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婚約式典

 騎士選抜試合の本選。そして、第四皇姫の婚約式典。二つの祭りが重なり合ったロンティルトは、ここ数年で一番の賑わいを見せていた。クーシの白い花びらが舞い、観光客は道々の屋台に舌鼓を打ち、大道芸人が人々を喜ばせる。道々からは商人の元気な声。


「――婚約記念のアクセサリーはどう!」

「――ロンティルト土産に、始皇しこうの剣はどうだい!」


 土産物屋には婚約記念のアクセサリーが並び、武具屋にはグラウリース皇国を建国した初代皇帝が持っていたという剣のレプリカなども飾られている。


 心優しき姫として慕われる第四皇姫ミリオーラの人気は高く、諸外国から祝いの品が昼夜関係なくひっきりなしに馬車で運ばれてきている。


 そんななか、お祭り騒ぎを楽しめていない者もいる。それはグラウリースの兵士たち。仕事は警備から交通整備、ケンカの仲裁まで様々。国事なだけあって首都にいる騎士も衛兵も門番も養成学校の見習い騎士も総動員され、やることはいくらでもある。


 ゴブリンとオークが街道に出たことで、ロンティルトに残っている二つの騎士団のうち、片方は街の外に全ての人員を配置している。残った騎士団も、八割は外。そのため、街中の警備をする者の負担は増しているのが現状。


「……はぁ」


 人の熱気に当てられ、セルミナは冑の下で息を吐く。


 多分に漏れず、セルミナも城門近くの南の大通りで警備に当たっていた。警備のため散ってはいるが、周りには元第四皇姫近衛騎士団の面々の姿も見える。


 現在、第四皇姫ミリオーラは婚約者のロムナスと共に、馬車で街中を巡っている。馬車の護衛はロムナス配下の樹林騎士団が担当で、東から順に街を巡り、最後は南の大通りで元近衛騎士団と合流する手はずになっている。これが近衛騎士団最後の役目となる。


「団長、そろそろ休憩の時間ですよ」

「……もうそんな時間か」


 休憩から戻った女性団員に声をかけられ、セルミナは空を仰ぐ。見上げた空の真上には、太陽があった。午前中から始まったパレードも、もうじき終わることを示している。休憩するには最後のチャンスでもある。


「私はいい。他の者を休ませてやれ」

「そういうことを言うと、他の皆も休めなくなるんです。大人しく休憩してください。ほら、さっさと」

「お、おい」


 セルミナが団長を務める以前からいた古参の団員に背を押され、人混みから追いやられる。


「リフィア副長から伝言で、図書館の裏手に昼食を用意してるそうです。ちゃんといってくださいね」

「……むう」


 皇姫らしからぬ扱いだが、セルミナは“元”皇姫。騎士団内でそのことで遠慮する団員はいない。露店も出ていない通路は人もおらず、大通りに比べて空気の熱量が低い。熱くなった冑を脱ぐと、髪をまとめているため露わになっているうなじに風が当たり、肌が冷えてゆくのがわかる。


「……おらぬではないか」


 冑を抱え大図書館の裏手を見回すが、どこにもリフィアの姿は見えない。そもそも、セルミナとリフィアは前日の夜から口を聞いていない。てっきりそのことで話があるのと思っていたセルミナは、拍子抜けしてしまう。


「まだきていないだけか?」


 警備していた場所はリフィアと離れていた。移動するのに時間がかかっているのかもしれないと、セルミナは大図書館の壁に背を預ける。しかし、現れたのは――


「セルミナ様、おまたせしましたー!」


 ――空から降りてくるイルイラ。お待たせもなにも、イルイラを待っていたわけではない。疑問を顔に浮かべるセルミナに、この時間この場所に昼食を配達するようリフィアに依頼された、とイルイラは説明する。


「リフィアめ、そんなことを頼んでいたのか」

「うん! はいコレ」

「お、おお」


 バッグから出されたランチボックスが、セルミナの胸に押し付けられる。滑り落ちそうになる包みを思わず掴んでしまったが、空腹というわけではない。が……


「いや、私は」

「銅貨三枚になります!」

「……しかも私が払うのか」

「セルミナ様、皇姫なのにお金ないの? お金払ってくれないと、衛兵に捕まっちゃうよ?」

「元だ、元。金くらい持っているわ」


 イルイラに銀貨を一枚渡したところで、しまったと気付く。断ろうとしていたのに、金を払ってしまった。銀貨を返してもらおうかとイルイラを見るが、翼の腕で不器用そうにお釣りを用意している姿を見て、申し訳なくて言い出せなくなる。誰かの頑張っている姿、というものにセルミナは弱かった。


「……しかたないか」


 お釣りとともに、大人しくランチボックスも受け取っておくことにする。ランチボックスの大きさからしても、食べきれない量ではないという判断。


「アタシもお昼きゅーけー。ご一緒しても、いーいでーすか?」

「それは別にかまわんが」

「よーし! じゃーいこー!」

「いくってどこへ――うわっ!?」


 イルイラは翼を広げ飛び上がると、セルミナの両肩を足の鉤爪で掴み空へと持ち上げる。


「セルミナ様、ちょっと飛ぶから暴れないでね!」

「待てイルイラ! と、飛んでから言うことではないだろ! それに人が見て!」

「アタシが飛んでたらみんな見てくるよー! いつもどーり!」

「イルイラならそうかもしれないが、私はだなっ! くっ……!」


 大図書館の裏手にいた数人の住民や観光客から見つめられ、セルミナの顔が赤くなる。母親に連れられた男の子などは、羨ましそうに手を振っている。


「ああもうっ! わかった、さっさといってくれ! 恥ずかしくてかなわん!」

「うんっ! それーっ!」


 イルイラが一際大きく羽ばたくと、セルミナの体に当たる風が強くなる。


「おおっ……! こ、これは凄いな!」


 建物の隙間を抜け下に広がる街並みに、セルミナは驚きの声を上げる。城から街を見下ろしたことはあっても、街の息吹を、空という空間をここまで感じたことはない。


「とうちゃーく!」

「お、とと……」


 一旦空高くまで飛び上がったイルイラは、大図書館の屋上へとセルミナを降ろす。時間にしてみれば一分もない飛行体験だったが、セルミナは地に足がついていることの安心を覚える。下になにもない、というのは想像以上に身が竦むことも。


「ここ、お城の次に高いから好きなの」

「立ち入り禁止なのだがな。怒られてもしらぬぞ」

「セルミナ様と一緒でも?」

「……狡いヤツめ」


 古今東西の書物を集めた大図書館だが、建物の高さはせいぜい城の中腹程度。それでも、城の影になる北通り以外は見渡せる。街の喧騒も人の熱気も、下とは比べ物にならないほど低い。


「ほら、セルミナ様も座る座る」

「あ、ああ」


 促されるまま座ったセルミナは、ランチボックスの包みを解く。なかに入っていたのは、トマトソースで味付けされた鶏肉入りのホットサンド、数種類のフルーツ、そして数日前に金の鶏亭で作っていたパンだった。


「せっかく作ったんだから、食べてもらいたくて」

「……そうか」


 パンを齧ると、しっとりとした食感と口に広がるほのかな甘さと共に、数日前の記憶がよみがえる。


「イルイラ、ゲン……ムラサキはどうしている?」

「配達してるよー。アタシは遠い場所が担当なんだ」

「そういうことではなくてだな」

「ムラサキの様子?」

「……うむ。変わった様子や、なにか言っていたりなどは」


 フルーツを入っていた串で刺しながら、イルイラはんんーっと首を捻る。


「わかんない。いつもどーりかもしれないし、違うかもしれない。でも、セルミナに伝言はあるよ。式典が終わったら、ちゃんと話がしたいって」


 ジルカとセルミナの関係は知っている。だからこそ、イルイラは他になにも言わない。なぜセルミナが泣いたのか、最初に知るべきは自分ではいけないと。


「それは……難しいかもしれんな」

「どうして? ムラサキに会いたくないの?」

「式典が終わったら、姉上と一緒にリングスにゆこうと考えていてな。すぐに領地に戻り、準備をしなければならない」


 この話はすでにミリオーラに話してある。急な申し出にミリオーラは困っていたが、ロムナスは賛成している。リフィアにも昨晩そのことを話した。それ以来、二人は口を聞いていない。


「ふーん。セルミナ様も怖いんだ」


 後者の質問にセルミナは答えていない。しかし、それは肯定しているも同然。


「……怖いな。怖くて泣きそうだ」


 次ジルカと会ったら、きっと全てを話してしまう。話さなければいけない。けれど話せば、ジルカは許さない。だから逃げる。話してしまわないために。


「そろそろ戻ろうとしよう」

「わかったよ。――あ、もしかしてアレが第四皇姫様?」


 立ち上がったイルイラが、下に見える大通りを指す。豪奢な馬車と、馬車を囲むように深緑色の鎧を着た騎士が、南通りを進んでいた。馬車の位置は、すでに南通りの中盤。合流するまで、あと十五分もないところまできている。


「思ったより時間を使ってしまったようだ」


 城に戻れば、すぐに騎士選抜試合の本選。今度は騎士としてではなく、皇族として観戦することになっている。全員ではないが兄妹も集まっているため、遅れるわけにはいかない。


「イルイラ、すぐに下まで運んで――」


 ピタリと言葉が止まった。耳に聞こえたのは不思議な音。なにかが破裂するような固い音。ポンと、ボンと、それは街中まちじゅうから聞こえ始める。


「なに、この音」

「わからんが……」


 先日の火事を思い出し、イルイラがそわそわとし始める。セルミナも嫌な予感がし、屋上の縁に身を乗り出してミリオーラの乗る馬車に視線を戻す。


 どこにも煙は見えず、火事でないことは確か。馬車にも変化はない。馬車より後方にある脇道からは、住民なのか観光客なのか、ぞくぞくと出てきては馬車を囲んでいる。


「いや……おかしい」


 脇道から出てくる人の数が多すぎる。警護している樹林騎士団とも押し合いになり、それでもワーワーキャーキャーと、まるで暴動かと疑いたくなるほど。


 すぐにその騒ぎの理由が、脇道から現れた集団によるものだとわかる。


「なっ……!? そんなバカな……!」


 セルミナは自分の目を疑った。脇道に詰まった人を押し出すように、無数の小柄な亜人と大柄な亜人が大通りに現れる。それは数日前にも見た、リングスの馬車を襲っていた亜人の姿。


「ゴブリンとオークだと!? どうやって街に入った!」


 周囲を見渡せば、南だけではなく東と西の大通りでも同じ騒ぎが起きている。見えていない北の大通りも同じだろう。


 外では、三つ騎士団を使い警戒している。騒ぎもなく街門をくぐることは不可能。高い街門も、空を飛べない亜人では超えられない。だというのに、なぜゴブリンとオークがいきなり街中に現れたのか。


 バラバラに出てきたゴブリンとオークは大通りで集団となり、群衆を押し退けならが二手に別れ進み始める。まるで時間を決めていたかのように、全ての大通りで同じ行動を取っている。


「アイツらはなにを――っ!」


 片方は城に向かい、もう片方は街門へ。街門へ向かっているのは、オークのほうが多い。その行動の意味するところは、すぐに予測できた。


「街のなかから門を閉じるつもりかっ!」


 門が閉じられれば、外に配置された騎士団が街に入れない。内にいながら、騎士団を外に閉じ込めることになる。


「あの数、街に配備された騎士や衛兵では足りぬか……! イルイラ!」

「うん、わかってる!」


 大きく翼を広げたイルイラが、セルミナの肩をしっかりと掴む。


「すぐ下に降ろしてくれるだけでいい!」

「ダメ! あそこにいるのはセルミナ様のお姉ちゃんなんでしょ! だったらあそこまで飛ぶよ!」

「危険だぞ!」


 ミリオーラたちのいる場所は、いわゆる最前線。南の大通りを城門目指して進むゴブリンたちは、馬車に迫ろうとしている。


「危ないからって放っておけないよ!」

「くっ……! すまないイルイラ!」

「気にしないで! 全速力でいくよー!」


 セルミナの体が宙に浮く。


 眼下に広がるは、オークとゴブリンの混成亜人対グラウリース騎士の戦い。グラウリース皇国にとって、四十数年ぶりとなる侵略者との戦いの始まりだった。

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