第七章 黒星の残響 14
レインの赤い瞳が、じっとノアを見つめている。
地下通路へ落ちる雨音だけが響いていた。
ノアは荒い呼吸を繰り返す。
頭が痛い。
右腕が熱い。
胸の奥の黒星が、異常なほど脈打っていた。
ドクン。
《蓄積値:196》
また増える。
止まらない。
「……気持ち悪ぃ」
ノアが小さく吐き捨てる。
侵食核を喰った瞬間から、身体の感覚が変わっていた。
暗闇が“見える”。
侵食線の流れが分かる。
地下通路全体へ広がる黒い残滓も、どこへ繋がっているのか直感的に理解できた。
まるで黒星が、世界そのものへ根を張り始めているみたいだった。
アークが壁にもたれながら笑う。
「いや笑えねぇけどよ……マジで倒しちまったな」
セシリアは剣を収めることなく、まだ周囲を警戒していた。
「終わっていません」
その声と同時。
ズ……ン。
地下通路が揺れた。
全員の表情が変わる。
ルナが青ざめる。
「まだ……!?」
ノアはゆっくり顔を上げた。
黒星が反応している。
ドクン。
《蓄積値:198》
嫌な予感。
その時。
地下通路のさらに奥。
真っ暗な通路の先で、“何か”が動いた。
重い音。
ゆっくり。
だが、確実に近づいてくる。
レインの顔から、僅かに余裕が消える。
「……嘘だろ」
ノアが目を細めた。
「なんだ」
レインは答えない。
ただ、暗闇を睨んでいる。
やがて。
ソレが現れた。
巨大だった。
地下通路の天井へ頭が届きそうなほど。
黒い外殻。
歪んだ人型。
無数の腕。
そして、身体中に浮かぶ“目”。
「っ……」
ルナが息を呑む。
アークですら言葉を失った。
化け物。
そうとしか言えない。
それはゆっくり通路を進んでくる。
ズズ……と。
侵食線を撒き散らしながら。
ノアの黒星が激しく脈打った。
ドクンッ!!
《蓄積値:200》
瞬間。
視界が変わる。
世界が黒く染まり、無数の情報が流れ込んできた。
名前。
構造。
侵食率。
そして――。
“喰える場所”。
ノアの呼吸が止まりかける。
分かってしまった。
この怪物の中心。
核の位置。
どう殺せばいいか。
全部。
「おい……銀目?」
アークが顔をしかめる。
ノアの様子がおかしい。
瞳。
銀色が、黒く滲み始めていた。
レインの赤い瞳が鋭くなる。
「……侵食適応が進みすぎている」
「は?」
「そいつはもう、侵食情報を理解し始めてる」
ノアは聞いていなかった。
視界の全てが“情報”へ変わっている。
怪物の筋肉。
侵食線。
核。
動き。
未来予測。
全部が流れ込む。
頭がおかしくなりそうだった。
なのに。
異常なほど冷静だった。
ドクン。
《蓄積値:203》
ノアが一歩前へ出る。
アークが慌てる。
「おい待て!」
「……右から三秒後に来る」
「は?」
次の瞬間。
怪物の右腕が爆発的な速度で伸びた。
アークのいた場所へ。
だが、アークは既に避けていた。
無意識だった。
ノアの言葉につられて動いていた。
轟音。
通路の壁が砕ける。
アークが目を見開く。
「今の……」
ノアは怪物を見たまま言う。
「次は左。二連撃」
その直後。
本当に左側から攻撃が来た。
セシリアが咄嗟に回避する。
「……っ!」
レインの表情が険しくなる。
「未来演算まで始めたか……!」
ノア自身も理解していない。
だが見える。
怪物の“次の行動”が。
侵食線の流れ。
筋肉の動き。
核の脈動。
全部が未来へ繋がって見えている。
ドクン。
《蓄積値:205》
黒星が歓喜していた。
まるで、この状況そのものを楽しんでいるみたいに。
ノアは短剣を握る。
怪物は強い。
たぶん今までで一番。
だが。
「……殺せる」
その呟きに、アークたちの空気が変わった。
ノアの声じゃないみたいだった。
冷たい。
感情が薄い。
レインが低く言う。
「おい、黒星持ち」
ノアは反応しない。
視線は怪物へ固定されたまま。
レインの声が鋭くなる。
「飲まれるな」
その言葉。
ほんの一瞬だけ、ノアの瞳が揺れた。
だが次の瞬間。
怪物が咆哮する。
地下通路が震えた。
無数の腕が一斉に動く。
ノアは地面を蹴った。
速い。
今までとは比較にならない。
アークが目を見開く。
「っ!? 速――」
残像。
ノアの姿が消える。
次の瞬間には、怪物の懐へ入り込んでいた。
短剣が閃く。
ザンッ――!!
侵食線が断ち切られる。
怪物が絶叫した。
だが。
まだ止まらない。
再生。
無数の黒い線が蠢き、傷を塞ごうとする。
ノアの口元が、僅かに歪んだ。
笑っていた。
「再生する前に全部喰えばいい」
その瞬間。
黒星が、歓喜するように脈打った。




