第七章 黒星の残響 13
「――そこだ」
ノアが地面を蹴る。
核個体の懐へ滑り込むように潜り込んだ。
普通なら無謀。
真正面から突っ込めば潰される。
だが、ノアには見えていた。
侵食線の流れ。
核へ繋がる“中心”。
黒星が、嫌になるほど鮮明に教えてくる。
ドクン。
《蓄積値:181》
世界が遅くなる。
核個体の動き。
筋肉。
重心。
全部が手に取るように分かった。
「ガァァァァッ!!」
核個体の腕が振り下ろされる。
轟音。
石床が砕ける。
だがノアは半歩だけズレて避けた。
最小動作。
最短距離。
第九区で染み付いた、生き残るための動き。
ノアは核個体の側面へ回り込む。
短剣を逆手に持ち替えた。
狙うのは首じゃない。
腕でもない。
胸。
核。
ドクン。
《蓄積値:183》
侵食線が見える。
黒い血管みたいに。
胸の核へ集まっている。
「見えた……!」
ノアが踏み込む。
だが、その瞬間。
核個体の黒い瞳が、ギロリと動いた。
ノアを見る。
正確には――黒星を見る。
ゾワッ、と悪寒。
まずい。
反応速度が異常に速い。
核個体の腕が変形する。
黒い刃。
それがノアへ向かって突き出された。
「ノア!!」
ルナの叫び。
間に合わない。
そう思った瞬間。
セシリアが飛び込んだ。
キィィンッ!!
剣と黒刃が激突する。
火花。
セシリアの身体が吹き飛びかける。
「っ……!!」
だが、止めた。
ほんの一瞬。
それだけ。
だが、ノアには十分だった。
「助かる!」
ノアが核個体の懐へ入り込む。
短剣を振る。
狙いは侵食線。
ザンッ――!!
黒い線が断ち切られる。
核個体が絶叫した。
地下通路が揺れる。
耳を塞ぎたくなるような異音。
だが、まだ止まらない。
侵食線は再生している。
ノアの目が細くなる。
「再生……?」
レインが後方で呟く。
「核が残っている限り無限だ」
「面倒すぎるだろ……!」
アークが壁へ叩きつけられたまま悪態をつく。
だが、その言葉でノアの頭の中へ盤面が組み上がった。
再生するなら、先に核を潰す。
だが、正面からは硬すぎる。
なら。
「アーク!!」
「おう!!」
「右からぶつけろ!」
アークは一瞬で意図を理解した。
盾を構え直す。
「任せろぉぉぉ!!」
轟音。
アークが核個体へ突撃する。
真正面じゃない。
右側。
わざと大振りに。
核個体の視線がそちらへ向く。
その瞬間。
「ルナ!」
「はいっ!」
光魔法。
閃光。
視界阻害。
核個体の動きが止まる。
ほんの一瞬。
だが。
ノアには十分だった。
「セシリア、左足!」
「了解!」
セシリアの斬撃。
核個体の左脚へ叩き込まれる。
体勢が崩れる。
核が露出する。
ドクン。
《蓄積値:185》
ノアの思考が加速する。
見える。
今なら届く。
核個体の胸。
脈打つ黒い核。
まるで、もう一つの黒星みたいだった。
ノアは地面を蹴る。
最短距離。
一直線。
核個体が咆哮する。
黒い槍が無数に伸びた。
だが。
全部、見えている。
ノアは最小限の動きだけで避け続ける。
頬を掠める。
肩を裂く。
血が飛ぶ。
それでも止まらない。
「ォォォオオオッ!!」
核個体の絶叫。
ノアは真正面へ飛び込んだ。
そして。
短剣を、核へ突き刺す。
ズブッ――。
嫌な感触。
生き物みたいに脈打つ核。
その瞬間。
黒星が爆発するみたいに脈打った。
ドクンッ!!!
《蓄積値:190》
視界が黒く染まる。
ノアの右腕へ、黒い影が絡みついた。
まるで黒星そのものが腕から溢れ出したみたいに。
レインの赤い瞳が見開かれる。
「……まさか」
ノア自身も理解していなかった。
ただ、本能だけが分かっている。
“喰える”。
ノアの右手が、勝手に動いた。
黒い核を掴む。
その瞬間。
核個体が絶叫した。
地下通路全体が揺れる。
侵食線が暴れる。
だが。
黒星は止まらない。
ギチギチ、と。
核を喰っている。
ノアの頭へ膨大な情報が流れ込む。
知らない記憶。
侵食された人間たち。
向こう側。
黒い世界。
そして――。
“銀の瞳の化け物”。
「っ……ぁ……!!」
ノアが膝をつく。
頭が割れそうだった。
だが、黒星は歓喜している。
ドクン。
《蓄積値:195》
核個体の身体が崩れ始める。
黒い灰になって消えていく。
地下通路の侵食線も、少しずつ薄れていった。
静寂。
雨音だけが遠く響く。
アークが息を荒げながら笑う。
「ははっ……マジかよ……」
セシリアも剣を下ろした。
ルナはその場へ座り込みそうになっている。
だが。
レインだけは笑っていなかった。
赤い瞳で、じっとノアを見ている。
まるで“別の何か”を見るみたいに。
ノアは息を荒げながら顔を上げた。
「……なんだよ」
レインは数秒黙ったあと、低く呟く。
「侵食核を、直接喰ったか」
その声には、初めて明確な警戒が混ざっていた。




