二章-3
「おかえりなさいませ、ヴォルフラム様」
「すまないが、この花を纏められる紐か何かはあるか?」
「まぁ! 素敵な薔薇ですこと!」
「早咲きの薔薇らしい。庭師に分けてもらった」
薄桃色の花に瞳を輝かせた侍女頭は、花の余分な葉を取り、茎を揃えながら首を傾げた。
「こちらは、どなたに?」
「……これから、姫を見舞いに行ってくる」
ヴォルフラムの言葉に侍女頭は大きく目を見開いた。
「どうか、したか?」
「いえ、いいえ。なんでもございません」
まるで眩しいものでも見るかのように花束を見つめた侍女頭は控えていた侍女に花を渡し何かを取りに私室を慌てて出て行ってしまう。侍女頭が持ってきたのは、一本の白い繻子の紐だった。金糸の糸で魔除けの呪いが縫われたそれは、幼い子供が髪を縛るためのものだ。
「こちらでお縛りいたしましょう。孫に作ったモノの余りで申し訳ないのですが、妃殿下にこれ以上災難が来ぬようお祈り申し上げております」
「ありがとう」
まるで壊れモノのように薔薇を受け取り、ヴォルフラムはその淡い桃色の花弁に目を細めた。
「いかがなさいました、殿下?」
「いや、彼女は喜んでくれるだろうか?」
「大丈夫ですわ。花が嫌いな女性などいません」
そう言って微笑む侍女頭にヴォルフラムは表情を固くした。
『殿下?』
「……いや、そうだな」
ヴォルフラムはそう言って小さく微笑み返すと、自室を後にする。
『綺麗な薔薇ですね』
「そうだな」
『どうしたのです?』
どこか気乗りしないヴォルフラムの相槌に首を傾げれば、どこか困ったようにヴォルフラムは微笑んだ。
「いや、なんでもない」
そう言ってヴォルフラムは離宮の奥へと向かう。
オティーリエの部屋は離宮の奥、庭が良く見える場所にある。飴色の扉を控えめに叩くと、すぐに事務的な声が返ってくると共に扉が少しだけ開かれる。
顔を覗かせた侍女はヴォルフラムを目にするなり、その瞳を零れおちそうなほど大きく見開いた。
「妃の見舞いに来た。失礼してもいいか?」
「で、殿下。す、少しお待ちくださいませ」
扉がゆっくりと閉められた後、扉の奥でバタバタと慌ただしい音が聞こえたかと思うと、すぐさま扉が開き長身の女性が目の前に現れた。
「お待たせいたしました、どうぞお入りくださいませ」
グレーテルに促されヴォルフラムは室内へと足を踏み入れた。
「殿下にお任せして良かったようですね」
肩口に止まる小鳥を見つめ、グレーテルはどこか安堵した表情を浮かべた。
「ああ。賢い鳥だ。妃は、本当に珍しい鳥を飼っている」
そう言って指の腹で突いてくるヴォルフラムにオティーリエは嫌そうに眼を細めた。
「そうだ。これを、妃に」
「まあ、早咲きの薔薇でございますか。さっそく、妃殿下の寝室にお飾りいたしましょう」
薔薇を受け取ったグレーテルは近くにいた侍女に花瓶に活けるよう指示を出す。相変わらずきびきびとした物言いに、オティーリエはどこか心がほっとするのが分かった。
やはり、自分の部屋に帰ってくるのは落ち着く。
ヴォルフラムはひどくゆっくりとした動きで寝室の扉に手を懸けた。扉を押し開けると、飛び込んできたのは紗幕に囲まれた寝台だった。
その向こうにぼんやりと誰かが眠っているのが見える。寝台の前で立ち止まったヴォルフラムの表情はいつになく厳しい。
『どうしたのです?』
「母も、亡くなる前はこんな風だったんだ」
ポツリと呟かれた言葉に、オティーリエは身を固くした。
『王妃様が、ですか?』
「ああ。物心つく前だから記憶が曖昧だが、あの日は覚えている。最後に母上に会った日も花が綺麗に咲いていた……」
そう言ってヴォルフラムは遠くを見つめる。
『勝手に殺さないでください。わた、姫様は、まだ生きておられます』
小鳥の言葉に我に返ったヴォルフラムは気まずげに視線を逸らした。
「すまない。そうだな、彼女は生きているんだな」
ヴォルフラムは意を決したように一歩踏み出すと、オティーリエが眠る寝台へと歩み寄る。
薄い絹の紗幕を押し開けば、眠るオティーリエの顔が視界に飛び込んでくる。浅く胸が上下していなければ、死んだようにしか見えないその姿にヴォルフラムは息を止めた。
昨日は、動転していたため見ていなかったが、本当に生きているのかと疑うほどオティーリエの美貌は作り物めいていた。不安に思いそっと頬に触れれば、じんわりと温もりが伝わってきたことにヴォルフラムは安堵する。
「失礼いたします」
グレーテルはそう告げると寝室へと入ってくる。その手には薔薇を活けた白磁の花瓶を持っていた。
寝室にある円卓に花瓶を置くと、静かに扉の傍に控えたグレーテルにヴォルフラムは一瞥をくれると静かに口を開いた。




