第七章 黒星の残響 17
右腕の黒い影が、一気に膨れ上がる。
ズズズ……と。
生き物みたいな音を立てながら、ノアの腕を覆っていく。
地下通路の空気が震えた。
ルナが息を呑む。
「な、に……」
アークも言葉を失っている。
黒い影はただ広がっているんじゃない。
“形”を作っていた。
腕。
爪。
甲殻。
まるで黒い獣の腕みたいに。
レインの赤い瞳が細まる。
「……黒腕化」
ノアは膝をついたまま、右腕を押さえ込む。
熱い。
いや、違う。
これは“飢え”だった。
喰いたい。
もっと。
侵食を。
向こう側を。
全部。
ドクン。
《蓄積値:260》
ノアの頭へ情報が流れ込む。
第二段階。
侵食適応。
黒腕。
捕食。
同化率。
意味の分からない単語が、次々脳内へ叩き込まれる。
「っ、ぁ……!!」
頭が割れそうだった。
その瞬間。
黒い腕が、勝手に動いた。
ズバンッ!!
地下通路の壁を貫く。
轟音。
石壁が紙みたいに吹き飛んだ。
アークが顔を引きつらせる。
「おいおいおい……」
セシリアの表情も固まっていた。
あの硬い地下壁を、素手で貫通した。
人間の力じゃない。
ノア自身も理解していた。
だからこそ、余計に寒気がした。
「ふざ、けんな……!」
ノアは黒い腕を無理やり押さえ込もうとする。
だが、止まらない。
黒星が歓喜している。
ドクン。
《蓄積値:265》
視界が歪む。
地下通路が、別の世界みたいに見え始める。
侵食線。
残滓。
人間。
全部が“情報”として見える。
レインがゆっくり前へ出た。
「黒星持ち」
ノアは睨み返す。
「近づくな」
「それ以上進めば戻れなくなる」
「うるさい……!」
黒い腕が暴れる。
床を抉る。
石片が飛び散る。
ルナが青ざめながら叫ぶ。
「ノアさん!!」
その声。
ほんの一瞬。
ノアの意識が戻る。
銀色の瞳が揺れた。
だが。
次の瞬間。
黒星が脈打つ。
ドクンッ!!
《蓄積値:270》
ノアの視界へ、また知らない景色が流れ込む。
黒い空。
崩壊した都市。
巨大な星。
その下で、無数の“黒腕の化け物”が人を喰っていた。
そして。
その中心。
銀の瞳。
“王”。
ノアの呼吸が止まりかける。
理解したくない。
だが黒星が無理やり理解させてくる。
これは未来じゃない。
過去だ。
黒星災害。
レインが言っていた“旧時代”。
その時に起きた光景。
「っ……!!」
ノアが頭を押さえる。
その瞬間。
黒い腕が、一気にルナへ伸びた。
「っ!?」
ルナの顔が青ざめる。
だが。
ギィィンッ!!
セシリアが割り込んだ。
剣で黒腕を受け止める。
火花。
だが、セシリアの表情が歪む。
重い。
黒腕の力が異常だった。
ノアが目を見開く。
「やめ……!」
黒腕は止まらない。
まるでノアの理性と別で動いているみたいに。
レインが低く呟いた。
「捕食衝動が暴走している」
アークが怒鳴る。
「ならどうすりゃいい!?」
レインは数秒黙る。
そして。
「殴ってでも止めるしかない」
「はぁ!?」
その瞬間。
ノアの黒い瞳が、ゆっくりレインを見た。
ゾワッ――。
地下通路の空気が変わる。
レインですら、一瞬だけ息を止めた。
黒星が脈打つ。
ドクン。
《蓄積値:275》
ノアの口元が、僅かに歪む。
笑っていた。
だが。
それはノアの笑い方じゃなかった。
「……美味そうだな」
空気が凍った。
アークたちの顔色が変わる。
レインの赤い瞳が鋭くなる。
「マズい――」
その瞬間。
ノアが消えた。
轟音。
地下通路の床が砕ける。
次の瞬間には、レインの目の前。
速すぎる。
アークですら反応できなかった。
ノアの黒腕が、レインへ振り下ろされる。
ギィィンッ!!!
空間が軋む。
レインの周囲へ赤黒い障壁が展開される。
衝突。
地下通路が揺れた。
レインの目が見開かれる。
「この状態で空間干渉まで……!?」
ノアは止まらない。
黒い影が周囲へ溢れ出す。
床。
壁。
天井。
全部へ侵食みたいに広がっていく。
アークが歯を食いしばる。
「銀目!! 戻ってこい!!」
ノアは反応しない。
黒い瞳のまま、レインを見ている。
完全に獲物を見る目だった。
ドクン。
《蓄積値:280》
黒星が歓喜する。
まるで。
“次を喰え”と言うみたいに。




