第七章 黒星の残響 20
地下通路へ、重い沈黙が落ちる。
雨音だけが遠く響いていた。
ノアは立ったまま、自分の右腕を見る。
黒い影。
黒星。
脈打つ侵食。
もう見慣れたはずなのに、今はまるで別の生き物みたいだった。
ドクン。
《蓄積値:309》
また増える。
止まらない。
レインが低く言った。
「時間がない。本格的に定着する前に封じる」
アークが眉を寄せる。
「その“封じる”ってのは、具体的にどうすんだ」
「黒星を強制的に沈める」
「だからそれは聞いた!」
レインは地下通路の奥を見る。
暗闇。
侵食の残滓。
崩れた壁。
そして、ノア。
「本来、黒星は人間に宿るものじゃない」
「……」
「だから定着前なら、“境界”を閉じられる」
ノアが目を細める。
「境界?」
レインは頷く。
「今のお前は、人間と向こう側の中間にいる状態だ」
ドクン。
《蓄積値:310》
黒星が脈打つ。
その言葉に反応したみたいに。
ノアの頭へ、また情報が流れ込む。
境界。
門。
侵食。
喰らう者。
『第二位階』
頭痛。
ノアが眉を押さえる。
「っ……!」
ルナが心配そうに前へ出る。
「大丈夫ですか……!?」
「近づくな」
即答だった。
ルナの足が止まる。
ノア自身、一番分かっていた。
今の自分は危険だ。
理性が薄い。
飢えが近い。
少しでも気を抜けば、黒星が全部持っていく。
ドクン。
《蓄積値:312》
黒い影が床を這う。
アークが舌打ちした。
「クソ、ほんとヤバそうじゃねぇか……」
セシリアは静かに剣を握っていた。
もしノアが完全に暴走したら。
たぶん、自分たちで止めるしかない。
その覚悟をしている顔だった。
ノアはそれに気づいて、小さく笑う。
「……その顔やめろ」
セシリアの目が揺れる。
「え?」
「今にも斬りかかりそうな顔」
「必要なら斬ります」
即答。
だが、その声は少し震えていた。
ノアは苦笑する。
「正直で助かるよ」
その時だった。
ズ……ン。
地下通路が揺れた。
全員の顔が変わる。
レインが即座に後ろを振り向く。
「まだ残っていたか」
暗闇の奥。
侵食線が再び蠢き始めていた。
消えたはずの黒い線。
それが、壁の隙間から滲み出るように広がっている。
ドクン。
《蓄積値:315》
ノアの黒い瞳が細くなる。
見える。
侵食の流れ。
中心。
奥だ。
もっと深い場所。
レインが低く呟く。
「地下最深部……」
アークが顔をしかめる。
「まだ核があんのかよ」
「違う」
レインの声が重くなる。
「これは残滓じゃない」
その瞬間。
地下通路の奥から、“音”が聞こえた。
カツン。
カツン。
足音。
ゆっくり。
静かに。
だが、異常な圧力。
空気が変わる。
ノアの黒星が激しく脈打った。
ドクンッ!!
《蓄積値:320》
悪寒。
本能が叫ぶ。
“ヤバい”。
レインの赤い瞳が鋭くなる。
「全員下がれ」
アークが振り返る。
「は?」
「来るぞ」
次の瞬間。
地下通路の奥の闇が、ゆっくり割れた。
そこから現れたのは――人影だった。
黒いローブ。
長い髪。
細い身体。
そして。
銀色の瞳。
ノアの呼吸が止まる。
同じだ。
自分と。
いや。
もっと深い。
もっと暗い銀。
人影はゆっくりこちらを見る。
その瞬間。
ノアの黒星が、歓喜するみたいに脈打った。
ドクンッ!!!
《蓄積値:330》
ノアの膝が崩れそうになる。
頭へ膨大な情報が流れ込む。
向こう側。
黒星。
王。
災害。
そして――。
“同類”。
レインの顔色が変わった。
「……ありえない」
人影が、静かに口を開く。
「見つけた」
低い声。
だが。
地下通路全体へ響く。
人影の銀色の瞳が、真っ直ぐノアを見ていた。
「次の黒星を」




