二章-2
人の姿が消えるのを見計らいオティーリエは口を開いた。
『ヴォルフラム様は、エミーリア様とは仲がよろしいのですか?』
「従妹同士だからな。エミーリアは姉のようなものだ」
『姉、でございますか?』
「ああ。しかし、少し苦手だ」
険しい表情を浮かべ、ポツリとヴォルフラムは呟いたのをオティーリエは聞き逃さなかった。
『苦手、でございますか?』
「エミーリアに限ったことじゃないんだが、その……女性と話すのが苦手なんだ。どう接していいのかもよくわからない」
『……はい?』
気まずげに視線を逸らすヴォルフラムの肩で、オティーリエは気を引くように足踏みした。
『王宮で育ってきたのに女性が苦手なのですか?』
貴族の令嬢達と一番接することが多い場所で生まれておきながら、女性が苦手とはどういうことか。
「そんなに女性と話をした経験はない。確かに、幼い頃は共に勉学を学んだり遊んだりはしたが、俺は騎士団の遠征や兵舎にいる事が多かったから、その、女性と多く話したことはないんだ」
『殿下はいつから騎士団に?』
「十歳になるか、ならないかの頃からだ。物心ついてからは、騎士団にいる方が長かった……」
薄々感じてはいたが、ヴォルフラムは本当に女ッ気が無い所に長くいたようだ。思い出せば、婚儀の時も異様に険しい表情を浮かべていたがあれは婚儀が嫌なのではなくて、緊張していただけなのかもしれない。
『どおりで、文通からはじめたのですね』
「普通は、文通からなんだろう?」
『……人によりますが、同じ離宮で生活しているのですから会いに行くのが普通かと』
女性から行動するのははしたないため、文を出すのは分かる。
しかし、男性から文を出すのは珍しいのではないだろうか。既婚者である兄達を思い出すが、どちらも舞踏会等で出会い、逢瀬を繰り返して結婚した。手紙を出すような性格の人達ではなかった。
「俺は、間違っていたんだろうか……」
思いつめた表情を浮かべるヴォルフラムにオティーリエは微笑んだ。
『姫様が目覚めたら、話をしたいと言っていたではありませんか。まだ、遅くはありませんよ』
「……そうだな。後ろ向きに考えていては、駄目だな」
どこか安堵した笑みを浮かべ、オティーリエの頭の指の腹で撫でた。
「小鳥に励まされるとは、俺もまだまだ修練が足りないな」
『剣の腕を磨く前に、人との接し方を学んだほうがいいのではないですか? ヴォルフラムは王太子なのですから、貴族の方々もまとめていかなくてはいけないのですよ?』
どちらかといえば騎士寄りだったヴォルフラムの立場は、オティーリエと結婚したことでさらに近づいた。騎士達は近頃では力を持ち始めてきたけれど、やはり政治の中心は古参の貴族達である。
良い感情を持たれているとは思えない。そんな人たちをヴォルフラムはまとめていかなくてはいけないのだ。
『四公爵は一癖も、二癖もある方々だと聞き及んでおります』
東西南を統括する公爵と北を統治する辺境伯を会わせて四公と呼ばれている。この国を陰で支える、もしくは支配している存在とも言われている。
オティーリエの父だけが変わっているのかと思っていたが、エミーリアの父であるヴェスト公爵などを見てその考えは間違いだったと認識した。
「ああ、四公は油断できない人達だからな……特に叔父上は、騎士達の台頭を快く思っていないからな」
先程会った紳士を思い出す。ヴェスト公爵夫人は現王の妹だ。二人の子を産んで以来床に臥せがちで公の場にはあまり出てこないとは聞いている。
恐らく一番王家を汚される事を嫌っているのはヴェスト公爵だろう。務めを果たせていないオティーリエをどれほど疎ましく思っているか。
(前途多難ですわね)
ふと、ヴォルフラムは顔を上げると再び歩き出した。一拍置いて現れたのは離宮の侍女だった。
ヴォルフラムが廊下の真ん中に立ち止まり、独り言を言っている光景を見られでもしたらいらぬ噂が立ってしまう。
「このまま、姫の私室に行く」
足を止めることなく、ヴォルフラムはオティーリエの私室へと向かおうとしたが突然向かう方向を変えた。
『殿下?』
「姫に、見舞いの品を持っていかないとな」
そう言ってヴォルフラムが向かうのは、離宮の庭だった。
(何故、庭へ?)
その答えはすぐに分かった。ヴォルフラムはちょうど庭木の手入れをしていた初老の男性に声をかける。
「おや、殿下。お久しぶりですなぁ、すっかり大きくなられて」
「オーラフ、先月も会ったぞ」
「ほぉ? そうでしたかな?」
「ボケるにはまだ早いぞ」
「おやおや、殿下に心配されるとは嬉しいですなぁ!」
呆れた溜息を吐くヴォルフラムに庭師―オーラフは歯を見せて笑った。
ふと、その目がヴォルフラムの肩に止まる瑠璃色の小鳥へと向く。
「これは、これは、可愛らしい鳥ですなぁ。殿下はいつから鳥飼いになったのですかな?」
「オティーリエ姫の……王太子妃の小鳥だ。病床にあって世話が出来ないそうだから、俺が預かった」
「ほぉ、妃殿下の!」
まじまじと見てくる庭師にオティーリエは居心地の悪さを感じ、その場で何度も足踏みをした。
「綺麗な鳥ですなぁ、妃殿下の瞳の色と同じ小鳥とは探せばいるモノですなぁ」
「……そうだな」
ふと、ヴォルフラムが驚いたような瞳を向けてくる。恐らく、オティーリエの瞳が小鳥と同じ珍しい瑠璃色であることを思い出したのだろう。
「さてさて、殿下はワシに何か用があるのですかな?」
「ああ、頼みがあるんだが、花を貰えるか?」
「花ですか? 妃殿下に贈るのですかな?」
「そうだ。何か、良い花はあるか?」
「ですと、早咲きの薔薇が見事ですよ。今年は良い蕾をつけましてな~」
そう言ってオーラフは鋏を取ると植木を掻き分けて、どこかへと行ってしまう。しかし、すぐに戻ってきた。その手には薄桃色の薔薇が十本近く握られている。
「侍女頭殿に頼んで、紐か何かで飾ってもらうといいかもしれませんな」
「すまない」
薔薇を受け取り、小さく呟いたヴォルフラムにオーラフは目を細めた。
「妃殿下の病が早く治られることを、祈っております」
「ありがとう、オーラフ」
深々と首を垂れるオーラフに小さく微笑み返すと、ヴォルフラムは私室へ戻るため踵を返した。




