お話200 八方美人 八方九介
「今日もいい天気よね」
「晴れたねえ」
「だがアパートに帰ったら皆でおねむだな。少しヤリすぎた」
最後のうるうたんの台詞で前を歩いていた三人が振り向いた。
それぞれがお腹を抱えて笑っているのは、俺の腰砕けのようなへろへろな歩き方を再確認したからだ。
リゾートスパからチェックアウトぎりぎりで出発し、最寄り駅にたどり着いたときにはすでに昼すぎになっていた。
河川敷の道を南に下る。まだまだ暑い日が続いているが、川沿いの道行きは爽やかに感じられた。
風の効能であろう。
「あ」
うーこちゃんが橋の下にいる人の集まりに気付いて指をさした。
見れば何人かでバーベキューを展開しているようだ。そしてその面子は俺や恋人たちがよく知るいつもの連中だった。
日よけを設置してリクライニングシートで寛いでいた女子高集団が、一番先にこちらの接近を察知している。
ロールパンやモデルさん、モジャっ毛の茜ちゃんのほかに、豪快で大柄な異性の親友の姿もあった。
「おかえりーコイチロー!」
「ただいまハナコ」
駆け寄ってきた身軽な格好の花子から抱きつかれたが、ゴリさんが引き離すように間に入った。睨み合う二人をよそに、モデル体系の女の子がライバルたるうるうたんへ近寄って、俺を一瞥して言った。
「お泊りでやることはやったんでしょうね?」
「当然だ」
「その顔は夜通しか、好きモノだね!」
うるうたんの虚言にゴリさんもうーこちゃんも異を唱えることはなかった。
質問したロールパンが安堵の息をつき、モデルさんがむふふとほくそ笑む。
バーベキュー会場の方向に振り返った茜ちゃんが、我々の帰還を告げた。
無造作ヘアのハンサムとワイルドな男前は、いとこの広と小動物を相手につまみ食いをしながら調理を担当している。
買出しにでかけていたような所作のゲジ眉と関西弁を連れて、男四人でやってきた。
「明ちゃん楽しかったかい?」
「おうよ!」
うーこちゃんとハイタッチをした関西弁は、お土産の甘食を手渡されて早速口にしている。
ゲジ眉の平良は同郷の眼鏡っ子が花子といがみあうのを仲裁し、双方から小突かれていた。
「久しぶりに会うっていうのにひどい対応さ」
「宗太がじゃまをするからでしょ」
「邪魔なのはあんただよ、せっかくコイチローと抱き合っていたのに!」
「獲物を捕まえる獣じゃんか。捕獲された八べえを助けただけ」
乱闘気味になっているのでゴリさんから距離をとったが、そこに悪友が近寄って当方と交代するようにおかえり、と声をかけていた。
爽やかすぎるワイルドスマイルは以前のままだ。
それでも一慎は彼女と挨拶だけ交わしたあと、逃げようとする俺の元にやってきた。
「ひどいツラだな。ヤリたい盛りだからって励みすぎだろ」
「不可抗力だ」
「ああ……それはそうかもな」
魅惑の白桃を知るものどうし、妙な連帯感を感じた。
奴も苦笑している。
「ところでこの肉だ。池波のお婆ちゃんからの出資があったので高級品にした」
「なるほど。脂がのっている」
ゴリさんの視線を感じたのか、一慎が首を動かした。だがすぐに俺に向き直る。
彼女も平良や花子との諍いを継続させた。
あの一瞬の交差で二人はにっこりしていたが、もはや以前のように気安く触れ合うことを意図的に避けているようだ。
「ちゃんと平等に、ってのを実践しているみたいだな」
「少し失敗してゴリさんが一番多かった」
「爆散しろ変態野郎」
ナニの回数を理解したのか、ばしっと背中をはたいた長身の男前は、それだけ言い残して調理現場へと戻っていく。
モデルさんがその後を追った。深い意味は考えないようにしよう。
「西織くんは彼の一番になれているのか?」
コーメー君の腕に寄り添っているロールパンを見つめながら、うるうたんがモジャさんに問いかけている。
ざっと強い風が河川敷を吹き抜け、皆の髪が揺れた。
間の悪いことに俺の恋人たちは皆スカートタイプの服なので、裾を押さえて対処している。
「どうでしょうか。菜緒先輩が適当な男を振り切って上戸先輩のみに絞ってますし、なかなか手ごわくて」
「ほう?」
ロールパンの下の名前をようやく知った。
だがすぐ忘れるのでこのままの呼び名でいこう。
「ねえねえ高くんこの子ら夜通しえっちだってさ。いやらしいねえ」
「おいおい」
コーメー君が戸惑ったようにうるうたんを窺う。
黒髪の美人さんはにやりとしながらも威張って仁王立ちになっていた。
「食らいついて離れない。実践しているようだね」
「うん」
「しつこいのは俺だけじゃなくてうるうちゃんも」
「そうさ! 私はねちねちな女なんだ。一生これに纏わり付いてやる」
目を細めて意中の相手を見下ろす稀有な美少年は、うるうたんのご機嫌な様子にそっかと頷き、ロールパンとモジャさんを促して踵を返した。
何をどうとっても、所作のひとつひとつが洗練されている。
俺はひそかに禿げろと祈った。
食いしん坊なショートボブの小さい子は、すでに関西弁を連れてお肉の匂いたちこめる調理処で舌鼓を打っている。
小動物が馴れ馴れしく話しかけるも、広に頭をはたかれて嗜められていた。
「明春くんは本命かもしれないが、しかしまだ他人だな」
女の子たちに両腕を取られて去っていくコーメー君を満足そうに見送って、うるうたんが呟いた。
「合鍵があるからいつでも九介の寝処におしかけて、あれこれ世話を焼くことができる私こそ嫁にふさわしい身内扱いじゃないか」
「三回できたのってうちだけじゃん? 二回で終わった桃の具合じゃ女としてまだまだよね」
平良と花子が近くにいる場でその頂上宣言は不穏にすぎる。
危険水域を越える前に眼鏡っ子の口をふさいだ。
それでもうるうたんとゴリさんは、何かしらで俺の一番になっているということを力説している。
ゆえの三すくみだと言いたいのだろう。
不定期に強い風が吹く。花子と広はショートパンツであったりジーンズであったりと対策は万全だ。
フレアタイプな細かい花柄ミニスカートのうるうたんや、ゴリさんお気に入りの白いミニワンピースなどは風のいたずらでめくれ放題になる。
「キューちゃんほれお肉ー」
お皿を手に持ち、ライトグリーンのプリーツスカート姿でやってくるうーこちゃんに慌てて駆け寄った。
「私をおいていくな」
「うちもー」
うるうたんとゴリさんが加わって、ひとつの皿の焼肉を奪い合いはじめた。
「足らないなら追加でまだあるよ」
「給仕だ。持って行こう」
騒がしい様子に気付いたコーメー君と一慎が、焼きあがった肉をそれぞれのお皿に盛ってやってきた。
そこへ川沿いを駆け抜けるような突風が沸き起こった。
ざあっという強い風が皆の髪を大きくそよがせる。
同時にうるうたん、うーこちゃん、ゴリさんのスカートの裾が捲れあがった。
「……」
一帯の空間が無言に包まれるも、極小の下着を見られた彼女たちが最初に我に返ったのは当然といえよう。
俺の前に回りこんでいた黒髪の美人さんが、頬を染めてちょうどよい距離にいた美少年を振り返る。
同位置にいるポニーテールの眼鏡っ子も白い肌を赤くして、すぐ後ろにいた長身の男前を睨み付けた。
「見たな?」
「……しっかりと」
うるうたんの恥じらいながらの問いかけに、桃のすばらしい造形をしっかりと記憶に叩き込んだであろうコーメー君がハンサムスマイルで応えた。
長い黒髪がそよいでいる。風はまだ収まらないようだ。
「見たん?」
「逸らすわけがない……」
ゴリさんの羞恥の表情を見返して、一慎が満開の笑顔で白い歯をのぞかせた。
「こらあああ中立!」
眼鏡っ子の正面にいて特桃を見損ねたゲジ眉の平良が、悪友に飛び掛って小突きだした。
そういう俺はショートボブの小さい子の背後にあって、彼女のプリーツスカートの裾を抑え込んでいる。
風が吹き抜けた瞬間、誰にも見せるわけにはいかない、という執念が働いた。
この子に破廉恥してもいいのは俺だけだ。
「やるやんか、たらし先輩」
惜しかったと同時にようやった、という複雑な台詞を口にする関西弁が苦笑している。
バーベキューコンロの前で見落としたと肩を落とす小動物と、それを冷たく見守る広の差異が面白い。
花子のがはは笑いが近くなった。
「キューちゃん!」
「間一髪だった」
「褒めてつかわす」
近くに来た関西弁にお皿を手渡し、全身で喜びを表現しながら飛びついてくる小さい子を抱きしめた。
逃げるハンサムたちを追いかけようとしていた二人の妾(うーこちゃん評)がこちらの抱擁に気付き、ターンして大股歩きで戻ってくる。
強い風はまだ続いているため再度捲れかかるものの、彼女たちはスカートを抑えることもせずに般若の形相で距離を詰めてきた。
「色気なしだけをかばうとは!」
「うちが見られても平然としてるなんて許さない!」
「上下関係がはっきりしていいじゃねえか。あんたらは二号三号なんだよ」
花子が間に入るも、煽りのフォローで美人さんと眼鏡っ子がさらに噴火する。
「ちょ、めくれてるってばうるうちゃん」
「ゴリさんもだ。もう見られてもどうでもいいのか」
風のいたずらはなかなか終わらない。
見え放題になる前に、それぞれの近侍が裾を押さえてご開帳を中断させた。
そんなことはお構いなしに、大柄な異性の親友と睨み合い罵りあいを開始させたうるうたんとゴリさんだったが、そこへロールパンやモデルさん、モジャさんの女子高集団も混ざって事態はより混乱の様相を醸し出していた。
「妾は放っておいてごはんだねー」
「お肉?」
「おにくー!」
飛び跳ねながら進むうーこちゃんの手に引かれて、節度ある殺伐さの領域を抜け出した。
焼肉奉行を再開させた小動物と、ゆるふわ三つ編みのいとこの元へ向かう。
それに気付いたうるうたんとゴリさんの声がした。また抜け駆けだと。
振り返って舌を出したうーこちゃんの可愛らしい仕草で、思わず頬にちゅっとする。
「待て九介!」
「ちゅーは平等に、なんよ!」
むちゅっと唇を尖らせて突貫してくる二人の痴女に混ざって、大柄で肉感的な花子も一緒に追撃してきた。アタシもな、と叫んでいる。
「すごい絵面だ」
横を通り過ぎた肉食系の女の子たちを垣間見て、コーメー君と一慎がこらえ切れずむせていた。
河川敷は笑い声と華やかな賑わいに包まれ、暑い日ざしも風が汗を飛ばしてくれるためうだるような感覚はない。
抱えこんだ腕のなかのうーこちゃんもろとも、うるうたん、ゴリさん、花子に追いつかれてもみくちゃにされる。
黄色い声を聞きながら、いい機会だと思ってあらためて宣言しておいた。
一番だけはようやく決めることができたが、いずれ劣らぬいい女たち、という意味でも八方美人は変わらない。
そういう趣旨の言葉を口にしたとき、周囲の目や世間体はどこかに吹き飛んだ。
返答はキスの嵐だった。




