第七章 黒星の残響 7
広場の空気が歪む。
男が笑った瞬間、周囲の温度が一気に下がったような感覚が走った。
生徒たちは後退り、誰も近づけない。
教師たちもようやく広場へ現れ始めていたが、その足は止まっていた。
近づけない。
本能的に理解している。
相手が危険すぎる。
ノアは短剣を握ったまま、静かに呼吸を整える。
心臓は速い。
だが、思考は異様なほど冷静だった。
黒星。
百を越えてから、明らかに何かが変わっている。
視界。
感覚。
情報量。
全部が増えている。
風の流れすら見える。
周囲の視線も。
敵意も。
恐怖も。
世界が、やけに鮮明だった。
「銀目……」
アークの声。
振り返らなくても分かる。
焦っている。
でも前へ出ようとしている。
セシリアは逆だ。
冷静だが、剣を抜くタイミングを探っている。
ルナは詠唱準備。
だが、まだ動かない。
全員、ノアの判断を待っていた。
ノアは小さく息を吐く。
逃げるか。
戦うか。
普通なら逃げる。
間違いなく。
勝てる相手じゃない。
だが。
「……試す価値はあるか」
男の能力は未知数。
だが、“見えない”わけじゃない。
完全に理解不能なら、ノアは今ここで死んでいる。
つまり、何かしら法則がある。
なら。
攻略できる。
黒星が脈打つ。
《蓄積値:103》
ノアは地面を見る。
さっき消された石畳。
綺麗すぎる。
破壊じゃない。
焼却でもない。
“削除”。
空間ごと消えている。
そして、発動前に共通点があった。
男が視線を向けた場所。
そこが消える。
「視認型……?」
ノアは小さく呟く。
男の眉が、わずかに動いた。
当たり。
ノアの思考が加速する。
見て、消す。
つまり逆に言えば、“見えなければ使えない”。
だったら。
「ルナ!」
「っ、はい!」
「光を」
ルナは一瞬で理解した。
魔法陣展開。
次の瞬間。
広場全体が白光に包まれる。
閃光。
生徒たちが悲鳴を上げる。
視界封殺。
同時に、ノアは動いた。
真正面じゃない。
斜め。
死角。
男の視線が通りにくい角度へ潜り込む。
速い。
だが男は微動だにしない。
「なるほど」
静かな声。
「理解が早い」
直後。
ノアは全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
危険。
反射的に身体を捻る。
その瞬間。
肩が“消えた”。
「――ッ!!」
激痛。
制服ごと、左肩の一部が削り取られる。
血が舞う。
広場が凍りついた。
ルナが顔を青ざめさせる。
「ノア!!」
だがノアは倒れない。
痛みを無理やり押さえ込む。
思考を止めるな。
見えた。
今の瞬間。
男は“見ていない”。
視線じゃない。
もっと正確には――。
“認識”。
視界だけじゃない。
位置を把握された瞬間に消される。
ノアの呼吸が浅くなる。
面倒すぎる。
だが。
完全無敵じゃない。
ノアは痛みを堪えながら笑った。
「やっと分かってきた」
男が初めて目を細める。
「……ほう」
「お前、自分で認識できてる対象しか消せないんだろ」
沈黙。
その反応だけで十分だった。
ノアの頭の中で盤面が組み上がる。
認識。
つまり情報。
だったら、情報量を飽和させればいい。
ノアは叫ぶ。
「アーク! 正面!」
「おう!!」
轟音。
アークが真正面から突撃する。
盾を構え、地面を砕きながら一直線。
男がそちらを見る。
その瞬間。
セシリアが動く。
左側面。
超高速。
さらにルナの光魔法。
視界妨害。
情報を増やす。
選択肢を増やす。
脳へ負荷をかける。
ノアは血を流しながら後方へ回る。
黒星が激しく脈打つ。
《蓄積値:108》
増え続ける。
頭の中へ情報が流れ込む。
敵の重心。
呼吸。
筋肉。
視線。
意識。
全部が見える。
ノアは歯を食いしばった。
この状態、長く使えば危険だ。
でも。
「今だけなら――!」
ノアが地面を蹴る。
男の背後へ潜り込む。
短剣を振る。
普通なら当たらない。
だが。
男が初めて“防御”した。
キィィン!!
金属音。
広場がざわめく。
「防いだ……!?」
「今の攻撃を……!?」
教師たちすら驚いていた。
男はノアを見た。
赤い瞳。
そこへ初めて、“興味”が浮かんでいる。
「面白い」
ノアは息を荒げる。
肩の出血が酷い。
だが止まれない。
ここで止まれば死ぬ。
男は静かに言った。
「やはり、お前は特別だ」
黒星が脈打つ。
ドクン。
《蓄積値:110》
その瞬間だった。
ノアの背後。
空間が、割れた。




