第七章 黒星の残響 15
「再生する前に全部喰えばいい」
その言葉が地下通路へ響いた瞬間、空気が変わった。
アークの顔が引きつる。
セシリアの目が細まる。
ルナは息を呑んだまま、ノアを見ていた。
今の声。
あまりにも冷たかった。
まるで、人間じゃないみたいに。
ドクン。
《蓄積値:207》
黒星が脈打つ。
ノアの銀色の瞳へ、黒が滲んでいく。
レインが低く呟いた。
「……まずいな」
怪物が咆哮する。
地下通路が揺れる。
無数の腕が、一斉にノアへ襲い掛かった。
速い。
普通なら避けきれない。
だが。
ノアには全部見えていた。
侵食線。
重心。
未来軌道。
全部。
ノアの身体が滑るように動く。
最小動作。
必要最低限。
腕と腕の隙間を抜ける。
死角へ潜る。
ザンッ!!
短剣が侵食線を断つ。
怪物が絶叫した。
黒い液体が飛び散る。
だが、その傷口から再び侵食線が伸び始める。
再生。
ノアは笑った。
「遅い」
ドクン。
《蓄積値:210》
黒い影が、ノアの右腕へ絡みつく。
まるで生きているみたいに。
そのまま侵食線へ噛みついた。
ギチギチ、と。
嫌な音。
怪物の再生速度が落ちる。
レインの赤い瞳が見開かれる。
「直接喰っているのか……!」
ノア自身、理解していなかった。
だが感覚だけは分かる。
黒星が、“侵食そのもの”を食事みたいに取り込んでいる。
怪物が暴れる。
通路の壁が砕ける。
石片が飛び散る。
だがノアは止まらない。
視界の中で、怪物の核だけが鮮明に光っていた。
胸部中央。
無数の侵食線が集まる場所。
ドクン。
《蓄積値:212》
ノアが地面を蹴る。
真正面。
一直線。
怪物の目が一斉にノアを見る。
その瞬間。
悪寒。
空間そのものが歪んだ。
「っ――!」
ノアは反射で身体を捻る。
直後。
今までいた場所が“消えた”。
地下通路の床ごと。
アークが叫ぶ。
「おいおいおい!? 今のレインと同じ……!」
レインの表情が険しくなる。
「侵食が空間削除を模倣し始めたか」
ノアの背筋へ冷たい汗が流れる。
マズい。
学習している。
怪物が、黒星やレインの力を取り込み始めている。
ドクン。
《蓄積値:215》
その瞬間。
ノアの頭へ、新しい情報が流れ込んだ。
侵食核。
模倣。
吸収。
“進化”。
ノアの目が細くなる。
「……だから喰うのか」
レインが反応する。
「何が見えた」
ノアは答えない。
いや、答える余裕がない。
黒星が情報を流し込み続けてくる。
頭が焼けそうだった。
だが。
理解できる。
この怪物は、“情報”を食って強くなる。
なら。
核ごと消せばいい。
ノアは短剣を握り直す。
その時だった。
怪物の無数の目が、一斉にルナを見た。
ゾワッ――。
嫌な予感。
「ルナ!!」
ノアが叫ぶ。
だが遅い。
怪物の腕が爆発的な速度で伸びた。
槍みたいに鋭く変形している。
一直線。
ルナへ。
ルナの顔が青ざめる。
避けられない。
その瞬間。
アークが飛び込んだ。
轟音。
盾が砕ける。
「がっ……!!」
アークの身体が吹き飛ぶ。
血が飛び散った。
「アーク!!」
ルナの悲鳴。
怪物が追撃しようと動く。
だが。
その前に、ノアがいた。
空気が凍る。
ノアの瞳。
銀色の中へ、黒が広がっていた。
怒り。
殺意。
黒星の歓喜。
全部が混ざっている。
ドクンッ!!!
《蓄積値:220》
地下通路が震えた。
黒い影が、ノアの周囲へ溢れ出す。
アークが痛みに顔を歪めながら呟く。
「おい銀目……その顔……」
ノアは答えない。
怪物だけを見ていた。
視界の中で、侵食線がハッキリ見える。
どこを断てば崩れるか。
どこを喰えば止まるか。
全部。
分かる。
怪物が咆哮した。
無数の腕が振り下ろされる。
だが。
ノアは避けなかった。
真正面から踏み込む。
「っ!?」
レインの目が見開かれる。
普通なら死ぬ。
だが、ノアの右腕から伸びた黒い影が、怪物の腕へ食らいついた。
ギチギチギチッ!!
侵食線を喰う。
無理やり引き裂く。
怪物が絶叫する。
ノアはそのまま核へ飛び込んだ。
短剣を逆手に持つ。
狙いは中心。
核。
ドクン。
《蓄積値:225》
黒星が、歓喜する。
ノアの口元が僅かに歪んだ。
「――喰う」




