第七章 黒星の残響 30
「まだ開いてはならない最初の門が眠っている」
その言葉が落ちた瞬間。
地下通路の空気が変わった。
誰も、すぐには口を開けなかった。
アークが乾いた笑みを浮かべる。
「……いやいや、ちょっと待て」
「学院って勉強するとこだろ」
「なんで監獄なんだよ」
老人は静かに首を横へ振った。
「順番が逆だ」
「最初にあったのは監獄だ」
「学院は、その上へ建てられた」
ノアの背中へ冷たい汗が流れる。
今まで過ごしてきた学院。
笑って。
戦って。
仲間と訓練した場所。
その真下に。
三百年間、誰にも知られないまま封じられた“門”がある。
ドクン。
《蓄積値:454》
数字は変わらない。
だが、黒星は静かに脈打っていた。
まるで。
その門の存在を確かめるように。
レインが老人を睨む。
「その話を裏付ける証拠は」
老人は何も言わず、ローブの内側から一枚の古びた金属板を取り出した。
掌ほどの大きさ。
黒ずみ、縁は欠けている。
だが中央には、学院の校章によく似た紋章が刻まれていた。
違うのは、その下。
校章の中心へ、小さな黒い星が彫られている。
レインの表情が固まる。
「その紋章は……」
老人は静かに頷く。
「封印管理官の証だ」
「まだ残っていたとは」
「私だけが残った」
その言葉には、長い年月の重みがあった。
ノアは金属板を見る。
その瞬間。
黒星が反応した。
ドクン。
《蓄積値:455》
「っ……!」
ノアが眉を押さえる。
視界が揺れる。
金属板から、黒い線が伸びて見えた。
実際には存在しない。
だが、ノアには見える。
黒い線は地下深くへ。
学院のさらに下へ。
一本だけ、真っ直ぐ続いていた。
「……見える」
老人が目を細める。
「何が見える」
「黒い線だ」
ノアはゆっくり地下の奥を見つめる。
「ずっと下まで続いてる」
老人は深く息を吐いた。
「やはり、お前だけか」
レインが小さく舌打ちする。
「封印の導線か」
「その通りだ」
老人は頷く。
「歴代の管理官にも見えなかった」
「黒星を宿した者だけが見える道だ」
アークが頭を抱える。
「つまりさ……」
「銀目しか行けないってことか?」
「そうなる」
簡潔な返事だった。
ルナの表情が曇る。
「そんな……」
セシリアも静かに口を開いた。
「一人で行かせる気ですか」
老人は首を横へ振る。
「違う」
「行ってはいけない」
地下通路が静まり返る。
ノアが老人を見る。
「……どういう意味だ」
老人は少しだけ目を伏せた。
「黒星は門へ近づくほど成長する」
ドクン。
《蓄積値:455》
「今のお前なら、おそらく最深部へ辿り着ける」
「だが」
老人の声が低くなる。
「辿り着いた時、お前は門を開けたくなる」
ノアは息を呑んだ。
その感覚は。
もう知っていた。
裂け目を見た時も。
侵食核を喰った時も。
黒星は、常に“向こう側”を求めていた。
老人は続ける。
「黒星は門を嫌わない」
「帰りたがる」
その一言で。
ノアの脳裏へ、巨大な目が浮かんだ。
銀色の瞳。
喰星。
向こう側。
全部が一本の線で繋がる。
レインが静かに言う。
「だから歴代の継承者は全員失敗したのか」
老人は苦しそうに頷いた。
「封印を守るために選ばれ」
「封印へ辿り着き」
「最後は、自ら門を開いた」
アークが思わず息を呑む。
「それじゃ……」
「最初から詰んでんじゃねぇか」
老人は答えない。
その沈黙だけで十分だった。
ノアはゆっくり拳を握る。
黒い紋様はまだ消えていない。
胸の奥で黒星が静かに脈打つ。
ドクン。
《蓄積値:456》
一つ増えた。
ほんの少し。
門の話を聞いただけで。
ノアはその数字を見つめる。
そして、小さく呟いた。
「……だったら」
全員の視線が集まる。
ノアは真っ直ぐ老人を見た。
「歴代ができなかった方法を見つければいい」
老人の目が僅かに見開かれる。
ノアは続けた。
「門を開けずに」
「黒星にも負けずに」
「全部終わらせる方法を」
地下通路へ静かな決意が響いた。
その言葉を聞いたレインは、初めて小さく笑う。
「……その答えを探した人間を、一人だけ知っている」
ノアが振り返る。
「誰だ」
レインの赤い瞳が細くなる。
「三百年前、唯一黒星へ最後まで抗い続けた男だ」
老人の表情が一変した。
「待て」
「その名を口にするな」
しかしレインは視線を逸らさなかった。
静かに、その名を告げる。
「アルト・クロノス」
その名前が地下通路へ響いた瞬間。
老人が持っていた金属板に、一本の亀裂が走った。




