第18話 アンダーワールドへようこそ【後編】
「Fuck youuuuu!!!」
斑金髪の常軌を逸した雄叫びにすっかり気が動転したオレは「待て。話せばわかる!」と昔の総理大臣に死亡フラグが立った言葉で応戦しようとしたとき、
「玉置さん」
上野が斑金髪の肩に手をかけた。どうやら「玉置」というのが斑金髪の名前らしい。
「待ってください。崎山を連れてくるだけでいいって言ったじゃないっすか。こらしめるだけだって!」
「ぁあ? 上野、テメェ。このオレ様に意見しようってんのか」
「……お、お願いです。崎山を……助けてやってください!」
「ふぅん。だったら上野、人にものを頼むには何が必要か知っているか? 誠意だよ、誠意。ここで土下座して誠意を見せな」
いつの間にか斑金髪の口調から浮わついた英単語が消えている。
上野はオレの隣に並ぶとフロアに額を擦り付けるようにして頭を下げた。
「どうかどうか、崎山を助けてやってください!」
オレはあまりにも必死な上野の様子を目の当たりにして呆気に取られてしまった。
あのプライド高い自称百獣の王、上野聡が土下座をしているとは。しかも、大嫌いなオレを助けるためにプライドを捨て去って、だ。これは時代劇の定番シーン、娘を借金の形に取られぬようヤクザにしつこく粘るお父つぁんの気迫そのものではないか。
驚きのあまり他人事のようにぼんやりしていると上野は横目で一瞥をくれ、「崎山もやれよ」と促してきた。無実の罪によって謝罪するのは腑に落ちないが、上野の必死の形相に引きずられオレも慌てて頭を下げた。
すると──上野の取り巻きたちの間からパラパラと拍手が起こった。いつもは傲慢極まりない上野の殊勝な姿に感動したのだろうと思いきや、聞こえてきたのはがさつで品のない笑い声だ。
「ダッセェ! プライドばっか高い上野さんが平謝りしてやんの」
「今までさんざんオレたちをパシっておいて、昔イジメていたやつと友達ごっことは笑わせんなよ。ざまぁ!」
中でも取り分け上野にべったりだった少年がゆらりと前へ躍り出た。
斑金髪と同じ瞳孔が開ききった目を土下座し続ける上野に向けると、上野の頭めがけて鋭い蹴りを放った。それを合図に取り巻き連中がエサに群がるピラニアのように次々と上野に暴行を加え始める。
「やめろ! この間まで仲良くしていたくせにどうして手のひら返しができるんだよ。上野がお前らに何をしたって言うんだ」
止めに入ろうとしたが、オレの身体はいとも簡単に取り巻きたちに組み敷かれ、頭をフロアに押し付けられてしまった。さらに手足はガムテープでグルグル巻きにされ、悔しいがこうなってしまっては身動きが取れない。オレは奥歯を噛み締める。
「上野もChibyも気に入らねえからさ。面倒くせーけど、お前ら二人には死んでもらって全部引き受けてもらうことにするわ。Policeman殺し」
「お前なんかに殺されてたまるか。それに藤木さんはまだ生きてるんだぞ!」
「だって、命令なんだぜ。これ」
斑金髪のツンと尖った革靴が視界に現れた。
「Chibyも可愛そうにな。Leaderはお前を消してくれと熱烈にご所望なわけ」
「リーダー?」
ゆっくりと視線を上にずらし、震える声で訊ねると、斑金髪はオレを覗き込むようにした。
「Drugの売買やパパ活の斡旋を仕切っているやつのことだよ。You know? 坂本だよ、坂本樹生」
「坂本が」
「オレたちは全部、坂本の指示通りに動いているだけなんだよ。聞くけど、Chibyはあいつにどんな恨まれるようなことをしたんだ?」
『オレよりヤバいやつがいる』
前に斑金髪も暴力から上野を助けたときの言葉だ。「斑金髪のことか?」と訊ねたところ、上野は「崎山が知っているやつのことだ」とだけ言って名前には触れなかった。それが坂本だったというのか。
病室で成瀬さんと坂本の別れ話を思い出した。成瀬さんが言った「失敗してごめんなさい」とはオレが阻止したパパ活のことだったのだ。そして、坂本は二人の様子をオレが覗き見ていたことを知っていた。
藤木さんが不良少年少女を選りすぐり、リーダーの坂本が指示を出す──まるでビジネスではないか。
絶望にも似た感情が即効性のある毒の如く全身に巡り、斑金髪に立ち向かう気力を奪っていく。
「なんも知らねーんだな」
ナイフを遊ばせる斑金髪の剣呑な表情に一瞬だけ同情の色が差した。
「坂本も坂本だよな。自分の手を汚さずにChibyを消してくれなんて虫がよすぎるっつうの。ま、でもオレが坂本に従うのもここまでだ。あとはあいつをLeaderの座から引きずり降ろして、Topに相応しいのはこのオレ様だと知らしめてやる」
「こんなことをしてバレないとでも思っているのか?」
「オレの場合、My fatherの後ろ楯でどうにでもできるんだよ。Listen to me! My fatherは滝尾浩一郎の後援会長なんだ。親父が滝尾のジジイに頼めば、人殺しを揉み消すのなんかEazy中のEazyなんだよ」
「残念だったな。後ろ楯があるのはお前だけじゃねえんだ。オレの後ろには、最強の守護霊が付いているんだぜ。今から召喚して見せてやるよ」
恐怖も諦めの峠も通り越すと人は笑うものらしい。ナイフを前に余裕ある笑みをもらすオレを見て恥をかかされたと思ったのだろう。斑金髪は顔を深紅に燃やした。
「頭がイカれたみたいだな。まずはChiby、お前からだ。Kill!」
「出でよ、真之助!!!」
ありったけの力を丹田に込めて、召喚魔法を唱える。はったりも本気でやれば奇跡が起こるかもしれない。
──いい加減機嫌を直してくれよ、真之助。助けに来なかったら、怨霊になって一生恨んでやるからな!
斑金髪は舌なめずりのあと、オレの首を突き刺そうとしてバタフライナイフの柄を握り直したそのとき、
ド……ドドド……ドド。
地鳴りがした。ここが地下室であるから一階部分が崩れ落ちてきたのかと思ったが、天井の位置は相変わらず高いままだし、壁に亀裂が走ることもなかった。
ではこの音は何だろう?
思い当たってオレは目を見開いた。
バイクの音だ──。




