第七章 黒星の残響 12
地下通路へ続く扉は、すでに黒い線に覆われていた。
雨水が石段を流れ落ち、その隙間を縫うように黒い侵食が蠢いている。
まるで生きているみたいだった。
アークが顔をしかめる。
「うわ、気持ち悪っ……」
セシリアは剣を構えたまま周囲を警戒していた。
ルナは小さく息を呑む。
「空気が……重いです」
実際、異常だった。
地下へ近づくほど、空気そのものが変質している。
冷たい。
湿っている。
そして、妙に“近い”。
向こう側が。
ドクン。
《蓄積値:168》
黒星が脈打つ。
ノアは眉を寄せた。
地下へ近づくほど反応が強くなる。
つまり、核は本当にこの先だ。
レインが後ろから静かに言う。
「地下通路は元々、旧時代の避難路だ」
「旧時代?」
「“黒星災害”以前のな」
ノアの足が止まりかける。
黒星災害。
初めて聞く単語だった。
「なんだそれ」
だが、レインは答えなかった。
代わりに前を見据える。
「来るぞ」
その瞬間。
地下通路の奥から、“音”が聞こえた。
グチャ……。
何かを引きずる音。
湿った足音。
暗闇の奥で、複数の影が揺れる。
アークが盾を構える。
「うわ、絶対ろくでもねぇ」
ノアは目を細めた。
視界が黒星に引っ張られる。
侵食線。
重心。
気配。
全部が見える。
暗闇の奥。
十体。
いや、もっと。
侵食された生徒たち。
教師も混ざっている。
そして、その中心。
“何か大きいもの”がいる。
ドクン。
《蓄積値:170》
ノアの頭へ情報が流れ込む。
核。
向こう側。
侵食。
“苗床”。
「……最悪だな」
ノアが小さく呟く。
その瞬間。
侵食体たちが一斉に動いた。
「来るぞ!!」
アークが叫ぶ。
轟音。
地下通路の石床を砕きながら侵食体が突っ込んでくる。
速い。
しかも狭い通路だ。
数で押し込まれれば終わる。
だが、ノアは冷静だった。
むしろ、頭が異様に冴えている。
「アーク、通路中央を塞げ!」
「おう!!」
盾が地面へ叩きつけられる。
通路が狭まる。
侵食体の進行方向が限定される。
「ルナ、光!」
「はい!」
閃光。
地下通路が白く染まる。
侵食体たちの動きが止まる。
視界阻害。
その瞬間を、ノアは逃さない。
「セシリア、左!」
「了解!」
セシリアが飛び込む。
鋭い斬撃。
侵食線を正確に断ち切る。
侵食体が崩れる。
黒い灰になって消える。
ノアはその横を抜けた。
短剣を抜く。
最短。
最小。
必要最低限。
黒い線だけを狙う。
ザンッ!!
一体。
二体。
三体。
侵食体が次々崩れていく。
そのたびに黒星が歓喜する。
ドクン。
《蓄積値:172》
ドクン。
《蓄積値:174》
増える。
止まらない。
ノアは奥歯を噛み締めた。
気持ち悪い。
侵食体を倒すたび、黒星が“満たされていく”。
まるで飢えを満たしているみたいに。
その時だった。
地下通路の奥。
巨大な影が動いた。
ズ……ン。
空気が震える。
侵食体たちが、まるで道を開けるみたいに左右へ避けた。
暗闇の奥から現れた“それ”を見て、ルナが息を呑む。
「……っ」
人型。
だが、人間じゃない。
身体の半分以上が黒い侵食で覆われている。
右腕は異様に膨れ上がり、顔の半分が黒く崩れていた。
そして。
胸の中央。
黒い“核”。
脈打っている。
ドクン。
ドクン。
まるで黒星みたいに。
レインが低く呟いた。
「核個体か」
アークが顔を引きつらせる。
「おいおい、デカすぎんだろ……!」
核個体がゆっくり顔を上げる。
黒い瞳。
その奥に、自我はない。
だが。
敵意だけはハッキリ分かった。
瞬間。
核個体が消えた。
「っ!?」
次の瞬間には、アークの目の前。
速い。
デカいくせに異常な速度。
アークが咄嗟に盾を構える。
轟音。
地下通路が揺れた。
「がっ……!」
アークの身体が吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられる。
「アーク!」
ルナが叫ぶ。
だが核個体は止まらない。
次はノアへ向かってくる。
ドクン。
《蓄積値:176》
視界が加速する。
ノアは見た。
重心。
筋肉。
侵食線。
そして――核。
胸だ。
あそこが中心。
壊せば止まる。
ノアは地面を蹴った。
真正面じゃない。
斜め。
死角。
核個体の視線をずらしながら潜り込む。
だが。
核個体の黒い腕が変形した。
槍みたいに伸びる。
速い。
「っ――!」
ノアは無理やり身体を捻る。
槍が頬を掠めた。
皮膚が裂ける。
血が飛ぶ。
だが、その瞬間。
ノアは笑った。
見えた。
侵食線の流れ。
核へ繋がるルート。
黒星が、全部教えてくる。
ドクン。
《蓄積値:180》
ノアは短剣を握り直した。
「――そこだ」




