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お母さんやめたい  作者: 澄川あや


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3/3

卒業式と平和教育の思い出

お読み下さってありがとうございます。今回も重たい話になってしまいました。

 澄川の出身地は広島である。親と暮らしはじめた場所は原爆の被害の円の中に入るくらいの場所でもあった。


 澄川の小さい頃、広島県の日教組は全国でも強い地域で、夏になると平和教育や人権教育をかなり熱心にやっていた記憶がある。

 もちろん、忘れてはいけない事なので、そこに異論はない。


 高学年になり、男性の担任になった。

 初夏から夏になるとよく午後の有休を取って休んでいたと思う。

 理由は平和活動をするから。それでよく夫婦喧嘩をするらしい。


 たまに午後休以外にも1日休みを取るかもと宣言していた。


「明日はストライキをする予定です。学校に来ても先生はいないかもしれません。多分、組合に入っていない先生か、教頭・校長先生が自主勉プリントを配る形になります。先生は処罰を受けると思いますが、平和を守るため頑張ってきます」

 今聞くと超ビックリな話を朝の会でされたりもした。(当時も公務員のストライキは禁止されております)

 結局、来ることの方が多かったこともあり、私たちも慣れたもので、ハイハイみたいな返事をした気がする。

 それくらい、日常だった。

 先生にとって目の前に座る子どもより理想が大事なんだなと思った。


 私は2月と3月が嫌いだ。小学4年の頃から嫌いになった。


 卒業式目前の時期に毎年、学校の校長先生、教頭先生が何人も首を吊って亡くなったと毎年ニュースで見ていた。


 小学4年の時、右隣の学区の音楽の先生が首を吊って亡くなった。卒業式で君が代を弾く事を同じ教員に責められたからだと聞いた。

 去年まで私の学校にいた若い先生だった。悲しかった。

 小学5年の時、左隣の学区の教頭先生が亡くなった。これも卒業式が原因だった。私は卒業するのが恐かった。私が卒業する時は、きっと私の学校の先生が首を吊るのだと思った。

 

 この頃の広島県では日の丸・君が代斉唱をめぐって、県教育委員会と日教組が激しく対立。それが悲しい結末を引き寄せ続けた。

 在校生として出席した卒業式では、国旗は緞帳で見えない位置に配置したり、国歌は嫌がらせのような音質の悪いもので、君が代とは思えないものだったと思う。


 校長先生も教頭先生も、どちらがが毎朝、校門に立っておはようと迎えてくれる優しい先生だった。

 小学6年生の1月の終わりだったと思う。息が白くなるような朝だった。

 いつもはどちらか1人しか立たないのに、2人が並んで立っているのを見て、今しかないと、2人の服を掴んで死なないでねと言うと、2人は一瞬目を見開いて、もちろんだよと頭を撫で、約束を守ってくれた。

 一方、担任は卒業式前日の帰りの会で悔しそうな気配を滲ませつつ、深刻な顔をして切り出した。

「明日の卒業式、皆さんは君が代を歌わなければならない。起立して歌わせなさいと教育委員会から示達が来ています。教育委員会からも監視が来ます。起立はしなさい。けれど歌いたくなければ俯いていれば良いのです」

 

 当日、日の丸はスタンドの脚がやや見切れていたものの、存在感を主張していた。君が代は音質のきれいなテープが流れた。教職員と来賓と一部の保護者が歌った。担任は起立し、拳を握って俯いていた。家族、特にお嫁さんに厳しく言われたのかもしれない。


 なぜ私がそんなに知っているかって?

 私は当時、君が代を歌えなかったので観察をすることにしたのだ。

 考えてみれば当たり前だ。歌えと言われても習った事がないのに歌えるはずがない。反戦の歌ならたくさん歌えるのに、オリンピックでも流れる君が代を歌えないという歪さが恐かった。


 私の学校は無事だったけれど、隣町で校長先生が亡くなった。

 毎年、毎年、卒業式のために誰かが死んでいく。

 呪いのようだと思った。

 祝われるべき喜ばしい事のはずなのに、素直に喜べないのが苦しかった。


 命は大切。平和教育大事。同じ事を言っているのに、どうして相容れないのだろう。

 理想も大事。命も大事。なのに相容れない相手はどうして大事に出来ないのだろう。


 呪いのように続くと思われた対立がようやく終わった。

 誰かの理想なんか関係ない。

 誰も死なず、誰も悲しい、苦しい思いもせず、ただ、みんなが笑顔で祝える事が私は嬉しかった。


 1999年8月9日 国旗国歌法成立。

お読み下さってありがとうございます。

悲しいニュースを知りました。哀悼の意を表します。

その時に思い出した私の記憶を書きたくて文章にしました。

元気になってもらうために書こうという趣旨を大きく逸脱していますが、お読み下さって、本当にありがとうございました。

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