第七章 黒星の残響 27
何かが笑った。
巨大な目の奥。
無数の瞳が浮かぶ闇のさらに向こう側。
そこから。
確かに笑い声が聞こえた。
クツクツ、と。
喉を鳴らすような笑い。
地下通路の空気が震える。
ルナが耳を塞いだ。
「っ……!」
アークの顔も歪む。
ただ聞こえただけなのに。
頭の奥を直接掻き回されるみたいだった。
セシリアですら膝をつきかける。
レインだけが歯を食いしばっていた。
「出てくるな……!」
その声には焦りが混じっていた。
ノアは巨大な目を見上げる。
黒星が暴れている。
ドクン。
《蓄積値:449》
目の奥。
闇の向こう。
何かがいる。
とてつもなく巨大な存在が。
その時。
闇の中で。
銀色の光が灯った。
瞳。
また瞳だ。
だが今度は違う。
目じゃない。
人型。
闇の中に、誰かが立っている。
銀色の長髪。
黒い外套。
そして。
銀色の瞳。
喰星が息を止めた。
レインの顔色も変わる。
「……嘘だろ」
ノアの黒星が激しく脈打つ。
ドクンッ!!!
《蓄積値:450》
その瞬間。
人影がこちらを見た。
たったそれだけ。
なのに。
地下通路全体へ圧力が落ちる。
アークが膝をつく。
セシリアも耐えるので精一杯だった。
ルナは完全に動けない。
ノアだけが、その存在を見続ける。
見てはいけないと分かっているのに。
目を離せない。
人影が口を開いた。
『まだ早い』
声。
静かだった。
なのに。
世界そのものへ響いているみたいだった。
『その器は未完成だ』
ノアの呼吸が止まる。
器。
まただ。
前にも聞いた。
黒星の中の存在が言っていた。
“器”。
ドクン。
《蓄積値:452》
人影の銀の瞳が細まる。
『だが』
その瞬間。
視線がノアへ向く。
正確には。
ノアの胸。
黒星へ。
『面白い』
ゾワッ――。
全身の毛が逆立つ。
喰われる。
本能が叫ぶ。
目の前の存在は危険だ。
喰星なんて比べものにならない。
レインですら小さく後退していた。
その時だった。
喰星が前へ出た。
銀色の瞳。
真っ直ぐ人影を見る。
「戻れ」
地下通路へ沈黙が落ちる。
喰星は続けた。
「今はまだその時じゃない」
闇の向こうの人影が笑う。
『お前が決めるのか』
「決める」
喰星は即答した。
初めて見せる強い感情。
怒りに近いもの。
『傲慢だな』
「知っている」
人影の笑みが深くなる。
その瞬間。
巨大な目が一斉に開いた。
地下通路が悲鳴を上げる。
ドクンッ!!!
《蓄積値:455》
ノアの黒星が暴走しかける。
黒い影が溢れ出す。
まずい。
理性が削られる。
意識が持っていかれる。
ノアは歯を食いしばった。
負けるな。
ここで飲まれたら終わりだ。
その時。
アークの声が聞こえた。
「銀目!!」
振り返る。
アークが立っている。
傷だらけで。
血まみれで。
それでも。
真っ直ぐノアを見ていた。
「戻ってこい!!」
たった一言。
だが。
それだけで。
ノアの意識が現実へ引き戻される。
学院。
仲間。
日常。
全部が頭へ浮かぶ。
ドクン。
《蓄積値:454》
初めて減った。
レインの目が見開かれる。
喰星も気づく。
ノア自身も驚いた。
減った。
黒星の蓄積値が。
その瞬間。
闇の向こうの人影が目を細めた。
『なるほど』
銀色の瞳。
静かな笑み。
『そういう器か』
そして。
人影がゆっくり手を上げる。
巨大な目が閉じ始めた。
闇が引いていく。
向こう側が遠ざかる。
地下通路の圧力が少しずつ消えていく。
喰星が黙って見送る。
レインも動かない。
そして。
最後に。
人影の銀の瞳がノアを見た。
『次に会う時を楽しみにしている』
その言葉を残して。
闇が閉じた。
巨大な目が消える。
ミニゲートが縮む。
静寂。
地下通路へ雨音だけが残った。
だが。
誰も安心していなかった。
なぜなら。
人影が消える直前。
ノアだけが見てしまったからだ。
その銀色の瞳の奥に。
自分と同じ“黒星”が宿っているのを。




