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お母さんやめたい  作者: 澄川あや


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普通って何? 多様性ってめんどくさい

お読み下さってありがとうございます。

 全人類に叫びたい。

 健常児だろうが障害児だろうが、育児って大変なんだよ!


 大昔は子どもの年長者が面倒を見てたり、畑の端に連れてきてわりと大らかに育てられてたから育児を軽く見られがちだけれど←保育園や幼稚園の先生の月収が物語っていると思う。キツ過ぎて3人目になると記憶がない。

 出産しました。入学しました。

 え! 小学校入学? 6年間何してたの私? という人も多いはず。


 小学校入学といえば有名な小1の壁。

 子どもが小学校へ入学する時、共働き世帯が直面するというエベレスト並みに高いハードル。

 そんな時に頼りになるのが学童。

 学童にも大きく2種類あり、自治体が設置、運営しているものは比較的良心的な価格ではあるものの、保育園よりも預かりの時間が短く、希望したら必ず入れるというわけでもない。また、入れたとしても手厚い保育園と違い大変な事は多い。

 長期休みの開始時刻が遅いため勤務調整必須、お昼のお弁当作りは地味にしんどい。

 もうひとつは民間の学童。お迎え付きだったり、色々なカリキュラムがあるから習い事感覚で楽しめたり、夕飯が出たりするそうで、至れり尽くせり! 高いけれど魅力的な学童も増えたので、助かる家庭も多いと思う。

 短時間パートの澄川ですら大変だったので、フルタイムのご家庭はさぞかし大変だっただろう。お疲れ様です。


 さて、今現在、澄川が直面している、発達障害持ち的・中1の壁を語りたいと思う。

 ※一般的な中1の壁は進学によって環境が変わり、適応できず、心身または学習の不調をきたす現象のことを指します。


 小学生の時はたくさんあった人の目と手がなくなり、子どもなのにほぼ大人として扱われてしまう事。

 これってすごく恐い事だと思いませんか?


 小学校から大学まで、すべての登下校は学校の管理下ではないため怪我をしようが、事故に遭おうが、保護者の責任なのである。

 いつ自分が加害者になり、被害者になり、被害者の家族になるか、わからない。交通事故は誰にでも起こりうる悲劇なのだ。


 子どもは守らなくてはいけない。

 小学生は特に危ないから保護者と地域の協力で子どもを守るぞ! 

 というわけでPTAの旗当番があり、地域のボランティア様、警察関係者の見守りのおかげで小学生の安全は守られている。


 中学生になるということは、大人に守られることはなく安全を確保しなくてはならない、つまり責任を負わされることになるのだ。


 義務教育にも関わらず通学路もなく、スクールゾーンなどの登下校時の安全を保証してもらえなくなることは、障害持ちに取っては死活問題である。

 普通は親が送るらしいが、澄川の家には小学生の末娘がいる。

 絶妙に登校時間が違い、中学校の付き添いをすると小学生が遅刻する。小学生を優先させると中学生が危険という恐ろしい状態に。


 というわけで、療育センター、基幹支援センターや福祉課の方々に事情を話し、一緒に考えてもらうことに。

 ひとりじゃないって、すばらしい!


 移動支援を認めてもらったり、一緒に登校してくれるスタッフさんを探してもらったり力になってもらう。が、移動支援のスタッフさんは見つからず、違う方法を考えることになった。

 登校時間から働いてくれるヘルパーさんがいないのだ。

 まぁ、そうだよね。

 朝、早いよね。ゆっくりしたいよね。


 ヘルパーさんは絶望的だけど、引き続き探してもらって。それとは別に対策をひねり出さねばならない。


 私たちは最終手段を思いついた。

 それは公共交通機関で登校するというものだ。


 運よく澄川の家の近くのバス停から中学校に行くバスがあり、時間も丁度良い。中学校近くのバス停からはレール付の歩道がある。

 バスに乗せるまでは親が責任を持って送り出し、この子の特性・決められたルーティンは遵守するがあるから乗り過ごす事はないと確信出来る。

 成長のために親が手を放すにしても丁度良い距離感だと支援センターの担当さんと話し合い中学校に打診。

 もちろん素気なく断られ、なぜ許可されないのか明確な理由を説明して欲しいと話し合いの機会をお願いした。



 これは澄川と中学校のやり取りの一部である。


 〇今まで事故は起こっていないから大丈夫。→何の保証にもなりませんね!


 〇お子さんを信じて!→信じて見守る事と放置する事は違いますよね!


 〇みんな歩いて来ているのですから、歩いて来させて。→狭い道なのに両側通行で交通量も多く、しかもかなりの速度で車が走る、およそ60センチ位しかない幅の狭い路側帯を自閉症児に歩けと? 殺す気ですか? 死なない為に公共交通機関を使わせて欲しい。


 〇お母さん同伴ならどうぞ。→仕事があるので無理です。


 〇普通、学校は歩いて来るものです。→普通って何ですか? 健常児の事ですか? 勿論、障害児なので普通でないのは知っています。健常児と同じものを求められても困ります。


 明確な理由は明らかにされなかった。これが普通だし、通学距離が2キロ(澄川の家から1.8キロ)を超えていないから、ひとつは特例を作ると、なぜ? じゃあ家の子もとなり、きっと面倒くさかったのだろう。

 あと、中学生という繊細な時期に浮かないように、イジメられないようにとの配慮もあったのだと思う。


 澄川、別に中学校が嫌いなわけではない。考え方が古いなとは思うけれど、常識をぶち壊してくれた娘たちがいなければ私もそうなっていたのだと確信出来るからだ。


 澄川にとって娘の命が大事なように、学校にとって娘を含めたすべての生徒さんが大事で、問題なく運営をするためには慣例を守るのも大事な事だと判断したのだろう。

 どちらにとっても大事なことだから本気で話し合うし、本気で対立もする。だけど、双方ステキな学校生活が送れるように願っているのは間違いがないから、必ず分かり合えると信じている。


 大事なことは、死なない事だ。

 それ以外に大事なことなどない。

 

 さて、ここで質問。


 普通って何?

 多様性ある社会、教育って何?

 

 普通をググッてみると、こんな答えが出てきた。

 「普通」とは、特に変わったところがなく、一般的でありふれている状態。広く通用する、平均的、またはあたりまえの様子を表す言葉とある。


 普通と多様性って、わかり合えないのでは?


 普通を健常者などのマジョリティだとしたら、マイノリティは悪いこと?


 絶対に違う。


 個性の違いは、人間が生物として生き残るための生存戦略として、種の存続をかけて遺伝子を変化させたからだ。

 私たちは、たまたまマジョリティになったりマイノリティになっただけなのだ。


 今、私たちの社会は大多数の人が楽に生きられる社会である。それが悪い訳ではない。社会秩序を決める規範になるものだと思う。

 少数派を配慮しすぎて社会秩序を崩してしまったら、誰にとっても息苦しい社会になると思う。

 そもそもマイノリティの中でも特性は個性的で重なることがない。マジョリティの中にだって全く同じ個性はない。みんなそれぞれ違う事が当たり前なのだ。

 だから、相手を悪く思うのではなく、本気で話し合おう。理解して欲しいと素直に話そう。受け入れられなくても良い。受け入れられない自分という事実を知ることが大切なのだ。

 話はまとまらないけれど、たくさんの意見を知る。


 それがきっと多様性なのだ。

 お読み下さってありがとうございます。少しでも誰かの役に立てれば幸いです。

 発達障害など、専門的な相談するなら療育センター、基幹センター、福祉課がおすすめです。少しでも引っかかる事があれば専門の方に相談をすると良いと思います。

 一番側でみている方の違和感を否定してはいけません。 

 一番側にいるということは、誰よりも一番心配をして、誰よりも一番頑張っているってことですから。

 より良い方法を一緒に考えてもらうくらいの軽い気持ちで良いと思うのです。発達障害な診断がおりたところで、何が変わるでもないし、失うわけでもない。子どもと、互いにストレスのない関係を作れる方法を教えてもらえるチャンスだと澄川は思うのです。

 育児は大変です。それは健常児も障害児も変わりません。こだわり強すぎてコイツ(怒)と思う事もたくさんあります。でも振り返れば凝り固まった常識をぶち壊す大事な機会でもありました。寛容にもなれました。それは澄川にとって財産です。

 みな様がそのように思える未来が来ることを祈ります。

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