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9.得意分野①

語句の訂正を行いました。

宮殿にて普段皇太女が暮らしている区画(apartment)のことを「居室」と表現していましたが、複数部屋があることがわかりづらいため、「居殿」に訂正しました。

出題編が終わるまでに全容がある程度明らかになりますが、皇太女の居殿は、応接間、寝室、更衣の間、衣装の間、控えの間などにより構成されています。

「――さて、ボシュエ卿。これで我々は互いに正直になったことになるかな?」

「嘘を重ねているだけかもしれませんが。でも、まあ、一旦は素直に言い分を聞き入れても良いかもしれません、王子殿下」


 ボシュエ卿は冷たく言った。

 ルバーブジャムは毒入りではなかったし、王子の告白には真実味を感じたが、最終判断を下すには時期尚早だと考えているようだ。


 一方の王子は、瓶に僅かに残ったルバーブジャムをスプーンで掬って紅茶に混ぜた。

 昨夜の一件から手を付けづらかったが、ボシュエ卿が食したお蔭で気が楽になっていた。

 ティーカップを口に運ぶと、ルバーブジャムの甘酸っぱい味が口の中に広がった。

 昨夜、皇太女と共に味わったのと同じ味だ。


 ――昨夜、アリエノールは「甘いものを食べ過ぎたから」と、苺にもチョコレートにも手を付けなかったと女侯が言っていた。

 ――私とルバーブジャムを食したせいだろう。


 頭に昨夜の皇太女の笑顔が浮かんだが、それを記憶の底に押し込めた。

 そして、顔を上げて言った。


「では、調査に戻るとしようか」

「王子殿下から提案してくださるとは意外ですね」


 ボシュエ卿は皮肉に言った。

 当初は儚げな青年神官だったのに、ルバーブジャム入りの紅茶を飲み干して以来、人が変わってしまった――というより、これが本来の彼なのだろう。


「確かに意外だ。でも、君と調査をするうちに、これが使命のように思えてきたんだ。皇太女殿下がそのようにおっしゃっているような――」


 王子はそこで言葉を切った。

 ここにはいない皇太女が調査を頼む声が聞こえるだなんて、狂気の沙汰だ。


「ともかく、一度情報を整理してはどうだろう?昨夜、君は皇太女殿下の応接間の隣室に控えていて、覗き窓から訪問者の様子を見ていたと言っていたね。君の証言にも重要な情報がある気がする」


 王子が仕切り直して言うと、ボシュエ卿も頷いた。


「わかりました。私が覗き窓から見ていた情報も加えて整理しましょう」

 

 王子が侍従を呼んで筆記具を用意させると、二人は改めて事件当日の皇太女と訪問者の様子を整理した。


-------

午後8時

 聖堂で行われた祭日前夜の礼拝が終了。

 皇太女は中央棟1階の居殿に戻った。

 このとき、当夜の側仕えのキュイーヴル伯爵夫人とボシュエ卿、その他の下級女官は宮廷魔導士による検査を受け、異常なし。

 伯爵夫人と卿は、皇太女殿下が倒れるまで側仕えを続けていた。

 

午後8時半

 王子が皇太女を密かに訪ねた。

 皇太女は王子が持参したルバーブジャムと元から用意されていた紅茶を飲んだ。


午後9時

 皇帝が皇太女を訪ね、貴腐ワインを賜った。

 皇帝、皇太女ともに貴腐ワインを召し上がった。

 二人が難しい顔で話しているのをボシュエ卿が目撃。

 皇帝によると、春の叙爵の話をしただけとのこと。

 皇帝は午後9時半過ぎに退出した。


午後10時

 宰相フェール女侯が皇太女を訪ね、苺と花器を差し上げた。

 皇太女は苺は召し上がらず。

 女侯が皇太女に花器を手渡そうとしたが、次の訪問者が来て急にやめたのをボシュエ卿が目撃。


午後10時半

 キュイーヴル准将が皇太女を訪ね、チョコレートとカラーの花束を差し上げた。

 フェール女侯も交え、三者で貴腐ワインを飲みながら談笑。

 皇太女はチョコレートは召し上がらず。

 准将がチョコレートも花束も皇太女に手渡さず、母キュイーヴル伯爵夫人に手渡すのをボシュエ卿が目撃。


午後11時

 女侯と准将が退出。

 更衣の間で伯爵夫人が皇太女の寝支度を手伝った。

 マーリン師によると、午後11時半の少し前に水場から戻った下級女官を宮廷魔導士が検査し、異常なしだったとのこと。


午後11時半

 寝室に下がった皇太女は、間もなく苦しみはじめ、ボシュエ卿を呼んだ。

 皇太女は、駆け付けた卿に応接間から花器を取ってこさせ、それを銀の盃の代わりに卿と「君臣の絆」を結んだ。

 皇太女は王子に調査させることをボシュエ卿に命じ、息絶えた。

 

 -------


 以上が二人がこれまで聞いた情報とボシュエ卿が覗き窓から見たことを併せて書き留めたメモだった。


「一体どこから考えるべきか……」


 王子が俯き加減に考えていると、ボシュエ卿が口を開いた。


「今、最も信頼できるのは、宮廷魔導士の捜査で得られた『皇太女殿下からはマンドラゴラ草の毒が検出されたものの、居殿からは毒も不審な魔法痕も検出されなかった』という客観的事実だと思います。一応王子殿下のルバーブジャムにも毒が入っていなかったので、先ほどマーリン師が言ったように『溶ける毒針』が凶器だったという前提で考えるのはどうでしょうか?」


 ボシュエ卿は「一応」を強調して言ったが、王子は気づかないふりをした。

 

「なるほど。その説を採用したとして、誰がどうやって刺したのだろう?確実に皇太女殿下に近づく機会があったのは、寝支度を手伝ったキュイーヴル伯爵夫人だが、宮廷魔導士の検査で異常なしとされている。他に接近した者はいなかったのだろう?」

「私が見ていた中では、伯爵夫人の他に針が刺せるほど近づいた方はいませんでした。ただし、畏れ多くも皇太女殿下に口づけたという王子殿下には機会がありますね」


 ボシュエ卿のアメジストの瞳が鋭く王子を見据えた。

 王子は肩を竦めた。


「まあ、そうなるな。それに、一応君もお苦しみの殿下に呼ばれてお側に行ったのだから機会はあったかもしれない。まあ、この場合は『毒針』を使う前に異常が生じたことになるから、時系列に無理があるが」

「とはいえ、公平に考えれば偶然の体調不良を利用した、または、体調不良になるよう仕組んだという説は成り立つかと。しかし、それでも私には不可能です。宮廷魔導士の検査を受けている私は、『溶ける毒針』どころか薬草一束であっても持ち込むことはできませんでしたから」


 ボシュエ卿の言葉に王子は頷いた。


「しかし、謎の多さに参ってしまうな。特に、女侯が持参した花器のことなど……」


 王子がつい本音を漏らすと、ボシュエ卿が冷静に提案した。


「では、王子殿下、まずはその花器の謎を検討してみるのはどうでしょう?」

「そうだな。そうやって一つ一つ謎を検討していこう」


 王子が言うと、卿は背筋を伸ばしながら一つ咳ばらいをした。


「まず、今、王子殿下がおっしゃったのは、昨夜、フェール女侯が皇太女殿下に献上し、今は聖堂に置かれている花器の素材のことですね?殿下と私が『君臣の絆』を結ぶのに使ったのですから、あれは銀に違いないはずなのに、女侯殿は錫だとおっしゃいました」


 王子は深く頷いた。

 

 ――卿の言う通りだ。「君臣の絆」は純銀の盃を使用しないと成立しない。


「途中で花器がすり替えられたということは?」

「それはないかと。私は、礼拝後に居殿に戻って以来、客人が帰るまで覗き窓から応接間を監視していましたが、そのような動きはありませんでした。皇太女殿下が寝支度のため更衣の間に移動した後は、『監視』と言えるほど見ていたわけではありませんが、さすがに花器を入れ替えている者がいれば気づきます。あり得るとすれば、私がお苦しみの殿下に呼ばれて寝室に行った間です。しかし、すぐに殿下の命で応接間に花器を取りに行ったので、その短い間に何か工作するのは無理でしょう」


 王子はボシュエ卿が見逃した可能性も考えたが、仮に何とか花器をすり替えたとしても、宰相たる女侯が皇太女に差し上げたはずの花器を理由なく持っていたら誰かに見咎められるだろう。

 その他の可能性といえば――。


「ボシュエ卿、今一度手首の『絆』の証を見せてもらえないだろうか?」


 王子が遠慮がちに言うと、卿は祭服の左袖を捲った。

 左手首の皇太女の紋章の刻印が露わになる。


「どうぞご覧ください。擦ったとて薄くならない本物の刻印です」


 ボシュエ卿は躊躇うこともなく、手元のナフキンで紋章の刻印を擦り始めた。

 強く擦りすぎて周りの皮膚が赤みを帯びたが、刻印には何の変化もなかった。


「これは本物としか思えない。とすると、さすがに女侯が皇太女殿下に差し上げる花器の素材を勘違いするとは思えないから、彼女は意図的に花器の素材を偽ったということか……」


 王子は卿の手首の紋章を見ながら続けた。


「そして、君にその花器を取りに行かせた皇太女殿下は、その花器使えば『君臣の絆』を結べることを確信していた――つまり、花器が純銀であるとご存じだったに違いない」


 ――だとすると、女侯は何故そんな嘘を?


 王子は首を捻り、思案した。

 すると、また一つの疑問が湧き出てきた。


「ボシュエ卿、皇太女殿下は死に瀕した状態で君と『君臣の絆』を結んだわけだが、それはその場での決断だったのだろうか?前から決めていたのではなく?」 

「ええ、その場でのことでした。それまで殿下との間で『絆』の話は出たことすらありませんでした」


 卿の答えに王子はますます首を捻った。


「であれば、何故君が相手だったのだろう?そもそも、皇太女殿下が私にこの件を調査させるよう言ったのは本当なのか?」

「はい、皇太女殿下の最期のご命令については一切嘘を申してはおりません。これは推測ですが、皇太女殿下は上級神官の私に望みを託せば、調査特権により事が上手く運ぶと読んだのでしょう。そして、外国人である王子殿下なら、しがらみなく調査することが可能だとお考えになったのでは?」


 王子は「君臣の絆」は本物だったとしても、「王子に調査をさせよ」との皇太女の命は卿の作り話である可能性も考えていた。

 しかし、卿の真剣な様子と一応王子と共に調査を続けようとする態度からして、その命もまた本物なのだろう。


 ――だが、「しがらみのない外国人」というだけで、アリエノールが私に事件の調査を託すだろうか。

 ――調査特権のあるボシュエ卿に調査させるだけで良かったのでは?

 ――それに、今朝、卿が言っていたが、アリエノールは自身の「聖なる魔法」をもってすれば、最悪の事態は避けられると考えていたらしい……つまり、自分が死ぬとは思っていなかったはずだ。

 ――にもかかわらず、土壇場で「魔法」を使っても死が不可避だと気づくやいなや、変則的な手段で「絆」を結んで真相解明を託すことを思いついた?

 ――いくら頭の回転が速い彼女でも、死が目前に迫った僅かな時間で思いつくものだろうか……?

 

 皇太女の意図については、謎が深まるばかりだった。

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「春の異世恋推理'26」企画詳細


エドワード朝英国を舞台に、探偵役の女男爵が活躍するヒストリカルミステリー×ロマンスシリーズを書いています。
本作のようにミステリーとロマンスが同時並行で進むストーリーです。

メラヴェル女男爵ミステリーシリーズ

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