより」


「腹が減ってない」


地下通路へ静かな笑いが漏れた。


アークが吹き出す。


「なんだその表現」


「いや、本当にそんな感じなんだ」


「分かりやすいけどよ」


セシリアも少しだけ口元を緩める。


ルナはほっと息を吐いた。


だが。


レインだけは真剣だった。


「重要な変化だ」


全員の視線が集まる。


レインは続けた。


「黒星は飢えだ」


「飢え続ける」


「それが止まるということは」


老人が静かに引き継ぐ。


「満たされたか」


「あるいは」


「理性が勝ち始めた」


ノアはその言葉に引っかかった。


理性。


本当にそうなのだろうか。


いや。


少し違う気がした。


理性で押さえ込んだわけじゃない。


アークが笑って。


ルナが泣いて。


セシリアが剣を収めて。


みんなが、自分を怪物じゃなくノアとして見た。


その時だった。


黒星は静かになった。


つまり。


勝ったのは理性じゃない。


信頼だ。


ノアは小さく息を吐いた。


「……そういうことか」


老人が振り向く。


「気付いたか」


ノアは頷く。


「黒星は、一人じゃ勝てない」


地下通路が静まり返る。


ノアは続けた。


「俺は、自分一人の力で戻ってきたわけじゃない」


「みんながいたから戻れた」


アークが照れくさそうに頭を掻く。


「改めて言われると恥ずかしいな」


セシリアは静かに目を閉じる。


ルナは少しだけ笑う。


老人はその光景を見つめながら、小さく呟いた。


「アルト」


「お前が最後まで見つけられなかった答えは」


「案外、こんな単純なものだったのかもしれんな」


その時だった。


地下通路の最深部。


誰もいない暗闇の奥で。


ゴン――。


また扉が鳴った。


今度はさっきよりも少しだけ大きく。


全員が振り向く。


青白い封印術式が一瞬だけ強く輝く。


そして。


また静かになった。


老人は術式を見つめる。


「……急がなければならない」


その表情はさっきまでとは違っていた。


迷いがない。


三百年間、守るだけだった老人の目に。


初めて希望が宿っていた。


「ノア」


老人はゆっくり名前を呼ぶ。


「これから、お前へ伝えなければならないことがある」


「黒星のことですか」


「いや」


老人は静かに首を横へ振った。


「門の向こう側のことだ」


レインの赤い瞳が細くなる。


老人は続ける。


「お前たちは一つ、大きな勘違いをしている」


地下通路へ静寂が落ちた。


「向こう側は世界ではない」


「え……?」


ルナが小さく声を漏らす。


老人はゆっくり全員を見回す。


そして。


誰よりも真剣な表情で言った。


「向こう側は――」


「牢獄だ」


その一言で。


地下通路の空気が、再び凍りついた。

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