三章-4
「書庫にお菓子を持っていくんですか?」
「ああ。ラルスも付いてくるか?」
懐に侍女頭に詰めてもらった焼き菓子の袋をしまいながら、自分の後ろを付いてきたラルスを振り返る。
「はい! 俺は、ヴォルフラム様の従者になるんですから!」
そう言って胸を張るラルスにヴォルフラムは苦笑した。
『まるで、子犬のようですわね』
「?」
「なんでもない」
きょとんとした表情を浮かべるラルスに、ヴォルフラムは小さく首を横に振った。
私室を出たヴォルフラムは立ち止まると離宮の奥へと視線を向ける。
「どうかしましたか、ヴォルフラム様?」
「……近衛騎士隊?」
ヴォルフラムの視線の先、白い騎士服に身を包んだ数人の男たちが見えた。この離宮に男性がいるのは珍しい。それが、王を守っているはずの近衛騎士隊ならば尚更だ。
『何故?』
「……どういうことだ?」
すかさず騎士へとヴォルフラムは駆け寄った。
近づいてくる王太子に気付いた騎士達は胸に手を当て一礼する。
「何故、近衛騎士隊がここにいる?」
「国王陛下より、離宮を警備するよう仰せつかりました」
「陛下が?」
まさか、とヴォルフラムは目を見張った。まさか、こんなにも早く行動を起こすとは思いもしなかったのだ。
(ヴォルフラム様に一言もないとは……)
俯くヴォルフラムの顔を覗こうと、近づく。小さく囀れば、ヴォルフラムが横目で一瞥をくれた。深い緑の瞳が優しく細められたことに、オティーリエは安堵する。
「殿下」
「……ユリウス」
廊下の角より現れたユリウスはヴォルフラムの姿を見るなり早足で駆け寄ってくる。
「どういうことだ?」
「この度、離宮の警備を任されました。ご不便をおかけして申し訳ございません。すべては王太子ご夫婦をお守りするため、ご理解ください」
「………分かった」
ヴォルフラムは渋々頷くと、ゆっくりと踵を返した。
「殿下、どちらに行かれるのです?」
「書庫だが、何か?」
「いえ。お供いたします」
そう言ってにっこりと微笑んだユリウスに、ヴォルフラムは嫌そうな表情を浮かべると小さく息を吐いた。
「好きにしろ」
ヴォルフラムは緊張で固まっているラルスを促すと歩き出した。
離宮から離れるとすぐにユリウスは大きく息を吐き、凝りをほぐすように肩を回した。
「はぁ、近衛騎士隊は真面目な奴が多くて息が詰まるね」
「その近衛騎士隊に所属しているのはどこのどいつだ」
「なんだ、ヴォルフ。機嫌悪いのか?」
無表情で歩くヴォルフラムを覗きこむようにユリウスは身を屈めた。
「……機嫌は悪くない」
「あーはい、はい。いじけているのか。陛下の命令が気に入らないのは分かるけど、これも王太子妃殿下やお前を守るためでもあるんだぞ?」
「分かっている」
ユリウスの言葉は尤もだ。
離宮に誰かが侵入した痕跡がある以上、警備を強化するのは当然のことだ。しかし、まさかヴォルフラムに指揮を任せず近衛騎士隊直々に警備させるとは、自分が頼りないと言われているようでヴォルフラムは唇を噛みしめて耐えた。
「あまり自分を責めるなよ。一人でなんとか出来るような問題じゃないんだ」
「何か、掴んでいないのか?」
「いや。昨夜は廊下に警備兵が二人、中には当直の侍女が一人いたそうだ。当直の侍女の話を聞いても、怪しい音は聞こえなかったし。警備兵も出入りしていたのは当直の侍女だけだって証言している」
「当直?」
「妃殿下に呼ばれたらすぐに駆けつけられるように、最低二人は私室に控えているそうだ。昨日は朝まで一人だけだったらしい」
「その、侍女は?」
「あーっと、確かフリック男爵家の令嬢だったかな?」
『イングリット……』
思わず呟いたオティーリエにヴォルフラムが視線を向けてくる。分かるなら教えろと言っているのだ。
『その、今朝の』
「ああ、彼女か」
思わず呟いたヴォルフラムにユリウスが小さく驚きの声を上げる。
「知っているのか?」
「え、あ、ああ」
「へぇー。お前がご婦人の顔を覚えているなんて珍しいな」
「俺だって、覚える必要がある時は覚える」
ムッとした表情を浮かべたヴォルフラムにからかうような視線を向けていたユリウスだったが、ふと後ろを振り返った。その視線の先には緊張した面持ちでヴォルフラムの後ろを歩いているラルスの姿。
「新しい従者を迎えたんだってな」
「……ああ」
「いいじゃないか! 頑張れよ、ラルス」
「は、はい! ヴォルフラム様をお守り出来るくらい強くなって見せます!」
意気込むラルスの頭をユリウスは優しく撫でると、眩しいものでも見るように目を細めた。
「いつまで付いてくるんだ、ユリウス」
「ああ、そういえば書庫に行くんだっけ? どこの書庫だ?」
「付いてくる気なのか?」
顔をしかめたヴォルフラムにユリウスは当たり前だろうと言わんばかりの表情を浮かべる。
「お前の護衛なんだ、当たり前だろう?」
眉間を抑えるヴォルフラムにオティーリエは心の中で同情した。




