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十年前、俺を「わいせつ教師」にした教え子と結婚した。初夜、彼女の一族28人が死んだ  作者: 空の異変


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第五話 俺が教えたこと

「一つ戻ります。高校の校門で会ったのは、偶然ですか」


「学校は調べた。あそこに立てば会えた」


奥寺のペンが止まった。


「チラシは本当に配っていた。配る場所を、俺が選んだだけだ」


「いつ調べましたか」


「出た年だ」


「出所された年に、もう」


「ああ」


奥寺は、そこに戻って一行書き足した。


「二年、連絡を取っていない」


「取っていない」


「そのあいだ、彼女がどこにいたかは」


「知っていた。画面に出ていたからな」


深夜のクイズ番組だ。


大学対抗の勝ち抜きで、彼女は勝ち続けた。


六畳のアパートに、前の住人が置いていったテレビがある。俺は毎週見た。


出演者の紹介で、彼女は毎回同じことを言う。


「高校のとき、数学を教えてくれた先生がいます」


回を重ねるごとに、その一言が長くなった。


「あれは、俺に見せていた」


「本人がそう言ったんですか」


「言わなくても分かる」


奥寺は書いた。書いてから、顔を上げた。


「辻本さん。番組には、あなたが出させたんですか」


「出させた」


「応募したのは」


「鈴音だ」


「それは、出させたとは言いません」


「言う」


奥寺は言い返さなかった。言い返さずに、そのまま書いた。


20歳の誕生日の週に、俺は番号を戻した。


一行だけ送った。見ている、とだけ書く。


返信は四分で来た。


二年、画面を伏せずに置いていた人間の速さだ。


会ったのは、東京の駅の改札の外だ。


彼女は走ってこなかった。まっすぐ歩いてきて、俺の一歩手前で止まった。


「冬馬さん」


先生、とは言わなかった。


半年後に一緒に住んだ。


事業のほうは、彼女がもう始めていた。


受験指導のオンライン事業。動画と、添削と、月額の会員。


俺が見たのは、サーバと決済の仕組みだけだ。


IT企業に十年いた人間にできることは、そのくらいしかない。


大学在学中に法人にした。


「会社は、一つですか」


「二つだ。教材と法人向けを、あとから分けた」


「三期目の決算を、俺の前に広げてきた。2社で年商1億8000万円、税引後利益3000万円」


奥寺の手が、書いている途中で浮いた。


「……いま、1億と」


「年商も利益も、あの子の手元には残らない。手元に来たのは、春に売った持ち分の25%だ」


「いくらで」


「1億2000万円」


横の男が、電卓を出しかけて、やめた。


奥寺は書いた行を指で押さえ、桁を数え直している。


「契約書も見た。残りの75%を同じ値段で数えれば3億6000万円だ。売らなければ、ただの数字だがな」


「その1億2000万円は」


「税を取り分けて、家を買った。都心のタワーマンションの、高層階だ」


「ローンは」


「組んでいない。8800万円、現金で払った」


奥寺がページを一枚戻して、また元に返した。


「名義はあの子だけだ。俺の名前は入っていない」


事件の前の残高は1000万円ほどだ。その紙を見せながら、彼女は毎月の振込の行を指でなぞった。


振込先は、実家だ。


    *


「ご実家に行かれたのは」


「去年の秋だ。鈴音が連れていった」


本家の座敷は、襖を外すと二十畳になる。


冬は、その広さが全部冷える。


縁側の軒に、干し柿の紐が並んで吊ってある。


父親と母親と、兄がいた。ほかに、名前を覚える気にならない人数がいた。


「反対されましたか」


「された」


「どういう言い方で」


「あんたは、復讐に来たんだろう」


父親はそう言った。


俺の顔を正面から見て、湯呑みを置いてからの一言だ。


母親は、俺の顔を見なかった。


十年前、校長室でも見なかった。


反対の話は、三十分で金の話になった。


母親の目が、俺のほうへ来て、鈴音で止まる。


「鈴音。結婚しても、毎月の20万円は続くんだろうね」


「入れます」


座敷の箸が、また動きだす。


兄が茶を運んできた。俺の分だけ盆に残す。


「妹の会社、いまどのくらい」


答えを待たずに盆を置き、座ったまま上体を折る。湯呑みが一度鳴った。


「鈴音。50万円だけ貸してくれないか。お前以外に頼めない」


座敷が鈴音を待ち、鈴音は俺を見ていた。


兄は折ったままでいる。


父親が屋根の修理の見積書を出し、畳を滑らせて鈴音の前で止めた。


「屋根だ。180万円かかる。もう二冬もたない」


「お父さん。明細を見せてください」


見積書は、同じ速さで戻った。


「あとで揃える」


「揃ったら、話します」


父親が、今度は俺を見た。


「都心のタワマンを現金で買ったそうだな。8800万円」


斜め向かいで、叔母のひとりが姻族に酌をしながら声を上げた。


「あの子、テレビに出てたでしょう。うちの姉の子なの」


「うちのは同い年だけど、まだ仕送り。こっちは逆、親がもらってるの」


徳利が、鈴音を向いたまま止まる。


「祝言も、あの子が120万円出すって」


婚姻届は、そのひと月前に出してある。


証人の欄は、事業の会計士と、前に住んでいたアパートの大家に書いてもらった。


親の判は要らない。二人とも成人だからだ。


控えは、封筒に入れて自宅の引き出しにある。


受理されたあとも、彼女はその紙を何度か出しては、また戻していた。


「反対されて、それでも挙げたんですね」


「あの人たちは、挙げると言えば来る」


「なぜ」


「鈴音が出すからだ」


    *


「ひとつ、伺います」


奥寺が、ページを最初のほうまで戻した。


「高校のときのお弁当も、会社のお手伝いも、全部、あの夜のためにやったんですか」


「順番が違う」


「どう違います」


「あの子に何を入れると、次に何が出てくるか。それを七年かけて確かめた」


「入れる、というのは」


「言葉でも、飯でも、返事の速さでもいい」


俺は、机の木目の向きを指でなぞった。


「同じものを入れると、同じものが出る。何度やっても出る。そういうものが一つできた」


「それは、人の話ですか」


「再現性の話だ」


奥寺の横で、若い警察官が姿勢を変えた。


この部屋で俺の言葉が気味悪がられるのは、その日が初めてではない。


奥寺のペンが止まった。止まって、また動いた。


「俺が立てと言えば、あの子は座らない」


「座らない、というだけです」


「犬にできることなら、それで足りる」


「それは洗脳ではありませんか。鈴音さんが断ったことはありますか」


「ない」


「一度も」


「一度もない」


奥寺は、別の紙を出した。所持品の写真が印刷してある。


「昨夜、救急で運ばれたときの記録です。首に、小さい壺を下げておられた」


「俺が下げさせた」


「中身は」


「去年、子どもができた」


「はい」


「要らないと言った。あの子は病院に行った」


「あなたが行かせた、ということですか」


「行かせた」


奥寺は書かなかった。


書く手を止めて、俺の目のあたりを見ている。


「麻酔なしで、と言った」


部屋の空気が動いた。若い警察官が顔を上げる。


奥寺は、ペンを置いた。


「医師が麻酔を使わなかったと、確認したんですか」


「あの子がそう言った」


「記録を調べます」


「調べればいい」


奥寺は、調べます、ともう一度言った。


同じ言葉を二度言う人ではなかった。


骨は分骨して、小さい骨壺に入れてある。鎖を通して、首から下げた。


外側は白い。磨いた白ではなく、もともとそういう焼き方の白だ。


「本人が外したことは」


「ない」


    *


三日目に、現場へ連れていかれた。


手錠の上から上着を掛けられる。写真を撮られないための布だ。


庭には、まだガソリンの匂いが残っていた。


廊下は板で、歩くと底が滑る。


縁側に、番号札が立っている。携行缶があった場所だ。


赤い塗装の缶だった。農機具小屋の棚から出したときは、赤いとも思っていない。


座敷の畳には、人のいた場所が白く残っていた。


座布団と、膳と、湯呑みの位置に、それぞれ札が立っている。


札の番号は28まであった。


札は、畳の縁に沿って等間隔には並んでいない。


人が座っていた場所に立っているからだ。


「ここで、何をしましたか」


「鍋に入れた。酒にも入れた」


「いつ」


「膳を運ぶ前だ」


「誰が運びました」


「親族の女の人たちだ。名前は知らない」


「戸は」


「全部閉めた。火鉢は、もともと出ていた」


「奥さんは」


「途中で分かったらしい。騒いだから、首を絞めて落とした」


「落とした、というのは」


「気を失わせた」


若い警察官が図面に印を入れる。


俺の言った位置と札の位置は、合っているところと、合っていないところがある。


    *


戻った取調室で、奥寺は三つに絞ってきた。


「その睡眠薬は、どこから手に入れた」


「ネットだ」


「どこの」


「覚えていない」


「量が要ります。28人分です」


俺は答えなかった。


沈黙も、答えの一種として記録される。


それを知っていて黙るのと、知らずに黙るのとでは、あとに残る紙が違う。


「薬があったのに、なぜ妻には使わなかった」


「……使う必要がなかった」


「首を絞めるほうが、確実ですか」


奥寺は三つ目の紙を指で押さえた。


「妻が叫んだという時間、隣人は何も聞いていない。供述に間違いはないか」


蛍光灯が一度だけ瞬いた。


俺は口を開けた。


開けただけで、何も出てこなかった。

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