第七章 黒星の残響 18
「銀目!!」
アークの怒声が地下通路へ響く。
だが、ノアは止まらない。
黒い瞳。
黒腕。
溢れ出す影。
もう完全に別の生き物みたいだった。
ドクン。
《蓄積値:282》
黒星が脈打つたび、地下通路の空気が重くなる。
レインが後ろへ跳ぶ。
その直後。
ノアの黒腕が空間を抉った。
ズガァンッ!!
壁が消し飛ぶ。
爆発じゃない。
“削り取られている”。
レインの空間干渉を、黒星が模倣し始めていた。
「チッ……!」
レインが初めて焦りを露わにする。
速い。
しかも学習している。
このまま蓄積が進めば、本当に手が付けられなくなる。
ノアが地面を蹴る。
残像。
次の瞬間にはレインの懐。
黒腕が振り抜かれる。
ギィィィンッ!!
空間障壁。
衝突。
衝撃波。
地下通路の天井へ亀裂が走る。
アークが顔を引きつらせる。
「おいおいおい!? 地下崩れるぞ!!」
セシリアが剣を構えながら低く言う。
「今はそれどころじゃありません」
ルナは青ざめたままノアを見ていた。
違う。
戦っているのはノアなのに、“ノアじゃない”。
それが怖かった。
ドクン。
《蓄積値:285》
ノアの口元が歪む。
「逃げるのか?」
声が低い。
重い。
まるで複数の声が混ざっているみたいだった。
レインが赤い瞳を細める。
「意識はまだ残っているな」
「……喰えば、分かる」
ノアの黒腕が蠢く。
空腹。
飢え。
黒星がレインを狙っていた。
いや。
正確には、“レインの力”を。
レインは理解する。
黒星は侵食だけじゃない。
“情報”を喰う。
見た力。
触れた力。
認識した概念。
全部を取り込もうとしている。
だから。
空間干渉まで再現し始めている。
レインの顔が険しくなる。
「本当に最悪だな……」
その瞬間。
ノアが再び消えた。
速い。
今度はさっきよりさらに。
黒い影が一直線に走る。
レインは咄嗟に空間を歪めた。
だが。
バキィッ!!
「っ!?」
障壁が砕ける。
レインの目が見開かれる。
ノアの黒腕が、空間干渉そのものを喰い破った。
「はは……」
ノアが笑う。
「見える」
その瞳。
完全に危険だった。
黒星が、情報を理解し始めている。
ドクン。
《蓄積値:290》
レインの背筋へ悪寒が走る。
ここで止めないと終わる。
学院どころじゃない。
この街全体が、“第二の黒星災害”になる。
レインが右手を掲げた。
赤黒い魔力が溢れ出す。
地下通路の空間そのものが軋んだ。
アークが息を呑む。
「おい……なんだアレ」
セシリアの額へ汗が浮かぶ。
圧力。
ただ魔力を放出しているだけなのに、呼吸が苦しくなる。
レインの赤い瞳が、真っ直ぐノアを捉える。
「これ以上進めば、本当に戻れなくなるぞ」
ノアは笑う。
「……だから?」
レインの顔が僅かに歪む。
間に合っていない。
理性が削れている。
ドクン。
《蓄積値:295》
ノアの周囲へ、黒い影が渦を巻く。
地下通路の侵食残滓が、全部ノアへ吸い寄せられていた。
喰っている。
残った侵食を。
空間を。
情報を。
全部。
ルナが震える声を出す。
「ノアさん……」
その声。
ほんの一瞬。
ノアの瞳が揺れた。
銀色が戻りかける。
だが。
次の瞬間。
黒星が脈打つ。
ドクンッ!!!
《蓄積値:300》
その瞬間だった。
地下通路の空気が、変わった。
静寂。
黒い影が、一斉に止まる。
ノアの動きも止まった。
全員の背筋へ悪寒が走る。
レインの顔色が変わる。
「……到達したか」
ノアがゆっくり顔を上げる。
瞳。
右だけが、完全な黒へ変わっていた。
その中へ。
銀色の“星”が浮かんでいる。
ゾワッ――。
見た瞬間、本能が警告する。
危険。
それを見てはいけない。
レインが低く呟く。
「黒星第二位階――“星喰”」
ノアの黒い瞳が、ゆっくり全員を見る。
アーク。
セシリア。
ルナ。
最後に、レイン。
その視線だけで空気が重くなる。
そして。
ノアは、小さく笑った。
「……腹、減った」




