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18.永遠の宵闇②

「さて、話を戻します。先ほど申し上げた通り、皇太女殿下と女侯殿の計画はキュイーヴル准将の訪問により実現しませんでした。准将、昨夜あなたが皇太女殿下を訪ねたきっかけは何だったのでしょう?」


 准将はやや落ち着きなく軍服の襟に触れた。

 

「……母から皇太女殿下の元に参上するようにとの連絡があったことでした。私は母の指示通り、一度西棟の母の私室に寄って、そこに用意されていたチョコレートとカラーの花束を持って皇太女殿下を訪ねました。しかし、母に邪悪な考えがあったわけでは――」

「准将、あなたは本当に心の底からお母上を信じているのだろうか?」

 

 そう問われた准将は俯いて黙り込んだ。 

 王子は今度は伯爵夫人に向けて話を続けた。


「伯爵夫人、あなたは『停戦派』である皇太女殿下が准将の宰相就任を易々とは認めないであろうことにお気づきだった。だからこそ、ご婦人から評判の良い准将本人に殿下を懐柔させようとしたのです。しかし、それが上手くいっていないことも気づいていたはずです。皇太女殿下は准将と距離を置いていて、贈り物を直接受け取ることすら控えていたそうですから」


 王子の話を聞いている伯爵夫人の視線は大理石の床の一点を見つめたまま動かなかった。


「あなたは焦ったはずです。先ほど陛下ご自身がおっしゃった通り、皇帝陛下は、皇太女殿下の反対を押してまで准将の宰相任命を強行するお考えはなかった。よって、皇太女殿下が反対される限り、准将は宰相にはなれません。そこで、あなたは皇太女殿下をいつでも亡きものにできるよう、12年前と同じ『溶ける毒針』を準備していました。皇太女殿下が亡くなれば、次の皇位継承者は僅か5歳の傍系の皇子殿下です。そうなれば、准将が宰相になる望みは繋がります」


 王子は鋭い視線を伯爵夫人に向けた。


「昨夜の時点で、あなたが皇太女殿下と女侯殿が『君臣の絆』を結ぼうとしていたことまで知っていたかは定かではありません。いずれにしても、皇帝陛下とお話しになった後の皇太女殿下のご様子を見て、最早懐柔する余地はないと判断されたのでしょう。そこで、遂に『毒針』を使った計画を実行に移したのです」


 伯爵夫人はゆっくりと視線を上げ、王子の青い瞳を見つめた。


「嫌ですわ、王子殿下。お忘れですか?12年前の件を踏まえて、皇太女殿下含め皇族の方々の側仕えの者は、お側に上がる度に魔導士による検査を受けています。昨夜、私が検査を受けて異常がなかったこともご存じのはず。その私がどうやって皇太女殿下の居殿に毒を持ち込めたのでしょう?」

「ええ。あなた自身には不可能です。しかし、高位の客人として検査を受けないご子息の准将を利用したとしたらどうでしょうか」


 伯爵夫人は、扇で優雅に顔を扇ぎながら皮肉に答えた。


「まさか、息子が持参したチョコレートには毒など入っていなかったでしょう?それに息子は『溶ける毒針』を刺せるほど皇太女殿下に接近していないはずです。先ほど王子殿下ご自身も皇太女殿下が我が息子と()()()()()()()()とおっしゃいましたわ。それは物理的な距離のことでもありますでしょう?」

「おっしゃる通りです。しかし、あなたはまさに皇太女殿下が准将と()()()()()()()()ことを利用したのです」


 伯爵夫人の扇の動きが止まった。


「先ほど申し上げた通り、皇太女殿下は准将から直接贈り物を受け取らないようにされていたようです。昨夜もそうであったことはボシュエ卿も見ていました」

「ええ。昨夜、准将殿は持参したチョコレートと花束を皇太女殿下には直接手渡さず、母であり筆頭女官である伯爵夫人に直接渡していました」


 ボシュエ卿の答えを聞いた伯爵夫人は再度扇で顔を扇ぎ始めた。

 王子はその手が僅かに震えているのを見逃さなかった。

 

「伯爵夫人、あなたはそうなることをわかって全てを計画したのです。あなたは予め『溶ける毒針』を隠した贈り物を用意しておき、それを准将に持参させた。普段の流れからあなた自身がそれを受け取ることは確実ですから、後はその贈り物から『毒針』を回収し、機会を見て使えば良い。昨夜、幸か不幸か皇太女殿下のお体に直接触れてお世話できる女官はあなただけでした。あなたは、寝支度をする際に皇太女殿下に『溶ける毒針』を刺したのです」


 そう言い切った王子に問いかけたのはフェール女侯だった。

 

「王子殿下、そうは言っても、『毒針』をどこに隠すことができたのです?昨夜、准将からの贈り物の中で皇太女殿下の御前に供されたものといえばチョコレートですが、殿下は召し上がっていませんでしたし、後で行われた検査でも不審な点はなかったと聞いています」

「他にちょうどよい『保管容器』があったではないですか」


 王子は皇太女の棺の傍らの花器に視線を向けた。

 それを見た伯爵夫人は、内陣前の階段を駆け上がり、祭壇前の花器に生けられているカラーを掴もうとした。

 しかし、彼女が伸ばした手は空を切った。

 先ほどまでそこにあったはずのカラーの花は跡形もなく消えていた。

 人々は息を呑み、伯爵夫人はただその場で硬直した。


「実物のカラーの花は、前もってマーリン師に回収していただき、代わりに魔法で幻影の花を作り出してもらっていました」


 困惑する人々をよそに、王子と伯爵夫人はただ睨み合っていた。


「皆さまご存じの通り、カラーの花は筒状になっています。『溶ける毒針』を隠すのに非常に都合の良い形です」


 そう言いながら王子は、かつて皇太女が語っていたカラーの花から虫が出てきた話を思い出していた。

 先ほど植物図鑑で調べたところ、カラーのあの筒状になっている部分は正確には花びらではなく葉であり、その中にある本当の花を保護するためにあのような形になっているらしい。

 いずれにしても、虫が隠れられるくらいなのだから、「溶ける毒針」を隠すことは十分に可能だ。

 

「王子殿下のおっしゃる通りです。予め回収した実物のカラーの花の中から毒の痕跡が検出されています。皇太女殿下のお体から検出されたのと同じマンドラゴラ草の毒でした」


 マーリン師が言い切ると、皆が内陣に立ち尽くす伯爵夫人に視線を向けた。


「ヴァルト男風情がよくも……」


 彼女の呟きは王子の耳にもはっきりと聞こえたが、彼は取り合わず、ただ彼女を見据えた。

 

「事件当夜、准将からカラーの花束を受け取ったあなたは、それを一旦居殿内で保管しました。そして、皇太女殿下の寝支度を手伝う直前に花の中から『溶ける毒針』を回収し、花自体は水揚げを口実に下級女官に居殿外の水場に置きに行かせました。通常、宮廷魔導士が側仕えの者を検査するのは、側に上がるときのみで、下がるときは検査をしません。よって、下級女官が居殿から出て行く際に持っていたカラーの花束は検査されませんでした。また、その下級女官は、あなたの指示通り、水揚げのためカラーを水場で水に浸けたままにして居殿に戻ったので、居殿に戻る際の検査では何も検知されませんでした」


 伯爵夫人は扇を閉じ、それを強く握りしめた。


「そして、あなたは事件発生後すぐに、下級女官に検査済みの花器を持たせ、水場のカラーを花器に生けて聖堂に飾るよう指示しました。事件直後は宮殿魔導士が特に警戒しているので、毒の痕跡が残ったカラーを安易に処分するのは危険です。かといって、私室に保管しておくわけにもいきません。実質的に当主不在のキュイーヴル伯爵家は、宮廷魔導士の捜索要請を拒否できない恐れがありました――実際、伯爵夫人の私室や伯爵家の私邸は既に捜索されました。しかし、皇太女殿下の亡骸が安置されることになる聖堂であれば、すぐに捜索されることはありませんし、皇太女殿下がお好きだった花を飾ってもおかしくはありません」


 王子の言葉に人々は頷いた。

 

「あなたはそのようにして聖堂に逃したカラーを状況が許す限り早く回収したかったはずです。そこで私は、今夜マーリン師に敢えて聖堂の警備を緩めてもらい、隙を作り出しました。あなたが動くとしたら、ご自身の私室や伯爵家の邸宅が一度捜索され、一旦宮廷魔導士の疑いが薄まった今だと思ったのです。私は、師とボシュエ卿と共に現場を押さえようと待ち構えていました。ただ、皇帝陛下や女侯殿も先ほど申し上げたそれぞれのご事情により聖堂にお越しになり、そして、おそらく、お母上の犯行に薄々お気づきになっていた准将もいらっしゃったので、思いがけず多くの方が集まることになってしまいましたが……」


 そう言いながら王子は、今朝、この聖堂周辺で准将と会ったときのことを思い出した。

 

 ――准将は今朝、この聖堂の前まで来ていた。

 ――この聖堂の中にカラーの花があると聞いて気になったのだろう。

 ――彼は気づいていたか、少なくとも疑っていたんだ。

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「春の異世恋推理'26」企画詳細


エドワード朝英国を舞台に、探偵役の女男爵が活躍するヒストリカルミステリー×ロマンスシリーズを書いています。
本作のようにミステリーとロマンスが同時並行で進むストーリーです。

メラヴェル女男爵ミステリーシリーズ

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