三章-3
オティーリエの件を警備兵と慌てて駆けつけたヴァイザーに任せると、ヴォルフラムは私室へと戻った。
「俺は、相当嫌われているらしい」
私室に戻りヴォルフラムはポツリと呟いた。
口元には自嘲するような笑みが浮かんでいる。
戻ってくるまでに、ヴォルフラムに同情するような視線もあればまるで親の敵のように睨んでくる侍女も多かった。彼女たちの穏やかで優しい面しか見てこなかったオティーリエにとっても衝撃だった。
まさか、彼女達があんなにも感情を露にするなんて。自分を慕ってくれていることを喜ぶことなど出来なかった。
『私も、驚きました』
「………」
オティーリエは首を小さく横に振ると、ヴォルフラムを見上げる。
『あまり、お気になさらずに。誰がどう思おうと、貴方が思うようにすればいいんです。それが間違っているのであれば、私がお止いたします』
「小鳥にそう言われるとは、」
『あら、私では頼りないですか?』
「いいや。心強い」
そう言って微笑むヴォルフラムにオティーリエは言葉に詰まった。まさか、素直にそう返されるとは思いもしなかった。
『何か、悪いものでも食べましたか?』
「どうしてそうなる?」
『……いえ』
「変な奴だな」
鼻で笑われ、オティーリエは心の中でムッとした。後で頬を突いてやろうと胸に誓う。
『これから、どうなさいます?』
「まずは……着替えるか」
汗で湿った服を見下ろし、ヴォルフラムは張り付く前髪を掻きあげた。まるで狙い澄ましたかのように扉が叩かれる。
「おはようございます、殿下。お湯をお持ちしました」
得意げな顔をしてお湯を張った入れ物を持って現れたのはラルスだった。
「ありがとう」
「朝食の準備も整っております!」
胸を張るラルスの後ろでは、侍女頭がまるで孫でも見るような表情で見ていた。
「朝から、大変だったみたいですね」
食後のお茶を啜っていたヴォルフラムは、ラルスの言葉に顔を上げる。
「噂は広まっているのか?」
「えっと、離宮の侍女の方々が話をしていたのを聞きました。緘口令が敷かれているみたいで、王宮の人達は知らないようです」
「緘口令?」
『意味があるのでしょうか……噂はすぐに広まりそうですが』
同意するようにヴォルフラムは瞼を伏せた。
「王太子妃様は、大丈夫でしょうか?」
「ヴァイザーが何かしら手を打つだろう」
「それは助かりますね! 王太子妃様の周りには変な噂が絶えませんし、」
「変な噂?」
「あ……」
ラルスは思わず口を片手で覆う。逡巡するように視線を下に向けると、ゆっくりと片手を下ろした。
「あ、あの、その……王宮の侍女達が話をしていたのを聞いただけなんですけど、その、王太子妃様が良く行かれる書庫の司書が、叶わぬ思いを抑えられずに呪術に手を出したんじゃないかって……」
『はぁ?』
オティーリエは思わず素っ頓狂な声を出した。
まさか、あのツィーオンとそんな噂が立っているとは思いもしなかった。確かに立ち振る舞いが変わっている男だから、呪術に手を出していてもおかしくはないが。まさか、オティーリエに思いを寄せることはないだろう。
「……真偽はともかく、彼に話を聞く必要があるかもしれないな」
『何故です?』
「え、そ、そんなことして、ヴォルフラム様に何かあったらどうするんです!?」
「彼女は、よく書庫に行くのだろう? もしかしたら、司書が怪しい人物を見ているかもしれない」
「それは、でも……」
まさか、会いに行くと言われるなどと思いもしなかったラルスは困ったように視線を泳がせる。
『……行かれるのであれば、菓子を持っていくことをお勧めします』
何故だと視線を向けてくるヴォルフラムにオティーリエは心の中で肩を竦めた。
『彼は、菓子に目が無いのです。恐らく、貴方の助けとなる話を聞かせてくれるかと』
ヴォルフラムは納得のいかない表情を浮かべながら小さく頷いた。




