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第3話 森に灯る光

鳥の魔物が逃げ込んだ森は、鬱蒼としており、月明かりがかろうじて届いていた。ペロは僕とモルンをかばうようにして、先頭を歩いていた。森の中には様々な植物が生えていたが、どれも生気がなく、萎びているように見えた。

「やつは移動するときにいちいちでけえ羽音を立てるからな。近くにいればすぐにわかるのさ」

ペロが周囲を見渡した。

「一応、カラス野郎がいるところには心当たりがある......が、お前の話を聞くに、もしかしたらそこにパピはいるかもしれん。急ぐぞ」

 森の奥は、もはや月明かりさえ届かないほど暗かった。僕はランタンに必死に魔力を込めながら、ペロの後を追った。そして、その光すらもかき消されそうな場所に、パピは横たわっていた。綺麗だった翅の片方はずたずたに傷つき、パピは気を失っていた。

「相変わらず嫌なやつだ...」

ペロは失った片腕の付け根を撫でながら、そう呟いた。

僕が慌てて駆け寄り、パピを抱き起こすと、彼女はゆっくりと目を開けた。

「あぁ!よかった!パピさん!大丈夫ですか!?」

「......後ろ......危ない......」

パピが震える手で僕の背後を指さした。不快な羽音が僕の背後で響いた。

「え?」

振り向いた瞬間、あの魔物のかぎ爪が目の前に迫っていた。僕はとっさに身を翻し、パピに覆いかぶさって彼女を庇った。その直後、ペロが横から飛び込んできて、僕たちに迫っていた魔物を体当たりで突き飛ばした。

恐る恐る振り返ったが、鳥の魔物の姿はすでになかった。どうやら近くの影へ逃げ込んだらしい。ペロはすぐさまその後を追い、モルンもそれに続いた。

「ソル!こっちに来い!お前の魔法が必要だ!」

声が聞こえる方を見ると、木々がざわめき、獣の唸り声が聞こえてきた。明らかにあの魔物との戦闘が起こっている。しかし、動けないパピを置いたままにしておくことはできない。その時、パピが僕の手を弱々しく握った。

「行って......お姉ちゃんたちを助けてあげて......」

彼女はそう言うと、気を失ってしまった。僕は力の抜けてしまった彼女の手を強く握った。そして、あの魔物が彼女に近づけないよう、魔力を込めたランタンを彼女のそばに置いた。

 僕は掌に小さな光を灯して、ペロたちの声がする方へ走った。やがて、木々が途切れ、開けた場所に出た。鳥の魔物が、ペロとモルンの頭上を縦横無尽に飛び回っている。僕は二人のもとへ駆け寄り、掌の光を強めた。しかし、ランタンのない光では弱すぎる。周囲の闇を押し返すには、とても足りなかった。

どうにか光を一点に集められれば、あの魔物の動きを再び止められるかもしれない。僕は掌に広がる光を一点に集めようと、必死に魔力を集中させた。しかし、光はまとまらず、指の隙間からこぼれるように揺らいでいた。僕がこうして苦戦している間も、戦闘は続いていた。影から飛び出した魔物に、ペロが拳を叩き込もうとする。しかし、拳が届く寸前、魔物は別の影へと姿を消した。ペロの拳は空を切る。その次の瞬間、彼女の背後に現れた魔物が、かぎ爪を振り下ろした。

「おい!ソル!こいつを影に逃がさないようにできないのか!?このままじゃ先に私がぶっ倒れるぞ!」

ペロが叫ぶ。ペロの体はすでに血まみれだった。

「できます!」

彼女の様子を見て、僕は反射的にそう叫んだ。僕は母からもらったナイフを抜いた。目をつむり、ナイフの刀身に沿わせるように、魔力を流し込む。僕の手の中で散らばっていた光が、少しずつまとまっていく。初めて、自分が意図した方向へ魔力が流れていくのを感じた。僕が刀身に魔力を流し込んでいる間も、ペロは僕に向かってくる魔物の攻撃を、何度もその身で受け止めていた。

「ソル!危ないぞ!」

モルンの叫ぶ声でハッと目を開けると、再び、目の前にあの魔物がいた。かぎ爪が頬をかすめた。それを避けるように僕は体をひねり、ナイフを振り抜いた。刃が魔物の残された翼を浅く切り裂く。同時に、刀身に集まった光が翼を覆う影を照らし、黒い影が一瞬薄れた。

「おいっ!大丈夫か!?」

モルンがこちらに駆け寄った。

「うん、ちょっと頬をかすめただけだよ」

「おぉー......よかったぞ!それよりも見ろ!あの魔物苦しんでるぞ!」

モルンが指さした先を見ると、鳥の魔物が影に逃げ込むことができずに、空中でもがいていた。だが、すぐに体勢を立て直し、こちらの様子をうかがっていた。

「ソル!さっきのをもう一回だ!お前の全力を込めろ!」

魔力を込めている間、僕に向かう攻撃を何度も受け止めていたペロが叫ぶ。彼女は血をしとどに流しながら、肩で息をしていた。ペロはどう見ても限界だった。鳥の魔物は、そんな彼女の隙をうかがうように、空中を飛び回っている。

僕は再び、攻撃に備えて刀身に魔力を集中させた。先ほどは、途中で中断されてしまったが、刀身に余すことなく魔力を流し込むことができれば、あの魔物に決定的な一撃を与えられるはずだ。だが、先ほどのように受け身の攻撃ではだめだ。何かいい手段はないのか?

その時、モルンとペロの目が合った。モルンの視線が、僕の手にあるナイフへと移る。

「母ちゃん!高い高いしてほしいぞ!」

モルンが急に叫んだ。この状況で何を言っているのだろう?

「わかった!おいソル!そのナイフをモルンに渡せ!」

「えっ?」

「早くしろ!」

彼女に気圧され、僕は何もわからないままナイフをモルンに渡した。僕のすべての魔力が注がれたナイフは強い輝きを放っていた。

「おらァ!」

鳥の魔物が低く飛んだその瞬間、ペロの威勢のいい掛け声とともに、モルンが空を飛んだ。いや、放り投げられた。

「ちょ、ちょっとペロさん!?何してるんですか!?」

「いいから見てなって」

ペロはにやりと笑って、慌てる僕を制止した。空を見上げると、モルンがナイフを振りかぶっていた。刀身の光は流れ星のような軌跡を描き、刃が鳥の魔物の翼を切り裂いた。一瞬の静寂の後、空から鳥の魔物が力なく落下してきた。そして、数秒遅れて落ちてきたモルンをペロが優しく受け止めた。

「おい、ソル、モルンと一緒にパピを村に運んでおいてくれ。あとは私がやる」

ペロの言葉を聞き、僕ははっとした。パピを一人にしたままだった。だが、ペロも間違いなく血を流しすぎていた。

「でも、ペロさんも...」

「大丈夫だ。私は頑丈だからな。ほら、早くいけ」

ペロのことは気がかりだったが、僕とモルンは急いでパピのもとへ戻った。駆けつけたころには、パピはすでに意識を取り戻しており、座ったままぼんやりとランタンの明かりを眺めていた。

「あ、お姉ちゃん、ソル」

「パピ!大丈夫か!痛くないか!?」

モルンが心配そうな顔で、彼女に駆け寄る。

「痛い......とっても」

僕は彼女をおぶり、モルンに村の診療所まで案内してもらった。診てもらったところ、幸い命に別状はないとのことだった。モルンはペロの様子を見に行くというので、僕は診療所に残り、彼女のそばにいることにした。

「ソル」

診療所のベッドに横になったパピがぽつりとつぶやいた。

「私、明るいのは苦手。でも、あなたのランタンの光、とっても落ち着いた」

彼女が再び僕の手を握った。僕は掌に魔力を込め、小さな光を灯して彼女の目の前に差し出した。

「あなたの魔法、とても暖かい。安心する......」

パピはそれをぼんやりと眺めていた。

その時、後ろからドアの開く音がした。振り返ると、治療を終えたばかりなのか全身を包帯でぐるぐる巻きにされたペロが立っていた。

「あの魔物はどうしたんですか?」

「殺した。あれは危険すぎる」

彼女の言葉にどう返せばいいかわからずにいると、ペロの後ろからモルンがひょっこり顔を出した。

「ソル!お前がいたからパピと母ちゃんは助かったんだぞ!すごいぞ!」

モルンはぴょんぴょん跳ねながら僕に近づき、抱きついてきた。

「今から祝勝会をやるんだぞ!主役はお前だぞ!」

パピがこんな状態なのに僕だけが楽しんでいいのだろうかと思ったが、パピはすでに眠っており、これ以上僕にできることは何もなかった。

祝勝会は村の広場で行われた。村の人々は僕のことを取り囲み、村長でさえ倒せなかった魔物を討伐した英雄だと褒め称えた。僕一人で倒したわけではないのに、少し居心地が悪かった。見たこともない豪華な料理が並べられ、そのどれもが美味しかった。しかし、祝勝会の間、僕はパピのことが頭から離れなかった。

 祝勝会がお開きになるころには、僕はすぐに診療所へ戻った。パピは少し元気を取り戻していた。翅の傷はまだ痛むようだったが、ベッドから起き上がって絵本を読むくらいには回復していた。

「ここ、誰もいなくて退屈。私もう動けるのに」

パピは絵本から顔を上げ、不満そうにそう言った。

「見て」

彼女はそう言って絵本のページを僕に見せた。母が一昨日見せてくれたページと一緒だった。モルンが昔、村で読んだ絵本とはこれのことだろう。

「この丸いやつ、とっても明るい」

彼女は絵本の太陽を指さしてそう言った。そういえば、モルンの夢はこの絵本に描かれた、太陽のある景色を見ることだった。しかし、パピは暗闇を好む。そんな彼女にとって、太陽の光はどんなものに見えるのだろう?

「......もし、この光景を見られるとしたら、どう思う?」

僕はパピに聞いてみた。彼女は数秒考えたあと、にっこり笑って、こう答えた。

「もし、この丸いのが、あなたの光と同じなら、見てみたい」

 診療所から出て、村が手配してくれた宿の部屋に入った瞬間、急に疲れが襲ってきた。手紙を届けるだけだったはずなのに、とんでもないことに巻き込まれた。ソファにもたれかかり、僕は大きく息を吐いた。

その時、部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」

僕が返事をすると、ペロが部屋に入ってきた。

「ソル、今時間あるか?」

彼女の顔はいつになく真剣だった。

「はい。どうしたんですか?」

「実は、お前に頼みたいことがあるんだ。」

「僕にできることなら、力になります」

「そうか......ありがとう。実はな、国境近くにある村と連絡が取れなくなったんだ」

「えっ?」

「今まではあっちの村の村長が定期的に手紙をよこしてくれたんだが、二、三か月前から急に届かなくなっちまった」

「どうしてそんなことに?」

「それがよくわからないんだ」

ペロは少し考えるように間を置いた。

「こんなことをお前に頼むのは、本当は筋違いだってわかってる。だが、私が村を離れると、今回みたいな緊急事態に対応できなくなっちまう」

「それに、この辺りで光魔法を扱えるやつはお前以外いない。さっきの戦いを見て、お前の力なら、国境の近くでも役に立つかもしれないと思ったんだ」

「ええと、つまり僕はその村の様子を見に行けばいいんですよね?」

「ああ。危険だと感じたらすぐに引き返していい。無理をする必要はない」

「事情は分かりました......でも、一度町に戻って母に相談させてください。きっと心配すると思うので」

「もちろんだ。もし行くと決めたなら、うちの村を経由するといい。遅い時間に悪かった。ゆっくり休めよ」

ペロはそう言って部屋を出て行った。

 翌朝、僕はモルンとともに、町へと戻った。ラガロおじさんへの伝言はモルンに任せ、僕は急いで家へと帰った。玄関の扉を開けると、母さんが駆け寄ってきた。そして、何も言わずに僕を抱きしめてくれた。

「ただいま、母さん」

「......おかえりなさい、ソル」

母さんの腕の中で、僕はようやく帰ってきたのだと実感した。

その後、僕は町の外でのことを母さんに余すことなく話した。闇に溶けこむ美しい花を見つけたこと。町にはない、おいしい果物を食べたこと。村でパピと友だちになったこと。彼女を守るために魔物と戦ったこと。そして、ペロから頼み事をされたことも。

「だからね、母さん。僕は国境近くの村の様子を見に行きたいんだ」

「......国境近くの村?」

母さんの声がわずかに揺れる。

「うん。ペロさんの村から、もっと離れたところにあるみたいなんだ。そこの村長さんと急に連絡が取れなくなったみたいで」

母さんはしばらく黙っていた。

「ソル。母さんと約束したわよね。国境には近づかないって」

「覚えてるよ。でも、国境を越えようとしてるわけじゃない。その村の様子を確かめに行くだけ。危険だと思ったらすぐに戻るよ」

「そんな簡単に決めていいことじゃないわ。本当に危険なのよ」

母さんは僕の手を握った。いつもと変わらない、優しくてあたたかい手。けれど、そこには少し力がこもっていた。

「どうして?そんなに危険な場所なの?」

「......そうよ。あなたが思っているより、ずっと危険な場所なの」

母さんは僕から目をそらした。

「ソル。行かないで、お願いよ」

その声は、今まで聞いたことがないほど弱々しかった。

僕は何も言えなかった。母さんがこんな声を出すのを聞いたのは初めてだった。

しばらくして、母さんは僕の手を握りなおした。

「ごめんなさい。私は、あなたには行ってほしくない。でも、あなたをこの狭い世界に縛り付けるのは、もっと嫌なの」

母さんは顔を上げ、僕の顔を見つめた。

「だから、ソル。あなたはどうしたい?」

泣きそうな母さんの顔を見て、僕は一瞬迷ってしまった。けれど、そんなとき、ふと森で助けを求めていたパピの姿が頭に浮かんだ。

あのとき、もし僕たちが森へ向かっていなかったら。パピはどうなっていただろう?助けを求めることさえできず、誰にも気づかれないままだったかもしれない。

国境近くの村にも、あのときの彼女のように、誰かの助けを待っている人がいるかもしれない。

それを知らないふりをすることが、僕にはできなかった。

「母さん。僕は行きたい。困っている人がいるかもしれないから、確かめに行きたいんだ」

僕は母さんの手を力強く握った。

「だから約束する。絶対に帰ってくるって」

母さんは何も答えなかった。ただ、僕の手を握るその指が、かすかに震えていた。

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