第19話 正義のヒーローは遅れてやって来るんだぜ
「お、おい。誰か外の様子を見て来いよ……」
呻るバイクの音を聞いた斑金髪は顎で入口ドアを指し示した。何か不吉なものに出くわしたかのように青ざめている。
上野を痛めつけていた取り巻き二人がすぐさまその場を離れ、静寂が地下室に訪れたのも束の間、階段を転げ落ちてきた。
折り重なるように倒れる二人の上方からゆったりとした足音が響く。
地下室に残った誰もが息をするのも忘れ、必死で前方に目を凝らすと、
「待たせたな。正義のヒーローは遅れてやって来るんだぜ!」
晴れ晴れとした顔で爽快に笑う友人Aが腕組をして現れた。
「友人A!」
「ナイフの芦屋じゃねえか、何だってお前が……!」
驚きの声を上げた斑金髪がわずかに一歩後退した。
オレは、取り巻きたちに抑え込まれ身動きが取れない体から頭を引き離すようにして首を伸ばした。友人Aの背後に別の人影を見つけたからだ──。
「真之助!」
待ちに待った守護霊、真之助の姿がある。
「今までどこをほっつき歩いてたんだよ。待ちくたびれたじゃんか!」
思わず涙腺が緩んでしまったのは再会に感動したからでも、救助に安心したからでもない。真之助のあとを追うようにして階段から濁流の如く煙幕が流れ込んできたのだ。
恐らく、真之助が霊力を使ったのだろう。地下室には煙が充満し、あちこちからむせ返る咳や困惑の声が沸き起こる。
まるで猛吹雪のホワイトアウト現象のように一瞬にして視界が奪われ、
「おい、真! どこにいる」
助けに来たはずの友人Aまでもが途方に暮れる始末だ。
これがバラエティー番組だったら大成功に違いないが、リアルの脱出劇にはスパイスがききすぎる。どうやらオレの守護霊様は演出家には向かないらしい。
「あとは友人A君に任せて、今のうちに逃げよう!」
いつの間にか真之助の心配顔が目の前にあった。
煙幕の混乱によって取り巻きたちから解放されていたオレは、芋虫のように体をよじり、不自由ぶりを訴える。
「頼む、まずはガムテープの枷を外してくれ。この体じゃ逃げるにも逃げられねえよ」
「ケガはない?」
「かすり傷ばかりだ。ところで、どうしてオレの居場所がわかったんだ?」
拘束具代わりのガムテームを外してもらいながら、真之助から事の顛末を聞かされる。
「河川敷で真とはぐれてしまってから一度家に帰ってみたんだ。そうしたら、友人A君がちょうど家に押しかけてきたところで、加奈が応対したんだけど──」
加奈は友人Aにこう話したらしい。「お兄ちゃんの居場所ならわかるよ。だって、靴にGPSがついているんだもの」と。
「GPSだって?」
「科学部の研究に真のデータが必要だから、あらかじめ真のスニーカーにGPSを仕込んでおいたんだって。スマホの追跡アプリだと電源が落ちてしまえばデータが追えないから、だってさ」
「我が妹ながらゾッとするな……!」
以前から薄々感じていたことだが、きっと加奈は自らの探究心を満たすためならば、兄を人身御供として捧げることも厭わないに違いない。一体、オレから何のデータを取ろうとしているのかわからないが、結果的に命拾いすることになるとは皮肉なものだ。
「加奈から真の居場所を聞いたあとは友人A君のバイクにこっそり乗せてもらって何とかここまで辿り着けたわけなんだけど、まさかこんな事態になっているなんて思いもしなかったよ。真を危険な目に遭わせた私は守護霊失格だ」
そこで真之助は目をしばたたき、「ごめん」と言葉を詰まらせた。
「ガラにもなくメソメソすんなよ、らしくねえぞ。真之助は助けに来てくれたんだ。終わりよければ全てよしって言うだろ? ってまだ終わっちゃいないんだけどさ。藤木さんが大変なんだ」
「藤木さんが?」
ようやく自由になった両手両足で手探り足探りしながら藤木さんを探す。
少しずつ周囲の白濁が薄まり、視界が戻り始めると、先ほどと同じ格好でぐったりしている藤木さんが目に止まった。
「息はある。気を失っているだけだ」真之助は藤木さんの口元に手を翳し、言った。
オレは藤木さんが負った傷やアザを気遣い、そっと体を揺する。すると、まぶたが細く開かれた。
「さき……やま、君……?」
「藤木さん、一緒に逃げましょう」
煙幕の効果がなくなる前に地下室から脱出しなければ。ざっと出口まで目を走らせると、真之助と二人で藤木さんを担げば逃げられない距離でもない。
「よし、行くぞ」
安堵の感情に浸る間もなく、痛みに顔を歪める藤木さんの体を支え、起き上がらせようとしたとき、オレは首筋にひんやりとした感触を覚えた。
「Stop! そこまでだ、Chiby」
背後で斑金髪の押し殺した声がした。ほとんど反射的に両腕を肩の位置まで上げる。
「逃げれば殺す」
頸動脈に突き付けられたナイフからは並々ならぬ狂気が発せられている。ここは大人しく従った方が賢明かもしれない。
オレは斑金髪に言われるまま人質として友人Aに向き合うことにした。
「Good boy,Chiby。芦屋はDon't moveだ。下手に動くとChibyの命はねえぞ」
「人質を取るなんて相変わらず卑怯だな、玉置。真を放せ。今だったら見逃してやってもいいぜ」
友人Aがナイフを渡せと手を差し出すと、火に油を注ぐように斑金髪の声が興奮で上擦った。
「Chibyがお前のFriendだったら解放する理由はねえわな。ここでこいつを殺ってRevenge してやろうか!」
「リベンジだって? 逆恨みの間違いじゃねえの。オレを罠に嵌めるためにありもしない暴力事件をでっち上げ、警察に被害届を出したのはお前の方だよな」
二人の間にただならぬ空気が流れる。話の内容から察するに、友人Aが起こしたとされる暴力事件の首謀者が斑金髪改め玉置なのだろうことがわかった。
「オレを退学させんのに失敗してメンツが潰れたから、親父のダチの力でアメリカに留学するって噂で聞いたけど、いつまで日本にいるつもりだ? タマちゃんよ」
「Fuck you! だからEnglishをStudyしてんじゃんかよ! てか、タマちゃんって呼ばれるのが一番キライなんだよな、オレ。もうChibyをKillすっぞ!」
「おい、友人A。言葉を慎め。わざわざ挑発してんじゃねえよ。オレが殺されてもいいのか!」
オレは友人Aを諌めつつ、そっと視線だけを真之助に滑らせた。
オレが人質に取られているというのに真之助はどこ吹く風の涼しい顔だ。
遅れてやって来たくせにお付き人を助けようともしないなんて職務放棄も甚だしい。ひょっとすると何か策でもあるのだろうかと勘繰ってしまう。
真之助はそんなオレの騒々しい心中を見抜いたのかニコリと笑った。
まるで桜の花びらが舞うかのように静かに、妖しく、美しく。
「大丈夫、さっきの煙幕で元凶は消え去った。もう間もなく警察が来るよ」
これは頼もしいほどの確信──。
相変わらず首筋のナイフは今か今かと出番を心待ちにしているのに、数秒前のオレとは別人のように心は凪いでいた。
真之助の言葉通り、パトカーのサイレンが近づいてくる。
それも一台や二台ではない。四方八方から鳴り響くのだ。
十台近くのパトカーがぐるりと建物を包囲しているのだとわかると、もう逃げられないと観念した玉置がオレを突き放し、フロアにナイフを叩きつけた。
「ふざけんなよ!」
こうして不良少年のアジトは落城した。




