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東京QUEST Ⅰ  作者: N
9/18

「シャンバラリアス」より《□□□》

 構内を後にしたその足で、自分は駅ではなく、反対の方角をめざした。あの「シャンバラリアス」に寄ろうと、思い立ったのだ。

「シャンバラリアス」は、自分が目したような「城塞」ではなかった。

 そもそもトーキョーには、トーキョーヘイムにあるような城自体が無いらしい。「シャンバラリアス」は、トーキョーでは、全く別の漢字の名称だった。

 古代のものらしいが、建てた人物も時代も一切不明であり、近代にこの土地と建物を取得した人物が後に土地ごと伽藍堂大学に譲ったらしい。受験が終わってから知った。

 だが、建築年代が不明ながら比類なく古いというこの建築は、トーキョーでも他に類例がなく、[マニア]には知られた場所だという。

 自分は、建物を囲む森を進む。道のそばには苔がむしている。森の木は雄々しく、たくましく、とても古い。何といっても建物に着くと、それはひときわ雄大で存在感があった。一つ一つが城のようである四つの尖塔を持ち、高く荘厳な石壁を持つ。今完成したような滑らかさと生命感がある。やはり自分は、これを「シャンバラリアス」と呼びたい。

 中には、誰でも入れる。天井は薄暗く高い。壮麗な円柱が威圧するように整列している。

「……しずか」

 学生や観光客もまばらだ。かれらの汎用機械ポータルの光が片隅をよぎると、古代の魂が蘇ったかのようでもある。

 実際のシャンバラリアスでは、四方を回廊である城壁が囲み、内部には《ミィドゥズ・オブ・ヘブン》と呼ばれる巨大な庭園が存在するとされる。庭園の小川や草は光によって金色をおび、天から降りて来たユニコーンが飼われ、この世のものとも思えないという。

 だが、トーキョーでは……。庭園があるはずの、円柱の向こう側は、見渡す限りの座席。随分と奥には大舞台。天井によって蓋をされ、洋式の電灯が吊り下がっている。近代に内部が改修され、ここは演芸場として利用されているのだ。

「何処へ行かれるのかな。そこな新入生君?」

 声のする方を見ると、近くの円柱の真下、小さなテーブルを広げ、女子学生が一人。

「……アーツリン」

「サークルをお捜しかな。ヴィヴィアン君★」

 爛花はいつもと違う、アイドルの彼女の断片で飾ったような陽気さで、笑顔を向ける。

「……あなたは何を?」

「私もサークルの勧誘をしているのよ。広場は混んでいるので、一人しずかにね」

 爛花は何のサークルに所属しているのか。

 白い布で覆われたテーブルには、A4サイズのビラが用意されている。そこには「サークル」とだけ大きな字が書かれて……。

「……あ」

 その時、思い出した。爛花に言われていた事。入試前のことなので忘れていたが、「私達のサークルに入ってね」と、確か……。

「……ごめん。忘れてた」

「いいのよ。あなたは来ると思っていたし。実際、来たじゃない。完璧よ」

 爛花は目くばせする。自分は、勧誘のビラを見るが……。活動内容がさっぱり解らない。

「……何をやっているサークルなの」

「いい質問ね。ありていに言えば、サークルに入る人を見極めるサークルかな」

「……わからない」

「いやぁねぇ。真顔で言われても反応に困るじゃないのー。あなたはツッコミのセンスがあるかもねぇ」

「……そうなの?」

 トーキョーには、向こうとは異なる「ユーモア」の型式がある。おいおい学ばなければいけないものの一つではある。ところで爛花は、どう言ったものかという風に自分を見詰めた結果、こう続けた。

「《創生》って、聞いたよね。アマミキョーから。ちょうどいいわ。あの子の言葉を使わせてもらいましょう。ありていに言うお話、その二。この大学には、二種類の学生が居る。一つは学生。もう一つが《創生》」

「……学生と、《創生》?」

「ええ。それは伽藍堂大学に限ったことではなく、どこの大学にも居るし、本当は街にもたくさん居るのだけど。でも比率の関係で、大学で捜すと《創生》が観付かりやすいの」

「……その二つの、違いは?」

「外見上は見分けがつかないわね。だから《創生》は普通の学生に紛れている。ただし、自覚的な《創生》同士は感応・・できる。つまりお互いに解る。このサークルは《創生》の学生を勧誘しているのよ。ところで、自分がそうだと気付いていない《創生》も居るわ。そういう埋もれている人も、ここでスカウトする。あなたのようにね」

「……自分が?」

 自分を指差す。爛花は頷く。自分が《創生》とやらなのか。爛花は感応・・によって観抜いたのか。自分は無自覚なので感応・・しなかったのか。だが、《創生》とは一体何か。

「メタサークルとでも言うのかしら、厳密にはこのサークルの活動は偽装ということになるわ。書類上はサークルビルに部室があるけれど、活動場所はサークルビルには無いし。書類に《神》を選抜していますなんて書けないし……ああ、用語がね、統一されていないのよ。《創生》の他にも、《神》と言ったり《天与》と言ったりね。つまり些末なことなのよ。どうせ判る・・・・・からね……。よし、きょうはあなたが釣れたし、店じまいでいいわ。早いとこ行っちゃいましょう」

 爛花は軽快に立ち、卓上のビラを大きい黒革のカバンへ放り込んだ。そして、自身だけが何かを知ることからくる神秘をたたえ、自分に微笑みを向ける。その顔にあらぬ絢爛さや淫靡さや聖性までも見てしまわない男は稀だろう。自分は魂としては男なので、男の感受性の骨組みだけは今も残っていて、男がどう感じるか理屈で分かるのだ。RPGの語り口で言えば、爛花は美の装備がオーバースペックすぎる。男が可哀相である。

 ……などと鑑賞する自分の腕を引き、爛花は円柱の中へと歩き進んだ。演芸場の中。椅子の森。椅子はふかふかした赤のビロードで、頭を置くところには白の布地。

「登って!」

 言った時にはすでに爛花は自分の尻を舞台上へと押し上げている。

「あなた軽いわね……楽器付きでこれでしょ? 身軽そうでいいわね」

 追って爛花も舞台にひらりと立つ。アイドルの副業は高い身体能力を必要とするに違いない。自分はいきなり舞台に上げられて当惑する……。入り口の円柱から差し込む光が、はるか遠くに霞んでいるぞ。

「びっくりしないでね」

 爛花は自分を舞台の突き当たりに連れて行く。壁があり、粗く削った古木を繋いでできている。荘厳な造りだ……。

「では」

 と爛花は言って・・・・・・・自分にキスをしてきた・・・・・・・・・・。自分はギュッと抱きしめられ、バランスを失った。どうするべきなのか、訊こうにも爛花は目を閉じて、どうにもならない。二人が一つにもつれ、倒れる。

 だが、ここでまた、起こった。空間と時間のあの歪み。自分はゆっくりと倒れ、背中の楽器ケースがいとも慎重に床に吸い付く感触が伝わる。自重も感じないし、爛花の重みもない。倒れたのではなく、静かに横になっただけのように、二人で倒れている……。

「いいわよ」

 気が付くと爛花が自分から身体を離すところだった。自分は途中で目をつぶってしまったらしい。

「びっくりさせたかしら? ……でも、ヴィヴィアンのことは、嫌いではないわ」

 どういう意味なのか。自分が男の身体だったら、心臓が爆発しそうだったかもしれない。もちろん自分も爛花にキスされて嫌いなはずもない。男の魂としては当たり前だ。しかし妙なのは……女の身体でも、悪い気がしなかった。むしろ気持ちよく、浄化されていくような清々しさがあった。

「……うん、いいわねー。外に出ようか」

 爛花はあたりを確認する。自分も体を起こすが……景色は特別変わりない。

 ……いや、壁が逆側にある気がするが……。これは気のせいか。倒れ込んだ時によろめいてしまったのだろう。地面が百八十度回転し・・・・・・・・・・ている・・・と考えるよりは。

 爛花はぴょんと舞台を飛び降りた。自分もついて行った。その時、自分は気付いた。楽器ケースが羽根のように軽く感じたことに。錯覚ではなく、たしかに身体が滑らかに動いている。歩くとはこんなに快適な動きだったのか。今までの自分の歩きは、逆立ちして歩いていたかのようだ。どこまでもすいすい行けそうだ。身体と周囲の物が均一の素材になったような感覚だった。場内も何も変わってはいないが……。少し明るいだろうか。気のせいなのか。爛花に続いて円柱を抜けると、爛花は振り向く。

「ご覧なさい」

 赤い椅子の海が目に入った。が、それは一瞬で、初めからそれであったように、黄金の陽を浴びる中庭が存在していた。牧草の緑と、小川や泉の青が、黄金色にまみれて、壮絶な趣だった。

 何度観直しても、今までの景色は無かった。演舞場を造っていた幻視がいっせいに組み換えられたかのように、確信・・をもって、庭園がここにあった。《ミィドゥズ・オブ・ヘブン》は実在した。言い伝えの通りだった。いや、伝記の挿絵よりも遥かに美しかった。

 ここが《ミィドゥズ・オブ・ヘブン》ならば、外にはトーキョーヘイムが広がっているのか? ……いや、《ミィドゥズ・オブ・ヘブン》は時空を越えてさまざまの時空を繋ぐ庭園だと言われる。トーキョーヘイムとは限らない。他の時空である可能性のほうが高い。それに向こうでは今の身体の軽やかさは経験したことがない。これは軽やかさを超えて自在さとすら言ってもいい具合である。


 建物を出ると、あったはずの森は無く、すぐに新しい建物に繋がった。

 この建物は、雄大な[アトリウム]が[エントランス]になっており、大学の建物に似ていた。しかし、大学では見たことがない。

 床は冷たいコンクリートでできていたが、やはり柔らかな一体感を覚えた。学生らしき人々がたくさん観られたが、静謐さが表面張力のようなうるおいとなって充ちていた。

 アトリウムの突き当たりをちらりと見るだけで、建物の内部の全体を観覧したような奥行きが感じ取られた。まるでこの建物が意思をもって伝えて来たようでもある。なんと不思議な建物、そして、居心地のよい建物だろうか。

「……トーキョーヘイム、ではない……」

「あなたの世界、だったかしら? 期待していたなら、ハズレよ。けれどあなたが知る世界よりも好奇と光輝に充ちた場所には違いないわ。ここは《創舎》と言われる処。《創生》だけが立ち入ることができるわ」

「……ここも、トーキョーなの?」

「ええ。そしておそらく、あなたのトーキョーヘイムでもある」

 爛花がアトリウム天井に向け、両手を差し上げた。それだけで建物がぐるりと回転するかのような光景が現れる。いや、正直にいえば、比喩ではなく、現にそうなった・・・・・・・のだ。この《創舎》とは、据え置かれつつ自在なのだ。二重の知覚に同時に見舞われる。こんな事があるだろうか? 明白にある以上は、慣れなければいけない。そしてすぐに慣れてこの場所の利便さを享受できるようになるだろうと、なぜか予感される。

「ここは《□□□》という世界というか領域なの。《創舎》は《□□□》の一部なのよ」

 爛花は、この場所の全体の名前を明かしたが、妙なことに、その名前は高音域のホワイトノイズが入り、《□□□》としか聞こえないものであった。

「そうよ。この領域の名称は、知っていても発音できないの。口にすれば今のように混線する仕様になっているの。その名を口にすれば、この領域の特別性が失われてしまうからよ。とはいえ名前が無ければ何も存在しないから名前はある。それが《□□□》なのよ」

「……《□□□》……」

 自分も発音してみたが、やはり混線した。なるほど。知っているのに発音で・・・・・・・・・・きない・・・

「私達のサークルは《創舎》を始めとしたさまざまな場処・・で活動を行っている。ちょうど東京でも春休みの[新歓]の時期。ヴィヴィアンに私の活動の一端を観せるわ。あぁ、ちなみに一度来れば、この場処・・には自力で来られるようになるから、もう私にキスされる必要はないわよ。でも望むならいつでもキスをしてあげる……」

 爛花はアトリウムの突き当たりを曲がり、《創舎》の奥に向かった。エレベーターや案内板があったりと、見たところ大学の建物と変わらない。しかし通った場所を振り返ると、それらの配置が複雑にずれており、初めての場所の景観を呈するのだった。迷いそうなので前を向くことにした。

 爛花が「プロムナード」と呼んだ通路に入ると、両側に店が連なっていた。何を扱っているのか分からない店もあるが、意外なことに、トーキョーで見かけるコンビニもある。といっても、この場所ではコンビニの空気も独特で、縮尺や縦横比がどこかおかしく、看板の光も幽玄に観えてくるのだ。……よく見るとコンビニのロゴも、全く異なっていた。どうしてこれをトーキョーと同じと思ったのか……。

 通路は狭いようで広く感じる。店が建っている所から、店が霧のように失せ、店が無かった所では、突然店が出現してくる。夢の中のように奇妙だが、意識はハッキリしている。この空間で物事が遷移する感じに慣れてくる……。

 爛花がある店の前で立ち止まった。その店はひときわ明るいが、不思議とトーキョーのように目に痛くない。焼肉の煙が外に吹き出していて、嗅いだことのない肉の匂いがする。干し肉をワインに漬けて発酵させたような、食欲を増進させるより鎮静させる種類の匂いである。

「『お店』って、いいわよね」

 爛花ははたと気付いたように言うのである。

「『喰う』だけなら『店』という発想はしないわ。だって食物を獲ったその場で喰らえばいいのだし、それが本来、喰うという事だもの。つまり『お店』は、時空を持ち越した『喰う事』なのよ。雑貨店なら『物を愉しむこと』を持ち越している。人間の偉大さの一つだと思わなくて? 人間が『店』の『商品』に興奮するのは、自然なことだと思うわ。それは現在の欲望を超越した・・・・・・・・・・なのだから……。ちなみに、ただの世間話よ。物語だからといって遠景に目を遣ってはいけないという空気は、嘘八百のドグマでしかないもの」

 爛花はまた歩きだした。

「……たしかに、いい」

 と言っておいた。ただしおおむねトーキョーではなく、この場処・・の店についてだが。

 もう一つ、「物語」という言葉があったが、爛花はひょっとして、RPGと同じように、このトーキョーが「一つの物語」だと考えているのだろうか。

 ならばどこでそれに気付いたのだろうか? トーキョーの「魔王」を倒した時に、それは終わるのか? 終わった後は、どうなるのか……? そうした連想が湧くと、この世界全体に、ぞわりと寒さを覚えた。しかし考えるうち、質問のタイミングを逸した。

 やがて通路からは店が消えていき、仄暗さに包まれた……。すると、暗くなるにつれ、爛花の姿が明かりを帯び始めた……。自分は今や不思議とは思えない。

 それは、優しい光だ。山吹色と緑色を合わせ、闇を垂らしたような色。トーキョーヘイムの森に生えていた、夜光するキノコの色と似ている。今の爛花は瞳さえ蓄光しているように見えた。……が、爛花の視線から、自分も蓄光している事に気付いた。

 この先には何が……。

 通路の全体が蓄光に覆われ、ぼんやりと明るくなった。

 独つの建物があった・・・・・・・・・

 一つの中に無数の建物が配されている建物。その意味で独つであった。

 それは一個の部屋のような、確かに一つの構造物であった。しかし無数の構造物から成っている構造物であったのだ。

[欧風]、[洋風]、[中華風]、[ポリネシア風]、[和風]、あらゆる様式の建物があった。建物は肩を寄せ合っている。あるいは上下や斜めへの階層を成している。建物や階層の連結には通路や階段が有機的に張り巡らされていた。まるで細胞・血管・神経・肉体。一つの有機体のようである。

「……すごい、な」

 この空間には一つの構想物しか無かった。構想物がそのまま全空間なのだ。一つの木を丹念に刳り貫いた模型のように、空間内の全部の建物が同じ材質でできている。それが有機的につながって一つの構造物を成す。あたかも無数の小さな部屋が、一つの部屋の中にあるのだ。ここでは細部と全体は同じものだった。

 特筆すべきは、外側を含めた全ての構造物が同じ木材でできていることだ。それも、相当に丈夫で加工しやすい木材だ。自分の所からは、たくさんの住人が歩いているのが見えたが、騒々しい足音がまったくしない。例の蓄光が街の照明になっており、街灯や松明は無かった。街全体が蓄光の空間に包まれて浮かんでいる感じなのだ。

 ここは、地下街なのか。それとも、[トーキョードーム]のように覆われた空間なのか。

「私財を投じて作ったの。これは地中の街よ」

「……地中?」

「そう。筑波山の山中がそのまま街になっているの」

「……どうしてそんな」

 冗談を……と言おうとしたが、自制する。たしかに[ツクバ山]はトーキョーから離れているはずだ。歩いて行ける距離ではない。しかし《創舎ここ》では距離や空間が特殊のようだ。おそらく爛花にキスされてから、は単純な連続体ではなくなっている。通常の感覚を適用すべきではない。ツクバ山と言うなら、ツクバ山の山中に違いないのだろう。

 しかし、疑問は残る。こんな街がツクバ山中にあるとは聞いたこともない。この規模の街が人間に見付からずに存続することがあり得るのか。だいたいどうやって造るのだ。こんな街を地中に造れば水脈は枯れたり溢れたりしてしまうし、地盤も脆くなって山体自体も崩壊してしまう。生活で出るガスや廃棄物の問題もある。困難としか言いようがない。

「……山の中を、掘ったの?」

「土木ゴリ押しの技術という発想。異世界のあなたにしては、現代人らしい発想ね。山の内部の空間・・を利用したのは事実よ。ただし、空間・・には人間が未発見の性質がある。その性質に働き掛ければ、驚くほどにたやすい」

「……そんな、技術が?」

「今の人間が聞いたら、一部の物理学者と数学者以外は笑うでしょうね。昔の人間も、世界中の人間と瞬時に話せるようになるとか、二十四時間世界中から物が買えるようになると言われても、誰も本気にしなかった。この文明でもそのうち実用化される技術よ。二百年後くらいかしらね。それまで文明が残っていればだけど」

「……なぜアーツリンは、その技術を?」

「《創生》の特質、と言うのかな。《創生》は皆、ちょっとした力を使えるのよ。ヴィヴィアンが天才的にベースを弾けるようにね。私の場合、地中に街を造ったり」

「……それは、初耳」

 力のレベルは随分違う気がするが。

「私の技術は山体に全く負荷を与えないし、お金も少ししかかからない。この街の奥には、同じ技術で、何倍も広い農地の空間・・が広がっているの。そこでは作物も地上以上にできるわ。こうして人間の居住域が地上以外に拡大すれば、地球全体が大きな自然保護区のようになる。地上はたまに出て行き旅行を楽しむ場所に変わるでしょう。都市を引き払って平野部を圃場にすれば、世界的な食糧不足を補うこともできる。この街がうまくいったら、他の処にも街を設ける予定でいるわ。……とまあ、これが私のサークル活動の一端ね」

「……感心する」

 爛花は《創生》であることや、その力に自覚的で、自分の力を世界的に正しく使おうと努めている。自分はこの世界の問題は学習が浅いので、爛花のしていることがどれほど効果があるのか、また「正義」と「悪」のどちらに断じられるのか、何も分からない。しかし、爛花の意思は素晴らしく尊い。それは判る。同じく世界を相手にする勇者として。

「人が幸福になるのは難しい……。でも不幸の総量を増やさないことならできる」

 爛花はぽつりと呟いた。……自分の内心をまさか読んだわけではないだろうが。

 ――アーツリン! アーツリンだ!

 爛花に気付いた住人たちが近寄って来た。肌も髪の色もさまざまの人々だ。ニホン語や英語以外の言葉もたくさん飛び交った。しかし老若男女全員が爛花への崇敬を示していることは分かった。

 多くの者は植物の繊維で編んだようなゆったりした服を着、天然の木や石で作られた装飾品を身に着けていた。髪や髭を伸ばした人々が多く、丁寧に手入れされていた。香油のようなものを髪に付けている者もみられる。彼らは全員が深い所で通じ合っている目をしており、表情や雰囲気には、磨かれた宝石の艶のように、他人への信頼が表れていた。内側の生命力の躍動を感じさせるように、血色はすこぶる良い。彼らは街の首魁である爛花を尊敬しているのだろう、自分達を街へと案内し、もてなそうとした。

「ごめんなさい、みんな。きょうは行く所があって、私達は先を急ぐの」

 爛花は優しく固持した。彼らも無理に引き止めず、にこにこして手を振って見送った。

 彼らは《創生》ではなく通常の人間であり、「縁があった」人々を連れて来て住まわせていると爛花は言った。「アイドルの紫羅爛花」の熱烈なファンだった青年も多く居るという。アイドルの副業は、活動の役に立っていると爛花は言う。

 ところで、この街づくりの活動を記録していたところ、その日誌を菱澤が見付けて読み、「この小説・・は素晴らしい! 応募すべきだ!」と熱烈に勧めてきた。菱澤にしては珍しく譲らなかったので、形を整えて郵送してみたら、爛花には小説家・・・の肩書きも付いた。

「そのままを書いただけなのだけど……。と言うより、そのままを書けば通っ・・・・・・・・・・てしまう・・・・と分かっていたのに、出してしまった。菱澤が押してきた時、私はお酒をしこたま飲んでいたものだから、悪乗りしてしまった。小説家の趣味は無いのよ」

 爛花にしては珍しく、困惑気味に言った。確かにあの街には自分すら驚いた。このトーキョーの人々からしたら、小説そのものだろう。[事実は小説より奇なり]とは、爛花のしている事の為にある言葉だ。

 たくさんの住民が高い調和を示している街は、トーキョーヘイムでも、決して多くはなかった。すごく暮らしやすそうな街だったな……。そんな事を思った。 

「今度は私の取っておきの場所に連れて行くわ」

 爛花に薄暗い側道に自分を案内した。

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