第七章 黒星の残響 16
「――喰う」
その瞬間。
ノアの右腕から溢れた黒い影が、一気に膨れ上がった。
地下通路の空気が震える。
怪物が初めて“恐怖”みたいな反応を見せた。
無数の目が、一斉にノアを見開く。
だが、遅い。
ノアは核へ手を突っ込んだ。
ズブッ――。
嫌な感触。
脈打つ肉。
黒い侵食線。
それら全部を掴み取る。
怪物が絶叫した。
地下通路全体が揺れる。
壁が砕け、天井から石片が落ちる。
だが、ノアは止まらない。
ドクン。
《蓄積値:230》
黒星が歓喜していた。
右腕の黒い影が、核へ噛みつく。
ギチギチ、と。
生き物を食い千切るみたいな音。
怪物の身体中を走っていた侵食線が、一斉にノアの腕へ吸い込まれていく。
レインの顔色が変わる。
「おい、やめろ……!」
だが、ノアには届かない。
視界が黒い。
頭の中へ、膨大な情報が流れ込んでいる。
向こう側。
侵食。
黒い星。
そして。
“銀の瞳”。
ノアは息を呑む。
まただ。
また見える。
黒い世界の中。
巨大な黒星を見上げる“銀目の何か”。
人間じゃない。
化け物。
なのに――。
どこか、自分に似ていた。
ドクン。
《蓄積値:235》
怪物が崩れ始める。
無数の腕が灰になり、侵食線が消えていく。
地下通路を覆っていた黒い線も、次々と光を失い始めた。
ルナが息を呑む。
「消えてる……」
セシリアの目は、怪物ではなくノアを見ていた。
いや。
正確には、“ノアの右腕”。
黒い影が蠢いている。
まるで意思を持っているみたいに。
アークが血を流しながら苦笑する。
「……銀目、お前ほんと人間か?」
ノアは答えない。
答えられない。
今、自分が何をしているのか、自分でも分からなかった。
ただ。
黒星が、異常なほど満たされていく感覚だけがある。
ドクン。
《蓄積値:240》
その瞬間。
怪物の身体が、完全に崩壊した。
黒い灰になって消えていく。
地下通路の侵食線も、一気に薄れていった。
静寂。
雨音だけが遠く響いている。
終わった。
誰もがそう思った。
だが。
レインだけは険しい顔をしていた。
「……まずいな」
ノアが顔を上げる。
「何が」
レインはノアの右腕を見ていた。
「侵食を喰いすぎた」
ノアは眉を寄せる。
その瞬間だった。
右腕が、脈打った。
ドクンッ!!
《蓄積値:250》
「っ……!?」
激痛。
ノアが膝をつく。
右腕の黒い影が暴れ始めた。
まるで身体の中へ入り込もうとしているみたいに。
「銀目!?」
アークが顔を変える。
ノアの右腕。
黒い侵食線が浮かび上がっていた。
セシリアが目を見開く。
「侵食……!?」
レインが舌打ちする。
「違う」
「え?」
「侵食じゃない」
レインの赤い瞳が細くなる。
「黒星が進化しかけてる」
地下通路の空気が凍った。
ノアは息を荒げる。
右腕が熱い。
痛い。
脈打つたび、知らない情報が頭へ流れ込んでくる。
黒い世界。
門。
侵食。
星。
そして。
“喰った者”。
『もっと喰え』
声。
黒星の奥から。
『それでは足りぬ』
「黙れ……!」
ノアが低く唸る。
その瞬間。
黒い影が、一気に広がった。
ズルッ――。
床を這う。
地下通路の壁へ伸びる。
アークたちが後退る。
本能的に分かった。
危険だと。
ノアの瞳。
銀色の中へ、黒が広がっている。
レインが低く呟く。
「……ここが境界か」
「何言って……」
ルナの声が震える。
レインはノアから目を逸らさず言った。
「黒星持ちは、一定以上喰えば“向こう側”へ近づく」
ノアの呼吸が乱れる。
ドクン。
《蓄積値:255》
黒星が歓喜していた。
まるで、あと少しで何かへ届くみたいに。
その時。
ノアの脳裏へ、知らない言葉が流れ込んだ。
『第二段階解放条件、到達』
ノアの思考が止まる。
次の瞬間。
右腕の黒い影が、一気に形を変え始めた。




