第七章 黒星の残響 29
老人の声は、地下通路の静寂へゆっくり溶けていった。
「……黒星の継承者が、本当に現れるとは」
ノアたちは誰も動かなかった。
この老人からは、喰星のような圧倒的な殺気は感じない。
だが。
それとは別の異様さがあった。
まるで、この場所を知り尽くしているような落ち着き。
老人は崩れた壁や黒く焦げた石畳を一つずつ眺める。
最後に閉じたミニゲートの跡へ視線を止め、小さく目を閉じた。
「遅かったか……」
その一言には、深い後悔が滲んでいた。
レインが一歩前へ出る。
赤い瞳は老人から逸らさない。
「名を名乗れ」
老人は静かに笑った。
「警戒するのも無理はない」
その笑みは穏やかだった。
だが、レインは警戒を解かない。
「答えろ」
数秒の沈黙。
やがて老人は軽く頭を下げた。
「私は、この学院の地下封印区画を管理していた最後の管理人だ」
地下通路へ空気が流れる。
アークが思わず声を上げた。
「管理人? 学院にそんな奴いたのかよ」
老人は苦く笑う。
「今の学院には記録すら残っていないだろうな」
「どういう意味だ」
「長い年月が経ったということだ」
老人はノアを見る。
銀色の瞳。
その奥で揺れる黒星。
老人の表情が少しだけ曇った。
「本当に宿ってしまったか」
ノアはゆっくり立ち上がる。
右腕にはまだ黒い紋様が残っている。
「……あんた、黒星を知ってるのか」
老人は頷いた。
「知っている」
短い返事だった。
だが、その声には確信があった。
「知っているどころではない」
老人は地下通路の奥を見る。
「私は三百年前、その災厄を見た」
全員が息を呑む。
アークが思わず口を開く。
「……三百年前?」
「冗談だろ」
老人は否定もしない。
肯定もしない。
ただ静かに言った。
「お前たちは黒星災害という名前だけを知っている」
レインの表情が変わる。
老人は続ける。
「だが、本当の黒星災害は歴史から消された」
ノアの胸がざわつく。
さっき見た光景。
黒い空。
崩壊した都市。
山のような死体。
あれは。
「……あれは本当にあったのか」
老人はゆっくり頷いた。
「一つの国が、一夜で消えた」
地下通路が静まり返る。
ルナの顔が青ざめる。
セシリアも剣を握る手へ力が入った。
「原因は一人だった」
老人はノアを見た。
「お前と同じ、黒星の継承者だ」
ドクン。
《蓄積値:453》
黒星が小さく脈打つ。
数字は増えない。
ノアはそのことへ少しだけ安堵した。
老人は気づいたように目を細める。
「……蓄積が見えているのか」
ノアは頷く。
「見える」
「なるほど」
老人は何かを納得したようだった。
「なら時間がない」
その瞬間。
レインが鋭く言う。
「待て」
老人が視線を向ける。
「なぜ今になって姿を現した」
その問いへ。
老人は少しだけ苦しそうな表情を浮かべた。
「封印が壊れたからだ」
「封印?」
「地下最深部には、一つの扉がある」
ノアの黒星が反応する。
ドクン。
《蓄積値:454》
一つ増えた。
嫌な予感。
老人はその変化を見逃さなかった。
「やはりか」
「何が」
ノアが問い返す。
老人はゆっくり答える。
「黒星は扉を感じ取る」
地下通路の空気が重くなる。
「この学院は、ただの学院ではない」
老人は崩れた石畳へ杖を突いた。
コン、と乾いた音が響く。
「三百年前、最初の黒星を封じるために建てられた監獄だ」
その言葉に。
レインですら、僅かに目を見開いた。
「……なんだと」
老人は静かに頷く。
「お前たちが学んでいた校舎の真下には」
一拍置いて。
「まだ開いてはならない最初の門が眠っている」




