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事あるときは幽霊の足をいただく!  作者: 北大路 夜明
第6章 Time is running out
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第21話 優しい時間

 藤木さんを乗せた救急車を見送ると、「これは本部扱いの事件になるから」と、体が空いた三田村さんと安藤さんに誘われ、覆面パトカーの中で少し話をすることになった。


「俺が知っていることをキミたちに話そうと思う。フジはね、警察官になったばかりの頃、配属先の少年係で、ある少年に出会ったんだ」


 運転席の三田村さんは前方の景色に視線を投げたままハンドルに上体を預けるようにして、おもむろに切り出した。


「彼の名前は……そうだな、仮名でB君にしよう。あるとき、中学生のB君は本屋で万引きをして補導されたんだ。盗んだものは漫画本一冊。その本屋での万引きは二度目だったから、店長が警察に通報したんだけど、担当したフジはB君に偉く同情してね。よくよく話を聞けば、彼は不良グループからいじめにあっていて、リーダー格の少年から本屋で万引きをしてくるように命令されたらしいんだ。もちろん学校側はいじめの存在はなかったと全否定したけどね」


「ひどい話ね」


 助手席の安藤さんはつまらない映画の感想を述べるように言った。


「よくある話さ、残念だけど」


 三田村さんの視線の先には、しきりに別荘を出入りする鑑識課員の姿がある。さっきまであそこに監禁され、玉置(たまおき)に殺されかけたことが夢の中の出来事のようだった。それくらい三田村さんの話はヘビーなものになりそうな予感がする。


 三田村さんは続ける。


「その日からフジは公私の分別なくB君をよく気にかけるようになった。一日一回は中学校周辺を重点的に巡回し、プライベートではB君と会って励ましていた。自分が担当した不良少年に会って話を聞くあいつなりのスタイルはこのときに確立したんだ。フジは俺なんかと違って熱い正義感の塊のような男だからね」


 オレはちらりと隣に座る友人Aを見た。正確に言えば真之助を挟んだ隣に座る友人Aを、だ。


 柳のように深くうな垂れた友人Aは会話に参加する意志があるのかないのかわからないほど茫洋としている。


 無理もない。兄のように慕い、大きな心の拠り所となっていた藤木さんから突き放されたのだから、立ち直れないほどのショックを受けたのだろう。


「そして月日は流れ、二人の別れがやって来た。フジの次の配属先が決まったんだ。その頃には不良グループのB君へのいじめがやんでいたから、フジも安心してその土地を離れた。『自分も警察官になりたい。藤木さんと一緒に働きたい』そんなB君の純粋な夢を応援すると約束して。二人は実の兄弟みたいだったよ。しかし、神様も酷なことをする。これが二人の永遠の別れになるなんてね、誰が想像したと思う?」


「何があったんですか」オレは思わず前のめりになって運転席に顔を寄せた。


「フジが異動してすぐいじめが再開されたんだ。やつらはいじめをやめたわけじゃなく、一時中断していただけなんだ。邪魔なフジが異動するのを虎視眈々と待っていたのさ。そしてB君は」


 唾を飲み下す小さな空白のあと、三田村さんは溜め息とともに掠れ声で言葉を紡いだ。


「B君は死んだ。警察の発表では成績が伸び悩み将来に絶望して商業施設の屋上から飛び降り自殺をした、ということになっているが、実際は現場から不良少年たちの立ち去る姿が目撃されていたんだよ。『飛べ』コールが屋上から聞こえたという証言もある。けれど、警察はB君の事件を自殺で片付けたんだ。いじめグループの中に所謂、上級国民と呼ばれるお偉いさんの子供がいて、上層部からの圧力があったとのもっぱらの噂さ。警察官にとってお上の命令は宿命と同義語。絶対なんだ」


「そんな」


「だから俺は全般的にお偉いさんが大嫌いなんだよ」と三田村さんは感情を押し殺すようにして奥歯を噛みしめた。


 さらに三田村さんが語ったことは当初、B君の身元がなかなか割れなかったそうだ。B君の身元に繋がる所持品が現場から発見されなかったことも原因のひとつだったが、なんと中学生だったB君が高校生の制服を着て亡くなっていたため、割り出しまで時間がかかったらしい。


「不良グループの中に高校を卒業したばかりの兄を持つ子がいてね、その子がリーダー格の少年に命令されて、制服を調達してきたらしい」


「だからあのとき藤木さんは──」


 オレは息を呑んだ。ようやく合点がいったのだ。


 「中学生が高校生にリンチされている」との通報で桜並木警察署に補導されたとき、「自分は高校生だ」とオレが何度訴えても、藤木さんは信じてくれなかった。


 昔気質の職人のような頑固さを覗かせるほど、中学生であることに強くこだわり、オレが着ている梅見原(うめみはら)高校の制服さえも「高校生の制服を借りているのはわかっている」とまで断言したのは、藤木さんの頭にいつもB君のことがあったからだ。


 藤木さん!


 天井を見上げた途端、抑えきれない感情が雫となって溢れ出した。


 藤木さんはB君の死をどう受け止め、どんな思いでこれまで警察官を続けてきたのだろうか。その苦しみは大切な人を失った経験があれば想像に難くない。今の生活安全課少年係藤木大輔という刑事があるのは、よくも悪くもB君の死が関係しているに他ならなかった。


 今後の捜査で藤木さんがどんな証言をするかわからない。けれども、玉置の言うことが正しければ、藤木さんは自分が補導した不良少年たちを使ってドラッグの製造・売買、パパ活の斡旋などの違法なビジネスを行っていたことになる。


 それはB君を死に追いやった不良少年たちに対する復讐のつもりだったのかもしれないし、一向に更生しない少年たちに辟易(へきえき)し警察官という仕事に魔が差したのかもしれない。


 どちらにせよ、藤木さんがしていたことは許されないことだがオレは──。


「フジを庇うわけではないけど、これだけの組織をフジがひとりで指揮していたとは考えにくい。もっと上がいるはずだ。なあ、芦屋君」


 いつの間にやら警察無線のボリュームが絞られ三田村さんが振り返っていた。


「キミはフジのことが許せないかい?」


 急に話を振られた友人Aは捨てられ怯えた子猫のように体を震わせた。


「……当たり前じゃないですか」絞るような押し殺すような声だ。


「許せるわけありませんよ」


「そうだよね」


 三田村さんは穏やかに首肯する。


「俺もフジのやったことは当然許されないことだと思っているよ。処罰されるべきだと思っている。更生しようともがく少年少女に対して希望を奪うようなひどく残酷なことをしたんだからね。でも俺はアイツの友達だから何があっても見捨てるわけにはいかないんだ。勝手なことを言うようだけど、芦屋君。フジのことを信じてやってくれないか。フジは芦屋君のことを本当に大切に思っていたからこそ、最後まで君を犯罪に巻き込みたくなかったんだ。アイツとは長い付き合いだからこそ俺はわかるんだ。君とフジが過ごした時間は本物だった」


 友人Aは三田村さんから目を逸らし、窓の外へと顔を向けた。


「だから……っすよ」


「え?」


「だから許せないんすよ。だって」


 友人Aはサンドバッグを叩くようにして、悔し気に助手席を二度三度と殴ってから、泣きじゃくった。


「だって、水くさいじゃないですか! フジさん、絶対悩んでいたはずなのに、いつもオレの相談ばかり乗ってくれて、ひとりで全部抱え込んで! オレだってフジさんの話を聞いて、力になりたかったのに……なのに、オレをわざと突き放すようなことを言って、自分ばっかカッコつけて……そんなの……そんなのズルいじゃないですか!」


 友人Aに席を揺らされた安藤さんは他人の目覚まし時計に起こされたかのように迷惑そうにしていたが、オレと目が合うと微かに微笑んだ。


「きっと立ち直るわ、藤木サン。だって、こんなにも思ってくれる人たちがいるんだもの」


 安藤さんの思いがけない言葉に引っ込んだばかりの涙が再び顔を出す。


『大ちゃんのこと、全部許すよ』


 このとき、莉帆(りほ)の遺言を聞いたのはオレひとりではなかったはずだ。


 車内にはオレと友人Aの嗚咽(おえつ)を慰める優しい時間が流れていた。

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