第2話 魔物の村
翌朝、僕は部屋の窓をたたく音で目が覚めた。眠い目をこすりながら窓の外を見ると、モルンが精いっぱい背伸びをしてこちらを覗いていた。こんな朝早くに、一体どうしたのだろうか。僕は窓の鍵を開け、モルンが部屋に入れるように窓を大きく開いた。彼女は部屋に上がるや否や、懐から一通の手紙を取り出した。
「これ、届けに行くぞ!」
あまりに突拍子もないことだったので、僕は困惑した。
「......どこに...?あと、これ何の手紙なの?」
「昨日ラガロおじさんから頼まれたんだぞ!私の村に届けてほしいんだって!」
彼女は僕の腕をぐいぐい引っ張り、部屋の外に連れ出そうとした。
「ちょっ、ちょっと待って!準備させて準備!」
ちょうどそのとき、部屋の扉が開いた。騒ぎを聞きつけた母が部屋に入ってきたのだ。
「どうしたのソル?...ってあら?昨日のお友達じゃない?」
「おはようございます!」
「おはよう、モルンちゃん、朝ご飯はもう食べた?」
「まだだぞ!」
「じゃあ、うちで食べていきなさい」
母がそう言うと、モルンはようやく僕の腕を離し、母と一緒に居間へと向かった。
朝食を一緒に取りながら、僕はモルンに事情を聞いてみた。どうやら、最近野菜の仕入れが少なくなっていることを気にしたラガロおじさんが、仕入れ先に手紙を届けてほしいと彼女に頼んだらしい。その仕入れ先というのが、町の外にあるモルンの故郷の村だった。
「村までは結構遠いからな!一人で行くのはさみしいんだぞ!」
今日は特に予定もなかったし、断る理由もなかった。それに、町の外を知る良い機会だ。
身支度を済ませて、家を出ようとすると、母が声をかけてきた。
「これをあげるわ、ソル。私が昔使っていたものよ。町の外は危険だから、念のためね」
そう言って母は鞘に入った小さなナイフを僕に手渡した。
「ありがとう、母さん。大事にするよ」
僕は受け取ったナイフを腰のベルトに括り付けた。モルンは既に準備万端といった様子であり、玄関先で蝶を追いかけて無邪気に跳ね回っていた。
モルンに案内されて町を出ると、背後に町の灯りが遠ざかっていった。道の先には、月明かりに照らされた木々が静かに連なっている。町の中では当たり前だった人々の声や生活の音も、ここにはほとんど届かない。ランタンを持ってきたのは正解だった。モルンは夜目がきくようで、僕がランタンの光を頼りに進むのをよそに、その辺で拾った木の枝を振り回しながら、楽しそうに歩いていた。
「ソル~、お前歩くの遅いぞ!なんとかしろ!」
モルンが僕を急かす。
「なんかいい方法ないのか!このままじゃいつまで経っても着かないぞ!」
確かに、このままのペースではまずい。一体どうしたものか...
正直なところ、僕は母に習った光の魔法を使いこなせているというわけではない。試しに、昨晩やったように掌に光を灯してみたが、ランタンのほうがまだマシなほど明かりが弱い。もっと出力を上げる必要がある。
僕は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。母が教えてくれた通り、全身の力を一点に集めるように、掌へ魔力を集中させる。
「うおっ!?どうしたんだソル!お前なんか...なんか体中ピカピカだぞ!めちゃくちゃキモいぞ!」
モルンが叫ぶ声が聞こえたので、目を開けると、なぜか僕は全身が発光していた。どうやら魔力の制御がうまくいかず、全身から魔力が漏れ出てしまったらしい。その後も何度か試してみたが、なかなかうまくいかなかった。結局、ランタンの明かりを魔法で増幅することで、周囲を照らすのに十分な明るさを確保できた。思った以上に時間がかかってしまったが、これなら先へ進めそうだ。
ランタンを片手にモルンと一緒に道を進んでいると、町では見かけない、綺麗な花を道端で発見した。その花びらは闇に溶け込むように暗く、茎まで絵の具で塗りつぶしたように真っ黒だった。もっとよく見ようと思い、ランタンを近づけると、先ほどまで開いていた花が、突然閉じてしまった。
「ソル!その花は明るいところだともじもじしちゃうぞ」
モルンは両手いっぱいに何かを抱えながら、そう言った。どうやら僕が明かりの確保に手こずっている間に取ってきたらしい。
「見ろ!このでっかいホシェフを!めちゃくちゃおいしそうだぞ!」
「ほしぇふ?」
「なんだお前食ったことないのか!特別に一個やるぞ!」
彼女は見慣れない木の実のようなものを僕に手渡した。形はリンゴのように見えるが、色はブドウのように黒く、甘酸っぱい匂いがした。ランタンの明かりで照らしながら眺めていると、モルンが何かを思い出したかのように叫んだ。
「あっ!そうだった!あんまり光をあてたらだめだぞ!」
「えっ?どういうこと?」
「いいから早く食べてみろ!」
言われるがまま一口かじると、濃厚な甘みが口に広がった。こんなにおいしいのになぜ町では見かけないのだろうか?そんなことを考えながらもう一口かじると、先ほどの甘みが嘘のように消え、強い渋みが口いっぱいに広がった。僕は思わずホシェフを吐き出した。
「あーっ!やっぱり光にあてちゃったからだぞ!」
モルンは僕の手からホシェフをひったくり、豪快に口の中に放り込んだ。そして、数秒噛んだあと、僕と同じように口から吐き出した。
「げーっ!まずすぎるぞ!」
「ホシェフは光にあてるとすぐに味が落ちちゃうんだぞ!」
どうやら、光に当たってからしばらくすると、ホシェフの甘味は急激に失われてしまうらしい。道理で町では見かけないわけだ。
そのまま道なりに進んでいると、急に背後から鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。振り返って空を見上げると、とても大きな黒い魔物が飛んでいた。カラスに似た姿をしていたが、翼は片方しかなく、残された翼も夜の闇に紛れてよく見えなかった。
「町の外にはあんなに大きい魔物がいるんだねぇ、モルン」
僕がそう聞くと、モルンは腕を組み、首を傾げた。
「いや...あんなでかい魔物なんか見たことないぞ?なんか強そうだったし...
うーーーーん......あとで母ちゃんに聞いてみるぞ!」
彼女が指さした先を見ると、家屋のようなものが立ち並んでいるのが遠くに見えた。
しばらく歩くと、村の入口にたどり着いた。村の中には、見たこともない姿の魔物たちが行き交っていた。二本足で歩き、人間のように服を着ているものの、毛に覆われた体や獣の顔、鋭い爪や角など、動物の特徴を色濃く残していた。
「ただいま!」
モルンが大きな声でそう叫ぶと、大勢の村人がこちらを振り返った。人間とは異なる、獣の目。だが、そのまなざしはとてもやさしく、こちらを歓迎していることはすぐに分かった。
「あれ、モルンお姉ちゃんだ。久しぶり」
後ろから声がしたので、振り返ると、大きな翅を背負った人型の魔物が立っていた。町では見かけないが、とても美しい魔物だった。
「おぉー!パピじゃないか!久しぶりだぞ!!」
モルンが元気いっぱいに叫ぶ。
「こんにちは、パピ...さんであってますかね?」
僕が恐る恐る挨拶しながら近づくと、彼女は後ずさりした。
「私、明るいの苦手」
パピは僕のランタンを指さして言った。僕は慌ててランタンの明かりを消した。
「ありがとう、私は蛾の魔物だから...明るいと、元気出ない。モルンお姉ちゃん、この人だあれ?」
それにしても、彼女の身長は僕よりも高いし、とても大人びているように見える。なぜモルンのことを「お姉ちゃん」と呼んでいるのだろう?
「パピ!こいつはソル!私の友達だぞ!」
「おお、すごい。私もソルと友達になる」
彼女はそう言って僕に手を差しだしてきた。
「握って、握手」
「え?」
「早く」
急かされるまま彼女の手を握る。
「ふふっ。これで私たち、友達」
きれいな翅をパタパタとはためかせ、彼女は笑った。僕が手を放そうとしても、彼女はなかなか離してくれなかった。
「えっと、パピさんはモルンよりも年上だよね。なんでモルンのことをお姉ちゃんって呼ぶの?」
いつまで手を握ったままなんだろうと思いつつも、僕は彼女に疑問をぶつけた。
「虫の魔物の成長、とっても早い。モルンたちの種族はあなたたちと同じくらい、ゆっくり」
彼女はようやく僕の手を放してそう言った。
「来て、私たちの村、案内する。モルンはもうだめ」
彼女が指さすほうを見ると、モルンが虫の魔物たちに囲まれ、質問攻めにあっていた。
「みんな町のこと気になる。私たち、町の明かりが苦手で、近づけないから。ほら、行くよ」
パピは再び僕の手を握り、歩き出した。
「迷子になるとよくないから...」
初対面の女性と手を握るのは恥ずかしかったが、村の中も外ほどではないが暗く、ランタンなしでは足元がよく見えなかった。僕は観念して彼女と共に歩き出した。
「ここが食堂、お野菜、お肉、くだもの、なんでもあるよ。」
彼女が最初に案内したのは、村の食堂だった。少し遅い時間ということもあり、それほど賑わってはいなかったものの、町では見かけない食材を使った料理が並んでいた。よく見ると、厨房にいる魔物の多くが、トカゲやヘビの魔物であることに僕は気づいた。
「食材に毛が入るの、みんな嫌。だから、つるつるの人たちが料理する」
モルンによって毛だらけになった服の数々を思い出し、確かに妥当な理由だと僕は感じた。
その後も彼女に村の様々な場所を案内してもらい、僕たちは村の最奥にある畑へたどり着いた。彼女が畑の説明をしようとしたとき、村人から解放されたモルンがこちらに向かって走ってきた。
「あぁー!やっぱりここにいた!探すの大変だったんだぞ!」
「あ、お姉ちゃん。ちょうどよかった。私、もう疲れた。あとは任せたよ」
「パピさんはこれからどこにいくんですか?」
「たくさん歩いて疲れたから休憩しに行く。最近、村の外にとっても暗くて、落ち着く場所を見つけたの。他の子たち、暗すぎるっていうけど、私にはちょうどいい。そこにいると、とても落ち着く。それじゃ、またね、お姉ちゃん、ソル」
そう言って彼女は僕の手を放し、村の外に向かって歩いて行った。
「またな!パピ!」
モルンが元気いっぱいに手を振る。僕も彼女に向かって手を振った。
畑では様々な種族の魔物が役割を分担して働いていた。が、その中でもひときわ目立っていたのは、僕の背丈の二倍はあるであろう獣人だった。モルンと同じ犬の魔物であることは見た目で分かったが、それにしても大きい。それによく見ると片腕がない。その魔物は僕たちを見つけると、巨体に似合わない速さでこちらに駆け寄ってきた。身構える間もなく、気づけばもう目の前にいた。
「母ちゃん!久しぶりだぞ!」
モルンがそう叫んだ。母ちゃん?誰のことだろう?僕があたりを見渡そうとすると、目の前の魔物が口を開いた。
「おぉー!モルン久しぶりだなあ!ちゃんと飯食ってるか!?母ちゃん心配してたんだぞ!」
母ちゃん...?思わず耳を疑った。あまりにも体格が違うし、何より見た目がまるで似ていない。本当に同じ犬の魔物なのだろうか?
「うん?その人間は誰だ?」
「おともだちだぞ!」
「ほー!お前にも友達ができたか!おい人間、名前は?」
「ソルです...あなたは?」
「ソルか。いい名前だな。名乗るのが遅れたが、私の名前はペロ。この村の村長だ。ようこそ、歓迎するよ」
ペロは膝をつき、僕に目線を合わせた。彼女をよく見ると、耳の形や目の色がモルンとそっくりだった。
「それで...うちの村になんの用だ?特に面白いものは何もないぞ?」
僕は彼女に事情を説明し、あらかじめモルンから預かっていた手紙を渡した。ペロは手紙に目を通すと、眉間にしわを寄せた。
「まったく、ラガロにも心配をかけちまってるな……」
「最近、不作なんだ。理由はよく分からんが、畑の野菜があまり育たなくてな。ラガロには悪いけど、足りない分は別のところから仕入れるよう伝えてくれ」
「そんなに大変なんですか?」
僕が尋ねると、ペロは肩をすくめた。
「今年に入ってから、ずっとこんな調子さ。昔はもっとたくさん採れたんだがな。森の植物も元気がなくなってきているし、困ったもんだよ」
そう言って、ペロは村の外に広がる森へ目を向けた。よく見ると、村の畑には育ちきっていない野菜が目立ち、収穫を終えた畝もまばらだった。
「それに……」
彼女がそう言いかけたとき、空を大きな影が覆った。見上げると、さっき僕たちが見た鳥の魔物が、村の上空を旋回していた。
「それに、あのカラスがいるからな」
そのとき、鳥の魔物は、突然こちらに向かって急降下してきた。爪で家の屋根をひっかき、ガリガリと不快な音を立てた。
「みんな、隠れろ!」
ペロが叫ぶと、村人たちは慌てて建物の中へ逃げ込んだ。僕もモルンと一緒に物陰へと身を隠す。鳥の魔物は、かがり火やランタンの光が届かない場所を縫うようにして村の中を飛び回っていた。
「母ちゃん、なんかあいつ飛び方がおかしいぞ?」
モルンが声を抑えてペロに聞く。
「あいつは普通には飛べない。影から影へと移動することで、空を渡っているんだ。昔、私が片方の翼をもぎ取ってやったからな」
そのとき、鳥の魔物がこちらへ向かって飛んできた。僕はとっさにランタンを掲げ、光の魔法を使った。ランタンの光が一気に強まり、魔物が潜んでいた影がみるみる薄くなっていく。
「あれっ?もしかして効いてる......?」
僕が驚いている間に、影を失った魔物は、行き場をなくしたように空中で動きを止めた。だが、すぐに近くの建物の影へと身を滑り込ませると、再び森のほうへ飛び去っていった。
「ふぅ......なんとか追い払えたな」
ペロが安堵の息を漏らす。建物に隠れていた村の魔物たちも少しずつ外へ出てきた。
「ソル!今のすごかったぞ!あいつお前にびびって逃げてったぞ!」
モルンが興奮した様子で飛び跳ねる。
「いや、僕はただランタンを魔法で明るくしただけだよ。それより、あの魔物は一体何なんですか」
僕がそう聞くと、ペロは大きくため息をついた。
「あいつはずっと昔からこの辺りに住み着いてる魔物だ。前は森の奥でおとなしくしてたんだが、最近になって村の近くまで出てくるようになってな」
ペロはそう言って、魔物が飛び去った森の方を睨んだ。
「何度かぶちのめそうとはしたんだが、あいつは追い詰められると影から影へ逃げちまうからな。なかなか仕留めきれないんだ」
「母ちゃん、さっきの鳥はどこに飛んで行ったんだ?」
「ええと...あっちの方角だな。確かあっちには...」
ペロの言葉に、僕は魔物が飛び去った方角を見つめた。そして、魔物が向かった先は、先ほどパピが歩いて行った方向と同じだと気づいた。
「ペロさん!あの鳥が向かった先にパピさんがいるかもしれません!」
「えぇっ!?それはやばいぞ!すぐに行かないと!」
慌てて駆け出そうとする僕とモルンの前にペロが立ちふさがった。
「待て。あの魔物は危険だよ。それに森の中は暗い、どこにやつが潜んでるかわからないよ」
「でもパピが危ないかもしれないんだぞ!」
モルンがペロに食い下がる。僕も黙ってはいられなかった。
「僕の魔法なら、さっきみたいにあの鳥を追い払えるかもしれません。行かせてください」
ペロは僕たちの顔をじっと見つめたあと、軽くため息をついた。
「......分かった。ただし、私も一緒に行く。あいつの相手は私に任せな。お前たちは勝手に動くんじゃないよ」
こうして僕たちは、パピを探すために森へ向かうことになった。




