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13.喪失と反実仮想②

「では、まず、昨夜の一連の経緯を教えていただけないでしょうか、伯爵夫人?」


 ボシュエ卿の言葉を受けて、伯爵夫人は記憶を探るように眉を寄せた。


「ええと……昨夜、皇太女殿下は午後8時頃まで礼拝にご出席され、私も一緒でした。礼拝が終わると殿下も私も中央棟1階の殿下の居殿に戻りました。そこであなたと合流しましたわね、ボシュエ卿?」

「ええ、私は礼拝では神官として裏方の仕事をしていたので、別々にこちらに戻ったのでしたね」

「はい、そこでいつも通り共に宮廷魔導士の検査を受けたのはご存じのとおりです」


 そこでボシュエ卿が王子に視線を送ったので、王子は微かに頷いた。

 やはり卿と伯爵夫人は漏れなく宮廷魔導士の検査を受けたと考えて良さそうだ。


「殿下は暫く応接間でお一人でお過ごしでした。私は衣装の間で下級女官たちが祭日の衣装を準備するのを監督しました」


 この事態により全て中止になったが、祭日である今日は昼間の祝宴や夜の正餐会をはじめ、様々な行事が予定されていた。

 伯爵夫人によると、皇太女には行事一つひとつに新しく誂えた衣装が用意されていたので、当夜に側に上がった女官総出で、ほつれ一つ見逃さぬよう最終点検していたという。


「その間、ボシュエ卿はお呼び出しに備えて、控えの間にいらっしゃいましたね?」

「ええ、そうでした」


 ボシュエ卿が頷いた。

 王子は、伯爵夫人が彼の密かな来訪に気づいていなかったことに安堵した。


「その後、午後9時に皇帝陛下がいらっしゃり、陛下が賜った貴腐ワインを召し上がりながら何事か議論されていたようでした。私は同席しませんでしたが、午後9時半頃にお帰りになる陛下をお見送りしました」

「その後、午後10時頃フェール女侯が訪ねていらっしゃったと思いますが、それまでに何か変わったことはありましたか?」

「いえ、特には。皇太女殿下が宰相の女侯殿を呼ぶようにおっしゃったので、ご連絡したくらいです」


 それを聞いて王子もボシュエ卿も思わず眉を上げた。

 二人とも先ほどの女侯の口ぶりから、女侯の方から皇太女を訪問したと捉えていた。

 しかし、伯爵夫人の話が本当であれば、実際には皇太女が女侯を呼び出したことになる。


「皇太女殿下は急にそうおっしゃったのでしょうか?ご用件については何かお聞きになりましたか?」

「ええ、皇帝陛下がお帰りになった後、急におっしゃいました。ご用件は『前に頼んだものを持ってくるように』とだけ伺いましたので、それはお伝えしました」


 王子は顎に手を当てて思案した。

 昨夜女侯が皇太女に献上したのは、苺と銀の花器だ。

 その二つ、もしくは、そのいずれかを皇太女が前もって頼んでいたということになる。

 王子は続けて尋ねた。


「女侯殿へのご連絡はどのようになさったのですか?」

「いつも通り遠隔伝声管で連絡しました」


 遠隔伝声管とは遠隔地にいる相手と通話することのできる魔道具で、ここ数年、帝国の公共施設や富裕層の邸宅に相次いで導入されているらしい。

 伝令用ワタリガラスなどの伝統的手段を使ったのであれば、何か仕込む余地もあると思ったが、声を伝えるだけの遠隔伝声管なら疑わしいことはなさそうだ。


「昨夜、女侯殿は翌日の祭日行事のために宮殿敷地内の公邸にお泊りだったので、数十分でいらっしゃいました。苺と花器を持参されました」 

「そのときのお二人のご様子は?」


 と質問したのはボシュエ卿だった。

 伯爵夫人は首を捻って思案していたが、やがて答えた。


「特におかしなことはありませんでしたが、政務のことで真剣なお話がある雰囲気ではありました。とはいえ、私は引き続き衣装の準備で忙しかったので、ご様子を拝見したのは、最初に女侯殿を応接間にご案内したときと、その後、女侯殿が持参された苺を器に盛ってお持ちしたときだけです」

「なるほど。苺はあなたが一度受け取ったのですね。花器についてはどうでしょう?」


 ボシュエ卿が尋ねると、伯爵夫人はハンカチを持った手を頬に手を当てながら答えた。


「苺については、到着後すぐに私が受け取って下級女官に渡して器に盛らせました。花器は女侯殿がお持ちになったままでしたわ。でも、それが何か?」

「いえ、神託の調査のために、物の動きを把握したいだけですよ」


 ボシュエ卿は愛想よく微笑んだが、伯爵夫人は扇越しに微かに眉を寄せていた。

 卿はそれに構わず質問を続けた。


「その後はどうされたのです?伯爵夫人」

「午後10時半に我が息子が皇太女殿下を訪ねて参りましたので、私が出迎えて応接間に案内しました」


 伯爵夫人の言葉に准将も頷いた。

 彼によると、昨夜、宮殿にほど近い兵舎で催された祭日前夜の祝宴に顔を出していたところ、午後10時前に遠隔伝声管で皇太女の話し相手として参上するよう母から連絡があったのだという。


「私はこの西棟の母の私室に贈り物を取りに寄ってから、午後10時半頃に皇太女殿下を訪ねました。まだ女侯殿がご訪問中でしたので、仲間に加えていただいたのです。私のような独身の男はどなたかが一緒でないと皇太女殿下とお話しできませんから」


 そう言って准将は、一瞬エルンスト王子に視線を向けた。

 王子はそれに気づかなかったふりをして、伯爵夫人に尋ねた。


「伯爵夫人、何故あなたは准将をお呼び出しに?」

「大したことではありませんのよ。殿下と女侯殿が堅苦しいお話をなさっているご様子だったので、息子を呼んで楽しい話でもさせようと思ったのです。もちろん、殿下は真剣な議論を厭わない方でしたが、祭日前夜くらいはゆっくりしていただきたくて……」


 伯爵夫人は昨夜の健在だった皇太女の記憶に耐えかねるようにハンカチで目元を拭った。

 続いて王子は准将に問いかけた。

 

「あなたが伯爵夫人の私室から持参した『贈り物』とはなんだったのです、准将?」

「チョコレートと白いカラーの花束です。皇太女殿下のお好みをよく知っている母が用意しておいてくれました。先ほど卿がおっしゃった『物の動き』の観点で言うと、私は応接間に着いてすぐ殿下に贈り物をご紹介してから、母に渡しました」


 准将がそう言って伯爵夫人の方に顔を向けると、伯爵夫人も頷いた。

 

「私は受け取ったチョコレートを女侯殿の苺と同様に下級女官に皿に盛らせ、皆さまにお出ししました。カラーの花束は一旦居殿内の別室に下げました」


 王子は軽く頷いてから続けて質問した。


「午前中、聖堂にいらっしゃった皇帝陛下を訪ねたのですが、カラーの花が皇太女殿下の棺の側にあるのを見ました。あれが准将が殿下に贈ったものでしょうか?陛下はあなたが聖堂に飾るよう手配したとおっしゃっていました」

「ええ、そうです。事件後、殿下の亡骸は検死のため、一度宮廷魔導士の詰所に運ばれましたが、最終的に聖堂に安置されることになるのは慣習で決まっていました。そのときにお好きだったお花が側にあった方が良いと思ったのです」


 伯爵夫人は再びハンカチで目元を拭った。

 そこで准将がふと思い出したように尋ねた。


「そういえば、母上。女侯殿と私が退出する際に、花束の件で下級女官を使いに遣っていませんでしたか?」

「あら?そうだったかしら?」


 伯爵夫人は首を傾げた。

 

「ええ。確か『水場に行くように』というようなことをおっしゃっていたかと」


 准将の言葉に伯爵夫人は軽く視線を落としたが、暫くして「ああ」と言って顔を上げた。


「カラーを水場で水揚げしておくよう言っただけですよ。生ける前に暫く水に浸けておかないとすぐ枯れてしまうから」

「すると、一度居殿を出た下級女官がいた……」

「あらあら、あなたの心配はわかりますけどね、ヴィクトル。彼女は水場に花を置きに行っただけよ。その後、戻ったときにきちんと魔導士の検査を受けているのだから、変に疑ったらかわいそうよ」


 伯爵夫人の答えに准将は頷いたが、何か考えを巡らせているようだった。

 王子もマーリン師が、事件当夜、午後11時半の少し前に西棟側の水場から戻った下級女官を宮廷魔導士が検査し、異常はなかったと言っていたことを思い出した。


 ――アリエノールが毒に倒れたのは午後11時半頃。

 ――その少し前に外から戻った下級女官がいたことは、確かに気にはなる。

 ――しかし、検査では異常は見つからなかった……。

 

 続いてボシュエ卿が質問した。


「ところで、聖堂でカラーが生けられていた花器は、女侯殿がお持ちになった花器でしょうか?」

「ええ、そうです。殿下の亡骸が運び出された後、側仕えの者たちは現場を離れる前に魔導士の検査を受けることになったのは、卿もご存知の通りです。その際にカラーを飾るための花器の持ち出しを願ったのです。すると、その花器であれば検査済みなので持って行って良いと言われました。それで下級女官に水場のカラーを生けて聖堂に飾っておくよう指示しました」


 伯爵夫人は一度言葉を切ると扇越しに首を傾げた。

 

「そういえば、その花器だけ検査済みだったのは、それが寝室の床に転がっていたかららしいのですが……今思うと妙だわ。何かご存知かしら?ボシュエ卿」


 伯爵夫人の問いにボシュエ卿はただ首を傾げ「さあ……」とだけ言った。

 当然、寝室で倒れた皇太女がボシュエ卿と「君臣の絆」を結ぶために純銀の盃代わりに使ったせいだが、王子も卿も、最初に取り決めた通り余計なことは話さないことにしていた。

 

「客人が帰った後、皇太女殿下は寝支度をなさったと思いますが、お手伝いしたのはあなただけですか?」


 ボシュエ卿の質問に伯爵夫人は頷いた。

  

「ええ。昨夜は皇太女殿下に直接触れてお世話できる身分の女官は私のみでしたから。殿下は、女侯殿と准将が退出された後の午後11時頃から更衣の間で寝支度をなさって、午後11時半までには寝室に入られました」

「何か変わった様子は?」

「特にはなかったかと。御髪を梳いて差し上げたときに『ジュリエット、今日は良いことも悪いことも両方あったわ』とおっしゃっていましたっけ……。寝支度が済むと私は衣装の間での仕事に戻りました。その後、暫くして宮廷魔導士が駆け付けた物音を聞いて、異常に気づきました」


 伯爵夫人は確かな口調で言った。


 ――やはり昨夜、アリエノールに直接接触したのは伯爵夫人だけ。

 ――しかし、礼拝後に宮廷魔導士の検査を受けた彼女が毒を持ち込むことは不可能だ。


 王子は考えを巡らせながらも、次に准将に向かって尋ねた。


「准将、皇太女殿下と女侯殿との歓談で何か変わったことは?例えば北方戦争を巡って議論になったとか」

「いいえ。昨夜は緊迫した話題は出ませんでした」


 准将は印象に残った話として、女侯が語ったという数十年前に西のクラベル王国に留学していた際の冒険譚を掻い摘んで話したが、確かに議論を呼ぶ内容ではなかった。


「あとは……私がお話しした我が国と北の大国の兵站の違いには、お二方ともご関心を示されていましたが、その程度です。もっとも、私が女侯殿とは違って、北方戦争は断固として続けるべきだと考えているのは事実ではあります。皇太女殿下がお命じくだされば、都市の一つや二つすぐに落としてみせましたのに」


 准将の言葉には、悔しさが滲んでいた。

 続いて質問をしたのはボシュエ卿だった。

   

「その際、皆さま何か口にされましたか?」

「ええと、貴腐ワインは全員がいただきました。それから、私は苺もいただきましたが、他の方は召し上がらなかった気がします。チョコレートには誰も手をつけませんでした。卿、まさかこれらの食物の中に毒が入っていたとおっしゃっているわけではありませんよね?」

「おや、お聞きになっていませんか。宮廷魔導士の調査では飲食物はじめ居殿内から毒は検出されなかったようです」


 ボシュエ卿がそう告げると、准将は視線を落とした。

 卿は続いて母子に向けて鋭く問いかけた。


「ただ、いずれにしても、ご遺体から毒が検出されたのは事実です。関係しそうな陰謀など何か心当たりはありませんか?」


 伯爵夫人は眉一つ動かさなかったが、准将の視線は未だ床を彷徨っていた。

 

「――世代交代への抵抗かもしれませんわね」


 暫くして伯爵夫人が口を開いた。


「というと?」


 ボシュエ卿が問うと、伯爵夫人は遠慮がちに話し始めた。


「去年成人されて以来、皇太女殿下は大貴族や若い貴族の支持を集めていらっしゃいました。皇帝陛下や宰相の女侯殿も殿下の影響力を無視できず、よく政務についてご相談なさっていました。我がキュイーヴル伯爵家も、准将が春に叙爵されて正式に政界デビューをした暁には、次世代の担い手として殿下と手を携えて参りたいと考えておりました」

「僭越ながら皇帝陛下はそれがお気に召さなかったのでしょうか?」


 ボシュエ卿が問うと、伯爵夫人は微笑んだ。


「まさか。皇帝陛下は皇太女殿下を後継者として頼りにしておいででした。これからは皇太女殿下を帝国の中心に据えるご意向だったからこそ、春の叙爵で女侯殿を女公に陞爵させて引退を促そうとしたのです」 

「しかし、北方戦争を巡っては、皇帝陛下と皇太女殿下は意見を異にしていたのでは?」

「おっしゃる通りですわ、ボシュエ卿。皇帝陛下は『主戦派』で、皇太女殿下は『停戦派』でした。しかし、親というのはそれだけで血を分けた子への愛情を失うものではありません。それに、私共伯爵家も間を取り持つべく、特に准将が皇太女殿下の説得に熱心に取り組んでいました」


 そう言って伯爵夫人はエルンスト王子に視線を送った。

 その暗い色の瞳が一瞬鋭さを帯びた気がした。

 王子はそれには応えず、准将の方に視線を向けた。

 准将は唇を引き結んだままただ正面を見据えていた。


「伯爵夫人、王子殿下の御前で恐縮ですが――ここ数か月お側で拝見したところ、准将殿は『間を取り持つ』だけにしては些か熱心過ぎたのでは?」


 ボシュエ卿が言うと、伯爵夫人は黒い扇を口元に翳して笑った。


「嫌だわ、ボシュエ卿。あの下らない噂のことをおっしゃっているの?准将は社交家ですから、殿下を楽しませることに熱心でした。でも、実際には二人の間には何もなかったでしょう?」

「ええ、まあ。私の知る限りでは、お二人はいつもどなたかの付き添いの下でお会いになっていましたから」


 ボシュエ卿の言葉に准将も確かな頷きで同意を示した。


「いずれにしても、このような事態になり、私共はますます皇帝陛下をお支えしなければならないと思っています。我が息子が春の叙爵で伯爵になれば、戦場で培った勇敢さを発揮して、きっと陛下の力になれるはずです。そうですね、ヴィクトル?」


 伯爵夫人がやや鋭い口調で言うと、准将は「ええ、そのつもりですよ、母上」と神妙に応じた。

 

 一方の王子は母子の言い分をどう捉えれば良いか考えを巡らせていた。


 ――准将がアリエノールに熱心に近づいていたのは、次世代を担う者同士連携を探っていたというのが伯爵家の言い分か。

 ――だとすると、政権の中心から追い出されようとしていた宰相の女侯にとっては目障りだったのではないだろうか。

 ――いや、皇帝陛下ご自身も表向き世代交代を歓迎しているように見せつつ、内心では承服しかねていたということもあり得る。

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「春の異世恋推理'26」企画詳細


エドワード朝英国を舞台に、探偵役の女男爵が活躍するヒストリカルミステリー×ロマンスシリーズを書いています。
本作のようにミステリーとロマンスが同時並行で進むストーリーです。

メラヴェル女男爵ミステリーシリーズ

― 新着の感想 ―
むむむ…徐々に色々な情報が明らかにされていきますね!! ストーリーと関係ない感想シリーズで申し訳ないのですが、貴腐ワインという言葉がはじめの方から何度か出てきていて、気になったので調べたら、極甘口の…
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