お話198 一番大切なこと
まだまだ夏は終わらない。
三者三様ながら可愛さではいずれ劣らぬ恋人たちのご要望により、本日のデートは、都市郊外のスパリゾートプールになっていた。
ウオータースライダーで傾斜を滑る。浮き輪の上での速度は結構なものだ。
勢いよく水面に飛び込んだとき、楽しそうにはしゃぐ彼女たちの声を聞いた。
二種類あるというそれをこなして満喫している恋人たちとは違い、俺はそれぞれを相手に何度も滑りを消化することになる。
「そーい!」
空中に放り出された際にうーこちゃんが背中におぶさってきた。
水中でもみくちゃにされるも、ゴールであるプール際で待機していたうるうたんとゴリさんが再度入水し、明るく元気な本命を背負った俺に飛びついてくる。
「九介、抱っ」
いい終える前に後続の見知らぬ男女ペアが飛び込んできた。水しぶきを受けたうるうたんがわふっという声とともに沈んでいく。
彼女の脇の下に手を入れて掬い上げた。
「ひどいな」
こちらに抱きつきながら頬を膨らませていたが、こういう密着ハプニングは大好物と言いたげに頬ずりしてくる。
ゴリさんの白い手が首に伸びてきた。偶然にも周囲は恋人だらけで喧騒に包まれていたので、ポニーテールを揺らしながらの深いチューを見咎める他人はいない。
同時にうーこちゃんとうるうたんがあーっと甲高い声を上げていた。
それを合図にゴリさんの積極的な唇の動きから開放される。
仕掛けたほうは堂々と、俺は周りを見渡して挙動不審だった。
「んー、もうちょっとしたかった」
「あたしもちゅー!」
「私もだ」
肌の綺麗な眼鏡なしの美人に続いて、うーこちゃんとうるうたんが頬に吸い付いてきた。
綺麗どころ三人から受けるキスの嵐は華やかすぎで、さすがに第三者からの視線が突き刺さる。
逃走がてら流水プールに移動して、纏わりつかれたままゆったりのんびり流れてみた。
「ここだよねー、あの作り話のときの浮気現場って」
しばらく流されて森のオブジェクトのあるコースに辿り着いたとき、うーこちゃんが解説しはじめた。
くぼみのようなスペースがある。
そこでうるうたんはプールサイドの柵にもたれるゴリさんを見上げて、話しこんでいたようだ。
「もうすでに懐かしい」
目を細めた黒髪の美人さんがプールの端に手をついて立ち止まった。
スロープのようなものが足元にあるのか、一段高くなっているようだ。
しなやかで艶かしい背中とくびれが見えている。というか見せつけている。
「そうよね。うちと多聞先輩が水着をめくられてTの字にされたところだ」
停滞する俺と彼女たちの横を他のお客が流れ通りすぎていく。
そのうちに通過する誰かがいなくなって、周囲は静かになった。
またも性癖を発動させて無言になる当方だが、塗れた黒髪の後頭部は何を考えているのか、しばらくそのまま動かない。
「一番の好きモノ。あたしが何を考えているのか当ててみせようか?」
「うちもわかるけど?」
「当ててみろ」
うーこちゃんとゴリさんの問いかけに、含み笑いをしながらうるうたんが振り返る。
少し頬を染めているのはかつてのナニを思い出したから、という恋敵の答えに、美人さんは首を振った。
「違うな。それを上書きするためさ」
「あー!」
彼女の答えに、ポニーテールの色白娘が大きいリアクションで答える。
背中におぶさる小さい子がちっと舌打ちしていたので嗜めておいた。
「ということで、邪魔者は去れ」
「何言ってるん?」
「おばさんってば性急すぎ」
そう反応したとたん、うるうたんが下品にも大股を広げて、背中の小さい子と胸の中にいる色白娘を蹴飛ばした。止める間もない早業だった。
「あ」
「あっ」
弾かれて流されていく彼女たちが戻ろうとするも、上流から来た客に押し出されるようにして彼方に去っていく。
こらーっと叫ぶうーこちゃんの、ちょっとおおとプンスカするゴリさんたちの姿が小さく消えていく。
「なんということだ……もうひとつ思い出した」
「なんです?」
「こちらを向け。あれらはもう見えない」
流れた方向を見つめる俺を強引に振り向かせた相手は、心底悔しそうな表情で唇をかんでいた。
サバ折りをきめているかのような力強さで抱きしめてくるうるうたんが、珍しくもくっそという汚い言葉を口にしている。
「明春くんが一年前に言っていた。私は九介から一番気にかけられていると。それに狎れきった結果がこれだ! ああもうくっそくそくそ……」
「うるうたんはしたないですよ!」
「はしたなくもなるさ! 正妻から妾のランクダウンは納得していたつもりだった。だが小さい色気なしの台詞を思い出したおかげで、転げ落ちた自業自得を痛感させられる羽目になった。以前の自分を殴って蹴り飛ばしたい」
俺の胸に顔をうずめながらまだくそくそと小さく叫んでいる。
とりあえず額にちゅっちゅしてこの子の昂ぶりを抑えることにしたが、うるうたんの猛烈なるちゅーに気圧された勢いで、互いに流された。
その先で待っていたうーこちゃんとゴリさんが、憤怒の形相で美人さんに飛び掛かる。
うるうたんも怒りの向けどころを得て不敵な笑みで迎え撃っていた。
身の危険を感じてどたばたに巻き込まれる前に仲裁したものの、どういう推移か尻相撲を開催して一対一でケリをつけようということにしたらしい。
わが性癖としては役得というものだ。
段差のあるプールで始まった造形美のぶつかりあいだが、どちらが負けても水面に放り込まれるだけで怪我の心配はない。
それだけに、互いに背を向け合う小さい子と色白娘は相手を突き落とす気満々で準備運動をしている。
人気がないのを確認して、うーこちゃんがとりゃーとの掛け声で尻アタックをしかけたが、九十センチを超えるでんとした大桃はびくともしない。
むちむちぷりぷりながらくびれのある腰に手を当て、黒ビキニの白い背中を反らして、対戦相手を一瞥するその横顔は得意気だ。
背を向けて冷笑を浮かべるゴリさんに、弾かれた小桃は奮起する。
次は助走をつけて激突させようとしていた。
「脂肪の塊なんかに負けるか!」
「来なさい色気なし」
「どちらも本気で罵り合ってるな」
二人を観察して腕組みのうるうたんが綺麗な髪をかきあげた。
この暑さで乾くのがはやいのか、肩口まである長いそれは風になびいて揺れている。
「てぇい!」
後ろ走りのうーこちゃんが勢いをつけて地を蹴った。
そのとたん受けてたつ体勢だったゴリさんが、ひらりと身ををかわす。
「ええ?!」
助走の分だけ派手な音をたてて、素っ頓狂なリアクションで入水していくうーこちゃんに、いつの間にか周りで群がっていた野次馬がわあっと囃し立てていた。
若い男やお子様もいる。
「お姉ちゃんの勝ちー」
子供に勝利宣言されたポニーテールの恋人は、抑え気味な水着とて隠し切れない豊かな肢体を揺らして飛び跳ねている。
黒ビキニの上の桃、下の大桃がぷるぷる揺れる。男たちの小鼻が膨らんだ。
いい女だなあという呟きを耳にした。その感嘆がさらに大きなものに変わる。
ネイビー色のブラにホットパンツのような水着で、すらりとした体つきながらも扇情的な肉体美を誇るうるうたんが競技会場に姿をあらわしたからだ。
段差のあるプールのへりで対峙する美人さんたち。
その造形美の曲線たるや、野郎どもの視線を釘付けにしている。
エロ目的の観客が見守るなか、上向きで形の良い大桃同士がぶつかった。
興奮した男の雄叫びがする。俺もそれにまざった。
「純情系ビッチたちって、見られながらの晴れ舞台があると特に活き活きしてるなあ」
俺の手をつかんでプールから上がってきたうーこちゃんが、むむむと歯噛みをしている。
心だけではなく肉体的にもリードしたいという負けん気が旺盛だった。
「九十越えをナメるな!」
尻のサイズを自ら公表する大胆な色白娘の一撃で、さすがのうるうたんもバランスを崩す。
さらに追撃の臀部落としをくらった美人さんが、弾き飛ばされて水中へと沈んでいった。
おおーっという声は野郎どもで、誇らしげに見せ付けるゴリさんの白いお尻を拝んでいる奴もいる。あれほど形の良い大桃には滅多にお目にかかれまい。
男どもがプールサイドの一方向に固まって前かがみになっていた。
「でか尻姉ちゃんが優勝だ!」
小学生男子がそう宣言した。ゴリさんが笑って発言者にめっとしながらも、母性本能豊かな彼女はその男の子とハイタッチをしていた。
盛り上がる周囲の歓声のなか、うるうたんが這い上がってこちらにやってくる。
「巨尻め。だが勝負は勝負、今度はあれと君が二人きりの番だ」
「ちぇー」
うーこちゃんが唇を尖らせる。そんな小さい子を引きずりながら、大人な美人さんが飲み物を調達しにこの場を離れた。
喝采に見送られたビキニの優勝者が、頬を上気させて俺の腕に絡み付いてくる。
羨望やら妬みの視線を背中に受けて段差プールを後にした。
ジャグジープールに移動し、上下に重なって仰向けに寝そべる。
青空を見上げながらぷかぷか一休み。忙しない先ほどの遊泳とは違って、のんびりでゆったりな時間だ。
「ほっこりするねえ」
「ゆったりですなあ」
俺の胸の上で背伸びしたゴリさんが頬ずりしてきた。
この子は他の二人よりもすりすりの所作がお好みなようで、しっとりした肌の柔らかい感触に、こちらとしてもご満悦な気分にさせてくれる。
「八べえごめんね」
「どした?」
「何度も何度も……何回も余所見して。明春さんと抱き合う八べえを見たとき、そのときになってやっと思い知ったんだ。あんなのをずっと見守っていたんだね」
「あんなのって」
苦笑しかけたが、彼女がうつ伏せに抱きついてきたのでおし黙った。
強めに抱擁されている。本日二度目のサバ折りというやつだ。
ちなみに周囲にはあまり人影はなく、好奇な視線をさほど感じなかった。
「心をかよわせる者どうしのふれあいは本当に衝撃的だったよ。そんな連続に耐えられる強さなんてうちにあるはずないからさ。だって引いて相手を祝福するとか絶対ヤだもん」
「一慎のお世話」
「言っとくけど、八べえ限定よ?」
悪友の恋を応援していたことを指摘しようとして遮られた。
ジト目でやんわり頬をつねられる。
「そう、彼のことなら思いやれた。でも八べえはダメ。八べえは絶対に譲れない」
「……」
「昔のうちを誰が好いてくれるんだろうね。後ろ向きな自分が変われたのも大きくてイヤだったこれに自信がついたのも、みんな最初に八べえが肯定してくれたおかげじゃんか」
そうでもない。同好会部長の利くんしかり、一慎しかり。
ゴリさんはいい男によっていい女になれたと解釈している。
「ちゅー」
「おふっ」
そんな思考はお見通しだとばかりに、ねっとりとからむ舌の来襲を受けた。
当初に比べて洗練された動きだ。
短いながらも濃密な触れ合いで興奮した彼女が、んふふと甘い吐息を放つ。
うるんだ大きい瞳が揺れたとき、ゴリさんの頭上に浮き輪の打撃が降ってきた。
「いったあ!」
「相変わらず手が、いや口が早いな」
「自分だって流れるプールで桃を抱えられようとしてたよね!」
形のよい頭をさすりながら色白娘が立ち上がる。
その間にうーこちゃんから飲み物を受け取った。
「正妻の座から転げ落ちたことを今更ながら実感して、それどころではなかったよ」
「ははっ」
「何がおかしい!」
無邪気な煽りあいが絶えない桃尻さんたちを横目に、うーこちゃんからもらった炭酸を一気飲みした。
「今日はお泊りなんだぜキューちゃん」
「……なんと?」
すでに現地のホテルで宿泊の予約を済ませていたと知り、今回は逆にサプライズされた立場になった。
嬉しい決定事項に顔がにやける。うひゃひゃな表情に小さい子が吹き出した。
体を折り曲げて笑っているゴリさんをうるうたんがはたいているものの、つられたのか口元がゆるんでいる。
双方ともこみあげる何かを堪えているかのようだった。
「多聞先輩も五里さんも、一番大切なことをようやく悟ったか」
「え?」
「キューちゃんみたいな変な人といる時間。でか尻さんたちってば二年もわからないで遠回りしちゃって」
ビーチタオルで体をふきふきしてもらう。まるで子供だ。
そしてどう考えても下げられている気がする。
「ほんとバカだよねー」
自分に言われている気がして素直に頷いた。
「せーの!」
バカと呼ばれた背後の二人が音頭をとった。
背中から突き飛ばされた俺とうーこちゃんがジャグジーの水面に落ちていく。
小さい子がおにょれと遠吠えした。うるうたんとゴリさんがプールサイドからこちらを覗き込んでいる。
空が眩しい。逆光でよく認識できなかったが、それでも彼女たちの喜色麗しい動作が透けて見えた。
照らされて輝く笑顔も見えた気がした。




