第七章 黒星の残響 2
視界の端が黒く染まる。
ほんの一瞬。
だが、その感覚は今までとは明らかに違っていた。
冷たい。
深い。
まるで、底の見えない闇を直接覗き込んだような感覚。
「……ノア?」
ルナの声で、意識が引き戻される。
気づけば、ノアは無意識に胸元を押さえていた。
黒星の脈動が異様に強い。
ドクン。
ドクン。
鼓動のたびに、頭の奥へ冷たい波が広がっていく。
「おい、大丈夫か?」
アークが眉を寄せる。
セシリアも無言でこちらを見ていた。
「……平気だ」
短く返す。
だが、完全な平気ではなかった。
何かがおかしい。
黒星が、ただ反応しているだけじゃない。
“呼ばれている”。
そんな感覚があった。
「各班、配置につけ!」
師範の声が訓練場に響く。
周囲の生徒たちが一斉に動き始める。
ざわめき。
足音。
武器の音。
緊張感。
学院全体が、一気に戦場へ変わっていく。
ノアは小さく深呼吸した。
今は集中しろ。
黒星の違和感は気になる。
だが、まずは模擬戦だ。
「行くぞ」
四人は訓練場を離れ、学院西棟へ向かう。
石畳の通路を進みながら、ノアは周囲を観察していた。
既に複数の班が移動している。
足音を隠している班。
あえて騒いで威圧している班。
奇襲狙いで姿を消している班。
性格がそのまま動きに出る。
ノアは視線だけで全体を分析する。
「二班は正面衝突型。五班は待ち伏せ狙い。七班は……」
「なんで歩いてるだけでそこまで分かるんだよ」
アークが呆れたように言う。
「足運びと視線」
「は?」
「正面衝突を狙う奴は周囲じゃなく前を見る。待ち伏せ型は死角を確認する回数が多い」
「……怖ぇよ、お前」
ノアは答えず歩き続けた。
学院西棟。
そこは古い校舎で、今はほとんど使われていない区域だった。
廊下は薄暗く、窓から入る光も弱い。
だからこそ、奇襲には向いている。
「ここを使うんですか?」
ルナが周囲を見回す。
「あぁ」
ノアは静かに頷いた。
「ここは音が響く。少人数でも人数を多く錯覚させやすい」
「なるほどな」
アークが感心したように笑う。
セシリアは壁へ触れ、静かに言った。
「……来る」
次の瞬間。
廊下の奥で爆音が響いた。
同時に、複数の足音。
ノアの目が細くなる。
早い。
予想より接触が早い。
「三班か」
「分かるのか?」
「足音が重い。装備が多い」
アークが苦笑する。
「相変わらず化け物みたいな分析してんな」
ノアは壁際へ移動しながら周囲を確認した。
敵は五人。
前衛二人。
後衛三人。
典型的な安定編成。
問題は――。
「……誘導されてるな」
「え?」
ルナが目を瞬かせる。
ノアは廊下の床を見る。
わずかに擦れた跡。
さらに壁。
不自然に削れた痕。
誰かが先にここを通っている。
しかも、意図的に。
「別班が三班をここへ誘導した」
「はぁ!?」
アークが驚く。
「つまり俺たちは――」
「挟まれる」
その瞬間。
後方。
別方向から足音が響いた。
セシリアが即座に剣を抜く。
ルナが魔法陣を展開。
アークが盾を構える。
完全に包囲だった。
「面白くなってきた」
ノアは小さく呟いた。
恐怖はない。
むしろ、思考が加速していく。
黒星の脈動が強くなる。
ドクン。
視界が鮮明になる。
音が遅く聞こえる。
敵の動きが、手に取るように分かる。
前方の三班。
後方の別班。
普通なら挟撃。
不利な状況。
だが。
「逆に利用する」
ノアは静かに言った。
「アーク、正面で暴れろ」
「おう!」
「セシリア、左通路を封鎖。ルナは光魔法」
「分かりました!」
「了解」
次の瞬間。
ノアが床を蹴る。
同時に、ルナの光魔法が廊下を埋め尽くした。
閃光。
視界が白く染まる。
敵たちが反射的に目を閉じる。
その一瞬。
ノアは動いた。
短剣が空気を裂く。
足音を消し。
呼吸を殺し。
敵の死角へ滑り込む。
「なっ――!?」
三班の前衛が反応した時には遅かった。
短剣が星札を掠め取る。
その直後。
アークが真正面から突っ込んだ。
「うおおおおッ!!」
轟音。
盾の衝突。
壁が揺れる。
完全に意識がアークへ向いた瞬間。
後方から来ていた別班が突撃する。
「今だ!」
「取れぇぇ!!」
混戦。
三班と別班が激突する。
ノアは後ろへ下がりながら、小さく息を吐いた。
成功。
敵同士をぶつけた。
戦場は力だけじゃない。
誘導できる。
操作できる。
その時だった。
黒星が、再び脈打つ。
今までで最も強く。




