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14.喪失と反実仮想③

 王子が頭の中で様々に思案していると、ボシュエ卿が言った。


「実は私は今回の事件と12年前の例の件との関連を疑い始めているのです。どう思われます、伯爵夫人?あなたは元は皇后陛下の女官でいらっしゃったのですから、お詳しいはずです」


 先ほど王子が12年前の事件の方から考えたいと言ったのを受けて質問してくれたらしい。


「あら……12年前の件については、私も詳細まではよく存じませんが、この場でお話しして良いものかしら?」


 そう言って伯爵夫人は扇越しに王子を探るように見た。

 

「ああ、すみません。実は今回の事件を受けて、皇帝陛下が王子殿下には12年前の件について明かすことを許可なさったのです」


 ボシュエ卿の言葉に伯爵夫人は少し眉を上げたが、最終的には頷いた。


「あの件は表向き『事故』ということになっていますけど……実際のところは明らかですわね。ただ、今回の事件との関連は薄いのではないかしら?確かに皇族方が亡くなった点は共通していますが、12年前はその時点での皇位継承者がほとんど亡くなった一方で、今回は皇太女殿下ただお一人ですから」

「12年前に亡くなった皇子女方はどのような方々だったのでしょう?」


 王子が問うと、伯爵夫人は視線をやや遠くに向けながら語った。

 亡くなったのは、上からルイ皇太子、ジョゼフ皇子、エリザベート皇女、アデライード皇女、シャルル皇子、テレーズ皇女の6人の皇子女。

 当時10歳になったばかりの末のアリエノール皇女は、27歳だった皇太子から18歳だったテレーズ皇女までとは年が離れていたので、たいそう可愛がられていたらしい。


「本当に仲の良いご兄妹でした。しかも、皆さま優秀で、誰が次の君主になられても帝国は安泰だと言われていたものです」

 

 伯爵夫人の口元に昔を懐かしむような笑みが浮かんだ。


「当時、皇帝陛下は皇太子殿下を特に頼りにされていて、譲位を敢行して『二頭体制』を敷くおつもりだったと聞いていますが、本当でしょうか?」


 卿の問いに、伯爵夫人は深く頷いた。

 

「おっしゃる通りです。当時は既に高等法院の認可も内定しており、周知のことでした。陛下は『二頭体制』が実現した暁には、他の皇子女方も帝国に残して体制を支えさせるおつもりだったようです」

「そんな皇子女方を一度に亡くされた皇帝陛下はさぞお悲しみだったでしょう」

「それはもう。当家も、我が夫が皇帝陛下と皇太子殿下の手足となって働くつもりでしたから落胆したものです」


 伯爵夫人の口調には無念が滲んでいた。


「准将殿、あなたはどうです?何かご記憶のことは?」


 ボシュエ卿が准将に視線を向けると、彼は考え込むように腕を組んだ。


「私はまだ学生でしたから、政治のことはよくわかりません。それよりも、当時目に見えて持病が悪化していた父の容体の方が気になっていました。事件のあったパーティーにも杖をついて参加していたほどです。しかし、一つ覚えているのは――」


 そこで准将は言葉を切って、俯いた。

 しかし、程なくして再び正面を見据えて続けた。


「皇子女方が苦しんでいる光景です。その中でもパーティーの主役でいらした当時のアリエノール皇女殿下がピクリとも動かなかったのは、率直に言って恐ろしかった。皇后陛下は皇子女方に取りすがっていらして、我が母も必死にアリエノール皇女殿下の御名を呼んでいました。私は戦場で何度も死屍累々のありさまを見てきましたが、あれを超える恐ろしい光景には出会ったことがありません」


 准将は相変わらず低く明瞭な声で言ったが、王子にはその言葉尻が僅かに震えたように聞こえた。


 ***


 それから暫くエルンスト王子とボシュエ卿、キュイーヴル伯爵家の母子は、事件について話したが、目新しい情報は得られなかった。

 王子とボシュエ卿は頃合いを見計らって伯爵夫人の応接間を辞去し、西棟から中央棟へ続く廊下を戻った。

 

 すると、向こう側から誰かがやってくるのが見えた。

 正式な黒い喪のドレスに着替えたフェール女侯だった。

 女侯は二人に気づいて恭しくお辞儀をした。


「これは女侯殿。どこへお出かけに?」


 王子は彼女がキュイーヴル母子に会いに行くのだろうと直感していた。


「キュイーヴル伯爵夫人と准将をお訪ねしようと思っているのです」


 王子は頷いた。

 しかし、続く女侯の言葉には眉を上げた。


「今や老女に過ぎない私ですが、昨夜までは皇太女殿下の『第一の臣下』としてまだまだ働く気でいました。しかし、こうなった今、『停戦派』の私には居場所がありません。宮廷を去るつもりであることをお二人に明言しておかなければ……今後は彼らが政治の中心になりましょうから。いずれにしても、領地だけは――」


 王子は詳しく聞こうとしたができなかった。

 背後から彼を呼び止める声が聞こえたからだ。

 驚いたことに先ほど別れたばかりのキュイーヴル准将だった。


「お待ちください、王子殿下」


 キュイーヴル准将のよく通る声が廊下に響いた。


「准将、何か言い残したことでも?」


 王子は振り返った。

 女侯とボシュエ卿は准将がまとっている重い空気を察して、それぞれ元の進行方向へと歩いて行った。

 准将は、卿が中央棟に続く角を曲がり、女侯が伯爵夫人の応接間に入ったのを見届けてから切り出した。

 

「私は……王子殿下にお詫びせねばなりません」


 王子の胸に重たいものが沈んだ。

 先ほど伯爵夫人は皇太女と准将の噂を否定していたが――。


「私は最初は確かに皇太女殿下と政治的な連携を探っていただけでした。母は、ご婦人から評判の良い私であれば、畏れ多くも殿下を翻意させられると思っていたのです。しかし――」


 准将の暗い色の瞳が王子を真っ直ぐに見据えていた。


「しかし、途中から私の気持ちはそれを超えていました。私はあの方をお慕いしておりました。特に、殿下が私が政界より戦場に立ちたいのだと察して『あなたは女神様にお仕えする戦乙女たちの子なのでしょう』と言ってくださったときからです」


 王子は准将の話を黙って聞いていた。

 いかにもアリエノールらしい言葉だった。


 “エルンスト、あなたの薬草学の知識は素晴らしいわ。今後、『第七王子の暇つぶし』だなんて卑下するのは私が許さなくてよ?” 


 王子は瞳に熱いものがこみ上げるのを感じた。

 今朝、皇太女の訃報を聞いて以来ずっと抑えてきたものだった。

 准将はそんな王子の様子に気づかずに続けた。


「しかし、殿下は明確に一線を引かれていました。私がいくら贈り物をしようとも決して直接受け取ることはありませんでした。なので、ここ数ヶ月は贈り物を控えていました。昨夜は母からの指示で久しぶりに贈り物をしましたが、同じことでした。やはり私は昨夜お訪ねすべきではなかったのです。私が皇帝陛下や母の期待を拒否できなかったばかりにこんなことになってしまったような気がしてなりません……本当に申し訳ありませんでした」


 准将はそれだけ言うと、返答も待たずに母の応接間へと戻って行った。


「王子殿下」


 いつの間にかボシュエ卿が王子の傍らに戻ってきていた。


「ボシュエ卿、今の准将の話だが……」

「ええ……事件に関係のある話かと思い、無作法ながら聞いてしまいました。事実であれば、例の噂は世間の誤解ということになりますね」


 ボシュエ卿はそう言って、視線を伏せた。


「それに、先ほど私は准将殿が皇太女殿下に直接贈り物を渡さなかったことを疑問を呈しましたが――なんのことはありませんでした。殿下が一線を引かれていただけのこと」

「ああ……そうなのかもしれない」


 王子はそう応じながらも、首を傾げた。


「しかし、わからない。先ほどの話が事実であれば、どうして准将は自分が愛されていないとわかりつつ、皇太女殿下を訪ねていたのだろう。母である伯爵夫人、更には皇帝陛下から相当期待されていたようだが、そのせいだろうか?」


 王子が呟くと、ボシュエ卿が静かに言った。

 

「さあ、陛下やお母上からの期待のせいだけではないようにも思われますが……。しかし、私にとっては、王子殿下の方が数段よくわかりません」


 卿の言葉に王子は思わず眉を寄せた。

 

「私がわからない?」

「ええ……何故あなたは昨夜皇太女殿下と口づけを交わされた後、すぐに立ち去ってしまわれたのでしょう?」


 その問いに王子は顔を上げた。

 卿のアメジストの瞳が彼を見つめていた。

 数時間前に王子を告発したときのような鋭さはなかった。

 しかし、それでも王子は視線を外せなかった。

 

「それは……さっき言っただろう?私は彼女の気持ちを無視して――」


 王子は敢えて軽く笑って答えた。

 一方のボシュエ卿はただ眉を上げた。

 

「それは皇太女殿下に直接聞いたのですか?」 

「……いや、聞いたことはなかった」

「では、本当にお気持ちを無視したのかどうかもわからないではないですか。現に、准将殿との噂は誤解だった可能性も出てきました」


 王子は口を開いたが、言葉が出なかった。

 彼の言う通りだった。

 王子は一度も彼女の気持ちを知ろうとしなかった。

 知ることを避けていた。

 それどころか自分自身の気持ちさえも――。


 王子が黙したまま立ち尽くしていると、気遣うようにボシュエ卿が言った。


「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました。ただ、この事件が起こらなければとつい思ってしまったのです。お二人に別れまで今しばらくの猶予があれば――」


 ボシュエ卿の言葉に王子は視線を落とした。

 

 ――「事件が起こらなければ」「今しばらくの猶予があれば」

 ――アリエノールと私は何か違ったのだろうか。

 ――例えば、お互いに愛し慈しみ合うようになり、無事結婚式を迎え、皇帝陛下がおっしゃった通り「夫婦の護り」を得ることができたのだろうか。

 ――いや、あのとき逃げてしまった私はいずれにしても……。


(エルンスト、あなたは――)

 

 再び耳の奥で皇太女の声が響いたが、すぐに消えてしまった。

 その声の続きを求める代わりに、王子は暫しボシュエ卿の言葉を心の中で反芻していた。


 “事件が起こらなければ”

 “今しばらくの猶予があれば”

 

 すると、突然、王子の青い瞳が大きく見開かれた。


 ――……待ってくれ。今、何か事件について重要な考えを得た気がする。


 “事件が起こらなければ”

 “今しばらくの猶予があれば”

 

 その言葉を内心で唱えていると、何かが繋がり始めた。

 事件を取り巻いていた多くの謎。

 それがパズルのピースのように互いに組み合わさって形を変えていく。


 ――12年前の事件により、皇帝陛下の夢は潰え、フェール女侯は出世に踏み出し、キュイーヴル伯爵家は停滞した。

 ――しかし、逆に当時「事件が起こらなければ」どうなっていた? 

 ――「今しばらくの猶予があれば」……犯人もそう考えたとしたら?


 ――今回の事件は12年前の事件の変奏だ。

 ――陛下は再度夢を追い求め、女侯は最後の抵抗を目論んだ。

 ――准将は意に沿わぬ期待を背負い、伯爵夫人は息子を引き上げようとした。

 

 ――そして、いずれも中心には後継者たちがいた。

 ――12年前は、皇太子とご弟妹方。

 ――今回は、皇太女アリエノール。


 王子の青い瞳の奥で全ての謎があるべきところに収まり、ある一つの文様が描き出された。


 ――そうか……12年前の犯人はあの人だったんだ。

 ――今回も同じだとしたら、どのように犯行を可能にしたのか説明がつく。

 ――証拠だってまだ残っているはずだ。


「王子殿下?いかがされました?」


 突然深い思考に沈んでしまった王子に、ボシュエ卿が訝しげに問いかけた。

 しかし、それは耳を素通りしていくばかりだった。

 

 彼の耳に響いたのは――。

 

(エルンスト、答えはすぐそこ――)


 王子はもうその声の主を探さなかった。

 代わりに胸にそっと手を当てた。

 そこにある痛みを確かめるために。

出題編をお読みくださりありがとうございました。

次章から解決編です。


以下、推理中の方向けのご案内です。

まず、次章にて、12年前の事件の真相が明かされます。「12年前の事件の犯人と動機」をご準備いただけるとよりお楽しみいただけると思います。

今回の事件の真相は一部を除いて次々章までは明かされないので、次章を踏まえての推理でも間に合います。


そして、お気づきの通りそれでも謎は残ります。そちらは最終章にて。

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「春の異世恋推理'26」企画詳細


エドワード朝英国を舞台に、探偵役の女男爵が活躍するヒストリカルミステリー×ロマンスシリーズを書いています。
本作のようにミステリーとロマンスが同時並行で進むストーリーです。

メラヴェル女男爵ミステリーシリーズ

― 新着の感想 ―
ついに次回に12年前の事の真相が!! たぶん、この人だろうなーというくらいしかわかりませんが……続きを楽しみにしております♪
三つの奇跡は、こういう効果かな?と。なので、王子が捜査している理由はなんとなく、こうかな?と、推測してます。 それはともかく。本文の中の王子がすごく悲しくてかわいそうなのですが、ものすっごくメタいです…
誰が怪しいかいうたら、本命はこの人にしたいなぁ…というのはあるのですが、どうやってアリエノールを手に掛けたかというと、さっぱりさっぱり…! 次回更新を正座待機させていただきます…
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