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事あるときは幽霊の足をいただく!  作者: 北大路 夜明
第6章 Time is running out
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第20話 小さな少年

 そこから事は一気に進んだ。


 警察が地下室にドッと雪崩れ込んできて、玉置(たまおき)と取り巻きたち、そして不良グループの一味と間違われた友人Aが連行されていった。


 上野はというと、連中と同様、警察にしょっ引かれたわけだが、地下室を出る直前、オレと目が合うと一度はすれ違ったものの、何を思ったか同行の警察官に許可をもらい、戻ってきた。


「崎山、ケガはなかったか?」 


 上野は自分の腫れ上がった顔を棚に上げ、ぞんざいな口調でオレを心配する振りをした。あくまでもポーズだとわかっているが、助けてもらった手前、社交辞令として答えてやる。


「ヘーキ。上野は?」


「見りゃわかるんだろ。何てことねえよ」


「嘘をつけ。あちこちボロボロだぜ」


「お互い様だ」


「まさかお前がかばってくれるとは夢にも思わなかった。助かったよ」


 今度はオレがぶっきらぼうに返すと、上野はわずかに口角を上げた。


「崎山に借りを作ったままなんて気持ち悪いからな」


「上野。今度、一緒にさ──」


 一緒にさ──? 


 果たしてオレは今何と言おうとしたのだろう。


 ふと口を突いて出たのはいいが、よくよく考えれば上野と友達として付き合いたいとも思わないし、一緒に莉帆を(しの)びたいとも思わない。


 オレは続く言葉を呑みこんで、「でもやっぱ、オレ、上野がキライだわ」と言った。


 上野の方も訳知り顔に意地が悪い歪んだ笑みを混ぜ、別れの挨拶代わりに「オレの方がお前のこと大嫌いだっつうの」警察に背中を押されながら、後ろ手で手を振り、地下室をあとにした。


「藤木さんは助かりそうだね」


 タンカーで運ばれる藤木さんを真之助と一緒に見送ると、ひとりの刑事がオレたちの前で立ち止まった。


 いよいよオレが事情聴取される番が来たのかと意気込んだが、目の前の意外すぎる人物の顔を見て鼻白んだ。男が上等なスーツに身を包んでいるからではない。三田村さんが「お偉いさん」と揶揄する警察の幹部だったからだ。


「やあ、また会ったね」


「確か三田村さんたちの上司の人ですよね」


 数日前に上野と取り巻きたちから逃げている最中にぶつかり、さらに昨日は桜並木警察署でこの男が率いるお偉いさん一行を見かけたことは記憶に新しい。


「君の噂はかねがね部下から聞いているよ。今回は大変だったね」


「友達が助けに来てくれなければ、十中八九死んでいました」


 そこまで言って、オレはお偉いさんの権力にあやかることを思いついた。


「たった今、友達が不良グループの仲間と間違えられて、一緒に連れて行かれてしまったんです。何とか解放してもらえませんか?」


「ああ。不良少年のアジト(ここ)を通報してくれた青年のことだね。安心しなさい。すぐに彼の疑いは晴れるだろうから」


「そうですか。よかった」


 オールバックで決めた白髪。隙のない精悍な顔立ち。所謂イケオジに分類されるのだろう。落ち着いた雰囲気は五十代といったところだが、肌の色艶やシワの数からすると案外もっと若いのかもしれない。


市井(しせい)の人たちの安全を守るのが我々の仕事だが、君は守られる日々に飽きはしないか?」


「え?」唐突に歯の浮くような台詞が男から発せられ、ここは劇場で今からミュージカルが始まるのだっけ、と錯覚してしまう。バリトン歌手が歌うように独白は続く。


「君が望むのならば、私は惜しむことなく力を授けることができる。悪に負けない絶対的で、守りたい人を守れる正義の力だ。どうだ、力が欲しいとは思わないか?」


「それ、何ですか?」


 疑問符に不躾(ぶしつけ)と怪訝をサンドして男の真正面から投げつけてみたが、大人の余裕には敵わない。男はフッと息抜くような笑みを浮かべただけだった。


「つまりスカウトさ。この業界も人手不足でね。(まこと)君の今後の進路のひとつとして頭に入れておいてくれたまえ」


「は……はあ」


 今なら三田村さんが本部の幹部が苦手だと言った理由がよくわかる。


 オレは鼻持ちならないこのお偉いさんに苦手意識を持ち始めていた。曖昧に愛想笑いを返し、どう反応したらいいものか困惑していると、


「真君!」 


 ちょうどいいタイミングで三田村さんと安藤さんが階段を下りてきた。お偉いさんに絡まれ困っているオレを見るに見かねて駆けつけてくれたらしい。


「私は退散するとするか。では、また会おう」


 お偉いさんは王者の風格を漂わせながら悠然とコートを(ひるがえ)(きびす)を返した。


「彼、何て?」


 お偉いさんを見送ると、無愛想の看板を背負った安藤さんには珍しく興味深げに訊ねてくる。


「警察官にスカウトされました」


「なるの?」


「なるわけないじゃないですか。じいちゃんの姿を見て大変な仕事だとわかっていますから」


「そう」


 地下室から外へ出ると、ようやく解放された実感が湧き、オレは心身ともに伸びをした。冬眠から目覚めたクマが巣穴から春爛漫の外へ出たらこんな気分に違いない。拘束されていた時間としては一時間足らずなのに実に長い一日だったと思う。


 別荘周辺にはいくつもの赤色灯が回転し、警察無線があちこちから飛び交っている。


 その中に一台だけある救急車に、藤木さんが今まさに運び込まれようとしていた。傍らには友人Aの姿がある。どうやら友人Aは藤木さんの看護のため「病院まで付き添う」と言って頑として譲らず揉めているようだった。


「芦屋君はもう家に帰りなさい」


「イヤだ。フジさんと一緒にいたい」


「俺にはもう構わないでくれ。俺はね、君が思うような人間じゃない。最低な人間なんだよ、警察官としてもね」


「でも、フジさんはオレを救ってくれた」


「それは違う。俺は君を売ろうとしたんだ。遅かれ早かれ君を少年犯罪グループの仲間に加えるつもりだった」


「嘘だ」


「いいかい、芦屋君。君たち、不良少年は生きる価値のない底辺の存在なんだ。一度道を踏み外したものが更正することなんて絶対にあり得ないよ。これまで君たちに裏切られ続けてきた俺が言うんだから間違いない」


 救急車がサイレンを鳴らして遠ざっていった。


 あとには親愛なる兄を失い、肩を落とした友人Aがぽつんと取り残されていた。


 深い孤独と悲しみに溺れまいと懸命にもがくその背中は小さな少年のようだった。

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